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 部屋の外から真人が呼んでいた。
 僕は、手早くガムテープでダンボールの口を閉じる。
 真人は部屋の入り口にあるダンボールを抱えると、廊下へと姿を消した。
 僕は真人の背中を見送ると、くるりと反転して部屋の中を眺めた。
 一週間前に比べ、ずいぶんがらんとした空間がそこにはあった。




『卒寮』




 この部屋が、自分の部屋になったのはいつだっただろう。
 もちろん、書類上では自分の知らない間に決まっていたことなのだろう。
 入寮に関する希望を書類で提出させ、寮会で新入生の部屋を割り当てることを、この学校では毎年繰り返している。
 かくいう僕も、男子寮の寮長を勤めていた。その辺のことは分かっているし、実際に行ったことだ。
 けれど当然、僕が初めてこの部屋に入ったとき、ここは見知らぬ部屋だった。
 ここが新しい住まいだということは分かっていたし、これからの生活を想像して胸が高鳴ったりしていた。けど、この部屋が自分のものであるという感覚はなかった。
 壁の日焼け跡やはがしきれていないシール、微妙に凹んでいる床。確かな形で残る、誰かの痕跡。
 気付けば、それらが示すのは誰かという異質なものではなくなっていた。
 別に日焼けあとは消えないし、シールを改めてはがしたりはしないし、床は凹んだままだけど。
 それも含めて、気付けば自分の部屋になっていた。


 そうして、気付けば三年間が過ぎていた。
 この三年間、一番長い時間を過ごした場所は間違いなくここだ。だからその分だけ、この部屋には僕たちの色が染み付いてた。
 あの棚を買い置きのカップめん置き場にした日は、本当に大量に買いすぎて食べきれるかと心配になった。
 壁にかけたカレンダーは、真人の筋肉スケジュールカレンダーとしても使われていた。良く分からない略語が書いてあった。
 テーブル代わりのダンボールは六代目になった。ここはリトルバスターズのたまり場にもなったので、よくみんなで囲んで座っていた。
 自然と定位置も決まってきた。一年前まで、恭介は窓側に座っていた。野球の勧誘ミッションのときも、上座から鈴に色々指示を出していた。
 僕も真人も謙吾も、少し悪乗りしたりしたし、諌めることもあった。
 恭介が卒業して、少しばかり位置も変わって、それでも皆で集まる機会は多かった。
 宿題をすることもあったし、小毬さんが持ってきたお菓子を皆で食べることもあった。
 そういえば、笹瀬川さんが料理の腕前を披露したこともあった。
 カーテンは備え付けのものを使っていた。端がぼろぼろになってきて、佳奈多さんに注意された。補修しないといけないかなんて思ったけど、今日まで裁縫道具を手にする機会はなかった。まあ、その機会は後輩に譲るとしよう。
 床の染みは、マッスルエクササイザー試作版の痕跡だ。こぼしたのは葉留佳さんだった。頑張って拭いたし、よくよく見なければ気付かないレベルなので、大丈夫だと思う。
 真人の筋トレグッズがあったコーナーは、指を滑らせると陥没している部分があるのが分かる。重いものを長期間置いておけば仕方がない。そういえば、あやちゃんがムキになって持ち上げようとしていたことがあった。
 机の上も、もう片付いている。僕はちゃんと使っていたけど、真人のは完全に物置だった。受験勉強をしている時は、来ヶ谷さんが教えてくれることもあった。
 本棚は、西園さんのお勧めでいっぱいになった。さすがに多くなりすぎて、もう読まないものは売ったりした。
 ふと、ポケットから鍵を取り出す。真人がよく鍵をなくすから、僕が持っていないとどうしようもない。今までもたびたび存在を確かめていた。慣れた手触り。鍵のキーホルダーはクドにもらったものだ。
 それから、それから……。佳奈多さんが部屋で脱ぎだしたり。佳奈多さんが部屋で押し倒してきたり、おかしてきたり。
 
