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 それは、終わってしまった世界の話だった。
 そこより先はなく、そこから何かが生まれることもなかった。
 そんな世界に、たった一人だけで存在する少女がいた。
 少女はガラクタの人形をくみ上げた。
 そして、それはどんな奇跡だったのだろうか。ガラクタの人形には、意思が宿った。
 ガラクタの人形には口がなかった。だから、少女に話しかけることも出来なかった。
 けれど、ガラクタの人形は、精一杯動いて、自分が少女のことを好きだと伝えることが出来た。
 少女も、そんなガラクタの人形のことが好きだった。
 少女は、孤独ではなくなった。
 自分と同じものがいっぱいあればいいと思ったガラクタの人形は、首を横に振る少女を説得して、新しいガラクタの人形をくみ上げた。
 完成した新しいガラクタの人形は、動くことはなかった。
 そこで初めてガラクタの人形は、少女が新しいガラクタの人形をくみ上げたがらなかった理由がわかった。
 ガラクタの人形は、自分だけでも少女を楽しませられるよう、いっぱい頑張った。
 少女とガラクタの人形は、いろんな遊び道具を作って、一緒に遊んだ。
 それは、とても楽しい日々だった。
 少女は笑顔だった。
 ガラクタの人形は、それが嬉しかった。
 けれど、そんな日々も終わりが近づいていた。
 ある日、冷えた風が吹いて、空からわずかな雪が降ってきた。
 それは、冬の訪れだった。
 寒くて厳しい冬は、少女の住んでいる場所で耐え切れるものではなかった。
 だから、少女とガラクタの人形は旅に出ることにした。
 いろんなものがあって、楽しくて、温かな場所を目指した。
 ガラクタの人形の記憶に、かすかに残る世界を目指した。
 それは、長い旅だった。
 険しい旅だった。
 だけど、少女とガラクタの人形は諦めず、旅を続けた。



 ……なんだろう。この気持ちは?
 渚の話を聞いていて、俺の胸の奥で、何かが掻き立てられるかのようだった。
 もしかして、俺も知っているのだろうか?
 その、冬の物語を。


「そして、その先で……歌を歌うんです」
「歌?」
「はい。だんごっ、だんごっ、だんごっ、だんごっ、だんごっ、大家族っ♪」
「いや、さすがにだんご大家族はないと思うわ」
「はい。選曲は、私の趣味です」
「でも、楽しい歌なんですね」

 藤林姉妹が、感想を言っている。
 それを聞きながら、俺はその話の詳しい情報が知りたくなって、どうにも落ち着かなかった。

「渚、題は判らないって言ってたけど、何か、少しでもヒントがないか? ほら、絵本だったとか」
「えと、すみません。何度も思い出そうと頑張ってはみたんですけど、どうしても思い出せなくて」
「そうか」

 渚が憶えていれば、それが一番よかったんだが、わからないという以上は仕方がない。

「なあ、ことみ。この話、心当たりないか?」
「ううん、わたしもはじめて聞くの」
「ことみでもわからないか……宮沢はどうだ?」
「残念ですが、わたしもお力になれません。ここまではっきりとストーリーがわかっているのですから、渚さんが小さなころに聞いた話が混ざり合ったとも考えづらいので、原典はあると思うのですが」
「そうだな。もしかしたら、本以外なのかもしれないし」

 おそらく、この中で最も物知りであろう二人が知らないのだから、この場で知っているやつはいないだろう。
 というか、そもそも本当に俺が知っているかどうかすら定かじゃない。
 何かの勘違いかもしれない……そう思うと、胸の中のもやもやが薄まった気がした。

「ねえ朋也。どうして二人だけに聞いて諦めてるのかしら?」

 俺の心のうちを知ってか知らずか、杏が茶化すような口調で問いかけてくる。
 この妙な気分を吹き飛ばしたくて、その誘いにはありがたく乗せてもらうことにした。

「ん? 俺が知る限り、この二人がよく本を読んでいて物知りだからな」
「それはそうかもしれないけど、あたしも結構本読んでると思わない?」
「杏と本か……」

 日ごろの杏の姿を思い返してみる。
 確かに本はよく持っている……というか。

「お前の場合、投擲しているだけだろ」
「なにいってんのよ、そんなの陽平が馬鹿なこといっているときだけよ」
「そんなの四六時中だろ」
「あんた何気にひどいっすねっ」
「……言われてみればその通りね」
「納得すんのかよっ!」

