「おっおい、落ち着けって二人とも」

 この状況に耐えられなかった俺はなんとか二人の仲を取り持とうと仲裁を試みる。

「私は落ち着いている」
「わっわたしだって!」

……仲裁は難しそうだ。刹那の声は確かに落ち着いてはいるが、先ほどの言葉には多少挑発している感があった。忘奈の方はというとムキになってさらに強く抱きつく。

「いてててて!!」

 思わず痛みを口にしてしまう。それを見て刹那は、一言も口にせず肩の力を抜いて目をつぶった。すると刹那から耳と尻尾が二本生え、全身に波動らしきものが浮かび上がる。けん制、というやつだろうか。明らかにやばやばな雰囲気である。
 さらにそのままの状態で目を開き忘奈をにらむ。それは『これ以上何かしでかしたらお前を殺す』と警告をしているように感じられた。
 さすがにまずいと感じたので俺からも忘奈に告げておく。

「おい、忘奈。俺から離れた方が……」
「やだ」

 忘奈は子供だった。自分のおかれている立場に気づいているのだろうか。いや、気づいていてあえてこうしているのかもしれない。
  
「主殿、その場を動かないでくれ」

 やがて刹那からそう言葉が発せられる。けん制では無駄だと判断してしまったのだろう。

「おっおい、ちょっとま……」

 忘奈のいる方、つまり右肩の方に風を感じた。それは一瞬のことだった。目の前に刹那はいない。しかし、横にはそのまま忘奈の姿。

「何っ!」

 後ろの方から声がしたので振り向いてみる。そこには意外そうな顔をした刹那の姿があった。
 手には波動が爪のように浮かび上がっている。

「ふう、あぶないあぶない」

 そして横で安堵する忘奈。

「なっ何が起こったんだ?」

 何がなんだかさっぱり分からない。とりあえず情報を整理してみる。

・右肩の方に感じた風
・俺の目の前ではなく後ろにいた刹那
・意外そうにする刹那
・刹那の手に浮かび上がっている爪のような波動
・安堵する忘奈

……うむ、さっぱり分からん。せめてあと一つぐらいヒントになるようなものがあれば――

「確かに狙い通りだったはず……」
「こどもだからってのうりょくあまくみないほうがいいよー」

 忘奈に言い返され悔しさのあまり下唇をかむ刹那。
 俺の方はというと先ほどの会話でようやく何が起こったのかを理解できていた。
 あのとき、ものすごい速さで刹那は忘奈にあの波動の爪で襲い掛かったのだろう。しかし相手が悪かった。忘奈は超高速移動の持ち主。きっと刹那の攻撃をかわしたあとすぐに元の位置、つまり俺と腕を組みなおしたに違いない。
――漫画の世界だなこりゃ。

「……なるほど、確かに甘く見ていたようだ」

 刹那が再び真剣な表情に変わる。先ほど以上に周囲に重圧が感じられる。
――ヤバイ、マジで殺る気だ。おそらく刹那はまだ何か能力を隠しているのだろう。忘奈にも怯えが見え始めていた。
 これ以上は行ってはいけない、止めなければならない。
 震える足で立ち上がり、刹那の方へちゃんと全身を向ける。

「刹那、やめるんだ。忘奈も」

 忘奈は俺の真に迫った表情を見て腕組みを外す、しかし刹那の方はまだ気を出し続けている。多分やめるつもりがないのだろう。
 仕方がない。ここでこんなことはしたくなかったが――






「えーいっ!!」






 俺は刹那の方へジャンプし、抱きついた。

「なっ!?」
「えっ!?」

 忘奈も刹那も俺の行動をまったく予測してなかったためか呆然とする。
 周囲の雰囲気があまりに悪くなってくると俺はそれに耐えられず思わずへんてこな行動をとってしまうという癖があった。勿論自分の力でどうにかなりそうってな時にしかしない。今回の場合もある意味命がけだが、刹那の俺に対する言葉から攻撃してこないであろうことは分かりきっていた。

「ぬっ主殿?」
「耳はみはみ〜頭なでなで〜」

 刹那が猫状態のときにやったことがあるやつでできることを実行する。多分半分くらい自分の本能も混じってるのだろう。
 最初は困惑していた刹那も、次第に猫としての本能から気持ちよさそうにする。

