「到着しましたっ」

 クドに手を引かれ、僕は家庭科部の部室へと来ていた。
 今まで何度か来た事はあるけれど、昼休みにここへ来たの初めてだ。

「さて、どうしようか、クド。昼休みもあんまり残っていないけど」

 何しろ、昼食をとってから2戦している。
 教室へと戻る時間を考えると、自由にできる時間はあと十分といったところだ。
 これが昼食前の授業残り十分だったりしたらとても長いのだけれど、普通に考えると十分で出来る勉強はあまりない。

「はい、実はこれなんですが」

 クドが取り出し広げて見せたのは、僕のノートだった。
 そういえば、バトル開始前にも開いていたような……なんか、物々交換で流通してるんだよね。元々用途が裏紙のノートだったから、手元になくてもいいけど。

「僕のノートがどうかしたの?」

 落書きとかはしてないと思うんだけど、なにか気になるものでもあっただろうか。

「このノートを見て思いました。リキはノートの使い方が上手です」
「え、そうかな?」
「はい、ぐっとらいてぃんぐです」

 もちろん、自分で分かりやすいように書く努力はしているけど、他の人のノートと見比べたことはなかったので、こういう褒め言葉をかけられるのは意外だった。

「ですから、理樹にのーとの上手なまとめ方を教えて欲しいのです」
「うーん、そうだなあ……なんというか、どう教えたらいいものか」

 ノートのまとめ方といえば、あまり具体的なものでもないので、どうしても感覚的な部分を鍛えることになるだろう。すると、短時間で出来るようなものでもない。

「大丈夫です。方法はばっちり考えてきました。今から私が単語帳から英単語を書き写すので、手伝ってください」

 言うが早いが、クドは畳に座り、ノートと単語帳を開き、いつでも書き写せる体勢にはいる。

「ちょっと待って。手伝うってどうするのさ」
「はい、リキが私の右手を使って書き写してください」
「えーと……」

 それはつまり、僕がクドの後ろに膝立ちになって、右手を握って書くということだろうか。
 そ、それはどうだろう……。

「クド、それってあんまり意味が……」
「リキ、お願いしますっ」

 クドが燃えている……。

「う、うん、わかったよ」

 まあ、残り時間も少ないし、それくらいなら大丈夫、かな。
 そう判断し、僕はクドの後ろのスペースに膝をつける。近づくとほのかに漂う甘い香りに鼻腔を擽られながら、小さな右手を包み込んだ。

「わふー……」
「えーっと、それじゃあ、どの単語からいけばいいのかな」
「左ページの先頭からお願いします……」

 いわれたとおり、左ページに目を向ける。先頭の単語はfancysickで、形容詞だ。意味は……『恋煩いの』
 ……うあー。気恥ずかしい。

「えー、ノートを書くときはさ、丸写しじゃあんまり意味がないと思うんだ。だから、単語帳の例文そのままだけじゃなくて、自分で簡単な例文を作って見るとかいいかなって」
「は、はい」

 変な意識をしないように、と思いながらクドの右手を操る。って、そんなことを思っている時点で意識してるんだけど。

「あ、あの、リキ」
「え、どうかした?」
「いえ、中腰ではつらくないですか?」
「あー、いや」

 あんまりそれどころじゃなかったから気になってはいなかったけど、確かにこの体勢は長時間できる体勢ではない。

「リキ、一度胡坐になってください」
「あ、うん」

 どう返答したものかと言葉を濁している僕を見かねたのだろうか。僕はクドのいうとおりに胡坐になる。

 ばふっ

「ク、クド?」

 僕が胡坐をかいた足の上に、クドが小さな体を収めてきた。

「わふー、これなら、リキに教えてもらいながら、リキも座れます」
「そ、そうだね」

 ただでさえ右手を上から握っている必要があるためこの体勢では、僕とクドの腕の長さの関係上、どうしても密着する必要性が出てくる。
 ああ、えっと、僕はいったい何をしに来たんだっけ……。











 こうして、僕たちは昼休みが終わるまで勉強(らしきもの)を続けたんだけど、勉強の成果があったのかどうかは非常に疑問の残るところだった。





 ちなみに、今回の昼休み終了時のランキング。






       RANKING

 1−宮沢謙吾   バトルランキング暫定王者
 2−井ノ原真人   最初に死ぬキャラ
 3−棗鈴      絹のような魚
 4−能美クドリャフカ  大きなお兄さん殺人事件
 5−棗恭介     ロリ疑惑
 6−直枝理樹  クドずてぃーちゃー
 7−西園美魚   傘を振り回すの禁止
 8−神北小毬  10ページ目で殺される役
 9−来ヶ谷唯湖  二時間ドラマの一時間経ったあたりで風呂にはいる役
10−三枝葉留佳   セクハラ大将







