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「ねえねえ、あそぼうよ!」

 8歳ぐらいの小さな女の子が俺の袖を掴んでそうせがんでくる。

「ダーメ、俺は今宿題を終わらせるのに忙しいの」

 俺はその袖を軽く振り払い、目の前にあるわけの分からない文章が書いてある国語の問題集の解答欄を埋めていく。もちろん、答えなんて適当だ。

「ぶー! つまんなーい!」

 女の子はそう文句を言うと、近くに敷いてある俺の布団に倒れこむ。

「つまんないつまんないつまんなーい!」

 女の子はその場でジタバタしはじめた。しばらくすればやむだろうと辛抱していたものの、一向に止む気配がないため、

「だーうっせい! おとなしくしてろ!」

 そういった後、思わず深いため息をついた。
 俺の名前は帽槻 孝雄(ぼうき たかお)、受験を間近に控えているというのに堂々とゲームをするという自分でも認めるほどダメ人間な高校3年生だ。
 そんな俺は、ある日美少女ゲームを探していてとある少女に出会った。
 それが先ほどからじたばたしているこの女の子。名前は『忘奈』といってなんと妖怪なんだそうだ。
 髪の毛はいかにも和風ってな感じの黒いショートカットで、着物を少し露出を多くしたような格好をしている。
 見た目やその仕草は8歳ぐらいの女の子となんら変わりないのだが…実際の年齢はよくわかっていない。

「頼むから今はおとなしくしてくれ、後で遊んでやるから」

 俺はそう懇願した。戸を閉めてそれなりに防音をし、さらにCDラジカセの音量を大きめにしてあるとはいえ、家の中には親がいるのだ。忘奈は隠れるだけですむだろうが、俺は一人で突然おかしなことを言い出すやつと思われてしまう。親に変な迷惑をかけるわけにはいかない。こう見えても俺は結構親孝行な人間なのだ。

「むー。わかった、じゃあこのうさちゃんとあそんどく」

 そういって忘奈は俺がゲーセンでとってきた、やけにまんまるとしたうさぎ(らしきもの)と遊び始める。こういうもので遊べる辺り、やはり俺には8歳の少女に見えて仕方がない。

「ああ、そうしてくれ」

 俺はそういうと、目の前にある宿題の山を片付け始めた。



「あー疲れた!」

 椅子に座りながらグッと背伸びをする。全部は終わっていない、しかし、これだけやっておけば後は学校の休み時間にでもすればいいというぐらいはできたのだ。

「ねぇねぇ、じゃああそんでよ!」

 忘奈が待ってましたと言わんばかりに俺によってくる。

「あー……風呂入ってからでいいか?」

 すっかり遊ぶ約束をしていたことを忘れていた俺は、とりあえず宿題が終わったあとするつもりだったことを先に出来ないか聞いてみる。

「えーあそぶやくそく〜……」
「風呂入ってから遊んでやるからさ」

 すると忘奈は、むーっと言いながらしばらく考え込んでいたがやがて、



「じゃあわたしもはいる!」



なんておっしゃりやがった。

「……は?」
「わたしもいっしょにはいるのー」

 忘奈は嬉しそうにうさぎ(らしきもの)を抱きかかえながらぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「……何馬鹿なこと言ってんだ、お前はここでうさぎ(らしきもの)と遊んでおけ」
「ぶ〜ぶ〜!」

 俺はそれを冗談だと受け取り、無視するように風呂場に向かった。後ろで聞こえたブーイングも当然聞こえないものとして受け取った。






「ふ〜」

 俺は軽く体を流したあと、大人が二人入ればいっぱいになりそうな風呂にざぶんと浸かる。疲れが浴槽の方に流れるように抜け出ていく感覚を気持ちいいと感じるのに時間はかからなかった。多少熱めだが気にするほどでもなく、むしろこの熱さがまた心地よかった。

