『舞い散る花びらのように』





 ミーンミーンミーン

 蝉の声があたりに響き渡る。それだけで夏の暑さがさらにひどくなるような感覚を受ける。というか暑すぎ。何もかもが面倒くさくてやってられない。まあ俺の場合高校3年とはいえ進学なんて一切考えていないから勉強なんてかったるいものはやってないのだが。

「こう暑いと何もやる気が起きないよな〜」
「そうか? 私はそうでもないが」

 キッチンにいる智代から俺の独り言に対する答えが返ってくる。それと共に智代がソーメンの入った大きなボウルを持ってキッチンから出てきた。

「でもまあ、朋也が食欲なさそうだからすっと食べられるものにした。暑いからって何も食べないのはよくないことだからな」
「おっ、さすがだな」

 ボウルには氷が入っており、ソーメン同士がくっつくのを防ぎつつ、見て涼しさを感じさせるようにしてある。早速めんつゆを底の深い皿に入れ、智代が一緒に持ってきたきゅうりとネギを刻んだものを入れる。そしてわさびを少しめんつゆに溶いて、ソーメンをつけすする。

「うん、うまい。やっぱ夏はソーメンだよな」
「そうだな」

 智代の方はというとわさびを入れないで食べている。つまり、智代はわざわざ俺の為にわさびを持ってきてくれたということだ。こいつのそういう細かなところへの気遣いは立派だと思う。それは俺だけでなく他の奴らに対してもだったのだろう。でも、それを今は俺が独占していた。
 


 昼食を食べ終えた俺たちは特にすることもなく、2人でイチャつく。俺たちが恋人となって以来、ほぼ毎日のようにいちゃついているのだが不思議と飽きが来ない。多分、そこには愛情以外の何かも詰まっているからだろう。

「そういえば朋也」

 今日だけで5回目のキスを終えた後、智代が何かを思い出したかのように話を変えてくる。

「今日の晩、夏祭りがあるらしい。一緒に行かないか」
「夏祭り、ね……」

 夏祭りといえば学校の友達もしくは旧友との出会い、高いしまずいのについ買ってしまう屋台の食べ物、そして花火を楽しむイベントだ。少なくとも俺の頭の中ではそう解釈している。

「それってどこであるんだ?」
「ん、一つ離れた町でだ。大きな花火が見物らしい」
「そっか…よし、行くか」

 こうして、今日の晩の予定が決まった。



 祭りは人でにぎわっていた。この町だって普段は何もないようなところでこの道もほとんど人通りがないのに、こういう日のこの人の多さは一体どこから沸いてきたのだろうと疑問に思うくらいだ。

「朋也、はぐれないように手をつないで行こう」

 智代が手をさし出す。俺はその手をしっかりとつかんだ。
 2人で屋台を見て回る。わたあめ、焼きソバ、たこ焼き……定番の屋台が並ぶ中、カキ氷屋でイチゴとメロンのカキ氷を買った。食べ歩きをしながら他の屋台も眺めていく。
 途中、智代が何かに気づいたらしく立ち止まる。

「朋也、あそこにいるの……」

 智代が指差した先、そこには春原の姿があった。どうやらナンパをしようとしているらしく、目が色んな女性を渡り歩いている。

「あの馬鹿、ナンパしようとしてるな」
「何、そうなのか? 行って注意してくる」
「おっおい」

 智代が春原のところに行こうとするのをつないでいた手をひっぱって止める。

「どうして止めるんだ?」
「まあ待てって、あいつのナンパなんて成功するわけないじゃないか」
「それでも、された方にはそれだけでものすごい迷惑だ」
「……確かにな」

 春原って結構しつこそうだし。ことわれない女の子は逃げられないかもしれない。だが、

「でも俺だって智代とのデートをあいつに邪魔されるのはものすごい迷惑だぞ」

 それを聞いて智代の足が止まった。どうやら考えているようだ。

「……仕方ないな、今回だけは見逃そう」

 智代は俺とのデートを優先したらしい。そんなわけで春原に気づかれないように別の道を移動する。
 その時にもうすぐ花火が始まるとのアナウンスがあった。屋台で盛り上がっているところから少し離れたところに人気のない場所を見つける。

「智代、あそこに行こう」

 手をひっぱって智代を誘導する。移動が終わる頃には花火は始まっていた。



 色とりどりの火花が開いては消えてゆく。それこそ舞い散る花びらのように。花火は光こそ強く、そして美しい。だが、はかない。

「綺麗だな……」
「ああ」

 俺は花火を見ながらも隣にいる智代のことを気にしていた。智代の顔が花火の光で色づけされていく。それがなぜか腹立たしく、そして美しく感じた。
 魅せられた俺はそのまま智代に顔を近づけていく。そして口付けをした。それと同時に大きな花火の音が鳴る。

「ん……む…むぅ」

 どれくらい続いただろうか。長いディープキス。もはや花火はどうでもよかった。

「ぷはぁ、いきなりだな。しかも長かったぞ」
「いや、口の中が冷たくて気持ちよかったからさ」
「ふふ、さっきのカキ氷がまだ残ってたのだろう」
「もう一回、やるか?」

 智代はコクリと頷いた。



 ああ、なんて弱弱しいのだろう。選挙に落ちて以来、智代は変わってしまった。
 必要以上に俺を求めるようになってしまった。でも、智代をこんな風にしてしまったのは間違いなく俺だろう。

 しかし、俺はその智代すらも愛してしまった。美しいものをこの手で破壊してしまった喜びと、それに対する懺悔の混じった歪んだ愛情。

 これからも俺たちは堕ちてゆくのだろう。だが、それもいいかと思えた。智代には俺がいて、俺には智代がいる。これ以上に求めるものは何もない。何かあったら俺が智代を守っていく。
 もう一度口付けを交わしながら、俺は智代をぎゅっと抱きしめた。それは今後に対する俺なりの誓いだった。



終わり

あとがき
 最後まで読んだあともう一回最初から読んで欲しいなと思ったり。

 最後にどんでん返しっていう感じのがやってみたくてこんなの書いてみましたがどうでしょうか? 最後まで智代BADENDだってことを気づかせなければ俺の勝ち、気づけば読者の勝ちみたいなw
ちゃんと所々にヒントもあります。