 春原の突込みは、当然のごとく俺も杏も無視した。

「風子には聞かないんですかっ!?」
「いや、俺ヒトデ文学はわからないから」
「岡崎さんは失礼です」

 おや、意外な切り返しだ。ヒトデってつけておけば、何でも喜ぶと思ったんだが。

「ヒトデ文学の名作、我輩はヒトデであるは、岡崎さんですら読めば目から腕が再生します」
「ヒトデ文学に対しての失礼かよっ! しかも明らかに文豪のパクリな上、目には腕が元々ないから再生とはいわんしそもそも目から鱗だろうがっ!」
「それに風子、普通の文学についても精通してます。文学少女です」
「全部スルーしてつづけやがったっ!!」

 しかも明らかに嘘だっ!

「嘘じゃありません。つい先日も風子は、寝る前に読書をたしなみました」
「ほう。じゃあ、何を読んだかいってみろ」
「クリリンのことかーで超サイヤ人化したわけではないんですね」
「さっきの腕再生はナメック星人かけてたのかよっ!!」

 あと、渚の家にそんなのあったのか。
 ……オッサンのだろうなあ。

「それで、今聞いていただいたように、この話は今の人数で演じるお話じゃないです。ですから、皆さんから何かアイディアを出して欲しいです」

 雑談に移行しかけていた場の雰囲気を、渚が元に戻す。

「はいはいはーい!」

 そこで元気よく春原が手を上げた。何か思いついたのだろう。嫌な予感はするが。

「最強の勇者がたくさんの女従者を引き連れてお姫様を助けに行く話なんてどう?」
「却下よ」
「小学生の演劇よりつまらないからな、それ」
「あんたら、反応早いっすね……」

 真っ先に反応した俺と杏以外の面々も、春原の提案には微妙な顔をしたり苦笑したりしていた。

「あの……ちょっと思い出した話があるんですけど」

 そんな中、藤林が遠慮がちに手を上げる。

「以前読んだんですけど、友達数人で歩いていたら手帳を拾って、その中に自分達以外は知らないはずの秘密が書かれていて、落とし主を探すってお話があったんですけど」

 と、そこで言葉が止まった。

「……すみません。あんまり詳しく憶えてませんでした」
「あ、いえ。そうですよね、急に言われても困りますよね」
「あの、お姉ちゃん、憶えてない?」
「うーん、確かに何かそんなのがあった気はするけど……ダメね。思い出せないわ」
「そっか」

 その言葉を聞いて、藤林は肩を落とした。

「別に、家に帰って調べてからでもいいんじゃないのか? 第一、まだ顧問の問題も片付いてないんだからな。あんまり時間に余裕があるわけじゃないが、焦ってもしょうがないだろ」
「はい。朋也くんの言うとおりです」
「はい……」

 部長がそういったことで、藤林も一応納得したようだ。

「あの、わたしもちょっとやってみたいお話があるの」

 そこで、待ち構えていたかのように、目をきらきらさせたことみが言う。こっちも何か思いついたらしい。

「この世界には、人間を含む動植物が住む表の世界と、まったく異なる生態系の裏の世界があるの」

 いきなり壮大な出だしだった。

「なあ、ことみ」
「? どうしたの、朋也くん」
「それ、どのくらいの長さだ?」
「元になるお話は長編小説で、原稿用紙5000枚なの」
「それは絶対無理だ」
「……朋也くん、いじめっ子」

 いくらことみが眼をウルウルさせても、これは受け付けるわけには行かない。

「こういうのはどうでしょうか」

 と、そこで渚が提案を始める。

「とりあえず、三日後を締め切りとして、シナリオ用のアイディアをまとめてくるんです。椋ちゃんやことみちゃんのほかにも、アイディアがある人はそれを箇条書きでもいいのでまとめてもらって、その上である程度脚本の目星を付ける、という形です」
「なるほど。それなら、脚本を比較しながら見ることが出来ますね」

