「あなた、敵襲っス!」
「なにぽんぽこっっ!?」
「ドウシテドンドコト?」
「自分の仕掛けたトラップが悉く見抜かれてるッス。やつら、油断ならないッス」

 ざわざわざわ

 そうして、現れる三人の影をみる一家四人とその友達。

「左からアン、ポン、ターンって感じやねぇー」
「自分が出向くッス! サー、イエッサー!!」
「ピギャー!」

 対峙するジョーとエイリアンコンビ対三人組。

「キュイーン、そろそろ土地わけあたすぶぅぶぅ?」
「あー、首窮屈ーそちらにとっても悪い話じゃないモォーッ」
「うー、笹ってまじーよなー、けどやめらんねーワン」

 カラカラカラ

 摩天楼からやってきた地上げ屋。
 果たして機械化されたその実力は?



 人形劇 森と摩天楼とV字形滑走路

「オンドゥルルラギッタンディスカー!!」

 乞うご期待。







『彼女の日々』






 秋も深まったある日のこと。
 僕たちリトルバスターズは、人形劇の練習をしていた。
 正直なところ、色々なことが起こり過ぎた所為で人形劇のことはすっかり忘れていたんだけど、恭介はそうではなかった。
 こうしてみると、今という時が、ちゃんとあの時から繋がっている日々なのだと実感する。
 以前からずいぶん時間がたったため、話も登場人物も格段にアップしている。
 結局総勢八名の登場人物が登場する大作だった。
 人形やぬいぐるみも色々集まったんだけど、ベースラインとして以前のやつは残すらしい。
 タヌキとジョーの夫婦に、友達のエイリアンと敵役のウサギ。
 今回はそれに加えて、剣を持った仮面ライダーの息子に、タヌキの親で盗塁王でもあるプロ野球選手のおじいさん、ウサギの恋人のキリンに、ウサギの部下として白黒反転パンダがいる。
 相変わらず謎な登場人物だ。人は少ないけど。
 ちなみに真人の配役は相変わらず木で、謙吾は空き缶になった。
 やけくそになった二人は、どちらがより渋く出来るか争っている。

「ざわざわざわざわ」
「カラカラカラカラ」

 今は休憩中。
 僕はみんなの談笑と幼馴染二人の競い合う演技を聞きながら、外に出て一息ついていた。

「直枝さん」
「あ、西園さんも出てきたんだ」

 呼びかけに振り向くと、少々疲労したような西園さんが立ってる。

「はい。少々疲れました」
「皆の演技指導してるんだもんね。お疲れ様」

 西園さんの演技力は相変わらずぬきんでていた。
 割と何でも出来る恭介や来ヶ谷さんですら、演技力という点において言えば西園さんに一歩劣る。
 そんなわけで、西園さんは皆に対して演技力向上のために改善点の指摘と手本を見せるということを、何度もやっていた。

「あ、よかったらここ座ってよ」
「はい。では、失礼します」

 断りを入れて、西園さんはベンチに座った。

「飲み物でも買ってこようか?」
「いえ、それには及びません。先程飲んできたばかりですから」
「そっか。……あ、人形持ってきたんだ」

 西園さんの手元を見ると、右手に手を入れて操る人形がある。
 けれど、不思議だ。あんな人形あっただろうか。

「西園さん、その人形って」
「あ、これはその……わたしが自分で作りました」

 恥ずかしかったのか、右手を隠す。
 しかし、それでも見せるために持ってきたのだろう。
 やがておずおずと、僕の前に右手の人形を出してきた。

「お守りみたいなものです」
「そうなんだ」

 その人形のデザインには、見覚えがある。
 デザインというより、モデルというべきだろうか。
 肩にかかりそうなくらいまで髪を伸ばし、ヘアバンドをした少女の人形。
 西園さんによく似ている。けれど、勝気そうな表情は物静かな彼女とは異なるものだ。
 そう。僕はきっと、その少女を知っている。

