『ハッピーバレンタイン』
バレンタイン、それは女が男に感謝の印としてチョコを送る日。
「岡崎は今日が何の日か知ってるかい?」
俺は半分寝ぼけ眼でやけに気合を入れて自分の金髪の髪をくしでとかしながら、いつもより服装をぴっちりとさせている春原を見る。
お前の髪はわざわざくしでとかす必要あるのかと思いつつ、余計なことを言うとなんか面倒くさいことになりそうな気がしたんでだまっておく。
「さあ、別にいつもと変わらん日だと思うが」
「かー! これだから岡崎は。いいか、周りを見ろよ」
春原に言われたとおり周囲を見渡す。センター試験も終わり、後は2次試験のみを控えたやつ、既に終わったヤツ、俺たちのような就職組みなどがいるのだが、今日はそういうのに関係なく皆いつもより少しそわそわしている気がする。
ふと、藤林と目が合った。藤林はすぐに目をそらし顔を赤らめた。
机の中に何かを隠しているらしく、それと俺のほうをちらちらと交互に見つめている。
「ん、なんかいつもよりそわそわしている雰囲気があるが……」
「だろうな、だって今日はバレンタインなんだから」
「バレンタイン、ああそういやそういうイベントもあったな」
すっかり忘れていた。今日は2月14日なのか。
そういえばずっと前むしょうにチョコが食いたくなって、チョコを買いに行ったら周囲からやけに変な目で見つめられたことがあったが、それが何故かと考えたらその日はバレンタインだったってことがある。
「ま、だから僕はこうして皆が渡しやすいよう、できる限りのおしゃれをしているわけさ。渡す相手が汚い格好してたらアレだからね」
「ふーん、つまりチョコが欲しいってわけか」
これは楽しめそうだと思った。
多分今日はこいつを眺めているだけでも一日中飽きないだろう。
最初のうちはチョコが絶対にもらえると自信満々な春原。
中盤に差し掛かってくると何で渡さないんだ、「はいどうぞ」っていって渡すだけでいいのにとあせりを感じ始めて、やけに何度も何度も服や髪の手入れをする春原。
終盤になると、何かを悟ったのか、あきらめの表情で涙に暮れる春原。
想像するだけでも笑いがこみ上げてくる。そして、少し同情を覚えた。
「ま、せいぜい頑張って道化を演じてくれ」
「道化ってのがよくわからないけど……僕は今日はたくさんゲットしてみせるよ」
予想したとおり絶対にもらえると疑ってかからない春原になんとか笑いをこらえつつ、俺は心の中でグッドエッチとエールを送った。
「朋也」
急に扉が開き、智代が教室の中に入ってきた。
そのままツカツカと俺の方へ歩み寄ってくる。
成績優秀、才色兼備、運動神経抜群、国崎最高……。
自分が思いつく褒め言葉がほとんど全て当てはまるような智代、もちろん有名人でもあるから注目を浴びないわけがない。
そしてその智代の目的でもある俺にも当然注目は集まるわけで。日が日だからいつもより注目を浴びている気がする。
「今日が何の日だか知っているな?」
智代はわざわざ確認するかのように俺に笑顔で尋ねてくる。
「ああ、煮干の日だろ」
「煮干の日?」
「全国煮干協会が制定。「に(2)ぼし(14)」の語呂合せだ」
「知らなかった……朋也は物知りなんだな」
「……あとバレンタインデーだな。それで?」
このままだと話が別方向にそのまま行ってしまいそうな気がしたので、ボケるのをここで断念し、話をあわせる。
「朋也、これは私からだ」
そういって手渡されたのは赤い包みに金色のリボンでラッピングされた箱。話の流れからしてチョコレートが入っているのだろう。
そしてこういう行為がなされると周囲から注目を浴びるのは当然なわけで。視線の痛みに耐えつつ、お礼をいう。
「ああ、ありがとう」
「しかも手作りだぞ。どうだ、女の子らしいだろう」
智代の余計な一言で周囲の視線が一層痛くなる。しかも智代は風子のようにファンクラブができているという噂だ。智代人気は男性だけに留まらず女性にもある。つまりそれだけ人気がある分嫉妬による視線は痛い。なんかうちのクラスじゃない生徒もちらほら見かけるし。
「まさか岡崎に先を越されるなんて……」
隣では俺が存在を忘れかけてた春原が涙を流していた。
「ああ、お前の分もある。感謝しろ」
「マジっすか! くうう、智代! あんたいい女だよ!!」
ものすごく喜んでいる春原。ま、これで視線の負担も減るから楽に……。
「ほら」
「……あの、これは?」
春原に投げ渡されたのはチロルチョコだった。
当然視線の負担は減るわけない。
「ん、学校へ行く途中にお前のこと思い出してな。近くにあった店でわざわざ買ってきた」
「そうっすか……」
再び涙を流し始める春原。その道化っぷりにおかしさがこみ上げてくる。
「朋也ー!」
今度は杏が入ってきた。もちろん俺たちのところにやってくる。
「はい、チョコレート」
