自然豊かな緑あふれるこの町。
 つまり簡単にいうと田舎に1人の眼鏡をかけた高校生ぐらいの男と一人の女がやって来た。
 男は普通の格好をしているのであまり人目につかないものの、問題は女の方。

 何故かメイド服姿なのだ。

 例え田舎だとしてもこの格好は目立つ。都会ならより一層目立つ。秋葉原ならもみくちゃにされる。
 とまあ、そんな謎な格好をしている女だが、本人はあまり気にしていないようだ。
 女にはそれ以上に気になるものがあるらしい。事あるごとに隣の男のほうをチラチラと見る。

 「あの……志貴様。本当にこんなことして大丈夫なのでしょうか?」

 不安そうに隣の男に尋ねる。隣の男は志貴という名前らしい。
 すると志貴は、その女に向かって、

 「もう決めたことなんだ。後悔なんてしてないよ。もう住む家も決まっているし、必要なものはばれないようにこっそりと移動させていたし」

 どうやら彼らはここに住むらしい。既に用意も済ませているようだ。

「それに……」

 少し照れくさそうにしながら志貴は言葉を続けて、


 「翡翠との結婚のためだからな」


そう口にした。

 「志貴様……」

 その日、この小さな田舎で小さな小さな、それでも大きな幸せに満ちた結婚式が挙げられた――。







新妻ラブラブSTORY〜愛の棲家〜
(多分全年齢版w)






〜翡翠〜

 パチッ

 何も音もなく目覚めます。これが習慣ってやつでしょうか。
 時計を確認すると6時丁度、隣を確認すると愛する人……志貴様の姿。
 昨日のことが鮮明に思い出されます。
 小さな教会であげた結婚式。
 赤の他人だというのに、とてもよい町の人たちが私たちのことを祝ってくれました。
 その後、姉さん達に隠れてこっそりと手配しておいた家で私たちは……(ぽっ
 しかし……ここまで逃げられたのはもはや奇跡です。
 私たちが逃げ出そうと決心した理由、それは姉さん達にありました。
 私と姉さんは遠野家という大きな家に仕えていました。大きな家なのに、お手伝いさんは私と姉さんだけで、後は秋葉様という家主とその兄の志貴様――私はその志貴様に恋をして、そして私たち二人は相思相愛になりました。……改めて考えると照れますね(照
 しかし、姉さんと秋葉様も志貴様のことを狙っておりまして。
 もし、私たちが結婚するなんてことを告げたりしたらどうなるだろうというのを想像したのです。
 その結果私たちは遠野家を離れ、遠野家の力が届かない田舎に移ることに決めました。
 そして、昨日、めでたく二人は結ばれたというわけです。
 つまり今日は私たちの新婚1日目です。

 「やはり……一日目はあの格好ですよね」

 私は布団から抜けて着替えます。でも、今日はいつものメイド服ではありません。
 やはり新婚初日といったらあれでしょう……♪ 私だって一般的な知識は得ています。
 私は着替えると直ぐに台所に向かいました。





〜志貴〜


 トントントン……


 包丁の音が響く。俺はその音で目が覚めた。

 「ん……もう朝か」

 体をぐっと伸ばし、眠気を吹き飛ばす。昨日は激しかったから多少疲れが残っている(爆
 まあそれ以外にもいろいろあるんだけどね。ここにたどり着くまで少しも気が抜けなかったからなあ。どこかで見張られているんじゃないかとか。結局、何事もなく無事たどり着いたけど。
 これからは翡翠とのラブラブな生活が俺を待ってるんだ。仕事先も無事決まったからお金に困ることもない。遠野家からも少しくすねてきたし(爆
 ん〜しかし翡翠が料理を作ってくれるなんて、新婚らしいなあ。
 俺は着替えながら、隠し切れない喜びをにやけ顔にして表す。
 うん、翡翠が料理……


 料理……


 料…理……
















 俺は台所に猛ダッシュした。




〜翡翠〜

 「フンフッフーフン♪」

 自分らしくもなく、思わず鼻歌が出てしまいます。
 こんなに楽しいのはいつ以来でしょうか。多分、私が少女だった頃以来だと思います。
 志貴様や秋葉様、そしてもう一人の『シキ』様と一緒に遊んだ記憶。あの時のような幸せがまた感じられるなんて、これまで想像もつきませんでした。
 自分でも顔がニヤケているのが分かります。ちょっと前までは頬が引きつってしまいうまく出来なかったこの顔も、志貴様と一緒にいると使う機会も多くなって今では自然に出せるようになりました。