「美鳥、だよね」
「はい」

 なんといっていいのかわからない、複雑な表情。
 けれどその顔に悲しみはない。

「あの子はわたしと一緒にいるんです。今もずっと」

 僕は、頷いた。

「美鳥がいることが、分かるんだね」
「はい。最初はおぼろげだったのですが」

 そっと、美鳥の人形を胸に当てる。
 それは、まるで美鳥の存在を確かめているみたいだ。

「あの子がわたしの元に帰ってきてから、世界の見え方が少し変わったんです。もちろん、直枝さんやリトルバスターズの皆さんにも変えられてしまいましたが」

 くすりと笑顔になる。
 僕もつられて笑った。

「美鳥の見ていた世界がほんの少し見えるようになって、美鳥の感じていたことが少しだけ分かったんです。あの子が好きだったこと、嫌いだったこと。楽しいと思うこと、悲しいと思うこと……」

 そう。あの世界を経て、皆が変わった。

「そういうことがわかるようになるにつれて、美鳥の存在をより強く感じました」
「そっか」

 それが、西園さんが変化しながら感じたことだったんだ。

「西園さんの好きなものと、美鳥の好きなものって、似ていたのかな?」
「そうですね……重ならない部分もありましたが、やっぱり似ていたんだと思います」

 そういうと、急に声がトーンダウンする。

「だって、一番好きな人が同じなんですから」
「え?」
「な、なんでもありません」

 よく聞こえなかった。
 けれどなんだかいいづらそうな感じだし、深く追求しないほうがいいのかもしれない。
 なんとなく、顔が赤くなっているみたいなのが気になるけど……。




 そうして、しばらく沈黙が落ちる。
 二人、ベンチの背もたれに背を預け、空を見上げた。
 夕焼けの空には、もうそろそろ星が見えるだろう。
 僕がぼうっとしていると、沈黙に耐えかねたのか、それとも切り出すころあいを考えていたのか、西園さんが僕へと向き直る。

「そうそう。美鳥が、直枝さんと話したいそうです」
「ん?」

 そういって、すっと右手につながっている美鳥の人形を僕に向けた。



『理樹君。久しぶり』

 ――ああ、この声。
 美鳥の声だ。

「久しぶり、美鳥」

 再会の挨拶は、何の気負いもなく。
 久しぶりといいながら、僕と美鳥はまるで昨日「また明日」と別れたかのごとく、言葉を交わすことが出来た。

『あはは、元気そうだね』
「うん。おかげさまで」

 そうだ。
 僕がこんな風になれたのは、あの日々があったから。
 美鳥は、その世界をつかさどるカケラだったのだ。

『うんうん。元気が一番。理樹君は体弱そうだから、風邪とか気をつけないとね』
「いや、これでも結構丈夫なほうなんだよ?」
『えー、説得力ないよ。冷却シートとか体温計とか似合いそうだもん』
「なんなのさ、それ。褒めてないよね」

 いや実際、持病のことをのぞけば、僕はそれほど病弱というわけじゃない。
 とはいえ、恭介をはじめとして周りの皆がそういうことに縁がなかったので、リトルバスターズの中で寝込むといえば、まず僕か鈴だったのは確かだ。

『あはは。いいじゃない、その時はあたしが看病してあげるよ』
「美鳥って、そういうの得意なの?」
『そうだよ。意外?』
「いや、そういうわけじゃないけど」
『いいっていいって。むしろその意外に家庭的で甲斐甲斐しいあたしの姿に、理樹君もぐっときちゃったりして』
「うーん」

 想像が付くような付かないような。
 でも、美鳥は西園さんと同じで料理も結構うまいし、いうだけのことはあるのかもしれない。

『それにしても、紅葉がきれいだね』
「え、う、うん」

 ちょっとびっくり。
 いきなり話題が飛んだ。

『あー、駄目だよ、理樹君』
「え、何が?」
『そこはさー、ほらこう、もっと気の聞いた台詞をいわないと』
「いや、そんなこと言われても」
『君のほうがきれいだよ……とかなとか言っちゃったりして、キャー』
「そんな歯の浮くようなこといえないってっ」

