「ルームメイトさん、今も募集中、なの、です…」



「……は?」

 いきなりのクドの言葉に反応しきれず、一言しか言葉がでてこなかった。
 授業が終わった夕方、急にクドに誘われ、そのまま一緒に寮へと戻っていたときに言われた言葉。妙にソワソワしていたから何かあったのだろうと思った矢先のことだった。
 
「そのっ、私のルームメイトになっていただけませんかっ!」
「いや、だから、は?」

 何を言ってるんだろうこの子は。
 ルームメイト募集中って。既にクドにはルームメイトがいるじゃないか。
 確かクドのルームメイトって佳奈多さんだったよな。もちろん、やめるなんて話も聞かないし、そもそもやめるような要素が一切ない。
 
「いや、佳奈多さんがいるじゃないか」
「許可が降りたからいってるのです」
「いやいやいや! それもっとおかしいから!」

 ルームメイトって二人までだったはずだし、まずそもそも女子寮に男が入るってのがおかしいし、それを許可しちゃう寮長もおかしいし!

「大丈夫ですよ! リキなら女装すればごまかせます」
「い、いや、ごまかしてもダメだから」

 そもそもごまかせないからとつっこめないのがくやしい。

「ベッドも同じの使えばのーぷろぶれむ、なのです」
「い、いやそれは僕が困るから。ほら、男と女だしね」
「リキなら大丈夫なのです!」
「どうして!?」

 それは僕を男と見てないってこと? 流行りの男の娘ってこと!?
 い、いやここはちゃんと好意をもたれてるってことなんだろう、うん。
 
「まあほら、僕は既に真人とルームメイトしちゃってるしさ」
「パワープレイでなんとかします!」
「相手からして一番無謀だよその方法! そもそもなんとかしようとしないで!」

 それができるのは唯湖さんだけだ。実際一度やっちゃってるし。

「ほ、ほら今の僕らにはルームメイトになるってメリットがないじゃない」
「あ、ありますよ! その、リキと、一緒になれるっていうメリットが」
「あ、う、うん。それは、その、ありがとう」

 思わず何故かお礼を言ってしまう。好意に対してなんだから間違ってはいないはず、うん。

「うーん、でもやっぱりさ。僕も寮長だし、ある程度模範にならないといけないから」

 いやまあ、リトルバスターズのメンバーな時点で模範になってない気もするんだけど、せめて最低限のことは守らないとね。

「仕方ありません。やはりパワープレイで……」
「いやいやだから、パワープレイは無謀だって」

 僕も勝てないのに、クドならなおさら勝てるわけが……。

「あ、リキ! あそこに恭介さんが!」
「え! 嘘!?」

 この学校を既に卒業してしまった恭介。どこにいったのかわからないし電話してもなかなか繋がることないから、恭介に会うことが全くと言っていいほどなくなってしまっていた僕にとってそれは思わず反応してしまうのに十分に足る理由だった。
 しかし、クドの指さした方向には誰もいない。どうやらクドの見間違いだったようだ。

「クド、どこにいる……がっ!」

 途端、後頭部に来る強い衝撃。
 それは意識を離すのには十分な威力で、そのまま、視界がブラックアウトした。





『リキは私のもの』





「ん……」

 目を覚ましたとき、僕は部屋の中にいた。僕や真人の部屋ではない、けれど見知った部屋……。

「あれ、ここはクドの……」
「あ、起きましたか!」

 声がした方を向くと、そこにはクドの姿あった。
 間違いない、どうやら僕は今、クドの部屋にいるみたいだ。

「あれ、どうしてここに……」
「突然リキの頭にボールが飛んできて、それが当たって倒れちゃったのです」

 ああ、どおりでまだ後頭部がズキズキするわけか、あれ、でもおかしいな。ボールが当たったみたいな感じじゃなくて、まるで鈍器で殴られたような感じだったんだけど……。ボール程度じゃ気絶までしないと思うし……まあ、一緒にいたクドが言っているからそうなんだろう、きっと。

「そうだったんだ……」
「それでですね、そこに置いておくわけにもいかないと思いまして! リキを部屋まで連れてきて看病していたのです!」
「ああ、そうだったんだ。ありがとう……あれ」

 なんだろう、違和感がないようにみえて、ものすごく違和感だらけな気がする。
 こういうときは順番に考えよう、まず、僕の頭にボール(?)が当たって、気絶して。それでクドが看病するために僕を部屋まで連れてきて――連れてきて?

