校門まで残り200メートル。
 そこで立ち尽くす。

「はぁ」

 ため息と共に空を仰ぐ。
 その先に校門はあった。

 誰が好んで、あんな場所に校門を据えたのか。
 長い坂道が、悪夢のように延びていた。

「はぁ…」

 別のため息。俺のよりかは小さく、短かった。
 隣を見てみる。
 そこに同じように立ち尽くす女の子がいた。
 同じ三年生。けど、見慣れない顔だった。
 短い髪が、肩のすぐ上で風そよいでいる。

「この学校は、好きですか」
「え…?」

 いや、俺に訊いているのではなかった。

「別世、ヴィルビダの城であったこの場所はとってもとっても大好きです。
でも、なにもかも…変わらずにはいられないです。ここで大きな戦があったこととか、英雄が生まれたことか、ぜんぶ。
…ぜんぶ、この現世において変わってしまったんです」

 たどたどしく、ひとり言を続ける。
 俺はこの場から逃げ出したかった。
 初めて見たよ電波少女っての。あれって本当にあるんだ。
 テレビの中だけの存在だと思っていたものを間近で見たとき、俺は好奇心より恐怖が先に働いた。背筋にくる寒気、これはただ事ではない。
 目を合わせないように、関係をもたないように俺はまっすぐ学校を見据えて歩き出す。

「わたしは…」

 そのとき、ものすごく大きな春一番といえる大きな風がふいた。
 その風は不意打ちだと歩いている人間を軽くよろけさすぐらいの力はあったようで、俺はふらふらと右に移動してしまう。
 そして、俺は女の子とぶつかってしまった。
 まるでそれが運命だといわんばかりの偶然によるもの。
 そのまま、2人して坂の前で倒れる。

「いてて……」

 それは傍目から見たら男が女を押し倒したような光景だっただろう。
 俺は起き上がりながら女の子の方を見る。
 目が、合ってしまった。

「すっスマン!」

 俺はこれ以上関係を持ちたくない一心で急いで起き上がろうと体を起こす。
 しかし、女の子は俺の体を両手で掴んできた。
 なんて力だろう、必死で体を持ち上げようとしても持ち上がらない。
 女の子はそのまま俺の顔を見つめたままこういった。

「ようやくあえた……朋也様」

 これが、今までが普通だったといえるくらいの波乱万丈な高校生活のはじまりだった。





『岡崎朋也の憂鬱』





「……へっ?」
「わたしはこのときをお待ちしていました。前世において果たした約束、生まれ変わったときにまたあなたの従者となる。この再び会えた日は素晴らしい記念日となりましょう」

 突然の様付け発言についていけていない俺に矢継ぎ早に仕掛けられるイカれた言葉の数々。
 急いで離れたくても両手で止められているため不可能。

「と、とりあえずこの手を離してもらえないか」
「はい、わかりました」

 そういうと女の子は簡単に手を離した。
 とりあえず立ち上がり、服についた汚れをはたく。

「えっと……」

 一体、どうしたものか。
 目の前にいる笑顔の電波少女に対し俺は悩んでいた。
 走って逃げてもついてくるかもしれない。予想外の力で先ほど捕まえられたためありえないとはいいきれない。

「とりあえず、名前を聞いておこうか」

 そう、名前。名前を聞いておけばあとで誰かに聞くことが出来る。それによってなんらかの対策を得られるかもしれない。

「すみません、申し遅れました。わたしの名前は古河渚、前世は……」
「あー、そこはいい」
「そうですか、失礼しました」

 会釈をたれる古河という電波少女。
 そのときチャイムの音が響き渡った。

「お、チャイムが。それじゃあ俺はこれで失礼するわ」

 逃げる理由を見出した俺はこれ幸いと言わんばかりにこの場を離れる。

「はい、わかりました。朋也様、それではまた後で」

 いや、できれば金輪際勘弁だ。
 そう言う時間もおしいくらいこの場から早く逃げ出したかった俺は、走ってその場から離れた。



 休み時間となっている教室に入ると同時にため息をつく。
 教室の中に入ったことで安堵するのはこれが初めてだ。
 3年の教室は就職やら進学やらでほぼいつもといっていいくらいピリピリしている。だから普通はそんな感情を覚えることなんてありえない。

