「起きちまった……」
明るい日差しが窓から差し込んでくる、とかそんなありがちな朝の表現なんかどうでもいい。外の明るさに比べて俺の気持ちは暗い。
珍しく随分と早い時刻に起きてしまった。昨日のようなことがあったから遅刻、いやむしろずる休みしようとまで考えていたのだが。
なまじ目覚めが良い分、再び寝るのもつらそうだ。
それでも俺はもう一度布団にくるまる。今日は学校に行く気分になれない。
布団にくるまって明るさを遮断し、目をつぶれば次第に意識が遠のいていく。
そう、このまま夢の世界へと……。
『ごめんください』
行くことはできなかった。思わず布団を外して声がした方を向く。あの声は昨日の電波女、古河の声だ。
どうする居留守を使うか? だけどアレ以上声を出されて親父に起きられると色々と厄介な気もする。
『いらっしゃいませんか?』
考えた結果居留守を使うことにする。
ところであいつどうやってこの家を知ったんだ?
まさか知らないうちに尾行されていたとか? いや昨日帰ったのは大分夜遅くだし人の気配なんかなかったはずだ。
でも、昨日みたいにいつの間にか後ろにいるようなやつだ。こっそりストーカーされていたのかもしれない。
「どうかしましたか?」
「ほら、こんな感じで……っていつの間に!?」
いつの間にか古河は俺の傍にいた。
「ついさっきです。人の気配はあったので失礼かとは思いましたがおじゃましちゃいました」
「ついさっきとかそういうことじゃなくて…あーもう!」
きっと常識とか当然といったことが通じないんだこの子には。きっと人間じゃなくて妖怪とかの類に違いない。
「一体何しに来た」
「お迎えに参りました」
「帰れ、今日は俺は学校を休むんだ」
「それなら今日一日お付き合い致します」
「……やっぱ学校へ行く」
しばらくにらみつけたものの平然とした古河の態度に俺が折れる。
きっと休んだら俺がいくらぞんざいな態度をしようとこいつはずっとここにい続けるだろう。そっちの方が俺にはつらい。
「あ、朝食の方作りましょうか?」
「いい、今日は食欲がないんでな」
もちろん本当に?と聞かれれば嘘になる。とはいえ朝食くらい抜いても問題はない。そもそも朝食を食べること自体稀だから。それならば少しでも古河から離れたいという気持ちが勝った。
学校へ行くために着替えはじめる。ここで俺の裸体でも見せれば少しは恥ずかしがって外に行ってくれるだろうと期待していたが、古河は表情を変えぬままじっと待っている。逆に俺の方が恥ずかしくなってきた。とはいえ今更出て行けと言う訳にもいかず、逆に視姦されている気分を味わいながらどうにか制服へと着替え終えた俺は、未だにその場で待っていて一緒に行こうと思っているらしい電波少女に対して厳しく言いつける。
「いいか、俺の後をついてくんじゃねーぞ!」
「はい、わかりました」
……やけに物分りがいいな。そう思いながら俺は古河の方を決して見ようとしないで玄関まで行き、靴をはいて外に出、学校へと向かう。
「……なあ」
俺はぴたりと止まり、何故か隣にいる古河に対して話しかけた。
「はい?」
「俺はついてくんなって言ったよな」
「ええ、だから横で歩いています」
…そう来たか。だが俺はすかさず次の一手を出す。
「横も禁止!」
「はい、わかりました」
再び歩き始める。
古河も隣をそのまま歩く。
またぴたりと止まり、何故か隣にいる古河に対して話しかけた。
「横も禁止って言ったよな」
「ええ、だから近くを歩いてます」
…ああもうこいつは!