「勉強疲れにも効くものだな〜」

 俺は浴槽のお湯でそのまま顔を洗う。前に人が入っていたら出来ない芸当だ。

「ふう……」

 ああ、なんかこうぼーっとしているのっていいなあ……。学校では勉強勉強、家に帰ってもそのプレッシャーが休まることのない高校3年生にとって、つかの間の休息であるお風呂や睡眠などの時間はとても貴重に感じられる。いや、確かにゲームとかにも逃げたりはするが、勉強のことはなかなか忘れられるものではない。それでもやる俺は終わっているのだろうか?
 ともかく、せめてこのときだけは勉強のことなど忘れていたい。いや、むしろ全てを忘れ去ってしまいたい。そう、風呂場の戸から見える小さな人影すらも気にしないくらい……

「……え?」
「私も入るの〜♪」

 俺はぼーっとしていた思考を呼び覚ますが時既に遅し。俺の目の前には飛び込むように風呂場に入った忘奈の姿があった。

「おっおい! 忘奈……」

 大きな声を出そうとしてハッと口を塞ぐ。大きな声を出せば親が来る。ここには隠れるようなスペースがないので、へたすれば俺は幼女誘拐とか言われて親に警察に通報されかねない。それだけはなんとしてもさけたかった。

「えへへ〜」

 忘奈は俺がそんな心配をしているとは全く知らないようで、ただ満面の笑みをこちらに向けてくる。

「くう……仕方がない。」

 そういって俺は浴槽から出る。俺は一刻も早く風呂場から抜け出たいがために、体だけさっと洗ってあがることにしたのだ。くそう、俺の大切な時間が……。
 忘奈は俺のそんな様子をじっと見ている。出来ればそのまま何もしないでいて欲しい。そう願いつつ俺は髪を洗い始めた。シャワーで軽く頭をぬらし、手にシャンプーをつけて髪をワシャワシャと洗い始める。泡が目に入ってはたまったものではないので顔を下に向け、さらに目をつぶる。
 速く洗いたいがため、多少乱暴気味に髪の毛を手でクシャクシャにする。普段なら角を作ったりなどとガキのようなこともしたりするのだが、あいにく今日はそんなことをする精神的余裕がない。そう、途中で頭に2つ以上の手の感触を感じたとしてもなかなか気づかないくらいにだ。……ん?

「……おい、忘奈」
「なぁーに?」
「何故お前が俺の髪の毛洗いに参加しているんだ」
「おもしろそうだったから♪」

 下を向いて目をつぶっているため正確なことはよくわからないが、おそらく忘奈は今笑っているのだろう。邪心の全くない、それこそ本当の無邪気な笑顔でだ。
……そしてだからこそ余計に始末が悪い。

「……頼むから風呂に入っていろ」

 俺は洗うのをやめ、忘奈に警告する。

「えーだってー!」

 忘奈は当然不満そうだが、俺はそれを意にも介さず手探りで洗面器を探す。途中何度か忘奈の足に手をぶつけつつもどうにか洗面器を見つけると、俺はそれに湯を汲んで頭にぶっかける。それを三度ほど繰り返した。

「……ぷはっ!」

 手で顔の水を払い、目を開ける状態にする。

その先には、忘奈の姿があった。そう、忘奈は俺に反発して風呂に入っていなかったのだ。

「ばっ……!!」

 俺は「ばか野郎!」と言おうとして口を塞ぐ。それを見て忘奈はニンマリと笑った。これはかなり邪心の入っている笑いだ。こいつ、俺が大きな声で注意できないのを知ってて……!

「んふふ〜おおきなこえだされたくなかったらわたしのいうこときくの〜」

 さらに命令までしてきやがった。
 くっこれは従うしかないのか!?