『理(樹)獲るバスターズ!』第2話






 放課後。今日は野球の練習はない。
 ということで、放課後クドとの約束どおり、昼休みの続きをしようかという予定だったりする。

「クド?」
「リキ、私は日直の仕事がちょっと長引きそうなので、先に行っててください」
「うん、了解」

 黒板消しをたたくクドに背を向けて、僕は鞄を手に廊下へと出た。
 そしてそのままてくてくと歩いていく。

(ノートのまとめ方か。それこそまとめておいたほうがいいかも)

 考え事をしていると、不意に前に立ちはだかる人物がいた。

「お待ちください」

 西園さんだった。

「直枝さんに勝負を申し込みます」

 そしてやる気満々だった。

「う、うん」

 まあ、クドが来るまでにはまだ多少は時間があるし、終わったらこの廊下を使うことになるので、行き違いにはならないだろう。

「科学部部隊!」
「はっ」
「NYP値を測定しろ」
「はっ」
「報告」
「やばいっす、とんでもないっす」
「この戦い、負けるわけにはいきませんから」

 に、西園さんが燃えている……あれ、昼休みにもこんな感想を持ったような。
 ともあれ、すごく嫌な予感がした。

 野次馬から次々と武器が投げられてくる。

「よっと」
「これです」

 僕が掴み取ったのは、ペーパークラフトの姫路城だ。完成まで時間がかかるのが難点だけど、作り終えれば高い攻撃力が期待できる。
 西園さんのほうは……メガバズーカランチャーを手にしていた。
 ……は、早く作り終えれば何とか。




 FIGHT!!





 ……バトル中。






「うわああぁーっ」

 ペーパークラフトの姫路城を組み立て終わったのと同時、チャージが完了したメガバズーカランチャー。姫路城を投げつけるまもなく放たれたそれにやられ僕は一撃で負けてしまった。バトル開始時に感じた嫌な予感が当たっていたようで、まさしく一撃必殺という感じだ。

「さて……直枝さんにつける称号ですが」

 科学部部隊がメガバズーカランチャーを片付けているのを尻目に、うっすらと笑みを浮かべた西園さんが、2枚の紙を取り出す。

「実は、もうここに書いてあります」
「って、あらかじめ決めてたの?」

 僕と戦って、僕が負けるの前提?
 実際に負けたんだから何もいえないんだけど、複雑な気分だ。

「でも、どうして2枚あるの?」
「ええ、直枝さんになんという称号をつけるべきか、熟慮に熟慮を重ねたのですが、どうやっても最後の二つから絞り込めませんでした」
「いや、そんなに考えること?」

 そこまで重大なことでもないと思う。

「何を言うのですか、直枝さん」

 しかし、僕の考えとは裏腹に、西園さんがキッと鋭い瞳で僕を見る。
 へ、変なことを言ったつもりはないんだけどな……。

「いいですか、直枝さん。直枝さんは自分というものが分かっていません」
「え、え?」
「直枝さんが持つその魅力をいかにして発揮して見せるか、私はその考えに妥協を許してはいけないのです。この2枚は、厳選を重ねただけあり、今の私のもてる最高傑作が出来上がったといっても過言ではありません。しかし、例えそうであったとしても、直枝さんをどの方面で生かすかということは、今この時であっても決めきれないほど重大な問題なのですよっ!!」
「は、はい、ごめんなさい」

 普段からは考えられないほどの迫力を見せる西園さんに、思わず平謝りしてしまう僕。

「……こほん」

 それで正気に戻ったのか、西園さんは取り乱してしまったことを恥じるかのように、若干顔を赤くしながら一つ咳払いをする。

「では気を取り直して。直枝さん、どちらか1枚をお選びください。それを今回つける称号とします」
「うん……じゃあ、こっち」

 右手を伸ばして、紙を抜き取る。
 そこに書かれていたのは、『みおっち専属朗読係』という文字だった。

「あの、西園さん、これは……?」
「そちらですか……決まりです。直枝さんは今から『みおっち専属朗読係』です」


 理樹は”みおっち専属朗読係”の称号を手に入れた。


「ガーン!!」

 漫画的な擬音が流れたので発生源を見てみると、そこには効果音通りショックを受けた顔のクドがいた。日直の仕事が終わったのだろう。

「能美さん、油断大敵です」
「わふー、勝負の世界は厳しいのです……」

 ……え、何でクドが油断大敵なんだろう?

