ある晴れた日曜日、一人の青年が本屋の前に立っていた。
今時のカジュアルな服に身を包んではいるが、どちらかというと真面目そうな雰囲気がでているのはメガネをかけているからだろうか。
青年は少し震えていた。それは周りから見ると不審者と思われかねないぐらいに。あまり人が通らなかったのは幸いと言えるだろう。
「いよいよ…だな」
ぽつりとつぶやく。青年は一歩を踏み出した。青年の名は遠野志貴、彼は――
「俺は! H本を入手してみせる!!」
H本のためにわざわざ気合を入れる漢(『おとこ』と読む)だった。
志貴、H本を買う
志貴がここまでH本を買うことに気合を入れるのにはわけがあった。
それは彼の今の状況。
ある日突然実家に帰って来いといわれ、帰ってきた実家には妹(義理)とお手伝いさん二人。
全員がとてもいい女のため、特殊ではあるがそういう部分は普通の志貴にとって性欲がたまるのは高校生男子としてごく当然のことであった。
さらに前の家にいたとき買っておいたH本はまた買いなおせばいいだろうと思い、全部捨てたのがいけなかった。
妹の秋葉が志貴にお小遣いを渡すことをよしとしなかったのだ。
曰く、「必要なものがあるなら言ってくださればいいのです」と。
だが、男である志貴が妹の秋葉に「H本が必要です」と言えるだろうか。仮に言えたところで却下されるのは目に見えている。
日がたつにつれて志貴は精神的に追いやられていった。妹だけなら近親相姦とかを考えて耐えられる(いや、逆効果か?)のかもしれないが、お手伝いさん二人というのがいけなかった。
しかも一人はメイドの格好、それが志貴の性欲にどれほどのダメージを与えているかは、捨てたH本の5割がメイド本だったという事実が分かれば納得してもらえるだろう。
「しかし俺は耐えに耐えて…ついにH本代ぐらいはフォローできるようになった」
彼は、生きる糧となる昼食のパンをあえて抜き、その分を高校生にとって同じぐらい重要な性欲解消の素に当てたのである。だから、いつも以上に気合が入っていた。ちなみにパン代はどうやって手に入れたのかは内緒としておく。ただ、それが琥珀さんに逆らえない理由の一つであるとだけ言っておこう(ぇ。
ちなみに、彼が親友である乾有彦に借りるという手段はなかった。なぜかというと、趣味が違っていたからである。
「さすがにあそこまでロリィなのは……」
レンとした男が何を今更、と皆思うかもしれない。
しかしこのお話は志貴が屋敷に来てまだ1週間と何日かしかたっていないという設定である(強引)。
志貴はまず少年誌などが置いてあるところまで移動した。
ここの本屋、それなりに広いため店員が挨拶をしてくることはまずない。さらに少年誌コーナーの横にH本コーナーがあるため、人目をごまかすための行動である。
志貴はこういうところは意外とウブであった。何回かすでに買っているのに、未だにこういう行動を繰り返していた。
「店員は男性だよな……」
少年誌コーナーから店員の顔を確認する。
H本というのは相手が女性だと買いにくい(勿論、慣れている人はなんとも思わない)。その点、男性なら気持ちがある程度わかってくれるため安全である。さらに、実際は高校生はH本を買うのは禁止されているのだが男性だとスルーしてくれる可能性が高い。おそらく、同じことをした経験が店員にもあるからだろう。
店員は男だったし、知り合いでもなさそうだったのでホッと胸をなでおろす。まずは第一段階クリア。
第二段階目はH本コーナーへ近づくことだった。
近くにある少年誌を見ながら少しづつ近づいていく。H本が目的だと周囲に思わせないためだ。
もう少しでH本コーナーにつく。と、そこでハプニングが起こった。
「あっあれは…弓塚さん?」
