「そんじゃな〜」
「おう、つき合わせてすまなかったな」

 学校の校門の前で健介と別れる。辺りはすでに真っ暗だった。

「いや〜あいつが勉強につき合ってくれて助かったよ」

 誰もいないのにそう口にする。いや、むしろ暗い中一人になってしまったからこそ独り言を口にしてしまうのかもしれない。
 こんな時間まで学校にいたのは家だと忘奈のせいで勉強に集中できないことにふと気づいてしまったからである。その点、学校ならば忘奈の「遊ぼうよ」攻撃も来ない。

「まあ、でもわざわざそれをテストの日に実行するべきではなかったな……」

 そういって勉強のしすぎで重たくなった頭を振る。少し軽くなった気がしたものの、その後すぐに軽い酔いがまわってくる。
 やはり今日はテストが終わったと同時に帰るべきだった。それをあのことを閃いたときの俺は「俺は今、回避率100%だー!!」とわけのわからないことをいい、健介を巻き込んで勉強してしまった。そして気づけばこんな時間に……まあ、健介がいたおかげで何時間かは頭を休めるためのボケタイムが取れたからよかったけど。
 ヘルメットをかぶり、改めてスクーターにまたがる。学校から家までちょっと遠いものの、こいつのおかげで俺はこんな時間になるまで勉強して帰れるという余裕ができた。俺はそのことを評してこいつのことを『ファルコン号(改)』というかっちょいい名前をつけてやった。(改)には深い意味はない。ただそっちの方がかっこよかったからだ。

「よし! いくぜファルコン号(改)!!」

 車こそ通っているものの、歩く人は見当たらないので俺はちょっと大きめに声を出してファルコン号(改)にまたがる。そしてそのまま道路上を走っている車と車の車間距離がそれなりにあるところに入っていった。




 風が気持ちいい。
 今日が夏の暑い日だからこそより気持ちよく感じられた。しかしそれを邪魔する存在は当然ある。
 最大の敵が信号だった。別にスピードを出したいとかは露にも思わないが、信号で止められるのはなんとなく気に入らない。それでもルールではあるし、乗っていないときはこいつの存在がありがたいと思うのは多々ある。だから俺は仕方なく人気のない横道の方に入っていくことにした。
 横道は道こそせまいものの、ほとんど車が入ってこないし、人も少ないし、何より信号がないので快く走ることができた。だけど、そのために注意が散漫になっていたのかもしれない。


 目の前に、倒れている人がいた。


「!!??」

 俺は思わず急ブレーキをかける。しかし慣性によってなかなか止まらないファルコン号(改)。
 せめて倒れている人をひかないようにと判断したのか体が勝手にファルコン号(改)の進む向きを横に変えた。結果として、それがドリフトブレーキのようになりあと少しでひくという一歩手前で止まった。

「あっ危なかった……」

 心臓がバグバグいっている、バクバクどころじゃない。おそらくタイヤの後が思いっきり残っただろう。暗いのでそれを確かめるには少し至難の業だが。

「! それより人のほう」

 俺は倒れている人の下にかけよる。近くに駆け寄ると俺と同じ学校の制服を着た女の子だった。この子どこかで見たよう……。

「こいつは確か同級生の……あ〜!! だめだ、名前が出てこねえ」

 そんなにクラスメイトとあんまりつながりが深くないため、顔こそ見たことあるものの名前が出てこない。相手にとってはすごく失礼なことだろうが、俺にとってはどうでもいいことのためあまり気にしていなかった。

「まあいいや! おいっ! おいっ!」

 その子を抱きかかえ、軽くゆすって起こそうとする。まもなく、

「うっ……うん…」
「おっ目を覚ましたか」

 彼女は俺の顔を見てしばらくキョトンとしながら、

「……えっと……帽槻くん?」
「おっ名前知ってたんだ」
「私……」

 彼女はしばらくこの状況を把握しようとしていた。そしてはっとなにかに気づいたかのように俺に叫ぶ。

「! 帽槻くん後ろ!!」
「後ろって……うわあああ!!」

 後ろの方、そこには巨大なハサミを持った4本手の化け物がいた。






「キラセロ……キラ……セロ……」

 化け物の目はこちらを向き、明らかに殺意を持っている。ハサミの鳴らす音が辺りに響き渡る。
 一瞬夢かとも思ったが、すぐにこれが現実だと判断する。忘奈たちに会ってできた非現実に対する免疫に感謝した。

「……走れるか?」

 やばいと判断した俺はその場から逃げることにした。彼女が質問に横に首を振って答えたので俺は抱きかかえたまま走ることにする。

「オマエモ……ミエルカ……」

 しかし化け物は思ったよりすばやく、そう口にした途端すばやく移動して俺の足をつかむ。そのとっさのことに判断ができずこけてしまい、彼女を離してしまった。

「ニガサナイ……」

 俺は化け物の二本腕につかまれ身動きがとれなくなる。

「早く逃げろ!!」

 彼女に叫ぶがすでに気絶してしまっていて動かない。最悪の状況だ。

「キル……」

 残った二本の手で持ったハサミを俺の首に近づける。ハサミは開かれ、後は閉じるだけで間違いなく俺の首は切れてしまう。震えが止まらなかった。この場で死ぬのか? まだ人生これからなのに?
 抵抗したくても体が動かない、ゲームとかで弱いキャラが必死で抵抗するのを馬鹿かこいつはという感じで見ていたがそれは間違いだった。あれは精一杯の勇気が必要なんだ。負けるとわかっているのに抵抗するというのがどんなにすごいことかわかった気がした。しかしもうそれも意味がない。
 そのままハサミが閉じられていった……。



キンッ!!



