『おまじないパニック』







――昼休み、

「岡崎〜飯食いに行こうぜ」

 春原が声をかけて来る。

「ああ、行くか」

 俺は立ち上がりつつ、残金を確認しようとポケットから財布を取り出そうとする。



 すかっ、しかし財布は見つからなかった。



「えっ?」

 財布の感触がない。体中から冷や汗がたれてくる。全身をくまなく探してみるが、冷や汗をより一層大きくするだけの結果となった。

「おい、どうした岡崎」

 春原が心配そうな目つきで俺を見ている。

「財布落とした……」
「マジかっ!? 奢ってもらおうと思ってたのに!」

 とりあえず春原を殴ってから、今後のことについて考える。あの財布の中には俺の全財産が詰まっている。なくしたとなれば俺の今後の生活に関わっていくことになる。なんとしてでも見つけなければならない。しかも飯が食えないとなってますます腹が減ってきた。これは食事を取らなければ財布探し能力も半減してしまうだろう。いや、あくまで俺の見解だが。ともかくこの二つを同時に満たすためには……





「と、いうわけで物を探すおまじないと昼飯を頼みに来た」
「あんたものすごくふてぶてしいっすよね!」

 有紀寧の目からは見えないように春原の横腹にブローをかます。春原はそのままその場に倒れた。

「あの……」
「あ〜どうやら春原は貧血みたいだ。え、何々? 一人で保健室行けるって? なら行って来い」

 そういって俺は春原を資料室の外に追い出す。勿論鍵を閉めるのは忘れない。

「えーっと……とりあえず、御昼ご飯からでいいですか」
「ああ、頼む」

 有紀寧はそういうと調理器具のあるところに向かって料理をし始めた。どうやら目の前で起こったことは見なかったことにしたらしい。俺はというとテーブルの方で礼儀正しく待つ。
 途中外でドアを弱弱しく叩く音がしたのでその音の根元を断ちに行ったときをのぞいて。

「できましたよー」

 運ばれてきたのはピラフだった。腹が減ってた分すぐにそれをたいらげる。

「ごちそうさま、やっぱりうまいな」

 別に金欠とかでなくてもここによく来るのは、やはりここのピラフがいけるというのが理由の一つだろう。言葉で表現すると、それを口にした瞬間米と米の結びつきがほどけ、ぱぁっと広がるような味の洪水が巻き起こり、その中で香りと少しの苦味があっさり薄味と素晴らしいハーモニーを……

「ありがとうございます、それで物を探すおまじないですね」
「おお、そうだった」

 有紀寧はどこからともなく『とっておきのおまじない百科』を取り出し、パラパラとページをめくっていく。そして、

「ありました朋也さん。『誰かがなくしたものを届けてくれるおまじない』というのが」
「おお、じゃあそれをやろう」
「じゃあまずは、腕を使って頭の上に大きな輪っかをつくってください。足は膝を開いた状態で少し曲げてください。全身で8の字を表現するようにです」

 有紀寧に命じられたとおりの行動を取る。傍目から見ればかなり格好悪い。まあズボンを下ろすとかに比べたらまだマシな方か。

「こうか?」
「そうしたら声に出して『トドケバンバンジー』と3回唱えればOKです」
「トドケバンバンジートドケバンバンジートドケバンバンジー……っと、これでいいのか?」

 いかにもうそ臭い呪文を3回唱える。正直不安なものの、実績がある以上成功する可能性は十分ある。

「ええ、もういいですよ」
「そっか、サンキュー」

 俺は体勢を戻し、部屋を出ようとする。と、そのときふとあることを思いついた。

「なあ、俺もおまじない一つ知っているんだけど知りたくないか」

 有紀寧の方を向き、人差し指を立てて一という数字を表しながら尋ねる。

「ええ、是非教えてください」

 有紀寧も興味を示したのか話に乗ってきた。俺は再び椅子に座り、有紀寧と向かい合う。

「それじゃあまず手と手をあわせてくれ。あわせたら指だけをくっつけたまま親指同士をくっつけたやつを下ろす」
「こうですか?」

 指示したとおりに有紀寧はそのしなやかな指を動かしていく。

「そうそう、んじゃ残りの指をくっつけている部分は軽く折り曲げていってくれ」
「ハート型みたいになりましたねー」

 有紀寧がそういうものの、それは当然のことだった。なぜなら、そうなるよう狙って言ったものなのだから。

「あとは『ウワサヲスレバカゲ』と3回唱えればOKだ」
「ウワサヲスレバカゲウワサヲスレバカゲウワサヲスレバカゲ……これでいいんですね?」

 有紀寧が唱え終わった途端、俺はある覚悟を決める。そう、それはここによく来る最大の理由でもあった。

「ところで……これ何のおまじないなんですか?」
「それはな、『自分に惚れている相手に告白する勇気を与える』おまじないなんだ」
「えっ……?」
「んじゃ、そういうわけで……」



「好きだ、つき合ってくれ」



 有紀寧の俺の言葉に対する疑問が解けないうちに俺は秘めた胸のうちを告白をする。当然、その前に言ったおまじないなんて全部でたらめだ。
 有紀寧はしばらく唖然としていたが、やがて嬉しそうに笑みを浮かべて、

「……はい、よろこんで」

 そう返事した。

「…よしっ!!」

 俺は思わずガッツポーズをした後そう口にする。俺の恋愛は晴れて成就したのである。





「ところで……」

 有紀寧がふと何かを思い出したかのように後ろの、その中から何かを持ってくる。それはとても見慣れたものだった。

「あっそれは俺の財布……」
「やっぱりそうだったんですか。昨日ここに落ちていたので落し物入れに入れておいたんです」

 そういやここんとこ毎日利用していたからな。ついうっかりここに忘れたままにしてしまっていたのだろう。

「しかし本当に届けてくれるとは……やはりおまじないの効力はすごいな」

 今だ成功率100%の有紀寧のおまじないの力に驚いていると、なにやら窓側の方が騒がしくなってきた。
 どうやら有紀寧のお友達がやってきたらしい。まもなく窓が開き、厳つい男たちが入ってくる。
……たち?

「今日はどうしました?」
『ゆきねぇ……俺たちゆきねぇに言わなきゃならねえことがあるんだ……』

 開口一番にそんなことを言ってくる。なんとなく、その先が予測できた。



『俺たちはゆきねぇのことが好きだ!!』



 ああ、やっぱり。

「朋也さんのおまじないも効力抜群みたいですね」
「ああ、そうだな……」

 今度から迂闊におまじないなんて作らないようにしよう、そう思った。



終わり