『あたしの推測ではね……秘法はタイムマシン』
『もし、できたら……小さな時に戻りたいかな』
『そして、やり直したい』





 僕には幼馴染がいる。
 彼女の名前は朱鷺戸沙耶。
 容姿端麗、頭脳明晰、スポーツ万能。
 手先も器用なら道具を扱うこともうまく、明るく社交的で皆に好かれている。
 いわゆる、なんでもこなせる完璧超人というやつだ。

「ねえ、理樹くん」

 頭も容姿も運動神経も人並みでしかない僕とは、はっきりいって釣り合いが取れていないだろう。

「今夜、理樹くんの部屋に泊めて」

 ただし、彼女には一つだけ欠点があった。

「今日は、帰りたくないの……」

 その欠点とは――。

「……沙耶、また鍵なくしたの?」

 非常識なまでに、ドジだということだった。



『リトルバスターズの消失』



「ち、ちがうわよっ。なによそれっ。せっかく幼馴染の女の子が、勇気を振り絞って尋ねて来たって言うのにその反応」
「ええと、なになに。『順位を目標にするつもりはない。ただ己の剣を信じ、戦い抜くのみだ。全力を尽くした結果であれば、それがどんなものでも受け入れられるだろう』だって。へえ、宮沢君って格好いいこというね」
「ごめんなさいっ、正直に話すからこっち向いてっ」

 懇願する様子に、僕は校内新聞から顔を上げる。ちなみに今の記事は、同学年で剣道部に所属しているスター選手、宮沢謙吾君のインタビュー記事だ。クラスも違うのでこれといった接点もない。読んでいたのは寝る前の暇つぶしである。

「で、今度はどのあたりでなくしたの? いつごろか分かる?」
「その前にっ。なくしてないわよっ。何でいつもいっつも理樹くんってば、あたしのことダメな子扱いするのっ?」
「それはまあ、過去の実績というか……」

 今までに事例がありすぎるのだが、それを言ってしまうと沙耶の自虐スイッチが入って長くなってしまうので、敢えて言わない。

「じゃあ、鍵はあるの?」
「う゛っ……あ、あることはあるわよ」
「見せて」
「い、今は持ってないのよ」
「なら、どこにあるの」

 沙耶が言葉に詰まる。
 僕は急かすような言葉を発することもなく、ただ笑顔を浮かべて彼女を見つめ続けた。
 そのうち、沙耶はうろたえた様子でポツリとつぶやいた。

「……部屋の中」
「ドアの鍵は?」
「かかってる」
「……なるほど」

 普通ならばありえない状態だ。いったいどうやったんだろう。

「ええそうよ、オートロックでもないのにインキーしたわよ。部屋から出て鍵かけたところで、廊下でボール遊びしてた子達の球が飛んできて、それをキャッチした拍子に鍵を落として、気付かないままドアの下の隙間に蹴り飛ばしちゃったわよ。おかげで密室の完成よ。何のギャグマンガだって感じよね。滑稽ね、滑稽だわ。笑いなさいよ。笑えばいいじゃないの。あーっはっはっはって笑っちゃいなさいよ」
「あーっはっはっはっ」
「笑うなぁっっ!!!」

 沙耶に切れられた。理不尽だ。

「で、部屋に入れない事情は分かったけど、どうしてそれで僕の部屋に止まることになるのさ。寮長に相談してマスターキー借りるとか、もしいなければ女子寮の空いてる所に泊めてもらうとか、方法はあると思うんだけど」

 確かに僕の部屋はルームメイトがいなくてベッドは空いているし、ことあるごとに沙耶のフォローもしている。しかし、それにしても泊まりにくるというのはぶっ飛びすぎてやしないか。

「だって……こんなミスしたなんて、知られたら恥ずかしいじゃないの」
「ああ……」

 そういえば、沙耶は昔からこういうところがあった。
 なまじスペックが高いため致命的な事態になることはないのだが、とにかくミスが多い。しかもそのミスは、人に知られればあきれ返るようなものが大半だ。だから恥ずかしがって、自力でそのミスをフォローしようとするのだ。
 ついでに、一応自分が初対面の人間に才媛という印象を与えると分かっているみたいで、そのイメージも守りたいようだ。
 ただし、沙耶は気付いていないようだが、数ヶ月も付き合えば沙耶のキャラクターがドジっ娘であることは見抜かれる。
 しかし、知られまいというその努力と知られていないという自信をもつ様子は、なんともいえぬ愛嬌があり、沙耶のファン層は知られていることを知られないようにしようと努めている。

