『尽くしてあげちゃうWeb』
朝、眼が覚めると目の前に金色の長い髪をした女の子がいた。
朱鷺戸 あや。僕の小さい頃の幼馴染。つい最近転校してこの学校へやってきた。
だからいるだけなら別におかしいことではない。
ただし、ここが学校の寮の僕の部屋であって、すぐ目の前にいるとなると話は別だった。
「お、おはよう。理樹くん」
僕は夢だと思うことにする。
そうだ、夢に違いないんだ。そうでないとこんな妄想の世界でしかないようなことが起こりうるわけない。恭介からあずかった漫画『学園革命スクレボ』を昨日の夜暇つぶしに読んだとき、そんなシーンがあったから夢として出てきてしまったんだろう。
今日が休日だということもあって、大きくはだけていた布団をかぶりなおし、再び眼をつむる。
「お、起きなさいよ! せっかく起こしに来たんだから!」
あやちゃんは怒っているようだが僕は気にせず眼を閉じ続ける。
「まったく……」
そう言ったきり突然大人しくなる。
と、突然顔に鼻息がかかってきた。どうやら顔が近くにあるらしい、しかもやけに荒い。
「……ね、寝ているのよね。また寝ちゃったのよね」
そう言うなり僕の頬をさわったり、つねったりして確認してくる。
なんかここまで来ると僕も少し意地になってしまって寝続ける。
「そ、それならさっきの続きを……」
続きをってなんだろう。
ものすごく気になってしまい、静観を続ける。
「えっと、確かあの本では……」
そういって僕の布団を半分以上引き剥がす。
「よ、よし。行くわよ」
そうして僕の寝巻きのズボンに手をかける……ってちょっと。
「何しているのあやちゃん!」「何しているんですか朱鷺戸さん!」
僕が止めに入ったのと突然扉を開けた二木さんが叫んだのはほぼ同時だった。
「「え? わわ、ど、どうして?」」
そして僕とあやちゃんが同時にはもる。
ただし言った対象があやちゃんが僕たち二人に対してで、僕は二木さんに対してだった。
まあ、確かにあやちゃんがここにいることも謎なんだけど。
「その話は後よ! 朱鷺戸さん! あなたは何を破廉恥なことをしようとしているの!」
しかし二木さんは質問自体を後回しにしてあやちゃんを問い詰めにかかる。
「え、男の人が喜ぶことってこの本に……」
そういって取り出したるは可愛らしい女の子がこれでもかと露出多目に描かれた、いわゆる男たちの友だった。大きな文字で『正しい朝の起こし方』と書いてある。何が正しいのだろうか。
そのページを見ただけで顔が熱くなる、二木さんも顔を赤くしていた。
「あ、あなたねえ!」
顔を赤くしたまま二木さんがあやちゃんを怒ろうとしたときだった。
「直枝さん、おはようございますわ……あら?」
その場にやってきたのは笹瀬川さんだった。手には買い物籠らしきものを持っている。
「どうしてあなた方がここにいらっしゃるんですの?」
威嚇するように相手をにらみつける笹瀬川さん。
しかし、その視線に負けないように笹瀬川さんをにらみかえす二木さんとあやちゃん。
「と、とりあえず僕もみんながどうしてここにいるのかしりたいんだけど」
場の空気に耐えられなくなって、僕はなんとかこの空気を吹き飛ばそうと疑問をぶつけてみる。
最初に理由を話したのは二木さんだった。
「わ、私は寮長である直枝がちゃんと新入生の見本にもなれるよう休日もしっかり起床しているか確認しに来ただけよ」
え、た、確かに三年生になったばかりだから新入生がたくさんいるのはわかるけど、別に休日までそんなことしなくても。
ちなみに僕が今寮長をやっているのは二年のときにふとしたきっかけであーちゃん先輩という元寮長に気に入られてしまったからである。あの人も僕らに負けず劣らずの濃い人だったよなあと思う。
「わ、わたくしはたまたま、たまたま料理を作りたい衝動に駆られてしまって。そ、それで何度か料理を作って差し上げたことのある直枝さんに食べてもらおうと思ったからですわ。料理は食べてもらう人がいなければ意味ないですもの」
次は笹瀬川さんだった。
確かに僕も笹瀬川さんに料理を作ってもらって、それを食べた記憶がある。
だからその申し出は素直にうれしいことなのだが、だからといって朝にこなくてもいいんじゃないかなと思ったけど、つっこみをいれたら負けなのかもしれない。
「あたしはそ、その、保健体育の勉強よ!」
「「「いや、理由としておかしいから」」」
あやちゃんの理由に思わず全員でつっこみを入れてしまう。