「リキ、今日の予定は取りやめです……」
「え、何か予定でも入ったの?」
「そういうわけではないのですが……もうリキに教えてはもらえません、わふー」

 どういうことなのか。クドは少々肩を落としている。

「仕方がないです。西園さん、頑張ってください」
「はい、ありがとうございます」

 けれど、持ち直したクドは、何か西園さんと友情を固めていた。

「さて、直枝さん、放課後は私に付き合っていただきます。係の役目を果たしてください」
「予定がたった今なくなったから、それはいいけどさ……」

 クドは、「しーゆーれいたー」とぶんぶん手を振りながら去っていく。
 クドに手を振り返しながら、いまいち事情が飲み込めないものの僕は西園さんに尋ねる。

「役目って、西園さんに本を読めばいいの?」
「はい。是非読んでいただきたい本があります」

 興奮しているのか、らんらんと輝く目で西園さんがうなずく。

「それでは、付いてきてください」
「え、うん」

 何でわざわざ僕に本を朗読させたいのかは分からないけど、読書の方法を変えるのも、気分転換の意味があるのかもしれない。
 そんなことを考えていると、西園さんは僕の手をとり、くるりと背を向け、歩き出す。
 科学部隊も撤収し、野次馬もすでにばらけた校舎の中、僕は歩いていく西園さんに連れられるまま歩き出した。

「そういえば、もう一つの称号って、どんなのだったの?」

 西園さんがいまだに持っていた紙を、ひょいと覗き見る。

「あっ、いえっ、これはもう必要ないものですから」

 それに気付いた西園さんが、若干慌てたようにその紙を隠したため、僕は文面を追うことが出来なかった。
 けど、ちらっとだけ見えた限りでは、『恭介』って書いてあったみたいだ。何で恭介の名前があるのかはよく分からないけど、それがさっき言ってたどの方面で生かすかっていうのに関係あるんだろうか。




 着いた場所はいつもの中庭だった。時間帯もあるのだろう、人の姿がなく閑散としている。
 西園さんはいつもの木陰に着くと、しゃがみこんで日傘を立てかけ、そのまま座った。

「直枝さんもどうぞ」
「うん」

 促されるままに、僕も木の根元に腰掛ける。

「直枝さん、遠いです」
「え?」
「直枝さんに朗読はしてもらいますが、その位置では私が本の中身を見ることが出来ません。もっとこちらに来てください」
「う、うん」

 軽く腰を上げ、西園さんのほうへ、少し近づく。

「もっとです。ここまで来てください」
「わかったよ」

 指定された位置まで、更に移動する。すると、僕らはもはや完全に肩を並べた状態になった。
 木に背中を軽く持たれかけながら、肩の部分は軽く触れ合っている。

「こ、これなら、ちゃんと見えます」
「そ、そうだね」

 なんだか、こそばゆくて仕方がない。

「それでは直枝さん。早速ですが、これが直枝さんに読んでいただきたい本です」

 西園さんがブレザーの内側に手をやったかと思うと、そこには一冊の本が握られていた。
 ……持ってたんだ。

「あの、西園さん……何冊持ち歩いてるの?」
「直枝さん、乙女の秘密を探ろうとするような行為は、デリカシーに欠けているといわれても仕方ありませんよ」

 やんわり拒絶された。

「うん、気をつけるよ……」

 おとなしく本を受け取ることにした。

「あ、漫画なんだ」

 渡された本は、きれいな絵柄が表紙を飾る少女漫画だった。

「意外ですか?」
「ちょっとだけ、そうかな。西園さんは、活字が主体の本が好きみたいだったし」

 少なくとも、今まで僕が見せてもらった本に関しては、全てそうだった。

「確かに好む傾向としては合っています。ですが、漫画本もまたよく読みますよ。漫画本には、漫画本でしか味わえないものがありますから」
「なるほど」

 漫画でしか味わえないものか。読書について深く考えたことはなかったけど、いわれてみれば確かに、そう感じるものがあったように思う。
 そんなことを考えながら、ページをめくる。

「では直枝さん、よろしくお願いします。……森本レオで」
「いやいやいや、最後にさりげなく厳しい注文つけないでよっ」
「冗談です」

 クスクスと、茶目っ気のこもった笑顔を向けられる。
 なんというか、今日の西園さんはテンションが高いというか、楽しそうな感じがする。

「じゃ、読むよ。――恋はいつだって唐突だ」

 時折つっかえながら、中庭に誰も通りかかりませんようにと祈りながら、恋愛を描いた内容に照れながら、隣にいる西園さんの存在を意識しながら、僕は読み進める。









「分かった。絶対に迎えにくるから。――その時は二人で一緒になろう。結婚しよう」
「……はい」
「それまで、さようなら」

 そこまでで、終わりだった。

「……ふう」

 読み終わってみると、いつの間にか作品の中に入り込んでしまっていた自分に気付く。
 いい話だった、そう思う。少女漫画にのめりこんでしまう男子ってどうなのかなあと思わなくもないけど、良いものはやはり良いのだろう。