「あ、岡崎くんおはよう」

 同じクラスの女子――藤林椋に話しかけられる。

「ああ、おはよう」
「どうしたんですか、なんかやけに疲れているようですけど……」
「いや、ちょっと色々あってな……」

 ああ、だんだん癒されていくのがわかる。普通の女の子と話しているだけなのに。
 普通ってこんなにいいことだったんだ。

「……」
「……」

 少しして会話が止まる。まあ、確かに何回か話したことはあるけれどそこまで話題があるわけでもないから仕方がない。
 すると藤林は何かを思い出したようにどこからかトランプを取り出してきた。

「あ、あの。息抜きにどうです。占いでも」
「……いや、ちょっと今は勘弁してくれ」
「そ、そうですか……」

 別に女の子である以上占いとか好きでも全然構わないのだが、今回はタイミングが悪かった。まだ先ほどの電波体験が尾をひきずっているらしい。
 しかし、その瞬間後頭部に大きな衝撃が走った。

「いってぇー!!」
「こらー! あんたなに人の妹の行為を断ろうとしてんのよ!」
「お、お姉ちゃん」

 片手で分厚い辞書を持つ藤林椋の姉、藤林杏は教室中に響く声で怒鳴った。
 先ほどの衝撃はあれで殴られたものだろう、こりゃたんこぶが間違いなくできたな。

「何すんだいきなり! しかもお前別のクラスじゃねーか!」

 杏は俺や藤林とは違うクラスである。それなのに休み時間になると結構な確率でこの教室にいたりする。

「たまたま椋がお弁当忘れてたから届けにきてやっていたのよ。そしたら椋が楽しそうにお話しているじゃない。だから後ろからひやかそうとしていたのよ」

 ひやかそうとしていたのかよ、それ以前にどこが楽しそうだったのかを詳しく説明してほしい。

「そ・れ・よ・り・も!」

 強調するかのように一字ずつ区切りながら大きな声で言う。

「たかが占いくらいやってもらってもいいじゃない! ほら、椋遠慮しないでばーっとやっちゃいなさい!」
「う、うん」

 たかがって、藤林椋さん。あなたさり気に占い馬鹿にされているの気付いていますか。
 こうして俺の気持ちなどどこ吹く風で藤林の占いが始まった。
 藤林の手際の素晴らしさといったらもう、何度も床にトランプを落とし、拾い集めたあとそのたびに深呼吸。どこにそんな緊張する要素があるのか教えて欲しいもんだ。
 とりあえずその後3枚カードをひかされ、それを手渡す。

「で、でました」

 ようやく占いの結果がでたようだ。

「岡崎くんは今日一日中最高の日となるでしょう」

 嘘付け。もう既に気分的には最低なんだがこのあとこれをペイできるようなことでもあるのか。絶対に無理だ。

「よかったですね」
「あ、ああ……」
「あー…朋也、今日一日頑張りなさいよ」

 心底嬉しそうな藤林、複雑そうな顔をした杏。
 その2人の対となる表情と現在の状況により考えうる一つのこと。
 藤林椋の占いは逆に当たる。
 なんとなくだが、そんな予感のした俺は本気で早退しようかと考えるのだった。



 その後、いくつか授業を受け(とはいえほとんど寝ていたが)その次の授業が何かを前のヤツの机を見て確かめる。
 あの薄い教科書は…英語のグラマーか。
 春原が英語のグラマーって聞くとパツキン姉ちゃん想像するよねとか言ってたような気がする。そんなん思い出してどうするんだ俺。
 ちなみに春原とは俺の友人である、まあ変なやつだ。とはいえ今日それ以上にイッちゃっているやつに会っているためこの認識も改めるべきかもしれない。
 ともかく、これはひたすらに当てられる授業だった。あきらかにたるい。
 サボることにした俺は旧校舎の方へ向かった。



 誰かに見つからないように足音を殺して廊下を進む。旧校舎の教室はほとんど使用されていない。たまに文化部の部室にあてがわれることがあるくらいだ。
 いつもならどこかの空き教室にでも入って一眠りといくのだが、あいにくとさっきまで眠ってしまっていて眠気などさっぱりだった。
 とはいえ戻ろうにももう既に授業は始まっていて中に入るのは気がひける。どうしようかと思ったとき、ふと、廊下の突き当たりの引き戸が目に入った。
 図書室だった、そういえばそんな施設もあったなと思う。全然利用しないのですっかり忘れていた。
 『閉鎖中』と書かれた札がかかっているものの、よく見ると戸の端がほんの少しだけ開いている。
 暇つぶしにはなるかな。そう考えた俺は引き戸を開け、中に入った。



