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 やばい。
 僕の六感が切実に告げている。
 命の危険の心配はなさそうだけど、それに近いような空気が中庭の片隅を支配している。

「ね、ねえ、一体どうしたのさ」

 少しでもこのやばい雰囲気をなんとかしようと、目の前でこの空気を作り出している張本人に話しかける。

「……どうしたのか、だと?」

 張本人である唯湖さんは目を細めて僕をにらみつける。
 僕は思わず萎縮してしまったものの、頑張って話を続ける。

「そうだよ、さっきからむすっとしちゃってさ」

 明らかに唯湖さんは不機嫌だった。
 不機嫌だからこそ二人でいるのがつらい空気を作り出している。
 
「理樹君」
「何?」
「理樹君と私は今どういう関係だ」
「どういう関係って恋人同士…だよね」

 僕と唯湖さんは修学旅行の件の後、色々あって付き合うことになった。
 最初は来ヶ谷さんとしか呼ばせてもらえなかったけど、つい最近、ようやく唯湖さんと呼べる関係になった。
 未来の旦那さまにしか名前を呼ばせないというのを本人の口から聞いていた覚えもあって、僕はものすごくうれしかったことを覚えている。

「そういうことだ」
「そういうことだ…って、それだけ?」
「それだけだ」

 なんだろう、さっぱりわからない。
 そもそも、休憩時間が終わった瞬間無理やりにここに連れてこられたのだ。

「いいか、理樹君が休憩時間何をしたか思い出してみるといい」
「何をしたかって……」

 休憩時間のこと――僕は思い返す。
 唯湖さんが不機嫌になる僕がやってたことって……まさか。

「鈴やクドと会話してたこと?」
「そうだ」
「え、たったそれだけ?」
「それだけとはなんだ?」
「え、いや……」

 さらにきつい視線を向けられた。

「言っておくが、ただ鈴君やクドリャフカ君と話すだけだったなら全く問題はなかった」
「あ、そうなの?」

 少しそれを聞いて安心する。
 だってそれもダメだったら僕は唯湖さんがいる間リトルバスターズのほとんどのメンバーと会話できなくなっちゃうし。

「ただ……」
「ただ?」
「恋人を差し置いて他の女の子とデートの約束をするとはどういうことだこの鈍感ナスめ!」

 先ほどよりさらにきつい目をする。
 その勢いに思わず気圧されてしまった僕は思わず後ろに倒れそうになってしまった。

「わわ」
「しかも二人もするとはいい身分だな」
「え、いや、その、デートの約束したつもりじゃ……」

 ただクドとは『わんわん元気プラチナ』を買いに行く約束を、鈴とは新しいモンペチを買いに行く約束を土日にしただけだけど。

「似たようなものだ」

 似たようなもの…なのかな。
 唯湖さんに言われてだんだんそのような気がしてくる。
 
「全く、いくら理樹君でもそれは鈍感すぎるぞ。せめて友達を誘うとか配慮をすれば良かったものの」
「あ、そうだね。恭介とか真人とかも誘おうか。人数多い方が楽しいし」
「……まあ、あの二人はそれを望んでないだろうけどな」
「? どうして?」
「……そこが鈍感だというのだ。まあいい」

 一旦区切りをつけ、唯湖さんが紅茶を飲む。

「で、だ。キミはもうひとつ問題があることに気づいているか?」
「もうひとつ?」

 僕がそういった瞬間、さらに唯湖さんはにらみつけてきた。
 なんだろう、約束をしてしまったこと以外に何か問題があっただろうか。

「……ふう、どうやら直接言わねばわからようだな」

 唯湖さんがため息をつく。どうやら僕の理解のなさに呆れてしまったらしい。

「いいか理樹君、私のことはなんて呼ぶ?」
「え、唯湖さんだけど」
「では鈴君のことは?」
「鈴って呼ぶよ?」

 何が言いたいのだろう唯湖さんは。

「……小毬君のことは何て呼ぶ?」
「小毬…さん?」
「ではクドリャフカ君は?」
「クドって……え」

 まさか……。

「ようやく気づいたかこの鈍感ボーイめ」
「え、だ、だって」

 気づくわけないじゃないか。だって僕はようやく唯湖さんって呼べるようになったのに。
 唯湖さんが望んでいること、それは――。

「僕に、呼び捨てで呼んでほしいってこと?」
「そうだ」

 ようやく僕がわかってくれたことに満足する唯湖さん。

「え、で、でも呼び捨てだなんてそんな……」
「私が前に言ったこと覚えているか?」
「え…っと、名前を呼ばせるのは自分と結婚する人とだけってのだっけ」
「そうだ、そして理樹君はそういう権利を既に持っているにも関わらず『さん』を未だにつけている。『さん』という言葉は他人行儀なものにも関わらず、だ!」

