「ねぇねぇ理樹くん」

 休み時間に他のクラスからやってきた葉留佳さんが僕に話し掛けてくる。
 手を後ろにやっているが、どうやら何か持っているみたいだ。

「ん、どうしたの葉留佳さん」
「10円玉持ってる? ギザギザのやつ。それも2枚」
「ギザギザの10円玉? そんなのあったかなあ」

 持っている財布の中身を確認する。
……あった、しかも都合よく2枚。

「うん、あったよほら」
「おー! じゃあさじゃあさ、その10円玉を立ててみて!」
「え、うん」

 何がなんだかよくわからないまま葉留佳さんに言われたとおり10円玉を机の上に2枚立てる。

「あー違う違う、2枚縦に並べるの」
「2枚縦に? できるのそんなの」

 確かに硬貨1枚だけ並べるってのはやったことあるけど、2枚縦に並べるなんてやったこと一度もない。というか無理な気がする。

「だからギザギザの10円玉ならできるんじゃないかなーって」

 確かに、普通の10円玉を使うよりはやりやすいかもしれない。それでもかなり難しいと思うけど。

「まあやってみるよ」

 10円玉を一枚机の上に立てる。その後もう一枚の10円玉を両手の人差し指ではさみ、ゆっくりとその立ててある10円玉の上に持っていく。
 少しでもバランスが崩れれば倒れる、少しでも下手にゆらしたら倒れる。
 唾を一度飲み込み、意識を集中させる。
 立ててある10円玉の上に人差し指で持っている10円玉が触れた。下のを倒さないよう、微調整をしていく。
 このくらいで大丈夫だろうか、そう判断した僕は人差し指を10円玉から離していく。
 1秒、2秒、3秒――上においた10円玉は倒れる様子はない。どうやらうまくいったようだ。

「で、できた……」

 机の上に振動を与えないように肩の力を抜いて一息つく。

「おーすごいすごい! 理樹くんさっすがー」
「何がさすがなのかわからないけどほめてくれてありがとう」
「じゃあさ、じゃあさ。頭の中で誰か思い浮かべて。気になる女の子とか」
「女の子? うーん」

 僕は頭の中で一人思い浮かべる。

「そんでね、『リタフニコウソクイイタ』って3回唱えるの」
「リタフニコウソクイイタ、リタフニコウソクイイタ、リタフニコウソクイイタ……」

 そのとき、さっきまで倒れる気配のなかった10円玉が突然崩れた。

「あれ、倒れちゃった。後でみんなにも見せようかと思ったのに」

 なんかもう二度とうまくたてられないような気がする。そんだけ集中力のいる作業だったし。

「ところでさ、何だったのさっきの? その呪文みたいなやつ」
「やーえっとね、さっきこんな本見つけてきたの」

 そういって葉留佳さんが前に手を出し、『おまじない百科』と書かれた本を僕に見せる。表紙にはたくさんのハートと少女マンガみたいな女の子が描かれている。

「おまじない?」
「そ! それでね、今理樹くんがやったのはなんと! 『女の子と二人っきりで体育倉庫に閉じ込められちゃう』というおまじないなのです!」

……へ?

「今、なんて?」
「思い浮かべた女の子と二人っきりで体育倉庫に閉じ込められちゃうというおまじない」
「そんなピンポイントなおまじないがあるの!?」
「やーだって、ほら、ここに」

 葉留佳さんが指をはさんでいたページを見せる。確かにそこにはいったとおりのおまじないが書かれていた。

「ほんとだ……」

 葉留佳さんから本を受け取り、そのページをじっくりと読む。確かに葉留佳さんが言ったとおりの内容が書かれていた。
 よくみるとおまじないを解く方法まで書かれている。しかしこっちの方はよくみないとわからないようなところに書かれてあった。しかも古い本だったからか文字も消えかかっていて見辛い。

「それで誰かにやらせてみたらおもしろいかなーって。で、理樹くんに白羽の矢がたったんですよ。おめでとーぱちぱち!」
「うれしくないよ!」
「やーでも女の子と二人っきりだよ? もしかしたらムフフな展開があるかもしれないよ?」
「いやいや、それにあんまり効果なさそうな気がするし」