「かんたんなことなの、わたしのかみのけもあらって♪」
「へっ?」

 忘奈はそういうと俺の前の方に背を向けて座った。心なしか声も嬉しそうだ。

「さっはやくあらうの」
「……へいへい、分かりましたよ」

 脅されている身としては洗う意外の選択肢があるはずもなく、俺は仕方が無く手にシャンプーをつけて、忘奈の髪の毛を洗い始めた。

「えへへーきもちいいのー」

 あまり力を入れすぎないように、適度な強さでしていると忘奈がそう口にした。

「へっいい身分だな」

 そういいつつ、俺は自分で頬が緩んでいるのを感じていた。妹がいるってのはこういう感じなのかな……そう思うと、妹がいるやつがとてもうらやましく思える。まあ、今の俺にはいるようなものだが。

「ほらよっ…と、仕上げだ」

 俺は洗面器にお湯をくみ上げ、忘奈の頭の上からざばっと流す。一回じゃ全部泡が流れないだろうからそれを二回三回と繰り返す。もちろん、かるく頭を洗いつつだ。

「これでよしっと」

完全に泡が流れたのを確認すると、俺は忘奈の頭をポンと叩いた。

「ふう、どうもありがとうなのー」
「どういたしましてっと、これだけだな」
「うん♪」

 忘奈は満足したのか元気よくうなずく。そしてそのままもう一度風呂に入った。

「ふう、じゃあ自分の方を洗いますか」

 忘奈の下したノルマをクリアして安心した俺は、今度は体を洗うためにいつものところにおいてある石鹸を取ろうとする。
 しかし、石鹸はなかった。
 おそらく、これは神様が俺に仕組んだ試練なのだろう。そう考えなければこの後の状況を説明することなどできない。

「……あれ?」

 俺がないのに気づいて声を出したのと同時に遠くからスタスタと足音が聞こえてきた。状況を整理するに、多分この足音は父親、または母親だろう。そして多分石鹸を届けに来てくれたのだろう――いつもなら嬉しいことだが、今日に限っては最悪の状況である。
 そう、俺の目の前に忘奈がいるということである。しかもここは『お風呂場』という名の密室。逃げ場は、ない。

「……うわああぁああ! どうすんだよ俺!!」

 見出しの欄に『高3、幼女誘拐。受験のストレスからか?』と大々的に書かれた明日の朝刊を思い浮かべる。その文章の中には「そんなことをするような子じゃなかったのに」と母親の口から出たであろう言葉も一緒に掲載されていた。

「孝雄〜石鹸を持ってきたわよ〜」

 母親の少々間延びした声がこちらに届いた。イコール、既に母親は目前まで来ているということだ。

「わぁああ! ちょっちょっと待って!!」
「何を言ってるの〜あんたの裸なんて小さい頃から見慣れているから別に構わないわよ」

 俺の言葉を完全に勘違いして受け取った母親はそのままさらにこちらに接近してきて、風呂の戸を開けようとする。
 俺は少しでも忘奈を隠そうと思ったのか急いで風呂に入ろうとする、と、同時にタイルの床の影響で俺は滑って転び、そのまま――

「……何をやってるの?」
「び……びむばびべのびびぼぶ(い……犬神家の一族)」

俺は頭から風呂につっこんでいた。

「あっそう、あんまり勉強しすぎないようにね」

 母親は俺が勉強のストレスからこんなことをしたのだろうと判断し、石鹸をどこぞかに置いてそのまま去っていった。こんなことする息子を心配もせず自然に流してくれる親に、俺は感謝の気持ちと怨念を同時に抱いた。
……あれ? そういや忘奈は?

「キャハハ♪ おもしろいかっこうだったの〜♪」

 母親がいなくなり、俺が体勢を立て直してきちんと体から風呂に入ると、俺の頭上の方から忘奈の声が聞こえてきた。

「……なるほど、そこに逃げたのか」

 忘奈は天井にいたのだ。より詳しく言えば風呂の戸の上の方。確かにここは人間の死角となる部分だ。加えて天井に人がいるなんて誰も考えまい。伊達に物を人間の見つけにくい場所に隠していないといったところか。

「お前って天井にくっつくことも出来たんだな……」
「えへへ〜だってようかいだもん♪」

 とにかく、今回はなんとか事なきを得たものの、今後一切忘奈とは風呂に入りたくないなと思う俺であった。

「おもしろかったのーまた入るの♪」
「おい……」
「おおきなこえ……」
「わかりました」

……どうやら今後も入らなければならないようだ。
 俺にはただ、涙を流すことしか出来なかった。



終わり