 いつになく熱くなっているっぽい唯湖さん、口調もどこか強くなってきている。

「だ、だって」
「だってもへったくれもあるか。このままだと私は鈴君とクドリャフカ君への嫉妬で心が埋め尽くされてしまうぞ!」

 よくわからない脅しにもかかわらず僕はちょっとびびってしまう。
 鈴やクドのことが好きな唯湖さんがそんな風になるなんてなんか嫌だったから。

「わ、わかったよ」
「ほう、では早速呼んでみてくれないか」
「え、う、うん」

 誰もいなくて本当に良かったと思いつつ、僕は名前を呼ぼうとする。

「ゆ…唯湖……」
「うんうん」
「…さん」

 唯湖さんが盛大にずっこけた。

「…どうしてそこでさんを付ける?」
「な、なんだか物凄く恥ずかしくて」

 どうしてだろう、来ヶ谷さんから唯湖さんに変わったときはそこまで違和感なかったのに、呼び捨てには物凄く抵抗がある。

「これまでの呼び方からたった『さん』を抜くだけじゃないか」
「で、でも、それでも難しいんだよ」
「ふむ、そんなに難しいものか?」

 唯湖さんが少し思案する。
 唯湖さんにこの難しさを少しでも伝えたい、そう思った僕に天啓が舞い降りてきた。

「だったら、唯湖さんも僕のこと『理樹』って呼んでみてよ」
「…なんだと?」

 僕の提案に驚く唯湖さん。

「普段僕のこと『君』付けで呼んでいる唯湖さんなら呼び捨ての難しさがわかるはずだから」
「ふむ、私もキミのことを呼び捨てで呼べばよいのだな」

 唯湖さんはコホンとひとつ咳払いをする。どうやら僕の名前を呼ぼうとしているみたいだ。

「理樹……」
「うん」

 呼んだ途端、唯湖さんの顔が真っ赤に染まった。

「うわ、物凄く恥ずかしいぞこれは!」
「だよね?」
「よく鈴君やクドリャフカ君は平気で呼び捨てできるものだな」
「うーん、まあ何度も呼んでいるうちに慣れたんじゃないかな」
「……それなら、私たちも何度も呼び合って慣れればよいのではないか?」
「ええっ!?」

 唯湖さんの提案に驚く。

「ここなら誰もいないし、練習にはうってつけだろう」
「そりゃそうだけど……でも、そういうのってするものなの?」
「そうでもしないと理樹く…は一生私のことをさん付けで呼びそうだからな」
「まあ、確かにこのままだとずっと僕も『理樹君』と呼ばれそうだしね」

 別にそれでもいいような気もするけど。

「それにさ、ちょっと唯湖さんに『理樹』って言われたとき、なんかこそばゆかったんだ。これって慣れてないからだよね」
「む、理樹君もそうだったのか。私もだ……って早速お互い呼び方が戻っているぞ」
「あ、あれ?」

 慣れなのか抵抗なのか、つい唯湖さんと呼んでしまう。
 唯湖さんも同じようで苦戦しているようだ。

「よし、じゃあいくぞ…理樹」
「ゆ…唯湖」

 気を取り直してお互いを呼び捨てで呼び合う。

「理樹」
「唯湖」

 顔が真っ赤になるけど、それでも耐えて呼び続ける。
 だって、唯湖さ……唯湖も頑張っているんだから。

「理樹…」
「唯湖…」

 だんだんつらくなってきた。違和感やら妙な不快感やらがセットになって襲い掛かる。
 なんでだろう、ただ、呼び捨てで呼んでいるだけなのに。

「ね、ねえ、唯湖…」
「どうしたんだ、理樹…」
「もう、やめない?」

 ついに限界に達してしまった僕は思わず唯湖さんにそう伝えた。
 呼び捨てがつらいなんて今まで一度もなかったのに。

「どうしてだ?」
「だって、確かに呼び捨てってその人と近い感じになれる気がするけど、でも、だからといって僕たちがそうする必要性はないじゃない」
「ふむ」
「こうやって無理やりやるのだってそもそも恋人らしくないよ。もっと自然でいいと思うんだ」

