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『大好き』 written by ひで


「朋也〜」

休み時間には必ず会いに行く。制約のなくなったあたしは自分の気持ちを抑えることができない。 

「会いたかったー」
「おっおい、何度も言うけどいちいち抱きつくなよ」

 朋也は迷惑そうで、その実喜んでいる。
 髪を切ったあたしを、かわいいと言ってくれている。

『おい、あれ隣のクラスの生徒だよな……』
『なんか休み時間になるといつもこの部屋来てないか?』
『ばっか、あれが話題のカップルだぞ』
『ねえねえ、知ってる?』

 人の噂に戸は立てられない。しかし噂になることは喜びでもある。
 世間が朋也の彼女はあたしだ、って広めてくれるから。椋じゃなくて、その姉だって。 

『あれさー話によると、あの男って元々妹さんと付き合ってたんだって』
『でもさーそう考えると今その姉と付き合っているあの男って最低じゃない?』

 朋也が最低なんじゃない。あたしが最低なんだ。
 でも、その最低なあたしを最高だといって抱きしめてくれる彼はいつもあたしに
 甘くしびれるような言葉と優しさでその心の傷をなめてくれる。
 そのしみるような痛みが快感だった。

『ところでさーその妹さんって……』
『しっ! 声がでかいじゃない。あそこにいるのよ』

 椋への罪悪感が消えたことはない。現にすぐそこには微動だにしない妹の背中がある。
 あたしの声も、クラスメートの口さがない噂話も全て耳に入っているはずだ。  

「……やっぱり、今でも朋也くんが好き」

 はっきり聞こえた。あたしの妹だから、そう簡単にはあきらめない。
 逆の立場なら、同じ言葉をいっていただろうから。  

「あ、椋――」

 昼休み、白々しくなっていないだろうか、と自分の表情に気をつけながら声をかける。

「お姉ちゃん」
「どうしたの、元気ないじゃない」

 少しやつれてしまった妹の顔。うつろになった瞳。
 あたしが味わった苦しみとおなじくらい、いやきっとその数倍この子は苦しんでいるんだ。
 でも、そのことが奇妙に心のどこかをくすぐる。
 
「ううん、お姉ちゃんの気のせい」

 無理に笑顔を作る。またじくんと心がうずく。 

「そう、ならいいけど」
「うん、じゃあ私帰るね」
「あ、そうそう。あたし今日帰り遅くなるから」

 かばんを持つ妹の背中に言う。 
 
「え?」
「朋也の家にちょっと、ね」

 ぴくりと肩が震えたのがわかった。
 
「……うん、わかった。お母さんには言っておく」
「それじゃあね、バイバイ」

 椋は小走りに帰って行った。あたしは朋也の腕に自分の腕を絡めて道を歩く。
 時おりちらちらと横目でこちらを見て追い抜いていく同じ制服の学生達。
 椋、ごめんね。あたしこんなに幸せだよ。どうしよう。
 家に帰り、雑然とした部屋で彼があたしを押し倒す。

「朋也、あたし汗かいちゃってるよ」
「いいんだ。杏、俺……」
「うん、あたしもいいよ」

 彼の頭をかき抱く。制服がたくし上げられ、朋也と付き合うようになって気を遣うようになった
 かわいらしい桃色の下着があらわになる。

「朋也、好き」
 
 それへの返答は痛いくらいのくちづけ。二人の間の雰囲気が高まっていく。
 そのとき

「朋也くん、朋也くん」

 部屋の扉がノックされた。あたしはぎくりとする。
 朋也の顔は怒りとさげすみでゆがんでいた。

「親父だ」 

 それでもやさしくあたしの頬に手のひらを置くと。
 ふすまを開けて後ろ手に戸を閉めて、部屋を出て行った。
 最初は小さかった朋也の声がだんだん大きくなり、どんどんと壁に何かを当てる音がする。
 あたしはあわてて服装を整えふすまを開けると、朋也が鬼の形相でお父さんの体を
 壁に打ち付けていた。

「朋也やめて!」

 うずくまるお父さんをさらに足蹴にしようと朋也にしがみつく。
 ようやく正気を取り戻した彼は冷たく父親を見下ろして、あんたは最低だ、と吐き捨てた。

「……ごめんな」

 あたしと朋也は結局あたしの家に帰ってきた。朋也は怒りに我を忘れた自分の姿を
 みせたことに、後悔をおぼえているようだった。あたしの気持ちはそんなことで揺らぐものではない。
 お父さんとお母さんは今日いつもより遅く帰ってくる。万が一ばれたとしても
 そのまま紹介してしまおうとたくらんでいた。