 こんなおまじないが本当に成功したらおまじないというより呪いだ。

「まー確かにね。ところで、理樹くんは一体誰を思い浮かべたのかなー」

 葉留佳さんがニヤニヤしながら聞いてくる。

「さっきの聞いたあとじゃ言いづらいよ!」

 だって僕が思い浮かべた相手、それは――。





リトバスで体育倉庫イベント〜佳奈多編〜





 僕が思い浮かべた相手、それは佳奈多さんだった。
 修学旅行の後、葉留佳さんに佳奈多さんのことは姉妹としてちゃんと紹介された。
 その後色々学校で会うたびに話したりとかして、最初は二木さんと読んでいたけど後に名前の方で呼ぶことを許されたのでそう呼んでいる。
 葉留佳さんに気になる女の子と言われて、何故か僕はたまにさびしそうな表情を見せる佳奈多さんが思い浮かんだのだ。
  僕はどうなってしまうのだろうとドキドキしながら過ごしていたものの、結局、休み時間になっても何事もなく、とうとう放課後になってしまった。
 まあ当然か。自分から体育倉庫に近づいてないんだから閉じ込められるはずもない。
 そんなことを考えながら寮へ戻ろうとしたときだった。
 僕の方へボールが転がってくる。

「直枝理樹、ちょうどいいところに。そのボール取ってほしいの」

 ボールが転がってきた先には佳奈多さんの姿があった。
 佳奈多さんは手に持ちきれないぐらいのボールを持っている。少しでもバランスを崩したら全てばらばらになってしまいそうだ。

「…佳奈多さん? どうしたの。そんなに大量にボール持って」
「何故か知らないけどボールが大量に外に散らかっていたのよ。で、風紀委員として見過ごせなくてこうして片付けているの」
「そうだったんだ。手伝おうか?」
「そうしてくれるとありがたいわ」

 僕は転がってきたボールと、いくつか佳奈多さんからボールを取る。

「で、これをどこまで持っていくの」
「体育倉庫よ」
「……えっ?」

 僕は佳奈多さんの言ったことに目が点となる。自分から言った手前断るわけにもいかない。
 もしかしてこれはおまじないの仕業なんだろうか。

「何を驚いているの? 当然じゃない片付けなんだから。早く行くわよ」
「え、う、うん」

 まあ、体育倉庫の扉を開けておけば問題ないだろう。そう思い僕は佳奈多さんの後をついていった。



 体育倉庫まで来た僕たちは中へ入り、籠の中にボールを放り込んでいく。
 扉は開けたままだ。まあ片付けに中に入るたびに閉めるなんて普通ないけど。

「ありがとう、助かったわ」
「どういたしまして」
「さ、早くここから出ましょうか」

 佳奈多さんが体育倉庫から出ようとした、そのときだった。
 突然体育倉庫の扉が閉まっていく。外に誰かいたのだろうか。

「えっ?」

 突然のことに驚きを隠せない僕ら。そのまま扉は完全に閉じられる。

「ち、ちょっと、まだ私たちがいるのよ」

 佳奈多さんは急いで扉を開けようとするが何故か開かない。
 もしかしてこれっておまじないの仕業……?

「ごめん! 佳奈多さん!」

 思わず僕は手をあわせて謝る。
 僕があんなおまじないをやっちゃったせいで僕らは閉じ込められてしまったのだから。

「どうして謝るのよ……まさか!」

 ハッと佳奈多さんが僕を見る。
 その表情は若干怯えを含んでいる。

「直枝理樹…あなた…私をどうする気…?」
「えっ?」
「だって…さっき意味もなく謝ったじゃない……こんな人の来ないトコに閉じ込めて……」

 どうやら、佳奈多さんは僕がわざと閉じ込めたと勘違いしているようだ。

「だ、ダメよ?! 私は…その…なんというか……あなたと付き合っているわけじゃないし…そ、その…ほら、葉留佳がいるし……。確かにあなたも男の子なんだからそういうのに興味があるのはわかるけど……でも、こういうのって順番が大切というか…お互いの気持ちっていうか……あ、で、でも葉留佳のことを裏切るわけには……」
「……」

 なんか佳奈多さんが暴走している。なんで謝ったかちゃんとした理由を伝える必要があると思った。

「あのね佳奈多さん…これ、おまじないなんだ」
「…………は?」
「体育倉庫に二人っきりで閉じ込められるっておまじない」
「……」

 本当の理由を言った途端、佳奈多さんは哀れむような目で僕を見てきた。

「ねえ、本当にそんなピンポイントなおまじないがあると思っているの?」
「いや! でも実際あったんだって! だからこうなっているんだって!」

 必死で弁明する僕。そりゃ僕だって最初は信じてなかったんだから、佳奈多さんが信じないのも当然といえば当然だ。

「それでどうしてその相手が私なの?」
「それは佳奈多さんのことを考えてしまったからで……」
「私のことを考えてしまったからって……!」

 そこまで言って、ふと佳奈多さんが口を止めた。少し考えた後ぽつりと口にする。

「……それって、私と閉じ込めれたいって思ったってこと?」
「……えっ?」

 声の感じが変わった。
 まずい、なんだこの空気。

「直枝理樹……」
「な、なに? 佳奈多さん」
「こ、このおまじないって…どれくらい閉じ込められているのかしら」
「さ、さぁ…そこまではなんとも」
「このままだと…夜になってしまうわ……」
「そうだね…」