 絶対似合わない。断言できる。

『えー、いってよー』
「い、いやだよ」
『ねー、いってってばー』
「うう……」

 どうも、僕はこういう押しには弱い。

『ね、お願い。この通り』

 拝まれた。

「拝み倒してまで言わせることじゃないと思うんだけど……」
『そこをなんとか。あたしの顔を立てて、ね』
「ああもう……分かったよ」

 いわないと、いつまでも続きそうだ。
 こほんと一つ咳払いをして、僕は覚悟を決める。

「き、君の笑顔のほうが、ずっときれいだよ」

 うわ、どもった。
 なんというか、分かっていたのにやっぱり恥ずかしい。

『キャーキャー。理樹君かっわいー』
「はい。とてもいいものを見させていただきました……眼福です」
「うう、西園さんまで」

 今までずっと美鳥だけがしゃべってたのに。
 ああもう、今鏡を見たら、真っ赤になった自分の顔が映るに違いない。

「いえ、わたしのことはお気になさらず」

 ……気にならないわけはないんだけど。
 確かに、この場は気にしないほうがいいのかもしれない。

『それにしても、リトルバスターズも相変わらず色々やってるね』
「うん。まあね」
『この間のあの光線銃のやつ、あれはすごかったね』
「ああ、ゾリオンだね」

 恭介が見つけてきた光線中の玩具だ。
 勝者は敗者全員に対して命令できるということで、かなり白熱した。

『理樹君は、ずいぶん銃の扱いがうまかったよね』
「バトルランキングで、結構鍛えられたから」

 もっとも、それは僕に限った話じゃない。
 恭介の考える遊びは、真剣にやるとハードだ。
 それをずっと続けていれば、自然といろんな特技が身についていったりする。

『格好よかったよ。もう、あたしのハートまで打ち抜かれちゃったって感じ』
「って、いやいや、なにいってんのさ」
『あはは。理樹君てば照れ屋さん〜』
「まったくもう……」

 美鳥は僕の様子を見ながら、クスクスと笑っていた。
 ……当然ながら、西園さんも。割と珍しい感じの笑顔で笑っている。
 しばらくすると、ひとしきり笑って気が済んだのかようやく笑い声が収まった。

『ねえ、理樹君。ずっと言いたかったことがあるんだ』

 そうして聞こえてきた言葉の調子は、今までと変わらなかったはずなのに、なんだか特別な風に聞こえた。

『ありがとう』

 ぺこりと頭を下げられる。

『あたしを覚えてくれていてありがとう。お姉ちゃんを覚えてくれていてありがとう』

 気のせいだろうか。
 西園さんの右手につながっている美鳥が、本当に生きているみたいに微笑んだように見えた。

『私が美魚になって。お姉ちゃんが白鳥になって。それは、あたしたちの願いだったけど』

 彼女「たち」は目を伏せ、一拍おいて続けた。

『……それでも、あたしは、あたしだったから」

 ああ、そうなのだ。
 西園さんから美鳥との思い出話を聞いて思った。
 苗字は家族のものだけど、名前は自分だけのもの。
 小毬さんの言ってた通りだ。
 美鳥は、まだ名前を知らなかった西園さんに、美鳥と名乗ったのだ。
 美鳥がもう一人の西園さんであったのは疑いようもない。
 だけど、美鳥は美鳥の視点で、美鳥の世界を見ていた。