「半径3m以内に近づくの禁止!」
「…それに対しては少々不満ですが、わかりました」
古河は俺から離れる。ふう、これでやっと普通に通学できる。
……と思った俺が浅はかだった。
古河は確かに3m以内には近づかなかった。
そう、常に俺と等間隔を維持しているのである。おそらくぴったし3mなのだろう。かえって気持ち悪かった。
わざと後退もしてみたが、古河も後退する。
「ああもう! 俺の負けだ! 一緒に行ってやるよ!」
ついに何かが我慢の限界に達した俺は渚にちゃんと聞こえるくらいの声で叫んだ。
それを聞いた古河は嬉しそうに俺の近くに来る。
「ありがとうございます、朋也様」
その嬉しそうな笑顔を少しでもかわいいと思ってしまった俺は、その思ってしまったという行為を必死に否定しながら古河を隣にして学校に行った。
決して一緒にと思わないことがせめてもの抵抗だった。
学校に来る時間帯にしては結構早い時間なので、他の生徒たちが少ないのはラッキーだった。そして学校に着くと俺はようやく古河から解放された、少しは常識があるらしい古河は学校に着くとちゃんと自分の教室へ行くために俺から離れてくれたのだ。
俺も自分の教室へ向かう。教室の扉を開けるとそこには杏と藤林の姿があった。
「よお」
なんとなく挨拶をする。あっちは俺の姿を見て驚いているようだった。
「あ…! お、おはようございます」
「本当にこんな時間にあんたが来るなんて、雨でも降るんじゃない?」
失礼な方が姉、丁寧な方が妹だってのは当然のこと、自然の摂理と言ってもいいくらいで。
「たまたま早く起きて、たまたま学校に行ってみたくなったんだ」
なんとなく反応を予想していた俺はあまり深い詮索をされないようにと先に適当な理由を言っておく。
「ふーん、たまたまねぇ……」
「お前だって今日は早いみたいじゃないか」
そう、俺は杏が他のクラスの委員長のくせに意外と遅刻してくることを知っている。そんなのでも委員長なのは人望が厚いのだろう。
「ま、ね。こっちもたまたまかしら」
「ふむ」
これ以上余計な詮索はしないでおくか。そのせいでこっちにまでつっこまれるのもあれだし。
「と、朋也くん!」
「なっなんだいきなり」
突然藤林に話しかけられ戸惑う俺。
藤林の顔があまりにも必死な形相をしているもんだから何かあったのかと思ってしまう。
藤林は俺の全身をじろじろと見て、やがてほっとため息をついた。
「よかった、まだ何事もなかったみたいで」
「? どうしたんだ一体」
わけがわからない。安心している藤林と、なんか思案している杏。
「いえ、昨日岡崎さんを占ったときに、なんとなくもう一度占ってみたら、岡崎さんが朝の教室で不幸な目に会うと出たので……」
「そうだったのか、どおりで早く来ていたわけね」
とはいえ、藤林の占いは逆に当たるということを俺は知っているので不幸な目に会うということは少なくともなさそうである。
「あれ、でもそうなると私の占いははずれたことに……」
「椋! 朋也を押し倒しなさい!」
そのとき、突然杏が叫んだ。
命令された藤林は混乱するままに「ごめんなさい!」といって俺を押し倒す。そのまま藤林と一緒に倒れる俺。
すると、その俺が立っていたところを辞書が猛スピードで飛んでいった。
「危なかったわね……突然辞書が飛んでくるなんて」
いや、どう見てもお前の仕業だろ。
「椋、あなたが朋也の不幸な目に会うのを回避させたの。だから占いは間違ってはいないわ」
「お姉ちゃん……」
見詰め合う2人。美しい姉妹愛の光景……なのかな。
とりあえず、杏はこうすることで藤林の占い結果を間違ってなかったという方向へともっていったわけか。俺にはいい迷惑だ。だが……。
藤林は俺の上にうつぶせにして乗ったため俺は藤林を色々と堪能することができた。俺も年頃の男だし、可愛い女の子の胸が当たってたり、近くで吐息を感じたりすると悪い気はしない。むしろ幸せだ。