確かに二木さんや笹瀬川さんのもひどい理由だったが、あやちゃんのはそれ以上だった。
「……ふふ、そうよね。保健体育の勉強で服を脱がそうとするって普通ありえないわよね、おかしいわよね。そんなの痴女くらいよね。むしろ痴女そのものね。いいよ、笑いなさいよ。変態なあたしを笑いなさい、笑うべきよ」
「お、落ち着いてあやちゃん」
「あーっはっはっは」
あやちゃんの自虐笑いを必死で止める僕。そのあと盛大に落ち込むことがわかっていたから。
「はぁ……」
案の定落ち込むあやちゃん。
それを見かねた二木さんが話しかける。
「まあ、わからなくはないわ」
「わからなくはないの!?」
二木さんがとんでもないことを発言してきて思わず反応してしまう。
「こ、言葉のあやよ。あくまでフォローよ」
「あ、ああ、そうだよね」
二木さんの説明を聞いてほっと胸をなでおろす。
少なくともこの中では比較的まともな思考を持っている人だと思うから、そんな人と思考が違ったらさすがの僕も色々と不安になってしまう。
「そ、そうよ。あたしはまだ理樹くんの部屋見たことなかったから。それで見に来たのよ」
「ああ、それで」
「そういうわけよ」
確かに、あやちゃんはまだ転校してきたばかりで部屋に案内したことがない。
あれ、でもそうすると一度も教えたことないのに、どうしてここが僕の部屋だということを知っていたのだろう。知らないうちに尾行されていたとか……はは、まさかね。
とりあえず、いつの間にかさっきの重い空気はいつの間にか去っていったようだ。
「……まあ、どうやらあなた方の目的は達成されたようですし、そろそろ帰られたらいかがかしら」
お帰りなさい重い空気。笹瀬川さんの一言で再び場の空気が悪くなる。
でも、笹瀬川さんの言うとおり確かにもう二人の目的は達成されているといってもいい。そうするとここにいる必要はないわけで。
「な、た、確かに直枝はもう起きてはいるけど、そこからまた二度寝したら意味ないじゃない!? そこまで確認してからよ」
「あ、あたしも、もう少し色々と見てみたいから」
しかし、それに二人は猛反発してきた。
「そ、それに一人だけ残ろうたってそうはいかないんだから!」
「な、わ、わたくしは決してそういうわけでは……!」
あやちゃんの言葉を聞いてうろたえる笹瀬川さん。顔も赤くなってきている。
みんながみんな、牽制しあって身動きが取れない状態。
「ふぃー、やっぱり朝の筋肉マラソンは気持ち良いものだぜ」
そんなところに早朝ランニングから真人が帰ってきた。何でも最近、筋肉に良いということで取り入れたらしい。
ただ、このタイミングで真人が帰ってきたのを少し助かったと思った。このような状況を一人でどうにかできるとは思えない。
「お? どうしたんだこりゃ……」
この部屋に何故か女三人いるという異様な光景を見て真人が疑問に感じたようだ。
「実は……」
状況を理解してもらい、場の仲裁役になってもらえるよう経緯を説明しようとする。
すると真人は何を思ったのか肩に手をおいてきた。
「……いや、何も言うな。俺もお前のことはわかっているつもりだ。今日は謙吾のところにいってくる」
何もかも悟ったかのような口ぶりで話してくる真人。間違いなくその悟り方は間違っている。
「いやいやいや、何を勘違いしているのさ!?」
「理樹、がんばれよ」
「だからちょっ――」
真人は右手の親指をぐっと立てて「グッドラック」と僕に伝え、僕のいいわけも聞かないまま部屋を後にした。
残された僕と女性三人。うう、結局僕がどうにかするしかないのか。
「ねえ理樹くん。肩こってない?」
悩んでいる僕に対して、突然あやちゃんがそんな提案をしてくる。
「え、な、なんで?」
「ん、最近疲れていないかと思って」
「そんなことはないと思うけど……」
「よかったら、その、肩もみでもしてあげるわよ」
「い、いや、いいよ」
そこまで肩がこっているわけでもないし、それに突然の提案に何かいやな予感しかしないから。
「もし疲れているのでしたら肩だけでなく、全身へのマッサージの方がいいですわ」
今度は笹瀬川さんが提案を持ち出してきた。
「え、い、いや。だからそんなことはないって……」
「疲れを取るならマッサージもいいけどお風呂もいいわ。そこでマッサージも一緒に行えば問題ないでしょ」
お風呂はともかく一緒にマッサージって。そ、それってみんな裸でってこと!?