 辺りを見渡すとほぼきっちりと埋まった本棚が大量におかれている、まあ図書室だから当然なのだが。
 そしてガラーンとして、人がいるような気配がまったくない、まあ授業中だし当然なのだが。
 だが、そこに当然をぶち壊す存在があった。
 窓際にある人影、近づいてみる。こんな時間にいるなんてどんな不良だと思ったがそこにいたのは物静かな感じの女生徒だった。
 校章の色から3年だとわかる、なぜか椅子がたくさんあるにも関わらず床に座り込んで、そして熱心に本を読んでいた。
 何故か裸足だったりクッションを敷いていたり、床に座っていたりと一目でちょっと変な子だとわかる。
 俺にはまったく気付かず本を読み続けている、わざと足音をたててみるものの微動だにしない。
 一体何の本を読んでいるのだろう。物凄く分厚い本、いかにも難しいことが書いてありますよー的な雰囲気を出している。
 そっと後ろへと回り込み、ちらりと本の中身を見てみた。

『―――――前世から現世への精神移動は非常に難しく、例えうまくいったとしても記憶の片隅に追いやられて―――――』

 よし、図書室から出よう。一部分だけ見えた文章から脳が即座に判断を下した。
 いや、あれはやばいって。というか朝のことを思い出してしまったじゃないか! 俺は少しづつ後ずさりしながらその女生徒の元から離れる。

『岡崎くんは今日一日中最高の日となるでしょう』

 何故か椋の占いの結果が脳内に蘇る。と、同時に背中が何かにぶつかった。
 いかん! 背中の方に本棚があったんだった! それと同時に頭に来る衝撃。

「いってぇー!!」

 思わず大きな声で叫んでしまった。頭を押さえてしゃがみこむ。
 痛みが少し引いてきた頃に地面を見ると分厚い本が落ちていた。多分これが頭上に落ちてきたのだろう。
 頭をさすりながら顔をあげる。
 女生徒と目があってしまった。どうやらさっきの叫び声でこちらに気付いたようだ。
 漂う沈黙にどうすればいいやら迷う。

「こ……こんにちは」

 何故か挨拶をしていた。落ち着け俺、挨拶してしまったら関係を持ってしまうじゃないか!

「こんにちは、朋也くん」
「あ、ああ」
「本を読みに来たの?」
「いや、まあ最初はそうだったんだが今は違うというか」
「それじゃあお昼ご飯? ちゃんと2つ用意してきたの」
「いや、まあ確かに昼前だから腹は減ってきているが」

……ん?
 何かさっきの会話違和感が。

「あれ、何で俺の名前を……」
「はい、朋也くんの分」
「あ、サンキュ……」

 俺は女生徒に手渡された弁当を開けて見てみる。
 そこには一見普通の弁当……に見えるが、よく見ると全ての食べ物が半分に切られてある。ウインナーとかは範囲を取るからかもしれないが、から揚げとかがなっているのを見ると意識してやったとしか思えない。

「仲良く半分こ」

 見れば女生徒の弁当はまったく俺のものと同じだった、これはペアルックならぬペア弁当ってところか。
……やっぱ違和感が。

「なあ、なんで俺の名前」
「おいしい?」
「……ああ、うまいけど」
「よかったの」

 いかん、また聞きそびれてしまった。
 仕方なくもくもくと食べながら違和感について考えてみる。
 名前を知っていたこともその一つだが、それ以上に感じるものがあるんだ。
 そういや彼女はこの弁当は仲良く半分こ……いや、その前、この弁当を俺の分って言ってたよな。
 まるでそれは俺があらかじめここに来ると予測できていたような……まさかストーカー?
 いや、そんなレベルじゃない。ここに来るっていうのは俺の気まぐれであって今までの行動から予測できるようなことじゃない。
 そう、つまり彼女は知っていたと考えるほうが……いや、まさかな。
 そんなこと、神様とかじゃない限り不可能なはず。
 やはり、ここは彼女に尋ねるしかあるまい。