「ねえ、クド」
「はい?」
「誰が僕をここまで連れてきたの?」
「何言ってるんですかリキ、私しかあの場にはいなかったのです」
「そう、そうだよね、うん……誰か呼ばなかったの?」
「邪魔者が入るとこまる……じゃなくて、誰もいなかったのです」
「そう……なんだ。男一人をここまで、ね……」
「乙女のパワーはすごいのです!」

 うん、確かにすごいや。案外パワープレイで真人に対抗できるんじゃなかろうか。少なくとも僕よりは。
 そんなことを考えてると、また、さっきボールが当たったらしい部分がまた痛みをおびた。

「あ! 痛つ……」
「だ、大丈夫なのですか、リキ!」
「ああ、うん。大丈夫だよ」
「ご、ごめんなさいなのです」
「いや、ほら、クドが謝らなくても……」
「! そ、そうですけど! ほら、守れなかったという意味でデス!」
「? ああ、別に気にしなくていいよそんなの」

 どうしてだろう、何か必死なような……まるで何かを誤魔化しているみたいだ。
 
「あ、痛いところ冷やすための氷を持ってくるのです!」
「あ、ちょ、クド」

 突然その場から逃げるように離れるクド。
 どうしよう、僕もベッドから降りないでここでじっとしていた方がいいんだろうか。
 とりあえず、やることもないのでもう一休みしようと下手に頭に衝撃を与えないよう、ゆっくり、ゆっくりと体を倒していく。
 ゆっくりとすれば、この長くて無地の柔らかい枕だったら痛みもそれほどこないだろう。
 ふと、よく見れば枕の裏の方には色がついていることに気づいた。
 急に枕の裏側に興味がわいてきた僕は、枕を持ち上げ、ひっくり返す。そこには、

「あれ、これ、僕の絵じゃ……」
「わわわわ! でんじゃーなのです!!」

 ものすごいスピードでクドが僕の前までやってきて、僕から枕を奪い去る。
 けれど僕は間違いなく見た。枕の裏に、等身大の僕の写真が写っていたのを。

「こ、これはですね! その、あの、そ、そう! サンドバッグ替わりなのです!」
「そ、そうなんだ……」

 ま、まさかサンドバッグ替わりの枕に僕の写真が使われているなんて。もしかして僕って嫌われているのかな……。
 だって、多分佳奈多さんの方のベッドにある長い枕も同じものだろうし。

「そっか、ごめんね。なんか嫌われることしちゃってたみたいで」
「ち、違うのです。サンドバッグといっても……うう、言い訳間違えたのです……」

 クドが必死に僕をフォローしようとしている。それがなおさら僕を申し訳ない気持ちにさせてくれる。
 うう、なんだか居心地も悪くなってきちゃった。そろそろ帰ることにしよう。
 僕は足をベッドから降ろす。

「え、リキ帰っちゃうのですか!?」
「うん、大分頭の痛みもひいてきたしね」

 もちろん、本当はまだ痛みは残っているんだけど、それ以上に胸の痛みがじくじくと疼くのではやくここから逃げ出したいというのが本音なわけで。

「だ、ダメなのです!」

 しかし、クドはそんな立ち上がろうとしていた僕をベッドに押し倒した。

「く、クド?」
「その、あの、さっきのサンドバッグってのは嘘なのです!」
「え、嘘って。それじゃ――」
「あ、あれはり、リキと一緒に寝たいから、そ、それでああいう風にしていたのです」

 つまりあれは抱き枕だったのか。確かにサイズ的にはそんな感じだ。

「で、でもですね。その、私は、やっぱり、ホンモノと一緒に、寝たい、のです……」

 それは、つまり僕と一緒に寝たい。そういうこと、だよね?