「………♪」

 むう、油断しておるな。しかし、女子として漢(おとこ)の前で油断するというのはすなわちセクハラOKということを意味する! というわけで、

「胸もみmごはぁっ!!」
「主殿!?」

 俺の両手が刹那の二つの丘にすばやく着陸する寸前で横槍、というか横からタックルが入る。
 ぶつかった高さからして間違いなく忘奈だろう。いや、というかそれ以外にタックルしそうな人がいないんだけどね。

「痛つつ……」

 忘奈がぶつかったところをさすって少しでも痛みをやわらげる。と、そうしている俺の前に忘奈がやってくる。なんとなく、この後の展開は読めるような気がした。

「わたしにもしてー♪」
「あ、やっぱ予想どおり」

 案の定自分にもとせがんでくる忘奈。なでやすいようにと前に頭を突き出している。要望を受け入れようと手を忘奈の頭の上にかざしたがそこで手が止まってしまった。

「…………(じーっ)」

 せっ刹那がにらんでらっしゃいますよ! うらやましオーラをどんどん発してますよ!
 あまりやりすぎるとケンカの原因になってしまいそうなので、忘奈の頭は軽くなでることにした。

「ったく、これでおあいこだからな。あと、頼むからケンカはやめてくれ」

 刹那にもわかってもらえるよう、ちょっと怒った口調で話しながらなでる。

「主殿の命令とあらば仕方あるまい。忘奈とやら、命拾いしたな」

……残念ながらあんまり分かってくれてないようで、相変わらず刹那の言葉には挑発めいたものが含まれていた。

「うーっ」
「わっ忘奈、落ち着いて……そうだ、そういえば刹那は最近どこに行ってたんだ?」

 場の転換のために別の話題を切り出す。それにこれはかなり気になっていたことだった。
 実はここのところ家の方に帰ってきていなかったのである。俺が元気してたかと刹那に尋ねたのはそのためであった。

「いや、それは……。主殿を危険に巻き込むわけには」
「忘奈、刹那が話すことができなそうだから一緒に遊んで時間でもつぶ「最近なにやらこの近辺で不穏な空気が漂っていたもので。それの調査に行っていたのだ」

 俺が忘奈と何かするということが嫌なのか、お前は……。まあ、それはともかくとして、

「不穏な空気?」
「ああ、だがこれ以上主殿を厄介ごとに巻き込むわけには……」
「忘奈、一緒に「実は邪悪な妖怪の気が感じられたのでな」

 なっなんか面白い、そして嫉妬する刹那が可愛い(駄目男)。その分忘奈に不満がたまっていってしまっているみたいなのだが……やりすぎるとやばそうなのでこのぐらいにしておこう。
 それにしても邪悪な妖怪ねえ……。案外、最近話題のニュースに関係してたりしてな。

「とにかく、主殿も気をつけてくれ。特に夜は危険だ。夜ほど妖怪にとって動きやすい時間はないからな」
「うーん、まあ心に留めておくよ」
「では、私はまた調査を続けたいと思うのでこれで。忘奈とやら、もし主殿に何かしでかしたときは次こそ命はないと思え」

 そういって刹那はまた外に出て行った。忘奈への警告も忘れずに。
 しかし……俺に何かしでかしたら命はないとは。もし刹那がなぜ忘奈の婚約者が俺なのかっていう理由を知ったら間違いなく刹那は忘奈を殺すだろう。気をつけないと。

「……って、もう休憩に入ってから大分時間がたってるな。勉強始めないと」
「ねえ、あそばないの?」

 忘奈が不満そうにたずねてくる。

「明日がテストなんでな、テストが終わってからなら遊んでやるから」
「ほんと!? やくそくだよ!」
「ああ」

 俺も嘘をついているつもりはなかったのでちゃんとうなずく。
 明日は忘奈とたくさん遊んであげよう、その代わり次の日からはまた少し我慢してもらおう。
 そんな打算を打ち立てつつ、その日は必死の勉強で時間は過ぎていった。




 しかし、結果として明日はたくさん遊べなくなった。なぜならば、その日とんでもないイベントが起こってしまったのだから……。