そういって俺に手渡されたのはこちらも包装紙にきっちりとくるまれたものだった。
こういう包装紙ってゴミになるだけ無駄だよなと俺の場合思ってしまうのだが、相手から言わせるとその分心を込めているってことなのだろう。
「そしてあんたにも」
そして春原に手渡される5円チョコ。智代が春原に渡したやつよりも安い。
「この岡崎との極端な差は何なんですかねぇ……」
「「あんた(お前)と朋也の差よ(だ)」」
簡潔かつ非常に分かりやすいお答えで春原の質問に答えてくれるお二方。
頼むから貴方たちのファンであろう方たちが色んなとこからこっそり見ているのを察知してください。
視線に殺されます。
「ほら、椋も今のうちに渡しちゃいなさいよ」
「わわ、おっお姉ちゃん……」
杏がさらに藤林まで連れて来た。
藤林の手にはピンク色につつまれたハート型のものがあった。先ほどからちら見していた机の中の物はこれだろうか。確かに出しづらい。
「……あっあの! 岡崎さん!!」
最初のうちは手間取っていて顔を真っ赤に染め上げていたものの、しばらくして意を決したのか藤林は両手でそのハート型のものを持ち、俺に差し出すように前につきつけた。
「こっこれ、受け取ってください!」
「あっああ……」
椋の気迫に押されつつチョコを受け取る俺。
てかいきなりチョコをもらえるとは、しかも3個。
多分今までの人生の中で一番チョコをもらっていると思う。
そんなとき丁度チャイムが鳴った。
「ふむ、もうこんな時間か。それではな朋也」
「じゃあねー」
俺に視線という名のマシンガンで撃たれる原因を作った2人は去っていった。
後に残ったのは渡してしまったことが恥ずかしかったあまり放心してしまった椋、あまりに小さいともらうことが返って悲しくなることに気付いて泣く春原、そして未だに痛い視線のみ。
「……今日の一日は長そうだ」
俺は誰にも聞こえないようぽつりとつぶやいた。
授業時間、俺は廊下にいた。
就職組にとって授業時間ってのは暇以外の何ものでもないわけで、俺はこっそりと教室を抜け出し、図書室に向かっていた。
「おーい、ことみー」
図書室の扉を開けた開口一番にことみの名前を呼ぶ。どうせこの時間帯ならことみだけしか図書室にはいない。
「あ、朋也くん。こんにちはなの」
本を読んでいたことみは、こちらに気付くと笑顔を向けて挨拶した。最初のうちは近くでちゃん付けしないと反応しなかったものの、今は俺がことみと呼ぶだけで反応してくれる。
「あ、そうなの」
ことみは何かを思い出したかのようにバッグから小さな箱を取り出す。
「はい、なの」
「これは……?」
「聖バレンティヌスが当時結婚が禁止されている恋人たちを結婚させてあげ、しかもその本人は愛の力で判事の目が見えない娘を治してあげたことから恋人の守護者とされている祝日、バレンタインデー。それに日本のお菓子会社がのっかってチョコレートを渡すようにしたのが今のバレンタインなの。そして、これが私からの気持ち」
顔を赤くしながらバレンタインについて語ることみ。ようするに本命チョコってわけか。がらにもなく照れてる俺がいた。
「……」
「……」
お互い顔を赤くしたまま黙り込んでしまう。
やばい、なんか会話を出さないと。
「あのさ……」
俺が何か話題を出そうと口を開いたときだった。
「風子……参上」
「……」
「……」
何故か風子が図書室にいた。
「って何で岡崎さんがここにいるんですか! 魚が陸上を歩いているぐらいありえないです!」
「それはこっちの台詞だ」
「風子にはちゃんとした理由があります。ヒトデ図鑑を読みに来たんです」
ヒトデ図鑑? そんなものうちの図書室にあるわけが……
「はい、どうぞなの」
あった。どうやらうちの図書室は幅広く取り揃えてあるらしい。
「てかことみ、お前風子と知り合いなのか?」
「うん、前も同じ理由で本を探しに来てたから」
まさかことみと風子が知り合いだったとは思いもしなかった。
「ハッ、そうでした。岡崎さんには渡さないといけないものがあるのでした」
そういって風子もがさごそとポケットから何かを取り出そうとする。
「おいおい、まさかヒトデじゃないだろーな」
「違います! 風子はそんな単純じゃありません!」
「じゃあなんだ?」
「ヒトデ型チョコです!」
かなり単純だった。
「お前はヒトデにしか思考を直結させれんのか」
「ヒトデが思考の大元なんです」
しかも救いようがなかった。
「とりあえず岡崎さんは受け取って風子に感謝すればいいんです! 風子はしっかりしてますから岡崎さんのような人でもちゃんとチョコレートを渡すんです」
「ああ、わかったよ。さんきゅーな」
そういって風子からヒトデ型チョコレートが入ってるらしい箱をあずかる。
「んー微妙に心がこもってない気がしますが、風子は大人なので許してあげます」