なるほど、確かに不幸な目の逆である。占いは当たっているな。
しかし、このままだと自分のあの部分が反応してしまう。それは色々まずいと思ったためそろそろ藤林に気付かせる必要があった。
「あの……藤林。そろそろどいてくれないか」
「え、あ、きゃあ! ご、ごめんなさい!」
藤林は俺にずっと乗っかっていたことに気付くと、顔を真っ赤にして俺から離れた。
少し残念だが仕方がない。ここには杏もいるから、あのままだと俺の理性崩壊、椋に何すんのよというコンボで死んでいた。
「あー、じゃああたしはそろそろ自分の教室に戻っているわね」
杏はニヤニヤしながらこの教室を出る。や、あんなのがあったあとで2人だけ残すなんてどういうことかと。
「……」
「……」
当然、場には気まずい雰囲気だけが残るわけで。
なかなか顔も合わせ辛いからちらちらと横目で藤林の方を見る。
あ、顔を赤らめている。あっちも恥ずかしかったのだろう。どうすればいいのか戸惑っているようにも見えた。
藤林も横目でこちらの方を見る。しかし、藤林は俺と目が合った途端すぐにそらしてしまった。
「あの、さ」
「は、はい!」
「気にするな、事故なんだからさ」
「そ、そうですね……事故、ですからね」
事故を言い訳にすることによって、なんとか場の緊張もほぐれる。
とはいえ、若干の雰囲気は残ったままだったが。さっきよりは遙にマシだろう。
それから軽く場を和ませる話しをしていたら他の生徒たちも教室へと入ってきた。
『おはよう、藤林さん』
「あ、おはよう」
『藤林さんおはよう』
「おはようございます」
そいつらは藤林に挨拶していく。そしてそいつらは俺に奇異な視線を向けてくる。
かたや占いもできる、委員長もやる人望の厚い女の子。かたや不良で、クラスの邪魔者。
そんなやつらが話しているなんて、言葉でなくても伝わる視線からの思い。
離れたほうがいいような気持ちになってくる。
「そうそう、岡崎さ……」
「わりぃ、早起きしてちょっと眠くなってきたから寝るわ。また後でな」
思わず、途中で話しを切って藤林から離れる。
席につくと皆の視線を意識しないよう、目をつむった。
ここには俺は必要とされていない。必要とされていない場所に自分をおく必要は、ない。
目覚めると、3時間目が終わっていた。
さて、どうしようか。授業を受ける気にはなれない。ならばと俺は席を立ち、教室を出る。目的地はことみのいる場所。約束しちまったし、暇つぶしには丁度いい。
旧校舎を歩いていく。そこにシュッシュッと何かを削る音が響く。
何の音だと思い、音のなる方へと向かっていく。
音がするところは空き教室だった、今はもう使われていないはずの。
隙間があったのでそこから中をのぞいてみる。
小さな女の子がいた。制服は確かにうちの学校のものだが。体格からして1年生だろうか。女の子は一生懸命に木彫り細工をしている。あれは星だろうか。
ガタッ
「あ、やべ」
思わず扉に寄りかかりすぎた。女の子は物音に敏感に反応し、こちらを見る。見つかってしまった以上しょうがない、素直に扉を開ける。
「やーすまん、なんかを削る音がしたからなんかと思って……って逃げるな!」
女の子はもう片方の扉からすぐさま飛び出していく。追いかけようにも足が速く、とても追いつけそうにない。
「ちくしょう……なんかものすごく負けた気がする」
ドロボウを取り逃がしたような、ゴキブリを叩き損ねたようなそんな敗北感。
次来るときはなんかしらの対策を考えておかねば。
図書館に来るまで、ずっとあの女の子を捕まえる方法を考えていた。
あやうく、通り過ぎるところであった俺は本来の目的を思い出し、図書室に入る。
膨大な本の中に佇む1人の少女。本を持っている彼女は近づきがたいオーラを放っている。そう、まるで世界を守っているような、閉ざしているような。
俺は、その子の名前を呼ぶ。
「おーい、ことみ」
「あ、朋也くん」
名前を呼ばれて、ことみはすぐにこちらに気づいていくれた。オーラは霧散され、世界はこちらと繋がる。