 それに、宮沢が頷く。

「はい。ことみちゃんの場合は、演劇として出来る長さに落とせるかも考えてきて欲しいんですが、どうでしょう?」
「うん、がんばるの」

 ことみもそれで納得したようだ。
 締め切りが三日後では、脚本としての完成度は望むべくもないが、あくまで演劇の方向性を決定付けるためのものであるから、早い段階での決定が必要になる。
 ちなみに、宮沢は保険として、高校演劇用の台本集を探しておくとのことだ。絶対、そっちのほうが現実的だよな。

「ヒトデパラダイスの風子。こ、これは、傑作の予感がしますっ」

 ……宮沢、頼りにしているぞ。




 ――放課後。
 俺と渚は、2−Cまで来ていた。
 HRが終わって間もないのか、席の大半には生徒がいた。

「まだけっこうのこってるな。二人で行っても邪魔だろうし、先に行っててくれ」
「はい」

 部長としての使命感でも持っているのか、渚は返事をして一人ではいる。
 多少奇異な視線も集まっているようだが、どうやら気にしてはいないようだ。
 首尾よく仁科他の合唱部員を捕まえ、お辞儀をすると、身振り手振りを加えながら説明をしている。今までの経緯を説明しているのだろう。

「おっと、悪い」

 少し夢中になってしまった所為か、必要以上に覗き込んでしまっていた。通りづらそうにしている2年生に道を譲る。
 そうしてしばらく見守っていると、だんだんとクラスの人口密度も減ってきた。そろそろ入っても邪魔にはならないだろうと思い、俺も入室する。
 こちら側を向いていた関係で、仁科が真っ先に気づいた。一礼をされたので、俺も軽く挨拶を返す。

「朋也くんっ」
「おう。どこまで話した?」
「事情は、古河さんからおおよそお伺いしました」

 俺の質問に答えたのは、仁科だった。
 合唱部の交渉役は、仁科が担っているらしく、杉坂など他の二人は口を挟まない。

「ということは、あとはそっちの返事を聞くところか?」
「はい。……ですが、返事をする前に、一つお尋ねしたいことがあります」

 そういって、仁科の目は俺を射抜く。

「俺に、か?」
「はい。先程古河さんにも尋ねたのですが、岡崎さんはなぜ演劇部を再建しようと思ったのですか? 古河さんのように、ずっと憧れていたけれども出来なかったとか、そういった事情があるのでしょうか」

 仁科は、勤めて暗い表情にならないようにしているようだ。

「ちょっと待ってくれ。……渚、お前そんなことまで話したのかよ」
「はい。こちらはお願いする立場なのですから、当然です」
「はあ。まあ、お前らしいか」

 軽く嘆息して、仁科に向き直る。
 渚はきっと、俺に話したのと同じようなことを話したのだろう。俺も、演劇部の副部長という立場上、演劇へ憧れや思い入れなんかを語るべきところかもしれない。
 だが、仁科の真剣な表情を見ると、本心と異なることを言うのは、はばかられた。

「最初は、成り行きだったよ」
「成り行き、ですか?」
「ああ。特別演劇に思い入れがあったわけじゃない。退屈しのぎに付き合ってただけだ」

 そう、始まりはなんてことのない暇つぶしだった。
 ちょっと気になって、手を貸していただけだ。

「けど、そうやって手伝って、こいつが頑張っている姿を見ているうちにさ。いつの間にか、こいつが夢をかなえることを手伝ってやりたいと本当に思うようになったんだ」

 場の雰囲気に流されてしまったのだろうか。
 普段なら口にしないはずの、青臭い台詞を俺ははいていた。
 渚は照れくさいのか、赤くなってうつむいている。

「それに、皆で何かを成し遂げるってことが、悪くないって、思い出したからな」
「……昨日の、野球のようにですか?」
「! 見てたのか?」
「はい」

 さほど大きな町ではないとはいえ、休日に偶然野球をしているところを見るなんて確立は低い。
 もしかしたら、ことみあたりから話が行っていたのかもしれない。

「そうか。まあ、そういうことだ」
「そうですか。ありがとうございます」

 仁科は、礼を言うと、渚に向き直った。

「古河さん。その話、お引き受けします」
「あ……ありがとうございます」

 その答えに感極まったのか、渚は、少し涙ぐんだようにいった。

「そうか。ありがとうな」

 正直、こんなにすんなりいくとは思っていなかったので、素直に感謝の言葉が出た。

「ちょっとちょっと、りえちゃん、いいの?」

 横に控えていた、他の合唱部員が仁科の方をつつく。

「うん。……私も少し、気持ちがわかるから」
「それはそうだけどさ……」
「二人とも、ごめんね。協力してくれてるのに、勝手に決めちゃって」
「ううん。あたしたちは、りえちゃんがいいなら、別にいいんだけどさ」
「うんうん」