 ただ、事実を言っているだけなのに、佳奈多さんの言葉に不安の色は見えない。
 むしろどこか緊張しているような、そんな仕草を見せる。

「ますます人が来なくなるわね……」
「そ…うだね」
「……」
「……」

 お互いが黙るとものすごくやばい雰囲気になる。

「一晩中閉じ込められている可能性…もあるのよね」
「ほ、他に開きそうなところがないか探してみるよ!」

 このままじっとしていられなかった僕は立ち上がる。と、そのときだった。

「理樹……葉留佳のこと、どう思ってるの?」

 突然名前だけで呼ばれる。今まで一度もこんなことはなかったのに。

「どう思うって……いい友達だと思っているけど」
「そう……」
「それなら理樹、クドリャフカのことは?」

 クドは今佳奈多さんと寮のルームシェアをしている。名前が挙がってきたのはそのためだろうか。

「クドも一緒だけど。一体どうしたのさ」
「……そ、それじゃあ……」

 佳奈多さんの唾を飲み込む音が聞こえた。密室の静かな状況だったからだろうか。

「もし、私があなたのこと好――「あっそうだ!!!!」

 突然、あの時読んだ解呪方法を思います。
 ちょっと恥ずかしいけど、きっとやれば扉が開くはず。

「ど、どうしたのよいきなり!」
「佳奈多さん! ここから先は僕に任せて!」
「こ、ここから任せてって何をする気なの?」

 僕は急いで上着を脱ぎだした。

「な、何してるの!?」
「佳奈多さんは僕を信じて!」
「え、そ、そんな…でも……こんなの初めてだし」
「僕だって初めてだけど大丈夫! なんとかなるから!」
「そ、そんな真剣な目で見つめられたら……」

 佳奈多さんが恥ずかしそうにしているけど脱出するためだから仕方ない。

「佳奈多さんは向こう向いてて」
「え、ええ……」

 でも、少しくらいの気遣いはしないとと思い、そう伝える。
 おまじないを解く方法、それは上半身裸になり、『ノロイナンテヘノヘノカッパ』と三回唱えること――。
 上半身裸になった僕は扉の方を向き、そして佳奈多さんに聞こえないくらいの小さな声で呪文を唱えた。

「ノロイナンテヘノヘノカッパ、ノロイナンテヘノヘノカッパ、ノロイナンテヘノヘノカッ――」



「ッパ!!」

 すると、全く開かなかった扉が嘘みたいに勝手に開きだした――。

「委員長、探しましたよ。どうしたんですかこんなところで」
「え、いや、その……」

 どうやら扉を開けたのは風紀委員の一人のようだ。
 僕はというと扉から見えない位置に隠れていた。
 上半身裸で女の子と二人きりなんて、とんでもない誤解をされるに違いないからだ。
 とにかく、無事脱出できたわけだ。恐怖の『お呪(まじな)い』から。





「ごめんね佳奈多さん。こんなことに巻き込んじゃって」

 その後、また二人きりになったところで僕は佳奈多さんに謝った。
 しばらく佳奈多さんは不機嫌そうな表情をしていたからだ。まあ、あんなことに巻き込んじゃったらそうなるのも当然だろう。

「……ふう、もういいわ。面倒ごとに巻き込まれるのは慣れているもの」

 そういって佳奈多さんは一つため息をつく。

「直枝理樹」
「な、なに?」
「今日のことは忘れなさい、いいわね」

 佳奈多さんは釘を刺すようにじっと僕の目を見つめながら言う。

「う、うん。わかった」

 その迫力に気おされた僕は少しどもりながら返事をした。

「それじゃあ、さようなら」
「う、うん、それじゃあ」

 歩いて去っていく佳奈多さんを見ながら、僕は佳奈多さんに釘を刺されたにもかかわらず、


『……それって、私と閉じ込めれたいって思ったってこと?』


あのときした表情を何故か思い出してしまうのだった。





おわり


あとがき
 ほっとんど杏の体育倉庫のインスパイアです(ぉ
 いや、だってあまりにもぴったしだったもんで。完全オリジナルを期待していた人はごめんなさい。  しかし、CLANNADの体育倉庫イベントはリトバスにもうまく使えますね。今後他のキャラもでてくるでしょう、多分。