「なあ、理樹君」
「どうしたの、唯湖さん」
いつものように裏庭にある唯湖さんのお気に入りの場所で、二人して授業をさぼって優雅なティータイムをしていたところ、突然唯湖さんが話しかけてきた。
「今日が何の日だか知っているか?」
「今日?」
唯湖さんが嬉しそうな表情をしていたので少し考え込む。
「僕が授業をさぼったのがちょうど30回目だったかな」
「数えていたのか君は……」
少しあきれたような表情で唯湖さんが僕を見る。
やっぱり、慣れてきたとはいえさぼるという行為には罪悪感があるから。だからこそ数えることによって自分の罪を再確認しているのだ……多分。
「ともかく、それではない」
「えーっと、じゃあ明日がホワイトデー? 大丈夫だよ。そんなに心配しなくても忘れてないから」
バレンタインデーには唯湖さんからちょっとへんてこで、でも芸術性のあるっぽいものすごいチョコと、割かし普通のハート型のチョコレートをもらった。
後者の方を僕に渡すとき、なんだか唯湖さん緊張していたから、きっと後者の方が渡したかったものなのだろう。ホワイトデーにはちゃんと自分で作ったクッキーを渡すつもりだ。流石に買って済ますというのではプレゼントに差がありすぎな気がするし。
「いや、確かにそれはそれで楽しみではあるが、そうではなくてだな」
「えー他にあったかなあ?」
僕は腕を組んで考える。その様子を見て唯湖さんの表情がどこか不安げなものになってきた。
「おい、まさか本当にわからないんじゃないだろうな」
「うーん、何のことだろう」
どこかショックを受けた表情を見せる唯湖さん。
そんなにショックだったのだろうか。
「仕方ない、今度から良く覚えておくように。今日はだな――」
「うん、唯湖さんの誕生日だよね」
僕がそれを言った途端、唯湖さんが驚いた表情をする。
「……知ってたのか?」
「うん、僕が知らないと思った?」
そう、3月13日は唯湖さんの誕生日だ。
僕は知っていたのだけど、唯湖さんの普段とは違った表情が見たくて、つい知らないふりをしたのだ。
「……最近、理樹君はいじわるだ」
全てを察した唯湖さんは、非難の目を僕に向けてくる。
最近は唯湖さんとも大分対等に付き合えるようになって、こうしてたまーに僕からいじわるしたりしている。
たまにそれで手痛いしっぺ返しを喰らうこともあるけど、唯湖さんの新しい一面が見られるかと思うとついやっちゃってしまうんだ。
これが好きな子をついいじめたくなってしまう気持ちってやつなのかな?
「まあまあ、今日は誕生日ってことで……僕にできることならなんでもやってあげるよ」
とりあえず拗ねてしまいそうな唯湖さんに対して、一番の特効薬になりそうな言葉をかけてあげる。効果は抜群のようで、身を乗りだすようにして反応してきた。
「なんでも、だと?」
唯湖さんの目が真剣になっている。う、ちょっと軽率だったかな。
とはいえ、一度口にしてしまった以上、もう後にはひけない。
「うん、なんでも」
「なら……今日は私の我侭にとことんつきあってもらうぞ?」
そういった唯湖さんの顔は、これまで一度も見たこともないくらい輝いていた。
『唯湖さんの誕生日だからひたすらキスをするお話』
「ではまずはキスからだ」
「いきなり飛ばすね……」
僕はそういいながら周りを見渡す。授業中だからか人気はほとんどない。誰かに見られるという心配は普段よりは小さそうだ。
「ただ、普通のキスではつまらんな」
「と、いうと?」
「ふむ、ではこういうのはどうか」
そういって唯湖さんは手の甲を差し出してくる。
「えと、これって?」
「決まっているだろう。キスをするのさ」