 「材料を玉子と小麦粉と水を混ぜたものにつけてと……」

 私は姉さんから「これなら翡翠ちゃんでも出来ると思うから」と言われ学んだ天ぷらを作ります。何せ材料を玉子と小麦粉と水を混ぜたものにつけるだけで出来てしまうという大変簡単なものです。でも、私がもう一工夫すればおいしくなるかなと思い、いろいろ入れようとしましたら何故か怒られてしまいました。
 何がいけなかったのでしょうか? 梅干の天ぷらにサッカリンという砂糖より何倍も甘いものをかけようとしただけでしたのに。
 ともあれ、料理に関しては姉さんの方が上です。自分なりの工夫をしてみたいとも思いますが、最初ですし素直に作り方に従うことにしました。

 「でも、やっぱり何か一工夫してみたいですね……」

 先ほど考えていた思考とは違うことが口から出てしまいます。……そうですね、初日なのですから最初にインパクトを出すというのもありでしょう。例えば、水の代わりに牛乳を入れるとか。おいしいかもしれませんし。

 「そうと決まりましたら早速」

 私が冷蔵庫から牛乳を取り出そうとしたときでした。

 「ひっ翡翠! 料理は俺がつく……る……」

 志貴様は飛び出して私の姿を見るなり目を白黒させています。やはり少し刺激的でしたでしょうか?
この格好は。






〜志貴〜

 俺は翡翠の姿を見るなり唖然としていた。
 それは当然のことだと思う、だって今翡翠は、

 裸エプロン

 なのだから。俺のとある部分に血が集まる。鼻以外のある部分だ。

 「……あ、あの……似合いますでしょうか?」

 翡翠が照れつつも俺に感想を求めてくる。それを俺は、

 「おっおはよう翡翠」

 つい何故か普通に挨拶をしてしまった。自分でもガチガチになっているのが分かる。
 おっ落ち着け! まずは落ち着くんだ俺! とりあえず俺は翡翠に尋ねてみることにした。

 「翡翠……その格好は?」
 「志貴様に喜んでいただくために……(ぽっ」

 俺は心の中でガッツポーズをした。くぅっ! かわいすぎるぜ翡翠! 
 
 「あの……似合って……いますか?」

 ひっ翡翠! 頼むからその目はやめてくれ! そのうるうる目は! うるうる目は!

 「翡翠!」

 俺は欲望に流されるままにはだエプ姿の翡翠に抱きついた。





〜翡翠〜

 「きゃっ!」

 突然志貴様に抱きつかれて私は思わずあせってしまいます。何しろ、あまりにも突然でしたから。

 「しっ志貴様突然何を……!」
 「翡翠……このままで頼む」

 そのまま志貴様はぎゅっと私を抱きしめます。
……そんなこと言われてしまったら、私は何も言い返せないじゃないですか。

 「志貴……様……」
 「違うだろ、翡翠。今は『あ・な・た』だ」

 いつもなら冗談はやめてくださいといって拒否しそうなものの、今の私は思考が正常ではないせいか、志貴様の言葉に促されるままに、

 「……あなた」

そう口にしました。
 なんで言葉が違うだけでこんなに恥ずかしいのでしょうか? 顔が先ほどよりもさらに赤くなり、熱を持っていることが分かります。志貴様も同じのようで、志貴様の口から出る吐息がとても熱く感じられます。

 「ん? なんだい」

 志貴様が聞いてきます。耐えられなくなった私は、懇願するような目で志貴様を見つめながら、




 「私を抱いて……いえ、私を……食べて……ください」




 ついに言ってしまいました。多分、私の顔はペンキを塗りたくったように真っ赤になっているのでしょう。熱さのあまり、のぼせて倒れてしまいそうです。

 「翡翠……」

 志貴様はそう言いながら私の唇に向かって近づいてきます。私も目をつぶりながら誘導されるように志貴様の唇へ……



 しかし、一向に合わさる気配がありません。それどころか、私の体から志貴様のぬくもりが離れていくのが分かります。
 不思議に思って目を開けてみますと……

 「キャアアア! 志貴様!!」
 「もう……ダメ」

 志貴様は鼻血を出してその場に倒れていました。どうやら、志貴様は限界が来てしまったようです。

 「いっ急いで手当てを!」

 私は、油の火を止めてすぐにタオルを取りに向かいました。



〜志貴〜

 「ん……」

 俺は自分の意識が戻っていくのを感じていた。
 頭の裏の方に枕のような、いやそれ以上の心地よさを感じる。でも、目を覚ました場所は布団ではなかった。何故かというと、体に重さをまったく感じられないからだ。
 その代わり、頭に冷たい何かが乗っかっている。手でさわって確認するとどうやらタオルらしい。そうか、俺はさっき翡翠の可愛さにのぼせ上がってしまって……自分のウブさに苦笑してしまう。Hするときはそうでもないのにな。