「じゃあ、僕には知られてもいいの?」
「え? だって理樹くんにはあたしの全部を知っててもらったほうがいいもの」
「あ、ああ、そう」

 きょとんとした様子で答える沙耶に、僕は思わず赤面する。

「? どうしたの理樹く…………あ、あわわわ」

 僕に聞こうとした途中で、自分が先ほどなんといったのか理解したらしい。

「ち、違うわよ、そうじゃなくてっ。いや、それでもいいんだけど」
「え、いいの?」
「あ、い、今のちょっとした間違いっていうか。格好いいところも情けない所も、強い所も弱い所もってことで。あ、でもそれだと恥ずかしい所もだから……うんがーっ!!」

 沙耶が爆発した。
 うん、僕もちょっと落ち着こう。

「知られたくないってのは分かったけど、何か解決する方法があるの?」
「え、ええ。理樹くんから長い棒でも借りて、それでかき出そうと思ったのよ。けど、もう消灯時間だし、暗くなるじゃない。そうなると見えないし、消灯時間が過ぎても誰か出てきたら見つかっちゃうし。だから、明日の昼休みにやろうと考えてるの」
「なるほど。けど、今日は寝る場所がないと」
「そう。だから、お願い」

 沙耶が、両手を合わせる。

「うーん」

 どうしたものかと考える。フォロー役としては頼られて悪い気はしない。しかし、ここは男子寮である訳で、沙耶を泊めたことがばれたら大問題になる。

「あれ、ていうか沙耶。どうやって僕の部屋まで来たの?」

 一応、夜遅くに女子が男子寮に入ろうとすれば、不審がられるものだ。まあ、男子が女子寮にはいるのに比べれば、楽なんだろうけど。

「どうって、普通に人目につかないよう死角を縫ってきたわよ」
「いやいやいや、それ普通じゃないから」

 しかし、沙耶ならできるだろう。無駄にハイスペックな上に、こういう潜入などに昔から得意だった。スパイみたいだ。

「じゃあ、入ってくるのは誰にも見られてないってことかな。それなら、大丈夫か」
「泊めてくれるの?」
「うん、いいよ」
「やったあっ。理樹くんありがとうっ」

 がばっと抱きついてくる沙耶。

「ちょっ、沙耶、声が大きいってば」

 滅茶苦茶上機嫌な沙耶は聞いているんだかいないんだか。とりあえず――

(相変わらず、いい香りだなあ)

 沙耶に包まれながら、つい嬉しくてにやけてしまう僕だった。




「ねえ、理樹くん。まだ起きてる?」
「起きてるよ」

 真っ暗な室内。二段ベッドの上から聞こえてくる声に、返事をする。

「あたしってさ、理樹くんにいつも迷惑かけてるよね」

 沙耶が、少し沈んだ声を出した。

「そんなことないよ」
「ううん、気を遣わなくていいの。分かってるから」

 それは、いつもの沙耶らしくない声だった。

「自分でも分かってるし気をつけるようにしてるんだけどね。なんかあたしって、いっつもポカやらかしちゃうのよね」

 それは、彼女が今まで胸のうちに抱えていたものだったのだろう。

「それで理樹くんにいつも頼っちゃって。だから、時々思うの。理樹くんも、もしかしてあたしみたいなドジじゃなくて、別の幼馴染がほしかったんじゃないかって」

 暗闇って言うのは不思議なものだ。傍にいるって分かっているのに、普段面と向かってはいえないようなことまでいえてしまう。

「そんなことないよ。本当に」

 だから僕も、自分の想いを口にする。

「沙耶のすることは、確かにびっくりすることが多いけどさ。でも僕は、沙耶を助けたいって思うし、沙耶に頼られて嬉しいと思う。だから大変だけど、全然苦じゃないんだよ」

 それに、と言葉を続ける。

「もし沙耶が、自分は重荷だからって言う理由でどこかにいっちゃうんなら、僕は絶対に引き止めるよ。沙耶を一人にしたら、また何かしちゃってるんじゃないかって気が気じゃないんだ。その方が心労で参っちゃうよ」