 
 思い出は、本当にたくさんあった。ここは、僕達の部屋だったのだから。
 けれど、僕達はその痕跡を消していく。僕達の色を、消しゴムで消すように白くしていく。
 すべてが消えるわけじゃない。僕が初めてこの部屋に入ってきたとき感じたように、僕達の痕跡は残るだろう。
 けれど、その上から新しい絵が描かれれば、どれだけ残るのだろうか。
 ああ、こうして開けた部屋を見ると実感する。
 ここはもうすぐ、僕がいていい場所ではなくなるのだ。そしておそらく、この部屋を出て行けば、二度と戻ることは出来ない。
 
 
 そんな寂しさを感じながら、数日。
 卒業式も卒寮式も無事終わり、最後の夜を迎えた。
 必要な荷物は、既に宅急便で送っていた。あとは明日、夜が明けてから最低限の荷物だけを持って出ればいい。
 順調に進んだとはいえ、片付けは大変なものだった。全身を疲労感が包んでいる。真人は既に寝息を立てていた。
 だけど僕は、見慣れた天井を暗がりで見るのも最後だと思うと、少しだけ寝るのが惜しかった。
 このベッドで寝ることも、もうないのだ。
 だからこそしっかりと寝ておきたい気持ちもあるのだけど、もう少しだけ起きておこう。
 新生活が始まれば、きっと大変でめまぐるしくて、こんな気持ちは吹き飛んでしまう。
 それはきっといいことで、楽しいことだろう。
 それまでのわずかな時間、今だけはこの部屋のことを思っていたかった。
 
 
 そんな感傷を抱いた夜もいつの間にか明けて、翌朝。
 手荷物をまとめ、挨拶も済ませ、いよいよ本当に寮を出るときがやってきた。
 外には現在の寮長や、親しくなった後輩たちが見送りを行うべく待っていてくれている。
 リトルバスターズのメンバーもそこで集まる。今日を過ぎるとしばらく合えなくなってしまう面子もいるので、お別れの前に皆で遊ぶ計画を立てていた。
 真人は既に出ていた。鍵をかけるのは僕の役目だったから、真人が先に出るのはいつものことだ。
 僕は部屋から一歩を踏み出し、反転する。
 一切の私物が置かれていない部屋を見て、僕は深く、頭を下げた。
 いままで、ありがとうございました。
 
 
 



終わり



あとがき


 卒業シーズンということで、今回は部屋の思い出をテーマにしてみました。
 先日実際にやって感じたのですが、引越しって大変ですよね。

 あとCTRL+Aとか押して、反転するなよ。いいか、絶対にするなよ。
















 ここから下は、本文中の隠し要素に気付いた方のみ読んでください。



〜おまけ、あるいは蛇足〜


 そして、春。

「……何をやってるの、佳奈多さん」
「あ、朝の挨拶よ」
「それでズボンを脱がす必要はないよねっ!?」
「ほら、直枝はまだ寝ているけれど、直枝の息子はもう起きてるじゃない? えらいと思って、ほめてあげようとしたのよ」
「それはただの生理現象だよっ。ていうかほめるって何するつもりだったのさ」
「それはほら、なでたり舐めたりこすったり咥えたり抜いたりよ」
「最初の以外褒めるにかすってもいないよっ」

 ていうか、予想通りなんだけどさ。
 毎朝こんな感じなので、僕はおちおち朝寝坊も出来ない。

「いくらなんでも、朝っぱらからそんな余裕はないからね」
「じゃあ、夜ならいいのかしら?」
「それは……う、うん」

 同棲しているとなれば、人目をはばかる必要もないし……。
 それに、朝からそういうことをすると一日佳奈多さんのことばかり考えて、何事にも身が入らないからというのも拒否の理由だ。夜なら、気にすることはない。

「それじゃ、楽しみにしてるわね」

 そういって、佳奈多さんは軽く口付けてくる。まあ、いわゆる、おはようのキスってやつだ。

「おはよう、直枝。今日もいい天気よ」
「おはよう。佳奈多さん。それは気分がいいね」

 少しだけなじんできた部屋の中、キッチンへと向かう佳奈多さんを見送る。それを見て、なんだか幸せだなあと頬が緩んだ。
 僕たちの新性活は、まだ始まったばかりだ。





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