「暇です……」

 ポツンと居間でそうつぶやきます。あ、申し送れましたね。遠野 翡翠です(はぁと
 掃除も終わり、洗濯物も干し終え、何もすることがなくなってしまいました。普段なら姉さんがここで何かしでかして仕事が増えるのですが、あいにく今日は買い物に出かけていていません。

「暇です……」

 同じ言葉をもう一度つぶやきます。何かすることはないか、そればかりを考えてしまいます。
 天気も良いですし最初は日向ぼっこをしようとも考えましたが、普段一緒にしているレンちゃんもどこかに出かけていていませんでしたのでこれは除外しました。一人で寝てもさびしいだけですし。前はそんなことなかったんですけどね……。
 志貴様がいれば誘惑作戦を決行しても良いのですが、志貴様も学校ですし……






……学校?

「……閃きました」

 そうです! 何か理由でもこじつけて志貴様の学校に潜入しましょう! そしてその場でラブラブをして学校の生徒に「ああ、コノ人が志貴の彼女なんだな」ということを見せ付けてやるのです!
 市民の意見が強いと言われる世の中ですから、世間が私たちを認めてくれれば他の人もあきらめざるを得ないはずです!(無理やりすぎ)
 待っていてくださいね志貴様! 翡翠が今貴方のもとへ参ります!





『翡翠、学校へ行く』





 ではまずは理由のこじつけから考えていきましょう。何せ今から向かうのは学校、何も用がないのに来てもあやしまれるだけです。
 何かいい言い訳の道具はないかまずは志貴様の部屋から探してみることにしました。
 


 志貴様の部屋は私が整理をしているからという理由もありますが、男子学生にしては意外とさっぱりしています……勉強道具はどこに置いているのでしょう? そういえば勉強机もありませんし……。
 まあいいでしょう、それよりも今は理由となる品物です。
 そういえば私は二度ほど学校に向かったのでしたね。一回目は文化祭の日にお弁当を届けに行きました。あれ以来、私がお弁当を作ろうとしてもやけに遠慮がちに断るようになりましたが。
 二回目はお財布を忘れていたのでそれを届けに行こうとしたのでしたっけ。こちらは角川書店で発売されている月姫SSをお買い求めください(宣伝)。

「何かありませんかね……!」

 志貴様の部屋を探し回るうちに出てきたもの、それは……


志貴様の体操服(はぁと


 私はしっかりと志貴様の学校の時間割表を頭に入れているのでそれに反応しました。確か今日は体育がある日……つまり、志貴様はこれを忘れたとしか考えられません!

「これは届けに行きませんと!」

 私は体操服をたたんでバッグに入れます。志貴様の学校に行くのは3回目です、道もばっちり覚えました!
 志貴様は今頃自分だけ体操服がないことに気づいて一人だけさびしく見学をしているはずです。そんな志貴様も萌え〜……ですが、志貴様から考えれば嫌な事この上ないはずです。
 でもここで私がこの体操服を届けに言ったら……





〜翡翠の妄想〜
「志貴様、これを……」
「翡翠、体操服を届けにわざわざここまで……」
「それは……大切な私のご主人様ですから」
「翡翠、お前は最高のメイドだよ(がばっ」
「きゃっ!! しっ志貴様……その、同級生の方が……」
「いいんだよ、俺たちの愛を見せ付けてやろうぜ」
「……はい(ぽっ」





完璧です!(グッ
 それでは行きましょうか、志貴様も待っていることですし。
 





その頃の志貴――
「……ん? なんか寒気が……」
「どうしたんだ遠野」
「いや、なんでもない。多分気のせいだろう」
「? 変なやつ」







――ここでしたね、志貴様の学校というのは。
 校門の前に私は立っていました。体育の授業はまだなのか運動場には人一人見当たりません。その代わり校舎の方にはたくさんの生徒が黒板の方――ではなくこちらを見つめています。
 何かありましたっけこの周囲? そういえば文化祭のときもこんな感じでしたね。

「志貴様の教室は確か2年のところでしたよね……」

 私はそうつぶやくと学校内に入りました。視線は私の向かう方向に移動していきます……私何か変な格好していましたっけ?
 疑問に思いつつ、私は校舎内に入りました――と同時に、目の前には志貴様の姿がありました。
 志貴様は息を荒げつつ、私の方をにらむように見つめています。

「翡翠、あのなあ……」
「志貴様、忘れ物を届けに参りました」

そういって私は体操服の入ったバッグを渡します。
 志貴様は一瞬あっけにとられた顔をしましたが、直ぐに正気を取り戻すと、

「あのな、翡翠……」







「今日の体育は中止」







「えっ?」

 今何か、一瞬信じがたいものが聞こえたような……

「今日は体育の先生が出張に行っていて、明日の数学と入れ替えになったんだよ」

 志貴様が理由を説明してくれたおかげで、ようやく先ほどの信じがたいことにも納得が行きました。
つまり……私がしたことは無駄だったと。
 志貴様はそのまま続けてこんなことを……





「あとなあ、頼むから学校に来ないでくれ。からかわれてしまうから」




私にはとてもショックな一言でした。志貴様が怒っている、それは私にとってもっともつらいこと……。

「すみません志貴様、私としたことがつい早とちりを……」

 してしまいました、そう言おうとしましたが言葉が出てきません。
 その代わりなのでしょうか、目から涙が……。

「翡翠……」

 志貴様が先ほどの表情とは違った、すまなそうな顔で私の方を見ます。

「私……メイド失格ですね。志貴様を怒らせたり、困らせたり……私……私……」







「そんなことない!」

 

「えっ?」

 私は突然の事に驚きを隠せませんでした。志貴様は突然私を抱き寄せたのです。

「志貴様……」
「ごめんな翡翠、言い過ぎたよ。それに……翡翠は全然駄目なメイドじゃない。翡翠は……最高のメイドだよ」

 私の目頭にまた熱いものがこみ上げてきました。でも、今度のは悲しみではなく、喜びの涙……
 そして……












「「「うぉー! いいもん見せてもらったぜー!!」」」
「「「使用人とご主人様の恋なんて、まるでドラマみたーい!」」」
「「「てめー志貴! うらやましすぎんぞコンチキショー!!」」」














 生徒様方からの拍手喝さい。

「あっあれ……? 皆いつの間に」
「お前チャイムなったの気づいてなかったのかよ」

 唖然としている志貴様のもとに友人である有彦様が伝えます。
……実は私、チャイム鳴っていたの気づいていたのですけどね♪

「……では、私はそろそろ屋敷に戻りますので」
「あっああ、また後でな」

 私は赤面している顔を隠すようにしてその人ごみから逃れました。
 私が帰る途中、


『さーて志貴君、君は今からうちのクラス全員による尋問の時間だ。悪いが人権は保障されないと思ってくれ。いいよな? 皆』
『さんせーい!』
『有彦もたまにはいいこと言うぜー!!』


という声が聞こえてきましたが多分気のせいでしょう。
 ともかく、当初の目的である『学校の生徒に「ああ、コノ人が志貴の彼女なんだな」ということを見せ付ける』というのは達成しましたし♪







 志貴様、帰ったら私が手厚く看護してあげますね♪




終わり