 思ったことを素直に口に出していく。

「確かに、私も理樹君のことを呼び捨てにするのはまだしっくりこなかったな」
「でしょ? 僕たちは僕たちなりでいいじゃない。それに……」


「僕が唯湖さんを好きで、唯湖さんが僕のことを好きってのはそういうので証明する必要ないでしょ?」


 そう僕が言った途端、真っ赤になる唯湖さん。
 それはもう人間の皮膚ってここまで赤くなるんだと思わせてくれるくらいだ。

「……やはりキミは時折物凄く恥ずかしいことをあっさりと口にするな」
「え?」

 そういわれると確かに恥ずかしい台詞…かな。

「ええい、そんなこと言われたらこちらは納得するしかないではないか」

 怒ったような声で言う。どうやらわかってくれたようだった。

「まあ、私もどうやら鈴君やクドリャフカ君に嫉妬しすぎていたようだな」
「それについては僕も謝るよ。ごめんね」

 そもそもの発端は僕が安易に約束してしまったことにある。
 むしろ僕の方が謝るべき立場だ。

「お詫びとして、何か僕にできることはないかな……もちろん、呼び捨て以外で」

 呼び捨てはしばらくはこりごりだ、切実にそう思う。

「お詫びか、ふむ……では」

 唯湖さんは立ち上がると僕の後ろに立つ。
 そして、肩の上から手を回してきた。

「しばらく、理樹君の感触を楽しませてもらうとしよう」
「わわ、ゆ、唯湖さん?」

 身体の暖かさとか胸の感触とかそんなものが伝わってくる。

「ふむ、やっぱりこうでないとな」

 幸せそうな声で語る唯湖さん。
 僕自身なんだか幸せな気持ちになる。
……が、幸せってのは長くは続かないもので。

「あー! 姉御。それに理樹くんも。やっほー」
「こんにちは。随分と仲がよろしいのですね」

 そんなところに葉留佳さんと西園さんがやってくる。

「はっはっは、まあ私と理樹君はラブラブだからな」
「あーいいないいな。私も混ぜて混ぜてー」
「わわ、は、葉留佳さん」

 葉留佳さんが僕らにさらに抱きついてきた。

「えへへー」
「直枝さん、顔が真っ赤です」
「だ、だって突然こんなことされちゃ」
「じゃあ、もっと赤くしてみましょうか」
「ええっ!?」

 西園さんも悪戯心が働いたのか、葉留佳さんと同じようを始める。
 
「ちょ、何やってるのさ」
「ふふ、もしかしたらわたしの中にいるもうひとつの人格がそうさせたのかもしれません」
「二重人格なの!? 違うよね!?」

 西園さんがいうと冗談に聞こえないから怖い。

「あ、みんなー。なにしてるの。楽しそうー」

 そこに小毬さんがやってくる。

「理樹君にだきついてるんですよ。小毬ちゃんもほら一緒に」
「う、うん」

 葉留佳さんに誘導され、さらにそこに抱きつく小毬さん。

「なにやってるんだお前ら」
「わふー楽しそうです」

 さらに鈴とクドまでやってきた。

「ほらほら、二人とも理樹君にだきつきごっこやろうよ」
「いつからそんな遊びに!?」
「それじゃあお言葉にあまえまして、れーっつ、あたーっく」
「ほら、鈴ちゃんも」
「小毬ちゃんがいうなら…理樹、いくぞ」

 そして二人とも参加し、もはやわけのわからないことになっている。

「ふむ、本当に理樹君はもてもてだな」
「そんな言葉でまとめちゃっていいのかなこれ」

 でもまあ、みんながみんな仲いいことの証明でもある……のかな。
 なんだか色々とうやむやになっちゃったけど、今はまだ、このままでもいいのかなとかほんの少しだけ思った。



おわり



あとがき
 この作品はもう1年以上前にしまさんの同人誌に提供したSSです。ほのぼのっぽいあまあまを書こうとした作品。
 しまさんに了解を得て、こうしてWeb公開しました。ただ、相変わらず買ってくれた人のことも考えて多少変更が加えられてます。
 特に最後らへんは大幅な変更。かえってぐだぐだになってしまったような気がするけど気にしない(ぇ
 気になる方はどうやら今年の夏コミで再販するみたいなんで買って確かめてみてくださいなと宣伝してみる(ぉぉ



何か一言いただけるとありがたいです。