目に見えるもの全てが真実とは限らない。
誰が言ったかはわからないものの、誰でも知っている深い言葉だ。
例え実際に見たといってもそれは幻覚かもしれない。目に見えないところに答えが隠されているなんて話もよくある。
そう、だからきっと今僕の目の前にあるものも真実ではなく、例えば夢の中とか、幻覚とか、そういった類のものに違いないんだ。
いや、絶対そうに決まっている。
「直枝、どうしたの? 頭抱えてうんうんうなって」
佳奈多さんが僕に話しかけてきているがきっとこれは幻聴だ。
幻聴でなければならないんだ。
「ほら、いい加減覚悟決めなさい」
幻覚と幻聴が同時に襲い掛かってくる。なるほど、ここまで来ると真実として受け止めざるを得ない。しかし、これが幻に違いないのだ。
「さあ、私をペットにしてもらうわよ」
だって、目の前には犬の耳と尻尾をつけて、さらに首輪までつけた佳奈多さんの姿があったのだから。
罰ゲーム麻雀SS 動物な佳奈多さん、略して『ブツかな』
「これは幻覚、これは幻覚、これは幻聴……」
「直枝、これは現実よ。喜ばしいことに」
「いや、そこは悲しいとか残念とか、ネガティブな言葉でしょ」
幻覚につっこむ僕。疲れているからこんなことがあってもしょうがない。
「そう、じゃあこれは夢だから今から性行為に及んでも――」
「ごめんなさいこれは現実です現実だ現実なんだ」
「……チッ」
この悪態、間違いなく佳奈多さんだ。
僕とつき合い始めておかしくなった佳奈多さんだ。
「で、どうしてそんなおかしな格好してるの?」
「忘れたの直枝、学校での出来事を」
「学校での出来事……忘れたいけど忘れられないよあれは」
通称『ペットにして』事件。そのまんまだけど、それ以外に似合うネーミングはないと思う。
袋に耳、尻尾、首輪の三種を入れて持ってきた佳奈多さんが僕に会って開口一番に言ったのがその言葉だった。
僕は頑張った、頑張って反論した。
途中で来ヶ谷さんに見つかるなんていうハプニングもあったけど、なんとか佳奈多さんを退かせることができた。
そう、思っていた。
その結果が、目の前にある。
「だって直枝がなかなか私の一世一代の決心に首を縦に振ってくれないんですもの」
「そりゃあれは横に振るよ」
「そこで私は考えたのよ。百聞は一見にしかず。一目見れば直枝も考えを改めてくれるって」
「いや、多分百回見ても考え変わらないから」
確かにペットにしてという言葉には男としてちょっとぐっとは来るものの、それよりも僕の理性が勝る。
僕は普通の少年なのだ、普通の少年が突然女の子に「ペットにして」なんていわれて「うんわかった」なんて答えるだろうか。
答えは簡単だ。普通は警察に通報するか、逃げる。
それが知っている人だからこそ、僕は説得という最も困難な方法を選んだわけである。
「そもそも、どうして犬なのさ」
「ほら、淫らな雌犬って言葉が……」
「ストォーップ!! それ以外の理由でお願いします」
佳奈多さんは18禁展開へ持ち込みたいんだろうか。
なんとしてでもそれは止めないと。色々な意味で。
「それ以外にあったかしら」
「お願いします強引でもいいんで理由作ってください」
「なんでも言うこと聞きます。ご主人様の言うことは絶対!ってイメージなのが犬だからよ。首輪の相乗効果を狙ってってことね」
十分アウトな気もするけど、さっきよりはセーフかもしれない。
「いや、佳奈多さんが僕をそこまで愛してくれるのはうれしいんだけど……」
「ハッ! そうか、そうなのね!」
僕が全てを言う前に佳奈多さんが何かに気づいたようだ。
もしかして、そんなわずかな期待をこめて話しの続きを聞く。
「既にクドリャフカという犬がいるから二匹目はいらないということね!」
わずかでも期待するんじゃなかった。
こうなることはなんとなく、なんとなくだけどわかっていたことじゃないか。
「まさかこんな形でクドリャフカがライバルになるとは思わなかったわ。確かにあっちの方がいぢめてオーラ出しているし、お手といって反応してくれそうだし、快楽堕ちしやすそうだし……」
佳奈多さんはクドをそんな風に思っていたのか。クドは手遅れになる前に一刻も早くルームメイトを変えるべきだと思った。
「じゃあ猫、いえ猫といったら直枝には幼馴染の棗鈴がいるわ。あの子もちょっと躾けたらそれこそ借りてきた猫という言葉が当てはまるように大人しく、可愛らしい子猫ちゃんって感じになりそうよね。なるほど、直枝はそういうのが好みと……」
逃げてー! 鈴ここに危険人物がいるからもし出会ったら逃げてー!