「ごちそうさま」
「なあ……」

 俺は女生徒が食べ終わるタイミングと同時に話しかける。このタイミングならば邪魔されまい。

「聞きたいことがあるんだが」
「? 名前? 私のこと、忘れちゃった?」

 や、確かに名前も気になるが。ああ、そんな涙目にならないでくれ。悪いことをしている気分になる。

「でも、おあいこ。私も昨日までは忘れていたから。私の名前は一ノ瀬ことみ、ひらがなみっつでことみ、呼ぶときはことみちゃん」
「一ノ瀬ことみ……ああ!」

 思い出した。そういえば小さい頃、女の子とよく遊んだ覚えがある。確かその子の名前が……。

「思い出した?」
「ああ、思い出したよ。ことみだったのかー」

 そうか、これで俺の名前を知っていたことには納得いった。
……ん、まだ大事な問題が残っているぞ。

「でもお前、どうして俺がここに来るって……」
「朋也くん、何度もここに来たの」
「何度もって、俺は今日初めてここに来たんだぞ」
「うん、わかってる」
「だったら何度も来たって……」

……なんか嫌な直感が頭をよぎった。いや、まさかな。
 しかし、今日の朝の出来事やらあの本やらを考えるとありえんわけではないが俺はそんな非現実的なことを信じたくないわけで。

「私は他の世界の記憶を持っているの。だから朋也くんがそろそろここに来るって、大体予想がついていたの」
「はは、直感的中かよ」

 もう泣きそうです母さん。あったことないけど今あなたにすがりたい。

「でも、安心したの。だって、朋也くんにまた会うことができたから……」

 ああ、また涙目になって。まあ今度は嬉しそうな顔でだけどさ。
 俺も涙目になりそうだよ、またこんなことに巻き込まれてさ。
 そんなとき、チャイムがなる。どうやら昼休みの始まりのチャイムのようだ。

「んじゃそろそろ俺は出るから……」

 ちょっと失意に落ちたまま、俺はこの場を離れようとする。

「ちょっと待って」

 そんな俺をことみは止め、そしてこう聞いてきた。

「明日も来てくれる?」

 ああもうちくしょう、それ以上に俺だって昔懐かしい記憶が蘇ってさ、昔の友達に会えたってさ。かなり嬉しいことなんだぜ。
 例え昔の友達がそんなやつだったって、そんな表情でそんなお願いされちゃ答えは一つしかないじゃないか。

「ああ、暇だったらな」

 暇だったらながせめてもの抵抗。きっと明日も来てしまうのだろう。
 俺は何故か物凄い敗北感を感じながら図書室を後にした。
 そういや藤林は今日一日中最高の日って言ってたな。
 思えば、まだ今日は終わっていないのだった。
 まだ何か起こるのだろうか、そう思うと今日は教室で安静にしていたほうがいいかもしれない。
 そう考えながら俺は休み時間に突入している教室へと戻ることにしたのだった。



 教室は本当に安全だ。窓の外を眺めながらそう思う。
 結局昼休みはどこにもいかず、教室にずっといた。また下手にどっか出たら何かに会ってしまいそうだからな。幸い、春原もいたのでからかったりしてなかなか退屈しないですんだ。
 まもなくチャイムがなり、五時間目の授業が終わった。まあ俺にとってはどうでもいいことなんだが。
 それにしてもいい天気だ、一つあくびをする。うむ、ここは一眠りするかな……。

ブォン、ブォオオオン!

 外から急に鳴り響くでかいエンジン音。たまっていた眠気が一気に吹っ飛んだ。

「お、なんだなんだ」

 春原が興味を示したのかわざわざ窓の方までやってきて外を見る。皆も流されるように窓の方へ集まる。俺も改めて窓の外を見た。
 グラウンドに意味もなく大きな赤い旗を持った若い2人組みの男がバイクで走り回っている。
 確か去年の暮れにもあったな……犯人は近くの工業学校の生徒だったっけ。
 まったく、暇なもんだ。まあ俺も人のことを言えたもんじゃないがね。
 ま、前みたいに教員がなんとかしてくれるでしょ。
 そう思っていると突然、別の教室の野次馬たちがわいた。

「次はなんだよ!」

 春原も気になったのか誰かに教えてもらえるよう大きな声で口にする。
 ひとりの生徒が、窓から身を乗り出し、真下の地面を指さしていた。
 そこにはバイクを駆る連中に向かって、悠然と歩み寄っていくひとりの生徒の姿があった。
 長い髪に細身の体……女生徒かよ。
 黄色い声まであがりはじめている。

「ひゅー!」

 それは金髪の髪をしたすごくアホそうな……って春原お前かよ!