 どうやら、合唱部内でも、話がまとまったらしい。

「すみません、お待たせしました。では、幸村先生のところに伺って、詳しい話を決めたいと思うのですが、かまいませんか?」
「はい、よろしくお願いします」

 そうして、俺たちは職員室へと向かった。
 そこで、幸村のジィさんを呼び出し、結果を告げる。説明をしているのは、代表者の二人だ。
 話が一段落したところで、ジィさんは俺のほうへと近寄ってきた。

「何だよ、ジィさん」
「ふむ……」

 相変わらず、見えているのかどうかよく分からない細い目だったが、こちらをじっくりと見てくる。

「いい顔を、しておるの……」
「はあ? なんだそりゃ」
「ふぉっふぉっふぉ……では、おぬし達は明日からじゃな」
「ああ。よろしく頼むぜ、ジィさん」
「うむ」

 何か満足げにうなずいて、ジィさんは合唱部の方へ向かった。
 今日は演劇部の練習はなく、これで帰宅となる。
 俺達は、この成果に満足しながら帰路についた。












 緩やかに、意識が浮上していく。
 おぼろげながら、だんだんと五感が認識できるようになってくる。
 だが、まだ遠い。
 感覚はまだ霞がかっていて、頭は覚醒する手前を緩やかにたゆたっていた。
 心地よいまどろみ。
 許されるのならば、ずっとこうしていたいと、そう思う俺の意識を――



 カシャァッ、とカーテンが開け放たれる音が掬い上げた。


「岡崎、起きろ。朝だぞ」

 女の声がし、布団が俺の体から引き剥がされる。なにやら、既視感を感じる状況だ。
 目を開けると、案の定、そこには智代がいた。

「おはよう岡崎。今日もいい朝だぞ」

 とてもすがすがしい笑顔で挨拶をくれる。

「待て。何でお前が今日もここにいる」

 昨日は、起こしてもらう約束があったからだと理解できた。だが、今日は理由が思い当たらない。

「何でというほどのことでもないだろう。昨日、来るなとはいわなかったじゃないか」
「そりゃ、確かにいってないが」

 だからといって、わざわざ来ると誰が思うだろうか。

「それに、昨日は朝ごはんを作りそびれた。お前の朝の習慣も、台所の状態も把握していなかったので仕方がないが、これでは私の収まりが付かない」
「朝ごはん?」

 言われてみれば、かすかに食欲をそそるいい匂いがする。

「ああ。三食きちんと取ることは、健康に生きるための基本だ。まったく、きちんとした食生活をしないと、色々と悪影響が出るんだぞ」
「いや、ちょっと待て」
「なんだ? 台所の使用許可ならば、ちゃんと親父さんにとったぞ」
「……親父、いるのか?」
「ああ、ご自分の部屋で寝るといっていた」
「そうか……って、それはそれで気になることだったが、そうじゃなくてだな」
「ん? ああ、着替えるのだな。なるべく早くしてくれ。多少時間に余裕はあるが、朝はすばやく行動することを心がけるくらいでちょうどいいからな」

 そういって、智代は部屋を出て行く。

「……はあ。連日起こしに来て、朝食までつくるなんて、お前は俺の彼女かよ、まったく」

 智代のいなくなった部屋で、嘆息と共に、掛けそびれた言葉を吐き出す。
 最も、こんなことが智代の耳に入ったら、下手すりゃ春原の二の舞になりかねん。そう考えると、智代に言わなかったのは正解かもしれないな。