「だから、ルームメイト、募集中……なのです」
「えっ、と……」
「リキは私と寝るの嫌ですか?」
「そういうわけじゃ……」

 やばい。クドがだんだん僕に体を近づけてくるから、女の子の匂いとかそんなのでまともな思考ができなくなってくる。
 そこにどこか潤んだ目と、普段見せないような色気が僕を麻痺させる。

「じゃあ、いいんですよね。リキと一緒に寝ても、いいんですよね?」

 多分、いや間違いなく、クドの言っている寝るという言葉はそのままの意味ではないのだろう。この状態と、クドの雰囲気がそれを証明していた。

「クド……」
「リキ……」

 次第にクドの顔が僕の顔へと近づいてくる。
 彼女は目を閉じ、唇を軽く突き出す。あとは僕次第。ここまでされて、断るなんて僕にはできなくて、そのまま僕も唇を――。



「能美さん、抱き枕を取りに来ましてよ――って何をなさってるの貴方たちは!?」

合わせようとしたところで佐々美さんがやってきた。

「わわ、佐々美さん!?」
「わわ、笹瀬川さん!?」

 僕らは慌ててお互い離れる。

「まさかこんなところで出し抜こうだなんて……能美さんも油断出来ませんわね」
「うう、あとちょっとのところだったのにです……」
「それより、ここに来た理由が……」

 さっき間違いなく言ったよね、抱き枕って。
 それって僕の写真が載っているやつだよね。

「う、能美さんもしかして……」
「ごめんなさい、ばらしちゃったのです」
「よりによって……はあ、バレたら仕方ないですわね」

 ため息をつく佐々美さん。そりゃまあ、こういうのが本人にばれるってのは一番あれだろうし。

「この抱き枕、みんなで交代で使っていますの。それで今回わたくしたちの番だったのですけど……この時間帯に取りに来て正解でしたわね」
「ぶーなのです、大ハズレなのです……」
「僕にとってはどっちにしろ複雑だけどね……」

 まあ、サンドバッグじゃなかっただけマシだろう、うん。そう思うことにしよっと。

「あら、どうしたの笹瀬川さん、私の部屋の前で」
「あれれれ、おねーちゃんについてきたら理樹くんはっけーん!デスよ」

 そうこうしているうちに佳奈多さんが帰ってきた。何故か葉留佳さんも一緒だ。

「あれれー? どうしたのみんな、こんなところに集まって」
「なんだなんだ、何かあったのか?」

 そこにさらに小毬さんと鈴がやってくる。
 こうなると、次に来るのは……。

「ふむ、何事も抜け駆けというものは良くないな。そうは思わないかね」
「……その台詞は、既に来ヶ谷さんが言ってはいけないものと思いますが」
「あー! ちょっとちょっと! 理樹くんを部屋に連れ込むなんて汚いわよ!」

 案の定、皆集まってきた。
 なんだろう、そういう電波でも発しているんだろうか。人を集める電波、ちょっと便利かもしれない。でも、こういうときは間違いなく迷惑。

「うう、皆に邪魔されちゃいましたが、これだけはやってやるのです……」

 クドが近くにいた僕にしか聞こえないくらいの声でそうつぶやく。
 一体何をやるのだろう。
 そう思ったときには、クドは僕の元へと飛び込んで、唇と唇をつなげていた。

「「「「「「「「あー!!!?」」」」」」」」

 その光景に叫び声をあげる皆。
 僕だって、突然のことで一体何が起こったのか本気でわからなくなるくらいだった。
 時間は一瞬だったけど、それはショックを与えるのには十分なもので。
 唇を離したあと、クドは、その場で固まっているみんなへ向かってあの言葉を言ったのだった。



「リキは、私のもの! なのです!」



つづく

あとがき
 久々に書いたらこんな感じに。こんな感じでしたよね?
 まだ読んでくださる方々のためにがんばってこれからも書いてこうと思います。



何か一言いただけるとありがたいです。