「また会えて嬉しいの」
ことみは笑顔で俺を出迎える。ああ、確かにここは俺を受け入れてくれる。
先ほどのこともあったからだろう、自然と笑みがこぼれた。
「今日もね、朋也くんのためにお弁当作ってきたの。無駄にならないでよかった」
ことみの発言にふと疑問が浮かぶ。
「あれ、お前俺が来ることわかってるんじゃ」
来ることがわかっているのなら、無駄にならないでよかったなんて発言は出てこない。ことみは、色んな世界の記憶を持っているからそれで俺が来ることを知っていたはずだ。
「ううん、わかるけど、わからないの」
「? なんじゃそりゃ」
わかるけど、わからない。間違いなくそれは矛盾している。
「私は全てを視ているわけじゃないの。色んな世界の記憶の一部。しかも、色んな世界だから朋也くんに会えない世界も視てしまう」
「よくわからんぞ」
混乱している俺に、ことみは続けて説明する。
「例えば右へ行く道と左へ行く道があったとするの。私は右へいったらどうなるか、左へいったらどうなるかが視える。でも……」
「でも?」
「右へいったときに犬に襲われるという世界も、何事も起こらなかった世界も両方視えるの。だって、選択をしてるのは私だけじゃないから。私はたまたま視たから選択できるというだけ。その視た世界も、次の瞬間には消えてるかもしれないの。私は常に見えてるわけじゃないから」
「ええっと、つまり……あくまでもそうなるという可能性がわかるだけであって、明確にはわからないと」
便利なような不便なような。でもまあ、ある程度わかる分便利ではあるかな。
「宝くじを買ってもそれが当たるかどうかってのはわからないわけか」
「うん」
「でも、視た世界の中に必ず正解はあるわけだな」
「そう、確実に視た世界の中に正解はあった」
「でもさ、他の人とかの選択も考慮に入れたらたくさんの可能性を見てしまわないか?」
「ううん、実際選択をしているようで実は既に決まっていることもあるから。そこまでたくさん世界が視えるわけじゃないの。それに……」
「それに?」
「ううん、何でもないの」
何か言いかけたところでことみは口をつぐんだ。まだ何かあるんだろうか。
ふと、そこまで考えていて今の自分が異質なことを受け入れていることに気付き苦笑してしまった。昨日はあんなに拒否反応を示したのに。これは慣れなのだろうか。それとも孤独という名の傷口にうまい具合に塗りこまれたからだろうか。
会話が途切れる。こういうとき、どうやって次の話題に持っていったのかよく思い出せない。
お互いだまっていると、チャイムが鳴り響いてきた。
「お弁当、食べる?」
「ああ」
「はい、どうぞ」
ことみに渡される弁当箱。小さく、女の子らしいハンカチで包まれている。
「いただきます」
「いただきます」
あけると、綺麗に彩られたおかずの数々。一目見ておいしそうだと思う。
「はい、半分こ」
「ああ」
お弁当は二つあるのに半分こ。なんとなく、懐かしい。
俺も入っていたハンバーグを箸で二つに切り分ける。
「俺のも半分こな」
「うん」
なんとなく、恋人っぽいよなこれって。
こういう普通ならやらないような行為にちょっと幸せを感じている当たりがさらにそう思わせる。
古河とは大違いだ。
……ん。なんか嫌な予感が。
「朋也くんどうしたの?」
「ん、いやなんでも」
頭を振って考えていたことを振り払う。
しかし、既に手遅れだったようだ。
図書室の扉が開き、そこには1人の女生徒の姿。
「わたしのこと、考えました?」
そう、その女生徒は古河渚だった。
つづく
あとがき
おひさs(ry
もうこのパターンもあれですね。間開きすぎ。
まあ色々趣味が変わっちゃったんで書きづらくなったってのもありますが。
感想なくてもいいので面白いと思ったら押していただけるとありがたいです。
拍手の方にはDILMの書いたおまけSSもありますのでそちらも是非。