ああ、よくドラマとかで見る貴族の挨拶みたいなものだろうか。
確かに唯湖さんがお嬢様していてもなんら問題はない。だとすると僕はそれに仕える執事だろうか。
ともあれ、手の甲にキスする程度なら全然平気だ。
「うん、それじゃあ……」
「まて、せっかくだから『お嬢様、お手を拝借』くらい言いながらキスしてくれ」
「……まあ、それくらいなら」
僕は唯湖さんの手を取る。
「お嬢様、お手を拝借」
「うむ」
ご機嫌な唯湖さんの手をほんの少し持ち上げ、顔を近づける。
そしてそのまま、手の甲にキス。
「これでいいかな?」
「ああ、なかなかサマになっていたぞ」
唯湖さんに褒められてちょっとうれしくなる。
「それじゃあ次だな」
「次?」
次ってどういうことだろうと僕が考えていると、唯湖さんは突然靴の片方を脱ぎ、黒く長い靴下を脱ぎ始めた。
……脱いでいる様子を見ていて、何故かどきどきしてしまった。
「ど、どうしたの突然!?」
「ふふ……決まっているじゃないか」
素足になった唯湖さんは、その足を僕の方へ突き出す。そして、
「さあ理樹君、次は足にキスしたまえ」
お嬢様は女王様になって命令を下してきた。
「えええ!?」
「いったじゃないか、できることならなんでも聞いてくれるって」
「い、いや言ったけどさ」
「もちろん男に二言はあるまい」
そういわれると男のプライドとしてやらないわけにはいかないんだろうけど、これからやろうとしている行為って、そのプライドを捨てさる行為なんじゃなかろうか。
「さあ理樹君、私の足を『ひゃっほう唯湖さんのおみ足最高、嘗め回しちゃうくらいだぜ』といいながらキスするがよい」
「いや、さすがにそこまではやらないからさ」
と言いながらも僕は椅子から降り、地に膝をつけていた。
「ほう、やってくれるのか」
「今日は唯湖さんの誕生日なんだから、多少のわがままくらい大目に見てもいいかなと」
「うむ、いい心がけだ」
僕は唯湖さんの足を手に取る。流石は唯湖さんというべきか、かなり綺麗な足をしていた。
うう、手の甲と違ってなんだか緊張するなあ。
「さあ理樹君、おねーさんの足にキスをするがよい」
「おねーさんというより女王様だよね……」
そう言いつつも、ようやく意を決した僕は唯湖さんの足を軽く持ち上げ、足の甲に顔を近づけ、唇をつける。
「こ、これでいいかな」
なんだろう、足にキスしただけなのにこの胸にうずまくもやもや感は。
なんだか複雑な気分だ。
「これは……なかなか、ちょっとしびれるものがあったぞ」
唯湖さんも感じるところがあったらしく、まんざらでもないといった感じだった。
「では次だ」
「まだあるの?」
「もちろん、理樹君には体の至るところにキスしてもらうからな」
そういって次に差し出した部位は耳。
「耳って、耳ってどうなのさ」
「まあまあ、物は試しというじゃないか」
そうは言っても耳とか、そもそもキスされている感覚とかあるのだろうか。
「さあ、ほら」
「うーん、わかったよ」
僕は耳元に顔を近づけ、耳に軽くキスをする。そのとき、ほんの少しだけ悪戯心が芽生えた。
つい、唇で耳たぶを甘がみしてみた。
「ひゃうっ!?」
突然何されたのかわからないといった感じで唯湖さんが反応する。
ものすごく女の子らしい反応で新鮮だった。
「な、何をするんだきみは!」
当然のごとく怒っている唯湖さん。だって、ついやりたくなってしまったんだもの。仕方ない、仕方ないんだ、うん。
「や、なんかつい」
「全く……じゃあ、次の部分だ」
そういうと唯湖さんは前髪をかきあげる。おでこ、ということだろう。
「あ、さっきより気分的にキスしやすい気がする」