『だから、あたしを美魚と呼んでくれなかったのは少し寂しかったけど、すごく嬉しかったんだよ』
「……うん」

 なんと返していいのかわからない。
 僕は気がきかないから、うなずくことしか出来ない。
 それでも、美鳥も西園さんも、満足そうに見えた。

『それと、これからもよろしくね。あたしはいつでも二人を見守ってるんだからっ』

 美鳥らしい快活な声だ。

『もう、二人のあんなシーンやこんなシーンでも……キャー』
「って、ちょっとちょっと」

 しんみりしていた気分も吹き飛ぶ。

『あははっ』

 その笑い声を聞いて、安心した。
 そう。
 彼女の日々は――
 今も、続いてるんだ。




「おーい、どこいった、西園、理樹」
「二人だけでどこぞにしけこむのは感心せんな。クドリャフカ君、一緒に探しにいこうか」
「はいっ、わかりました」
「いや姉御、そこまで堂々と拉致ろうとするのはさすがにまずいっすヨ」
「何を言う。同意の上だ」
「ん、くるがや、くどをどこに連れてくつもりなんだ?」
「鈴君も来るかね? 私としては大歓迎だぞ」
「……なんか危険な気がする」
「ふえ? 唯ちゃんは何かするつもりなの?」
「だから、唯ちゃんは止めろと……」
「ざわざわざわ……ざわ、ざわっわ、ざわざわ、ざわっ! ざっ! ばさああああっ!!」
「カラカラ……カラカラ……カランカランカラン……カラ、カンッ、カンッ、カカッ!!」
「お前らうっさいっ!」

 みんなの声が聞こえる。
 ……真人と謙吾の決着は今だ付いていないみたいだ。

「どうやら、いないことが見つかってしまったようですね」
「そうだね。よし、それじゃあ戻ろうか。美魚」

 僕が名前を呼ぶと、美魚は少し目を丸くした。
 ……少し唐突過ぎただろうか。
 けれど、やっぱり僕は、彼女だけのものである名前で呼びたかった。
 目をそらしてごまかしたくなってしまう気持ちをこらえて、僕は見つめ続ける。

「……はい。理樹さん」

 美魚は笑顔で応えてくれた。






 時間はどんどん過ぎていく。
 季節が巡り、桜が咲くころには、恭介はいない。
 残ったメンバーだって、それぞれの道を歩み始めるだろう。
 けれど――


 僕は、隣を歩く美魚の顔を見る。
 美魚も僕を見ていてくれて、視線があった僕らは照れ笑いを浮かべた。
 どうせ恥ずかしいならってことで、僕は右手を出して、美魚の左手を取る。
 こんな状態で戻ったら冷やかされるだろうけど、今の僕らにとってはそれすらも楽しいんだ。



 きっと、ずっと先まで続いてくはずだ。
 僕等の日々は。









 終わり








 あとがき

 ちょうどアニメの再放送もやっていたところで、せっかくなので名前つながりで何かないかな、というところで生まれたのがこれでした。
 美魚の人形劇での名演技+これからは美鳥が美魚とずっと一緒+美鳥という名前=右手に美鳥ってことですね。
 とまあ、そんなパロディから生まれた話ではありますが、内容は美魚シナリオで思ったことをそのままぶつけてしまいました。
 選択肢で、美鳥という名前を呼んだときに、美鳥には相反する二つの思いがあったと思うのです。その直後、美魚のシーンで「忘れて欲しいけれど、忘れて欲しくない」と出てきますし。美魚と同じように、美鳥にも少しはBADエンドのルートよりの気持ちはあったと思います。
 けど当然のことながら、美鳥の望みはTRUEエンドの方です。その時美鳥が感じた気持ちは直接的には書かれていないので、こうして書いて見ました。
 これからはともにある、ずっと一緒にというエンディングで、当然美鳥もいるわけなので、こういう風に出てきてくれるのではないかなと期待したり。
 呼び名は悩みましたが、一応本編準拠の呼び方でいこうとして、最後に名前呼びイベントを入れろという心の声が大きくなったので唐突ですがやりました。本編になかったのはなぜなんでしょうね。

 ちなみに、タイトルでネタバレしないようにだけは心がけました。
 あと、エイリアンの鳴き声って「ピギャー!」だそうです。調べたんですが、なかなか見つかりませんでした。
 うさぎは「ぶぅぶぅ」キリンは「モォーッ」で、パンダは「ワン」というそうです(ほかにもいくつかありましたが)。たぬきは「クゥー」とか「ニャー」とかありましたが、わかりやすく「ぽんぽこ」で。
 とりあえず、全部聞いたことはないので実際のところは分かりませんけど。




何か一言いただけるとありがたいです。