自分が向いた先に、自分と同級生である弓塚さつきがいたのだ。ちなみに、「え、この頃ってもう死んでいるんじゃ…」という意見は勿論無視する。
実はこの本屋H本コーナーの向かい側に女性雑誌のコーナーがあった。
幸い、さつきは志貴に気づいていないらしい。しかし、彼女がそこにいること自体に問題があった。
(やばい…もしばれたりしたら…)
H本を買っているところを女子にばれるというのは高校生活において致命傷とも言える自体だ。
「あ、志貴くんがH本買ってる……私じゃだめなのかな」なんてものはもはやHゲームですらありえない(ごくまれにはあるかも)。
基本的に、それ以降は色眼鏡をつけて見られるのが世の常だった。
そのため、少年誌コーナーに立ちっぱなしになる志貴、一度読み終えた雑誌をもう一度読んだりしてなんとかいなくなるまで時間をつぶそうとするが、一向にいなくなる気配はない。
仕方なく彼は一旦その場を引き、別のところに移動する。緊張感に耐えられなかったのだ。
「ふう…」
一つため息をつく。彼は小説コーナーに何故かいた。
「…俺、何やってんだろ」
少し正気に返ったのか、自分の馬鹿さを振り返って苦笑する。
しかし、逃げるわけにはいかなかった。
「今度翡翠に朝起こされたとき今の俺だと何しでかすか分からないからな」
彼は毎朝翡翠に起こされるのだが、翡翠はかわいい、メイド服、「おはようございます、志貴様」と普通の男子だったら情欲に身を任せても仕方のない起こされ方をしているため、いくら精神力の強い志貴でも今度ばかりは耐え切れる自信がなかった。
「今の俺の生活を守るため…いくぞ!」
かっこよくも見えるが、やっていることはH本買い。駄目人間っぽい志貴だった。
再び少年誌コーナーに行くと、さつきは別の場所へ移動したのかそこにはいなかった。
チャンスといわんばかりにH本コーナーに近づき、すばやく自分の好みの本を探す。
最近のは表紙は全般的に良いので中身を見ない限り趣味に合うかどうかの判断が難しかった。
あまり長く見ていると周りの視線が怖いため少しづつ見ていく。そして、ついに自分に合う本を見つけた。
「よし、後は持っていくだけ……」
ここでまたもやハプニング、レジに行列が出来ているのである。H本を持って行列に並ぶというのは、男性が女性用下着を買うのと同じくらい恥ずかしいものがあった。
「はやく、早く行列よ消えてくれ!!」
その場に立ってチラチラとレジの様子を眺める。当然H本は元の場所に戻し、自分は少年誌のところにいる。
そして、人がいなくなったのを見計らって志貴はレジに猛ダッシュした。
「――390円です」
それは勝利を示していた。彼はすばやくその場から立ち去るため390円ピッタリで払う。
それを腕で覆い隠すとすばやく本屋から脱出した。
その日、志貴は(謁見削除)した。
次の日
「志貴くん、おはよう」
「ああ、おはよう弓塚さん」
やけに輝かしい笑顔で挨拶をする志貴。さつきはその笑顔に一瞬くらっときたものの、すぐに志貴の元に来た目的のために心を落ち着かせ、そして口にする。
「あのさ……昨日本屋さん行ってなかった?」
「えっ!?」
さつきの言葉に動揺を隠せない志貴。先ほどの笑顔はどこへやら、今は目が泳いでいる。
その言葉が語ることは志貴にはなんとなく検討がついていた。少し神妙な顔して話していることは志貴の考えがほぼ正しいであろうことを裏付けている。
志貴はどうにか言い訳をしようとした。「あれは有彦に頼まれたやつで俺は決して……」とか、「弓塚さん、あれは男としては当然の行為なわけで……」とか、どの言葉が一番有効か頭の中で真剣に考える。
しかし、その後さつきが言った台詞は志貴の予想をはるかに超えたものだった。
「もし、志貴くんだったら私……」
「……へ?」
ごくまれにあるHゲーのような話であったというオチ。
終わり