「と、なると……もはや選択肢は一つよね」
そういうや否や、佳奈多さんは今までつけていたイヌ耳と尻尾をしまい、別のものを取り出した。
その取り出したものとは……。
「……うさぎ?」
「そう、うさぎよ。うさぎといったら性欲が強いことで有名よね」
「いや、真っ先にそれを挙げるのはどうかと思う」
僕は警戒して距離をとる。今の佳奈多さんならうさぎだからという理由で僕に襲い掛かってきかねないからだ。
「あ、直枝離れないでよ……」
急に弱弱しくなる佳奈多さん。
地面にへたりこむ姿はどこかわざとらしいけれど、見捨てるわけにもいかず仕方なく距離を縮める。
「ちょ、どうしたのさ」
「うさぎはさびしいと死んじゃうのよ」
「あーなるほど」
思わず納得してしまう僕。
と、近づいた途端僕の腕はしっかりと佳奈多さんによって掴まれた。
「で、この手は一体……」
「あら、いったじゃない。うさぎは性欲が……」
「ついさっき言った事をすぐに繰り返すのはよくないと思うよ!!」
小説とかでも同じこと繰り返すのは大分後になってからじゃないか。こんなすぐにさっきいったことをぶり返すのは三流のネタだと思う。
「いいのよ。どんなにつまらなくても、よくないことやっても。それで直枝と結ばれるなら」
「いっそすがすがしい!」
なんてことだ。どうやら佳奈多さんにはお約束というものが存在しないらしい。いや、存在はしているんだけど都合のいいものしか使わないのだろう。
いわば無敵。スターを取った状態の彼女は止められそうになかった。
「さあ直枝、一つになりましょう。性的な意味で」
「別にわざわざその言葉つけなくても十分だから!!」
「大丈夫よ、こんなこともあろうかと服の下はスクール水着だから」
「それがどう準備万端なのさ!!」
「すぐに洗えるという意味と、趣味的な面で刺激を与えるため」
「具体的に言われた! かなり現実的な理由だ!」
「さあ直枝、現実を見なさい。ハッピーエンドという名の現実を」
「これはハッピーなの? ハッピーといっていいの!?」
むしろホッピーって感じじゃないのか!? 中途半端なハッピーって感じで! うんついさっき作った言葉! 僕間違いなく混乱してる!
「さあ、子・作・り・しましょ」
「歌わないで! そして歌うにしてもその歌はやめて!」
……その後、色々あってなんとか事に及ぶ前に救出されたものの、また僕の人生に思い出したくもない一ページが追加されてしまった。
ただ、その後ウサギを見るたびに妙に震えてしまうようになったのは、間違いなくこの事件が原因だというのは疑いようもない事実だった。
おわり
あとがき
まあ、これはひどいっていう感じのSSですね。
罰ゲーム麻雀SSで人気があったものの続きを書くっていうきまりがあって、それに私が選ばれてしまったわけなんですが、その続き書くSSってのがショートショートの時点で完結しちゃってるやつでして。
どうしようかと悩んだ末、こんな形のものにしてみました。
なんかもう、私の中の佳奈多さんはこれに固定されてしまいそうです。気をつけないと(汗
あと、短いのはご愛嬌ってことで。