「説教する気かな」
「まさか、しゃれにならないぞ……」

 教師たちは何をしているのか、一向に出てこない。
 こういうときの教師じゃないのか、現代社会に少し憤りを覚えた。

「うおっ始まるぞ」

 女生徒を前に、静止しているバイク。
 どうやら話し合っているようだ。さすがにここからじゃ内容まではわからない。

『智代さんやっちゃってください!』

 階下からの声援。

「やるって、あの子が? やられるに決まってんじゃん」

 春原が鼻で笑った。俺も内心そう思っていた。
 しかし、それは違っていたということを俺たちはその目で見てしまった。
 バイクにまたがり、女生徒から離れる男2人。
 逃げたのか? 誰もがそう思ったはずだ。
 しかし、バイクはそのままその女生徒目掛けて走ってきたのだ。

「うわっ危ない!」
「逃げろ!」

 誰もが口々にそう叫ぶ、俺とて例外じゃなかった。

「逃げるんだ!!」

 その瞬間、女生徒が一瞬だけこっちを向いたように見えた。
 間近に迫るバイク、微動だにしない女生徒。思わず目をつぶった。

「………?」

 しかし、未だにぶつかった音などしない。バイクが地面を走り回る音もなくなった。なるのはエンジン音のみ。
 おそるおそる目を開ける。瞬間、思わず目を疑った。

「バイクが……浮いてる?」

 もしそれを人づてに聞いたのだったら俺はそんな冗談をと一笑に伏すだろう。しかし、そうつぶやいた春原の一言は決して間違ってはいない。
 女生徒はバイクのフロントを片手で掴み、持ち上げていた。
 回るタイヤ、鳴り響き続けるエンジン音、固まったまま動けないバイクに乗った男2人と、俺たち。
 口をぽかーんと開けて唖然としていることに気付いたのは、彼女がバイクから2人を降ろし、学校の中に入った後だった。

「あんなのありえないって!」

 春原が叫ぶ。俺も同意だ。
 バイクって相当な重さだぞ、しかも明らかに速度も出ていた。
 しかし目で見たものを真実とすると、彼女はそれを片手で受け止め、あまつさえ持ち上げたのだ。

「だから今からこの目で確かめに行く」

 俺は席を立ち、教室を出る。

「僕も行くよ、だからちょっと待てっての!」

 

 職員室の廊下前につく。
 そこには既に別の野次馬が集まっていた。
 見慣れない奴らばっかだからおそらく下級生だろう。
 3年で来ているのは俺たちだけみたいだな、まあ気にはなるが受験勉強の方が大事ってことだろ。

「で……」

 教師が話を聞いている。相手はあの女生徒と男2人組み。

「正当防衛だ、そうだろおまえたち」
「はっはい、俺たちが悪いんです! 智代さんは何も悪くありません!」

 女生徒が堂々とした態度で言う。二人組みも自分たちがやったということを素直に認めていた、全身を震わせながら。

「智代さん? 名前を知っているってことは知り合いなの?」
「違う、さっき名前を聞かれたからそう答えただけだ。そうだろおまえたち」

 女生徒の目が光った。

「ひっひぃい!」
「そっそのとおりであります」
「そうか…まあこいつらも反省しているようだし今日のところはお咎めなしとしておくが、二度とこんな危険な真似はしないように。対処は我々に任せておけばいい」

 なかなか動こうとしなかったのはどっちだ、心の中でそうつぶやいていた。

「ああ、次からはそうしよう。ではこれで失礼しよう」
「ああ」
「おまえたちも、な」

 また、目が光った。2人組みは脅えて、もはやうなずくことしかできないようだ。
 しかし、一体どんなやつなんだあの女生徒は。
 気になった俺は近くにいた野次馬の1人を捕まえ、尋ねてみる。