「まあ、手と一緒で挨拶的な意味合いが強いからな」
唯湖さんは先ほどから椅子に座ったままのため、高さ的な心配もない。
僕は唯湖さんのおでこにキスをした。
「なんだかあっさりしてるね」
「でも、私はなんだかいい気分だぞ」
唯湖さんが喜んでるならこの行為にも意味があったということだ。僕としてはこれまでと比べるとちょっと物足りなさを感じてしまったんだけど。
「次はここだな」
今度は指で位置を示す、頬だ。
「それじゃあいくよ」
ここまで来るともう恥もなくなってきたからか、すぐに顔を近づけてキスをする。
頬は思っていたよりも柔らかかった。
「……ちょっと新鮮だった」
「まあ、私たちは最初から唇だったからな」
そういえば、僕たちの最初のキスって唇なんだっけ。
だからだろうか、それとも、やはり王道かつもっとも最強だからだろうか。
「さあ、次はいよいよメインデッシュだ」
そういって唯湖さんが指した部位……それはもちろん、
「唇……だね」
「もちろん、普通のではダメ、だからな?」
普通のじゃないってことは多分そういうことなのだろう。
立ち上がった唯湖さんに体を近づける。同じくらいの身長なので下手に高さを合わせる必要もない。
「唯湖さん……」
おそらく唯湖さんのお願いもラストだろう。
僕は最後のサービスということで、自分なりに気をきかせてみる。
「お誕生日おめでとう、唯湖さん。これからも、ずっと大好きだよ」
僕の言葉に面食らったのか唯湖さんが驚いた表情をしている。
でも、僕は息をつく暇を与えずそこにキスしていった。
普通じゃないキス、舌と舌とを絡めたキス、つまりディープキスを。
体と体をよりそわせた僕らは、互いの唇を合わせる。
ぷっくりとした少し湿りを帯びた唇を舌で味わい尽くす。
その後、口内に入れた舌を上下の歯や歯茎に這わせる。
ピクリと唯湖さんの体が跳ねる。
まだ…足りない。
並びの良い歯をノックし開いた隙間から舌を入れて中を僕に染めて行く。
唯湖さんも僕の舌に舌を絡め、ざらざらした感触を二人で楽しむ。
舌と舌で握手するようにぎゅっと繋がる。
溢れている唯湖さんの唾液を飲む。
ごきゅ…と喉が鳴る。
唯湖さんも僕の唾液を音を立てて飲み込む。
とにかく、思いつくかぎりの『求める』を体現していく。
長い長い求め合いが終わり、唇と唇が離れたとき、軽く唾液の橋が出来上がった。
「これで……満足した?」
「……うん」
どこか遠くを眺めているような表情をしながらうなずく唯湖さん。
放心しているのだろう、こんな唯湖さんが見られるなんて。
「……ハッ! う、うん。理樹君がまさかあそこまでのことができるなんてびっくりだぞ」
ようやく我にかえった唯湖さんが、自分を落ち着かせるようにこまかくせきをしながら批評する。
「うん、僕自身唯湖さんを放心させることができるなんて思ってなかった」
「く、結局理樹君に一本取られてしまったというわけか」
唯湖さんはくやしそうにしていたものの、すぐにいつもの様子に戻る。
「まあいい。私の誕生日はまだこれからだな」
「え、それって――」
「とりあえず、二人して学校をさぼって街へと出ようか。まだ期限は有効だろう?」
どうやら今日は一日中唯湖さんに付き合わされるようだ。
まあ自分が言ったことだし、それに、自分自身それを望んでいるから仕方がない。
だからこそ、僕は唯湖さんに向かって元気良く答えた。
「うん、もちろんだよ!」
あとがき
唯湖さんの誕生日っつーことで、思いつくままに唯湖さんへの想いをぶちまけてみました。
手伝ってもらったしまさんと日向の虎さんにはほんとーに感謝。