 しばらくたっても首が飛ぶ感覚はない、おそるおそる目を開けてみるとハサミの刃の部分が折れてしまっている。

「間一髪、間に合ったか……」

 つい最近聞いた声がした。思わず声がした方を振り向く。

「刹那!!」
「主殿の危機に間に合ってよかった、さて――」

 俺に安心した顔を見せたのもつかの間、途端に殺意をもった目になり、そして口には笑みを浮かべ、

「主殿を殺そうとした報い、その命で支払ってもらうぞ」

そう言って、青白い光の爪を作り出した。

「クッ……」

 化け物は新たに体からハサミを精製し戦闘態勢をとるものの、一瞬にしてその2本の腕が切り取られる。切られた腕からはどす黒いものが霧散していく。

「!! ギャアアアァァア!!」

 化け物にも痛みがあったのか、後ろによろめきながら奇声を発する。しかし、刹那は非情にもその隙を見逃さなかった。

「遅い……」

 化け物が痛みを感じている隙にさらにまた残りの2本の腕を、それこそ紙を切るかのようにあっさりと切り取る。

「どうだ、これで反撃などできまい」

 圧倒的な力の差。
 化け物は何もすることができずただ刹那にやられた痛みに耐えている。

「つらいか、しかし主殿にした報いはこれでも収まらないのだがな」

……こぇえ、つくづく刹那が敵でなくてよかったと思う。先ほどまで自分を殺すかもしれなかった化け物に少し同情してしまうくらいだった。

「さて、あとはどうしてくれよう」

 反撃すらもできなくなった化け物に少しづつ刹那が近づく。それは相手に恐怖をわざと与えているのだろう。刹那なら相手をいつでも殺せるのだから……。
 突然、刹那と化け物の間にひとつの人影が入る。そのシルエットには見覚えがあったが、その後の人影から発せられた一言で自分の思った人物に間違いないと核心する。

「あとはわたしにまかせてくれないかな?」
「忘奈!!」

 俺は忘奈の元に駆け寄り、刹那の方は逆に立ち止まる。

「お前、どうしてここに……?」
「んー、このこにだいじなようがあったから」

そういって忘奈は化け物の方を向き、





「ごめんね、きづいてあげられなくて。もうこんなふくしゅうはしなくていいよ」





 途端、化け物の体がどす黒いものに変わって霧散してゆき、その後に小さな物がひとつ残る。
 それはだいぶ使い古されたハサミだった。少しの間青い光を発していたが、それも消えてゆく。
 忘奈はそれを手に取り、俺たちの方を向いた。
 
「ひどいめにあわせてごめんなさい、そして、おてつだいありがとうなの」
「ふん、主殿を助けただけだ。別に手伝ってなどおらぬ」

 刹那はそれだけいうとまた闇夜の中に消えていった。多少照れていたような気もするが……気のせいかな。

「せつなちゃんはね、たすけてっていってくれたらすぐにこのばしょにかけつけてくれたの。でももっとはやくにけはいがわかっていたら、たかおをきけんなめにあわせなくてすんだのに……ほんとうにごめんね」
「いや、いいよ。結果オーライってやつだ」

 すまなそうにしている忘奈をさらに落ち込ませることがないように言葉を返す。

「じゃあわたしもそろそろいくね、そのこがおきちゃいそうだから」

 忘奈も闇夜の中に消えていく。それとほぼ同じくらいのタイミングで気絶していた女の子が意識を取り戻した。

「う……ん……」
「あ、気づいた?」

 俺は女の子の元に駆け寄る。そういや、忘奈って人間に見られたらその人物を殺さなければならないって掟があったんだっけ。だから刹那を呼んだと。おそらくそのとき起きていたらこっそりと刹那に頼んで気絶でもさせたのだろう。

「!! 化け物は…あら? いない……」
「大丈夫?」
「夢……だったのかしら、そうよね。私たち無事みたいだし……」

 俺は何も言わなかった。別に夢だと思っている以上、そういうことにしておいたほうがいいかなと思ったからだ。
 とりあえず彼女を起こしてやる。

「一人で帰れるか?」
「うん、もう大丈夫。それじゃあね……」

 そのまま多少おぼつかない足取りで帰っていった。本当に大丈夫だろうか?

「いや、やっぱ一緒についていくよ。またあんなのに会ったらどうしようもないしな」

 そういってファルコン号(改)を押しながら彼女の隣を歩き始める。彼女も一瞬と惑ったものの、何も言わずそのまま一緒に歩いている。やはり怖かったのだろう。



 彼女の家につくまで俺たちは終始無言だった。いや、何から話せばいいのか俺も彼女もわからなかったのかもしれない。まあ、こんなのめったに体験するものじゃないしな。

「あっ、ここが私の家……」

 ついた先は2階建てのごく普通の家だった。距離的にも確かに学校から自転車で通うほどではない近さでもある。

「そうか、じゃあまた明日な」

 俺は何事も起こらなかったことに安心しつつ、その場所を後にしようとファルコン号(改)にまたがる。

「あっあの……今日はありがとう」

 思わず振り向く。暗くて表情こそよく見えなかったものの彼女がお辞儀をしているのだけはわかった。
 俺も背をむけながら手をあげて「どういたしまして」という意思を伝えた。

 今日は本当に疲れる日だった……。結局、帰ったらすぐに倒れるように寝てしまった。忘奈と遊ぶ約束すらも忘れて。



終わり