「おい、あいつ一体誰だ」
「えっ? 智代さんじゃないですか」

 あんな有名人を知らないのかといわんばかりに答えた。
 むう、そうはいっても俺はこの学校に3年いるとはいえ、付き合いが少ないからあまり事をよく知らない。

「坂上智代、この春から二年生に編入してきたんですよ」

 この春って、まだほとんど日にちたってないじゃないか。それなのにもうここまで注目の的だとは、まあ、あんなことやってるんだったら目立って当然か。

「ふーん、すげえんだなあ」
「ええ、もう! ヒーローですよ! かっこよすぎです!」

 熱く語るこいつを見る限り、物凄く慕われているようだ。
 まあ、畏怖されていないのはいいことだ。強すぎる力は逆に味方にとっても恐怖だしな。
……なんでこんなこと考えたんだろうな。漫画の影響かね。

「なんだおまえたちは…通れないじゃないか」

 女生徒がそういいながら歩いていくと野次馬はさっと道を開けていく。尊敬の眼差しを向けながら。
 そんな中、唯一といっていいほど疑惑の眼差しを送る春原と、不思議そうな目で見る俺。
 そして女生徒が俺の前を通り過ぎようとしたときだった。

『…………』
「えっ?」
「ん、どうしたんだ岡崎」
「いや……」

 一瞬だったから皆は気付いてないようだが、彼女は確かに俺の方をちらりと見た。そして、なんとかわかる声で俺に一言言っていた。
 あれは……。



 そんなこんなで放課後になった。
 春原が一緒に帰ろうと誘ってくれたがそれを断り、俺は旧校舎へと向かっていた。

『放課後旧校舎1階で待つ』

 女生徒はそう言っていた。
 誘われた以上断るわけにはいかんからな……怖いけど。
 旧校舎1階につく。女生徒はそこにいた。

「よっよお、呼ばれたから来たんだが」

 ちょっと声がうわずってしまった。多分さっきの光景が心の中に残っているからかもしれない。

「ああ、待っていたぞ。こっちへ」

 そうして、中に入るは人気のない教室。
 入ったら逃げ場がないなあと思いつつ、ゆっくりと中に入った。

「で、何の用なんだ」

 2人して教室内に入ったところで、俺はその女生徒に尋ねる。 
 彼女は扉を閉め、俺の方へとゆっくりと近づく。

「……会いたかったぞ!!」

 すると、女生徒は俺に飛び込んできた。
 慌てながらも抱きとめる。

「えっえっ!?」
「長かった……ようやく、ようやく会えた!」

 抱きしめてくる女生徒。
 くっ苦しい! ほっ骨が!!

「ああっ! すっすまん!! 嬉しさのあまり、つい」

 俺が苦しんでいるのに気付いてくれたのか、女生徒はぱっと手を離してくれた。
 開放された俺はぜいぜいと必死で酸素を取り込む。
 嬉しさで殺されようとしたのか俺は。

「しかし……会えて、本当によかった」
「あっあのー」

 喜んでいるところすまないが、俺はあっちのことを今日知ったばかりである。
 しかも、俺はこの学校のそこまで有名人ではない。
 つまり、悪いがこう聞くことはごく自然なことだ。

「おまえは誰だ」

 ぴたっと女生徒の動きが止まった。

「まさか……覚えてないのか?」
「覚えてないって…俺はおまえに会ったことは一度も……」

 ない…よな、必死で記憶を手繰り寄せるが、該当するものは一つとしてない。

「そうか……まあ、大分昔のことだからな」
「大分昔って」

 あ、なんか嫌な予感がしてきた。
 俺の場合、嫌な予感はやけに当たるんだよな。多分今回もきっと――

「千年以上前だ」

 ほら、やっぱり。

「人違いじゃないか、俺はまだ二十歳にもなっていないぞ」
「いや、おまえで間違いない。私にはわかる。それに、人間には前世の記憶ってのがあるだろう。私だってそうだからな」

 うわあ、出ましたよ前世ってワード。

「まあ、おいおい記憶も戻るだろう。何せ私たちは愛し合った仲なのだからな」
「ははは……」
「さて、私はそろそろ別の用事があるからな。別れるのは口惜しいが……また明日も会えるからな。それでは」