 「大丈夫ですか。志貴様」

 声が聞こえる。翡翠の声。しかもかなり近い。
 うっすらと目を開けてみる。
 目の前に、翡翠の姿があった。

 「ひっ翡翠!」

 俺は驚いてしまい、完全に目を覚ましてしまった。
 よく考えろ俺、


 倒れている俺+布団がないのに頭の裏の方に感じる心地よさ+目の前にいる翡翠


……イコール、膝枕だ。また顔が赤くなってくる。

 「志貴様、また顔が赤くなってきてます」

 そういって翡翠は自分のおでこを片手で当てつつ、もう片方の手をタオルを取って俺のおでこに当てる。どうやら、自分の熱比べるらしい。……多分正しい結果は出ないだろうけど。

 「……大丈夫です。病気ではないようですから」

 翡翠は俺が病気でなかったことを、自分の喜びのように嬉しそうな顔をする。
 その顔が魅力的で、俺も翡翠と結婚してよかったと改めて感じた。

 「でも……これから、うまくやっていけるのでしょうか」
 「? どうした翡翠、突然」

 翡翠の顔にふっと陰りが見えたかと思うと、そんなことを突然言い出したので疑問に思う。

 「いえ、私のミスでこんなことになってしまって……」
 「あー……」

 別に翡翠のミスとかではないんだけどな。翡翠のことだ、俺が悪いんだといってもより一層自分を責めるだけだろう。よし、ここは……

 「翡翠、ちょっと顔近づけて」
 「?」

 翡翠は俺の注文に疑問を感じつつ、それでもしっかりと顔を近づける。この素直さも、俺が翡翠を好きになった一つの要因だ。

 「うん、まあこのくらいなら届くかな」
 「志貴様、一体何を……!」





 俺は翡翠にキスをした。当然、唇にだ。

 「しっ志貴様……!」

 翡翠は案の定驚いて唇を両手で覆っている。

 「大丈夫、これからもうまくやっていけるよ。だって……」










 「だって、俺たちは夫婦だからさ」






 「志貴様……」

 翡翠の目から涙があふれ出てきている。自分もやはり恥ずかしかったのか台所のときと同じぐらい顔が赤くなっているのが分かる。

 「それと……もう少し、このままでいいかな」

 どうやらまたのぼせてきたようだ。ちょっと意識が朦朧としてくる。
 それに……というかこれが一番の理由かな。翡翠の膝枕がとても気持ちがよいから……。
 すると、翡翠は……



 「ええ、志貴様なら、何時間でも、何日でも……」

 

〜最高の二人の、最高の新婚生活は、こうして始まりを迎えたのだった……〜


終わり





おまけ

 「……なるほど、これ全年齢版が出ていたのですね」

 姉さんから頼まれた買い物を終えた帰り道、私は本屋に寄ってみました。
 人目がやけにこちらに向いているようですが無視します。
 目的はもちろん参考書『新妻ラブラブストーリー』を買うためです。
 志貴様のところで見つかったものは18禁だったのですが、どうやら全年齢版もあるみたいで。
……まるで美少女ゲームみたいですね。まあ、どちらが好みかは人それぞれのようですが。

 「この店には18禁版は売られていないようですね。こちらで我慢しますか」

 どちらにしろ、漢の浪漫には変わりありませんし。個人的には志貴様の家で読んだ方のが好みなのですが。ニンジンネタなどもなくなってますし。
……まあ参考書程度ですから、台詞は別のものから流用しましょう。

 「これください」

 店の人に本を渡します。店の人は驚いているようですが、自分の仕事はきちんとこなして本を渡してくれました。これで志貴様と……(ぽっ

『あれってコスプレかしら……』
『最近の若い者は……いい目の保養になったわい』

 何やらヒソヒソ話が聞こえますが気にしないで帰ることにします。
 志貴様、待っていてくださいね。私は、志貴様に気に入られるような女性になってみせます!