「……やはり、直枝さんに読んでいただくと、また違った味わいがありますね」
「そ、そうかな」
「はい。とてもよかったです」

 そういわれると、素直に嬉しい。と同時に、どうにも照れくさい。

「と、ところでさ、西園さん、さっき読み終わる前に何か言った? よく聞き取れなかったんだけど」

 聞き役としてのスタイルなのか、西園さんは僕がつっかえたり良い間違えたりしても、ほとんど口出しをすることがなかった。僕のほうとしても、漫画であったために読めない漢字などもなく、最後まで静かに聞いてもらえるのはありがたかった。

「えっ? あ、う……」

 あ。珍しく西園さんがあからさまに動揺してる。どういうことなんだろう。

「い、いえ、ただ単に感嘆のため息をついただけです。クライマックスを終えたところでしたから」
「ああ、なるほど」

 確かに、何か一息というか、そんな感じだった。

「そ、それよりも、そろそろ戻りましょう」
「うん、そうだね」

 どことなく慌てた様子の西園さんに本を返して、立ち上がる。
 そのまま連れ立って寮へと歩みを進めた。







「あ。理樹君、みおちゃん」
「あれ、小毬さん」
「神北さん、こんにちは」
「うん、こんにちはー」

 寮の敷地が見えてきたところで、僕たちに声をかけてきたのは小毬さんだった。

「ようやく見つけたよー。理樹君、しょーぶっ」
「あ、うん」

 別に悪いことをするわけじゃないけど、ちらりと横にいる西園さんを見てしまう。

「……どうぞ。私は十分堪能させていただきました」
「堪能って……」

 そんなことを考えていると、いつの間にやら周りに人だかりが出来始めている。
 もちろん、さっきの中庭のように閑散としている場所じゃないので人の姿は元々あったんだけど、よく皆すぐに集まるなあと思う。寮暮らしで娯楽が少ない所為だろうか。
 しばらくして、十分に人が集まったところで、戦いが始まる。

 野次馬から次々と武器が投げられてくる。

「これだよっ」

 先に獲物を選んだのは小毬さんだった。とったのは……ノートだ。

「これだっ」

 僕がはっしとつかんだのは……3Dメガネだ。
 あ、あれえ……?




 FIGHT!!





 ……バトル中。






「かったよーっ」
「うう、負けた」

 僕はバトル中、飛び出す映像にびっくりしながら小毬さんの書く物語にもだえさせられた。……ぐふっ。

「えーとね、じゃあ理樹君の称号はこれ」


 理樹は”コマリマックスファン一号”の称号を手に入れた。


「あ、コマリマックスって、ペンネームにしたんだよね」
「うん。唯ちゃんがつけてくれたかっこいー名前だからね」

 小毬さんは朗らかに笑うけど、その話を聞いた来ヶ谷さんはやられた顔してたな……。

「僕が一号なんだ。なんか嬉しいな」

 偶然小毬さんのノートを見てから、僕はたびたび小毬さんの作品を見せてもらっていた。だから、ファン一号となると、小毬さんの作品のよさを自分が一番知っているようで、誇らしげな気分になる。

「そういってもらえると、私も嬉しいよー。そこで、今日はお知らせなんです」

 小毬さんは、にっこりと笑顔になると、指を一本立てた。

「今日はファン感謝デーなんだよ」
「え、そうなんだ」
「だから、ファンの理樹君を特別ごしょーたいします」

 そういうと小毬さんは僕の手をつかんだ。
 ああ、なんだかよく手をつかまれる日だなあ、今日は。

「なるほど。それでは私はこのまま部屋に戻ることにします。では」

 バトルを見終えた西園さんは、そのまま寮へと向かった。挨拶をした後、小毬さんは改めて僕の手を引く。

「じゃあ理樹君、レッツゴー」

 いったいどこに連れて行かれるのかなあと思いつつ、僕たちは歩き出した。




つづく?








あとがき

 ようやく第2話が完成しました。
 冒頭のクドのシーンは、もともと書いていたネタが長くなりすぎてしまったため、独立させてくどふぇすに出品しました。
 そうなると、同じシチュでどうしようかなーということで、なかなかかけずに大変でした。引き出しが少ない所為です。
 それはともかく美魚のターン、理樹が朗読するシーンが書きたいがために存在する2話といっても過言ではありません。
 あと、書いてて思ったのですが、小毬って非常に難しいですね……どんな風に書けばらしくなるのか、かなり苦戦しています。