 本心を言葉にしているうちに、はっきりと自分で自分の気持ちを認識する。

「正直に言えば、僕のためにも傍にいて欲しいよ。沙耶から目を離しちゃうと、心配だ。なんていうか、もう僕が一番安心できる場所って、沙耶の隣になっちゃったんだよね」

 頬が高潮しているのが分かる。ああ、何だって僕は、こんな恥ずかしいことをいっているんだ。

「だからさ、僕はずっと沙耶に傍にいて欲しい」

 これじゃ、もうほとんど告白じゃないか。

「理樹くん……」

 沙耶の声が震えている。ど、どうしたんだろう。

「げげごぼうおぇっ」
「台無しだーっっ!!」

 思わず起き上がってツッコミを入れた。

「ご、ごめんなさい。で、でも嬉しいのよ。ええ。ちゃんと理樹くんの傍にいるから」

 そこで一呼吸置き、彼女はささやいた。

「だから、あたしを放さないでね」

 まいった。台無しにされたばっかりだって言うのに、沙耶が可愛くて仕方ない。

「ボドドドゥドオー」
「なによそれっ」
「いや、いざ言われる側になると恥ずかしくて」
「理樹くんだってあたしと同じじゃないっ」
「あ、ほら。沙耶また声が大きくなってるよ」



 とまあ、そんなわけで。
 僕は一見パーフェクトで、本当はドジな幼馴染の傍にいる。多分、これからもそうだろう。
 彼女が言ったように、もしかしたら僕が別の幼馴染と一緒に育つような未来があったかもしれない。それは今の僕には分からない。
 けど僕は、今の自分の境遇に満足している。こんなに可愛くて、大切な幼馴染と一緒にいられるのだから。
 彼女の名前は朱鷺戸沙耶。
 僕の、大好きな女の子だ。



 終わり



 あとがき

 珍しいことに、朱鷺戸"沙耶"SSです。
 自分では初です。ちなみに朱鷺戸"あや"は書いたことあります。
 書き始めた当初とはまったく別の雰囲気の作品になりました。
 当初の予定では、この後女子寮で野球勧誘ミッションをくらって、理樹がリトルバスターズと初対面みたいなのも出来たのに。
 相方効果ってのは、時々予想外の働きをしますね。
 詳しい考察とかされるとぼろが出るので勘弁してください。

 あと、CTRL+Aで反転とかするなよ。絶対にするなよ。




 ※ここから下を読む前に、一番上を見てください。










「どうだ。満足したか?」

 仮面の男、時風瞬は感情の感じられない声で確認した。
 それは、感情がない声ではない。感情を押し殺した声だ。彼はきっと、あたしを哀れんでいるだろう。
 彼には少しばかり余裕があるとはいえ、まったく油断できない状況であるのは、百も承知なはずだ。
 にもかかわらず、元の世界に戻ることを阻む枷でしかないあたしに、こうして見せてもらえたのだ。
 もしかしたら、ありえたかもしれない未来を。

「しなかったって言えば、どうにかなるわけ?」
「ならないな。この世界は有限だ」
「わかってるわよ」

 けれど、感謝の言葉なんか口にしてやるもんか。泣き言なんてもってのほかだ。

「物足りないけどしょうがないわ。区切りは付いたし。名残惜しいけど、夢はそれくらいで終わるのが丁度いいもの」

 だから、せめて強がる。あたしが弱い所を見せるのは、理樹くんだけだから。

「そうか」

 それだけ言って、時風は背を向けた。

「殺さないの?」
「殺して欲しいのか?」
「冗談。後始末くらい自分でつけるわよ」
「ああ、そういうと思ったよ」

 そうして、薄暗い地下迷宮の中、あたしは一人残された。
 右手を持ち上げ、銃口を側頭部に押し当てながら、とある男の子を思う。
 最後の瞬間は、彼のことを思っていたいから。
 もしかしたら、ずっと一緒にいられたかもしれない大切な幼馴染。
 彼の名前は直枝理樹。
 あたしの、大好きな男の子だ。



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