『……続いてのニュースです。昨日、○○地区でまたも首なし事件が発生しました。被害者は鋭利な刃物で首を切られており、即死の状態で発見されました。また、容疑者の目撃も一切ないそうです。では次……』
「最近ぶっそうになったものね」
朝、ニュースを見ながら母親がつぶやく。最近話題になっている殺人事件のニュースだ。
殺し方は残酷でどの被害者も首から上がないということだった。さらに被害者に共通点は一切見つかっていない。愉快犯の犯行ではないかとの見方もある。
しかし、受験生である俺にはどうでもいいことだった。政治関連とかならともかく、殺人事件の問題なんて試験にはでない。
俺は目の前に置いてあった食事を取り終えると、買い置きしてあったホワイトジュースを飲みながら自分の部屋へむかった……今日のはバターといちごの風味がした。
もはや精神的に限界がきそうだった。頭がぐらぐらする。
目の前には異常なまでの数と記号の山。消しゴムも相当使っている。
「あ〜つかれた、でもこんだけやれば明日のテストは……」
俺がそこまで勉強に集中している理由、それが明日夏休みなのに実行されるテストのためだった。
受験生とはいえテスト前となるといつも以上につい勉強に力が入ってしまう。
『どうせ本番で点数取れればこんなところでとらなくったって』
そう割り切れればどんなに楽なことか。しかし、うちの学校ではテストの順位が発表される。
これは生徒たちに競争意識を出させ、切磋琢磨させることによってたくさんの優秀な生徒を育てようとする学校、もしくは教育委員会の陰謀。
だがこうすることによって下のものはあきらめを感じますますやらなくなってしまうという欠点がある。とりあえず赤点さえ取らなければ……。そういう考えになるのかもしれない。
しかし、俺は大学を目指す以上赤点はおろか上位に食い込む程のレベルでなくてはならないのだ。うちの学校は進学校とはいえレベル的には普通といったとこ。この学校ではある程度上位にいないと大学なんて狙えない。
「ふぅ〜」
俺は天井を見上げながら一息つく。しかし、本当にダルい。脳を働かせるとカロリーを消費しやすいというのは事実だったんだな。飴買っておいてよかったと思いながら机の引き出しを開ける。
しかし、そこに飴玉の入った袋の姿はなかった。
「あれ、確かに入れておいたんだが……」
俺の記憶違いか? いかんな。もしかしたら頭がぼやけているせいでどこにあるのかすら判断できんのかもしれん。そろそろ幻覚でも見てしまうかな? 妖精とか、妖怪とか……
「べんきょうおわった?」
見てしまった。
そこには手に飴玉の入った袋を持って自分はそのうちの2、3個を含んでいる和服姿の小さな女の子……そう、忘奈を。
「ああ、まあ一息ついたところだ」
俺は背伸びしながら忘奈の持っている飴玉の入った袋をちらりとみやる。
「おい、それ……俺の飴じゃないか?」
パッケージもまったく同じものだったし、忘奈には前ホワイトジュースを大量に持ってこられたときに「こういうことはやらないように」と店のものは盗まないようにしつけてある。いや、確かにやらせたのは俺だけど。
そういうわけで忘奈の持っているものは100%俺のものと見て間違いなかった。自分的にはドスを聞かせたつもりの声で尋ねる。
「おいしそうだからもらったの〜♪」
しかし返ってきた答えはまったく悪びれのないものだった。あまつさえ「はい、たかおにも〜」といってくる始末。俺は怒りをとおりこしてすっかりあきれてしまった。
「はぁ、もういいや。忘奈。その飴玉袋はお前にやるよ」
忘奈から飴玉を一個もらいながら言う。だが、一応釘を刺しておくことは忘れない。
「だけどな、忘奈。人のものを取るっていうのは悪いことなんだ。今回は許してやるけど今度からはそういうことするなよ」
「はーい」
……本当に分かってるんだろうか?