 そういって教室から出る智代。
 呆然と教室で立ち尽くす。

「なんだ今日という一日は。夢なんじゃないのか? 立て続けに3人もキチガイと……」
「あ、そうだ」
「うっうわぁあああ!?」

 再び智代が入り口から顔を出す。
 悪口を言ったばかりのタイミングなので大慌てしてしまう。

「? 何を驚いている」
「いっいや、なんでも」
「まあいい。聞き忘れたことがあってな」
「なっなんだよ!」
「名前、を教えてくれないか」

 そういえば言ってなかったか。ここであえて偽名を使うってことも考えたが、また会ったときが怖いので素直に教えることにする。

「岡崎朋也」
「岡崎朋也……か。うん、やはり私は間違っていなかった」
「?」

 名前で何かわかるんだろうか、もしかしたら昔の名前って……いかんいかん、だんだん侵食されているぞ俺。

「私の名前は坂上智代だ、智代って呼んでくれたらいい。今度こそそれではな、朋也」

 最後に俺の名前を言って今度こそ去っていく智代。
 それを呆然としながら見送る。

「今度こそ行ったのか……」
「はい、人の気配が感じられなくなったのでいなくなったと思いますよ。最も、あの人が本気を出せば気配を隠すことなんて造作もないことでしょうけど」

 そうか、ならもう安心だな……

「……って待てまてい!」
「?」

 いつの間にか俺の横には朝最初に会った電波女、古河渚の姿があった。

「いつの間に横に!」
「つい先ほどです。朋也様が危険を感じていたようなので」

 危険を感じていたって……確かに恐ろしいとは思っていたが。

「俺の考えが読めるのか?」
「いえ、そのようなことは。ただ、危険を感じたり、わたしを必要に思ってくれたときなんとなくそのことがわかるのです」

 まさか、そんなアホなことが。
 これが電波の力だとでもいうのか。

「困ったときは思ってください。いつでも参ります」
「勘弁してくれ」

 ついに本音が漏れてしまうくらい、俺はつかれきっていたようだ。

「それでは、危機も去ったようなのでわたしも家に帰らせていただきます。朋也様、また」
「あ、ああ……」

 これは夢なんだよな。今日一日がでっかい夢なんだよな。
 頬をつねって痛みを感じるなんて、最近の夢はそこら辺だけリアルなんだからな。
 だから早く俺よ、夢から覚めてくれ。こんな馬鹿な夢から一刻も早く。
 下校のチャイムがなる頃に、色んな目を覚ます方法を試したものの、これが現実だということを嫌というほど思い知らされ、俺はとぼとぼと肩を落としながら帰った。



 その夜、俺は春原の家で夜を過ごしていた。家にいたくないからだ。
 そして寮の電話を借り、電話をかける。せめて現実である以上、今日だけが特別な日だったということを信じたいがため、確かめたいと思ったからだ。

『はい、藤林ですけど』
「あーもしもし、岡崎だけど杏か?」
『あー朋也、どうしたの? あんたが電話がかけてくるなんてめっずらしいわね』
「いや、ちょっとお願いがあってな。藤林に明日のこと占ってほしくって」
『……フーン、あんたから占い頼むなんてねえ。今日の占いが大当たりでもしたの?』
「…まあな」
『ま、いいわ。あんただったら椋も大喜びだろうしね。ちょっと待っててね』

 電話ごしにどたどたという足音が響いている。
 色んな会話が聞こえてきて、なんか電話先の方で色々あったようだがやがて結果が出たのか藤林に電話が変わった。

『もっもしもし岡崎さんですか……』
「お、藤林か」
『結果はですね……明日も、素敵な一日になるでしょう。でした。よかったですね』

 思わず、受話器を落としてしまった。
 受話器から『おっ岡崎さん?』とかいう藤林の声が聞こえたがそれよりも、明日もまだ続くのかという絶望感でそれどころではなかった。



つづく


あとがき
 あれの影響です。以上。
……と、これだけで終わるのもなんなので。すっげー久々に書いたのですが皆様どうでしょうか。
 やはり時間が経つと反比例してやる気というのは下がっていくわけで、愛はあれどもそれが作成にたどり着かない。まあ他にも色々理由はあるんですけどそっち書くと長くなりそうなんで日記の方で。
 そんな中、久々に書きたいと思って情熱をぶつけた作品がこれ、俺の作品にしては第1話が異様に長い。ホントは前後編にしようとも思ったんですが、1話を前後編にするのもどうかと思いそのままにしました。
 楽しんで頂けたら幸いです、それでは。