思わず頭の中であらぬ情景を想像してしまい、お風呂に入ってないのにのぼせかけてしまう。
「そ、それならあたしがやる!」
「いいえ、それこそわたくしの仕事ですわ。マッサージはソフトボール部でよくやっていますから」
「いえ、マッサージについての知識はしっかり仕入れているから問題ないわ」
「ふん、そんな二人みたいながっかりおっぱいでいいマッサージできるわけないじゃない!」
「む、胸は関係ありませんわ!」
「た、確かに妹の葉留佳に負けているけど……胸だけが全てじゃないわ! それに、少なくとも笹瀬川さんより胸がありますから」
「な、喧嘩売ってますの!?」
「二人とも、五十歩百歩って言葉をしらないの?」
「ち、ちょっとみんな!」
いつの間にか話が変わってきたので慌てて止める。
「な、なんかさ。みんなちょっとおかしいよ? なんかいつもとぜんぜん違うし」
そして僕はついに言おうかどうしようか迷っていたことを口にした。
これ以上、みんながおかしくなってはたまったもんじゃないと思ったからでもある。
「う、だ、だって……」
「あなたが……」
「尽くしてくれる人が好みって話を聞いたから……」
「へ?」
あやちゃんが、笹瀬川さんが、二木さんが。
ものすごく言いづらそうにおそらく本当であろう理由を言う。
でも、その理由が僕に覚えのないもので。
「え、僕そんなこといった?」
「ほら、昨日みんなでそんな話してたじゃない」
「昨日? みんな? ……ああっ!!」
僕は昨日の会話を思い出す。謙吾や、真人と話していた会話を――。
◇ ◇ ◇
それは昨日の休み時間のことだった。
『相変わらず、謙吾はもてるねえ』
つい先ほど、謙吾が教室の女子生徒に話しかけられているのを見て話の種にと僕はそんな言葉を口に出していた。
『何を言う、お前の方こそみんなの目線に気づいていないのか?』
すると僕の言葉に対して、謙吾は少し驚いたように言った。
『みんな?』
『ああ、そういやたまにお前を見る目が怖かったりするな……』
真人は謙吾に同調して自分が見たことを話す。その目には真人が普段あまり見せることのない怯えが含まれていた。
『まあそれもこれもお前がはっきりしないからだな』
『え、はっきりしないからって?』
『単刀直入に聞こう。お前はどんな女の子が好みなんだ?』
『ええ!?』
予想もしない質問に僕は戸惑う。
『お、確かにそいつは俺も気になるな』
『真人まで!?』
『いいじゃないか。どうせ男同士なんだ。気にすることはない。どんなことしてくれる、でもいいぞ』
『そうだけどさ……』
こういうネタをふられるのはちょっと苦手だった。
あまり意識したことない世界だからだ。みんなと楽しくいられればそれでいいと僕は思うんだけど。
『どんなことしてくれるっていうより、理樹にはなんでもしてくれるって子がいいんじゃねーか?』
『え? それって』
『ほら、朝起こしに来てくれたりとかよ、膝枕とかしてくれたりとかくれるやつ』
『ああ、なるほど。うん、確かにそういう子っていいと思うよ』
確かに僕も恭介から借りた漫画とか読んで、そういうのに憧れたこともあった。実際は僕が鈴たちを起こしに行ったりとかの方が多かったけど。
『ふむ。つまり、理樹。お前は尽くしてくれる子がいいってことだな』
『え、う、うーん。そうなのかな』
謙吾にそういわれ、まんざらでもない気がしてくる。
『いっつも振り回されてばかりだからそう感じるんだな』
『あはは、そ、そうかも』
真人があまりに的を射た発言をしてきたため、僕は苦笑いをするしかなかった。
もちろん「真人たちもその一部なんだけど」という気持ちは胸に隠したまま。
『ま、そういった子が見つかるといいな』
『そうだね』
このとき僕は本当に誰にも聞かれていない、男内の馬鹿会話だとばかり思っていた。
でも、実際は違っていた。
『そ、そうだったんですの……』
『直枝が好きなのは……』
『尽くしてくれる子、だったなんて……』
◇ ◇ ◇
「そういえばそんな会話してたね……」
そういえば今日三人がしようとしたことは話題にしていたことだった。
「でも、別にそんなことしなくてもよかったのに。だって……」
「僕、みんなのことが好きだから」
それは嘘偽りのない僕の本当の気持ち。
「だからここまでしてくれなくっても、絶対に嫌いになったりしないし、ね?」
押し黙る三人。
あ、あれ? 僕なんか間違ったっけ。
「「「はぁ……」」」
そして三人同時にため息をついた。
「まあ理樹くんだし、仕方ないわね」
「ええ、絵に描いたような鈍感っぷりを見せてくださいましたわ」
「ここまで来ると逆に何もいえないわ」
「え、え、え?」
な、なんか知らないけどあきらめられている?
「まあ、だからこそこちらから動かないといけないんだけどね!」
「そう、ちゃんと気づかせてやる必要がありますわ」
「直枝、今日は一日中覚悟しなさい」
「え、ちょっとま――アッー!!!」
しかし、あやちゃんが、笹瀬川さんが、二木さんが。
再び闘志を燃やし始めちゃってそりゃもう大変な状況になったってことが肌で感じ取れて。
ただ僕は素直にこう思った。
――尽くされるのも、楽じゃない。
終わり
あとがき
これは今年の冬コミで出した同人誌内の作品を、Web用に書きなおしたものです。同人誌のものと比べるとだいぶ短くなっていますが、それでも違和感がでないようにと書きなおしています。
こういうことしたのは、今年の冬コミにいけなかった、もしくは売り切れていて買えなかったという人のためです。でも、そのままだと買った人に申し訳ないのでこうして書き変えました。
まあ、結局は自己満足のためなんですけどね。本を買った方は読み比べてどこが変わったのか、どこが無くなったかを見るとまた楽しめると思います。