忘奈は飴玉を舐めることに夢中だ。もしかしたらよく聞いていないかもしれない。
まあいい、そんときはそんときだ。
トントン
「ん?」
外から窓を叩く音がする。ごくわずかな音。しかし、それで大体見ないでもそれがなんなのかは想像がついた。
「おお、刹那か。入って来い」
そういって窓を開ける。中に入ってきたのは一匹の猫だった。
こいつは他の猫に襲われていたところを俺が助け、怪我をしていたので治療ついでにそのまま飼うことにした猫である。
しかしこいつは大分前から飼っている気がするのだが、一向に成長している節が見えない。
ちなみに刹那という名前は近所の幼馴染と一緒に考えてつけた名前である。
「よしよし、元気してたか」
刹那をなでると嬉しそうに目を細める。刹那は外に出るとたまにしか帰ってこないこともあるので、猫が好きな俺は戻ってくるたびに必ずこうしてスキンシップを取るのだ。
「忘奈も動物は大丈夫だったよな」
「うん! だいじょうぶだよ。でも――」
刹那を見つめる忘奈。それはまるで刹那が普通の動物とは違うと言っているようだった。
「べつにしょうたいあらわしてもいいとおもうけど……」
「へっ?」
忘奈の一言に思わず口を開いてしまう。
「おっおい、忘奈。それって……」
刹那は実は猫ではないわけで、でも目の前にいるのは間違いなく猫の刹那であって……。
ああ、なんだかわけわからなくなってきた。
そして俺を混乱させるきっかけとなった刹那の方はというと、しばらく俺たち二人を見つめていたがやがて観念したかのように下を向き、すぐにこちらの方を向き返すと、
「――お前も、妖怪だな」
そう口にした。
「……はい?」
さっき刹那がしゃべったよな……きっ気のせいだよな…。
「妖怪が主殿に何用だ」
気のせいじゃない。本当にしゃべってる。俺は思わず動揺する。しかし忘奈は気づいていたためなのかそこまで動じた様子はなかったが。
「ねこまた……だったっけ?」
「然様、しかし今質問しているのは私だ。お前ではない」
強い口調で話しかける刹那。忘奈の方はというと――いつもどおりの顔をしている。
「わたしはたかおの『こんやくしゃ』なの。いっしょにいてとうぜんなの」
忘奈はむしろ嬉しそうにそう答えた。すると刹那は忘奈の顔を見ながら、
「――ふん、まあよい。特に主殿に危害を加えるわけでもなさそうだしな。だが――」
「何かしら危害を加えるようなことがあれば私がお前を殺す」
この部屋に静寂が訪れる。
いや、だっていきなり殺す殺さないまでに話が発展しているんだもの。何を口にしていいのか全く分からない。
最初に口を開いたのは刹那だった。
「ところで……主殿に妖怪が見えるとは思いもよらなんだ」
丁寧語で俺に話しかける刹那。その声に先ほどのような威圧感はない。
「えっ……妖怪って普通見えるものじゃないのか?」
「いや。幽霊などと同じで、特殊な力がある人でないと見えないものだ」
へえ、俺にそういう力があったのか。
だったら、別に親に必死で隠さなくても――いや、駄目だ。
忘奈は人間に見つかったらその人を殺さなければならない。それが見える人に限定されたとしても、俺の親が見えない人であると断言はできない。殺される可能性がある以上、やはり必死で隠さなければならない。
まあ、それでも少しは肩の荷がおりたけど。
「しっかし、刹那が猫又ねぇ」
猫又ぐらいなら俺も漫画かなんかで見たことがある。俺の記憶の限りではしっぽが二つに分かれているから猫又なのだが、刹那のしっぽは一本しかない。どこかに隠しているのだろうか? でも、それより……
「と、いうことは刹那は人間に変身できたりして。はは、な〜んてな……」
仮に猫又とはいえ、話の世界と現実じゃちょっと違う。ま、妖怪なんかが存在している時点で俺には現実ってのがよく分からなくなってはきているが。
しかし、その後の刹那の答えは俺の期待を裏切るものだった。
「出来るぞ。ほれ、このように……」
そういって刹那の体に変化が出始める。体から光がでて刹那の姿がよく見えなくなったかと思ったらその場に自分より少し年下ぐらいの背で白い着物、白い髪の毛をした女性が立っていた。
「なっな……!?」
その光景に唖然とする俺。ちゃんと服を着ていたのは救いというべきか残念というべきか。
「ふむ、この姿になるのも久々だな」
変身した当の本人はそういって自分の姿を眺めている。その後俺の方を見て、
「どうだ、主殿。私の姿を見た感想は」
感想といわれると……自分より年下に見える割に威厳が感じられ、その割りには綺麗というよりは可愛いという矛盾するはずのものが見事に存在している。正直いって俺が好むタイプの姿だ。
しかしそれを素直に口に出すのはちょっと抵抗する部分があるため、できるだけ簡潔な感想にする。
「うっうん、いい感じだよ」
……自分で言っておいてなんだが、いい感じってなんだろう。まあ、褒めていることには間違いないだろう。
すると、刹那はふっと笑い、
「そうか、主殿に気に入られて良かった」
――ちょっとさっきの台詞は『ドキッ』と来た。いや、むしろ胸キュン?
そう思ってると俺の腕に圧迫されたような痛みが走る。
「いて、いててて!」
何だろう一体と思い、横を見ると忘奈がにらむ顔つきで俺の腕に抱きついていた。忘奈の視線の先には刹那の姿がある。こんな忘奈の顔を見るのは初めてだ。
「おい、どうしたんだ忘奈……」
俺が質問しても答えようとしない、刹那の方をずっとにらんでいる。
刹那の方はというと、顔に多少の笑みを浮かべて忘奈の方を睨み返している。
……もしかして、これが修羅場ってやつですかい?
つづく