「いいのよ、気にしないで。だけど……本当に親御さんと仲良くなかったのね」
「あんなやつ……親でもなんでもねえ」
「落ち着いて! あたしがなぐさめてあげるから……ね」

 傷ついた朋也の心を癒すのはあたし。あたしの全部を使って慰めてあげる。
 今度はあたしが押し倒すように彼をベッドの上に横たえる。

「杏……」
「大好きだよ、朋也」

 名前を呼ばれるだけで、彼の名を呼ぶだけで体の奥底にある水源から甘い蜜がわきあがってくる。
 不器用で、でも限りなく優しい愛撫。横の部屋には椋がいる。恥ずかしい声を上げるわけにはいかない。
 でも我慢しようとすればするほどとめどなくあふれてくる。
 椋が聞いてる。息を潜めるようにして、あたしがどういう風に朋也に抱かれるか
 様子を窺っているのがわかる。椋、朋也はすっごく優しいんだよ。
 ほら、ゆっくりじらすように、あたしが痛くないかどうか確かめながら入ってくれるんだよ……。   
 
「とも……やぁ!」

 翌朝、彼の分身を体の中に含んだまま、あたしは彼を送り出す。
 椋に見つかってしまったけれど、妹の顔は思ったより平静だった。
 お風呂に入って、流れて出していく白く粘り気のある液体をみているとこの上なく幸せな気持ちになる。
 あたしたちに子供ができたら、どんな子ができるんだろう。想像するだけで顔がふやけた。

「お姉ちゃんおはよう」

 朋也が返った次の日、椋は久しぶりに元気な笑顔を見せた。 

「おはよう椋、なんかやけに元気になったわねー」
「うん、もう悩みがなくなったから」
「そう……」

 吹っ切れたのだろうか。あたしと朋也が交わる声が彼女をあきらめさせたのか。

「ねえお姉ちゃん、久々に一緒に登校しない?」
「ん、別に構わないけど……スクーターもパンクしちゃってるし」
「そう、よかった」

 前も後ろも駐車している間にパンクするなんてありえない。
 一瞬椋を疑ったが、今朝の彼女の顔には後ろめたいことした翳りが一切感じられなかった。

「こうやってあんたと歩くのも久しぶりよねー」
「うん、そうだね」

 あたしと椋は学校への、人通りの少ない道を歩く。
 途切れ途切れの会話をしながら、昔はそんなことなかったのに。
 きっと今と昔では心のうちが違う、ただそれだけなんだけど。

「……ごめんね」
「何が?」

 突然あたしが謝ったので椋は不思議そうな顔をする。

「あんた、朋也のこと本当に大好きだったんでしょ。それなのに横から取るようなことしちゃって……」
「お姉ちゃん……」

 今日の椋になら素直に謝れそうな気がした。

「ずっと、ずっと悩んでた。でも、ようやく言えてすっきりしたわ」
「そう、よかったね」

 椋は靴ひもがほどけたと言ってかがみ、あたしは歩くペースを緩めた。

「私もお姉ちゃんにずっと伝えたいことがあったんだ」

 小走りで追いついてきた椋が声をかけてくる。

「え、何?」
「お姉ちゃん……」 
 
 これまでと同じように、懐かしさと温かさと親しみのこもった声。
 あたしが振り向いた瞬間、椋の振りかぶったものが首筋に食い込んだ。
 それが何かに気付く前に、彼女は思い切ってそれを手前に引く。

「死んじゃえ」
「え……」

 不思議と痛みはなかった。目の前に真紅の霧が立ちこめ、すぐに視界が白くなっていく
 
「綺麗に死ねて幸せだよね――」

 真っ白になっていく世界の中で、椋は哄笑し、慟哭していた。
 椋、ばかな子。こんなことしても朋也はあんたのものにはならないのに。
 そしてあたしは最後の瞬間、部屋で朋也と愛し合ったことを思い出していた。
 朋也の腕と、くちびると、あたしを貫いているその部分があたしを何度も違う世界に連れて行く。
 椋の鋸が同じような気持ちにさせてくれるなんてね。
 最後にあたしは自分がちょっと笑ったような気がした。 



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