そういってぷいと顔をそむける風子。
「素直じゃないやつめ……」
「ん? 何か言いましたか?」
「いや、なんでも」
「絶対何か言いました! 風子はこう見えてもとっても四国耳なんです!」
「それを言うなら地獄耳だからな。それにお前の気のせいだから」
「そんなことありません!」
「どうせ大したことじゃないから気にするなって。お前もちょっかい出しすぎだっての!」
だんだん会話がヒートアップしてくる。それを止めたのはことみの一言だった。
「風子ちゃんは構ってほしいからちょっかいを出しているの、朋也くんは内心すごく喜んでいるのをばれるのが恥ずかしくて嘘をついているの」
「「そんなことはない(ありません)! あっ……」」
突然のことみの一言に2人してハモってしまう。なんとなく照れてる俺と風子がいた。
「……んじゃ、そろそろ戻るわ。じゃあな」
照れているのを必死で隠しながら俺は図書室から出ようとする。これ以上いても恥ずかしさで何もしゃべれないという考えもあったが。
「ばいばいなの」
「しっかり食べてください。見返り期待してます」
「はいはい」
俺は二度返事を返しつつ、図書室を後にした。
「ん、そういやちょっとゆっくりしたいな……」
ふとそう思ったがために、俺は資料室の前まで来ていた。
「あ、いらっしゃいませ岡崎さん」
中に入ると宮沢が優しい笑顔で出迎えてくれる。
「今日は何になさいますかー?」
「……んじゃピラフで」
……なんかレストランに入ったような感覚を受けた。
それで普通に注文する俺も俺だが。
「わかりました、ちょっと待っていてくださいね」
そういってコンロがある方へと向かう宮沢。
……そういや今日はまだコーヒーが出てないな。まあ別に構わないが。
少しして、宮沢が戻ってきた。
「はい、どうぞピラフです」
「お、ありがと」
俺の目の前にピラフが置かれる。湯気と同時に出る香りが俺の食欲をそそる。
そしてその横に置かれる茶色い飲み物。
「ん、これは?」
「それは私からの気持ちです」
ちょっと照れくさそうに宮沢が言った。
顔を近づけてみると甘い香りがする。なるほど、ココアか。
口に含むとその甘さが全体に広がる。
「ピラフには合わないと思うんですけどね」
「いや、ありがとう宮沢。おいしいよ」
おいしいピラフを食べながら、おいしいココアを飲み、宮沢と楽しくお話をする。
俺のゆっくりしたいという目的はちゃんと達成されたのであった。
帰り道、俺は渚のところに寄っていた。
渚は大分前から具合が悪いということで学校を休んでいる。だからこうやって帰り道に渚のところへはよく見舞いに行っている。
「あ、朋也くん」
「よ、渚」
渚は布団の中で横たわっていた。心なしか少し痩せた気がする。
「具合はどうだ?」
「少し、よくなった気がします」
俺から見るととてもそうには見えない。だが、渚が言うからにはそうなのだろう。
そう信じたいという気持ちもあった。
「そういえば……」
「?」
渚は布団の下にこっそり隠しておいたらしい箱を俺に手渡す。
「これ、今日がバレンタインなので」
「渚……」
「お母さんがほとんどやったんですけどね。私も簡単な飾りつけとか、動かなくてもできることを……きゃっ」
可愛い。愛しい。
思わず抱きしめていた。
「ありがとう……渚」
「……はい」
そのまま、今日は会話もなくずっと抱きしめていた。
言葉じゃなくて心で会話する、そのことがよくわかった。
「今年のバレンタインは色々あったな……」
寒く、冷たい夜に家へ帰る途中、静かにつぶやいた。
早苗さんにも実はもらったから、全部で7個、宮沢のあれも含めたら8個となる。
「バレンタインデー……悪くはないな」
前の俺だったら絶対にこんな台詞は出なかっただろう、それだけ今日という日は素晴らしかった。
目の前に、白いものが落ちてくる。
「……お、雪か」
ホワイトバレンタイン、これは天から俺たちへのチョコレートみたいなものなのだろう。
綺麗に雪は降り注ぐ。
「……さて、風邪ひかんうちにとっとと帰るか」
俺は雪が降る中を走って家に帰る。家には暖かい布団があるから。
馬鹿っぽいけど、それが幸せってやつ。
皆からどんなチョコをもらったかを見ながら、布団の中で温まろう。
そう思うと、自然と足早になった。
どうか皆に幸せなバレンタイン(HAPPY VALENTINE)を……。
終わり
あとがき
まずは皆さんごめんなさい。
え、ていうか二日遅れだし最後らへん蛇足っぽくなっていってる気がしないでもないしまとめ方も無理やり……だめだめだぁorz
一応見たいって言う人が5人以上ようやく確認されたんで後悔、漢字は間違ってません(ぉ
来年書くときはもうちょっといいの書こうと思います。今年はこれで勘弁をー(ぉぉ
一言感想とかどうぞ。感想はすごく励みになりますので執筆する気が出てきます