 着替えて台所に向かうと、そこにはご飯に味噌汁、玉子焼きに鮭など、これぞ日本の朝食というラインナップが並んでいた。

「すごいな」
「ああ。少しばかり気合を入れた。遠慮しないで食べてくれ」

 いわれなくても、これほどうまそうな飯が目の前にあっては、お預けなんて耐えられまい。

「いただきます」

 俺が食べ始めると智代はそれを嬉しそうに見つめ、そうして自分も食べ始めた。
 俺は自分でも驚くほど食欲がわき、次々とテーブルの上を片付けていく。
 やがて、昨日俺が起きた時間になるころには、ほぼ満腹になっていた。

「ごちそうさま。うまかった」
「そうか。それはよかった」

 自分も食べ終わっていた智代は、それで片付けをはじめる。

「智代、片付けくらいは俺がするぞ」

 別に食器の片付けなんかしたいわけではないのだが、そこまでやらせてはばつが悪い。

「いや。好きでやっていることだから気にしないでくれ。そんなに時間もかからない」

 そういう智代の手際はさすがによく、どう考えても俺がやるより効率的だった。
 なので、それ以上はでしゃばらず、テレビを見ながら智代を待つ。
 そして、ほどなく片付けを終えた智代と一緒に、学校へと向かった。



「そういえば智代」
「ん、どうした?」
「演劇部のことなんだが」

 通学路の途中、昨日の顛末を智代に報告する。

「それはよかったな。では、今日から本格的に活動か」
「ああ。で、実はそのことで聞きたいことがあってな」
「何だ? 私でよければ、なんでも相談に乗るぞ」
「部活を、合同で活動するようには出来ないのか、と思ってな」

 顧問の兼任の、一番の問題点はそこなのだ。
 顧問がいなければ部活動は出来ない。演劇部と合唱部は、どうしても活動できる日数が限られてしまう。
 それを何とかクリアできれば、と思ったのだが。

「……難しいな」

 智代は、悩みながらそういった。

「私の把握している限りでは、前例がない。制度として存在せず、前例もないとなると、自然に保守的な意見が強くなるものだ」
「そうか……」

 閃いた時はいいアイデアかと思ったのだが、世の中そううまくはいかないらしい。

「だが、私が生徒会長になれた場合は、尽力しよう」

 そう続いた言葉に、少し驚く。

「いいのか?」
「生徒会は生徒の代表、つまり生徒の味方だ。学校側に、生徒のためとなる制度がないのであれば、作ればいい」

 それは、以前生徒会長から聞いた言葉と、似ているようで決定的に違うものだった。

「それに、個人的なことを言ってしまえば嬉しいんだ。私は演劇部に入部することは出来ないが、私にも手助けが出来るなら、こんなに嬉しいことはない」
「ははっ、公私混同だな」
「何を言う。元々私は、桜を切らせないという自分の目的のために生徒会長を目指しているのだ。そんなのは今さらだろう」
「それもそうか」
「まあ、それもこれも当選してからの話だがな」

 会話をしながら歩いて、ずいぶん学校に近くなったところで、見覚えのある建物が目に入る。

「そうだ。今日は春原の野郎も起こしてやろうぜ。まだ時間はあるだろ」
「やれやれ、仕方がないな」

 溜息をつく智代と一緒に、男子寮の中へと入っていく。

「あら、岡崎。と、坂上さん。珍しい組み合わせね」
「あ、美佐枝さん」
「おはようございます。美佐枝さん」
「はい、おはよう。どうしたの、朝から?」
「春原のやつを、起こしに来たんです」

 答える俺を、美佐枝さんは一瞥する。

「……大変ねえ、あんたも」

 同情するように、智代に言った。
 確かに俺も智代に起こされたわけだが、なんとなく、今のまるで春原と同じ問題児扱いをされているような視線には反論したくなった。反論したくなっても、言う材料はないんだが。

「いえ。好きでやっていることですから」
「そう。なら、頑張んなさい」
「はい」

 なにか美佐枝さんと通じ合った智代と一緒に、春原の部屋に赴く。

「起きろ。春原」

 どうやって智代が春原を起こすのか眺めていると、まずは智代が一声掛けた。しかし、その程度で起きる春原ではない。

「仕方がないな……」

 そういいながら、智代は掛け布団と共に春原を床に捨てた。
 どげし、と痛快な音がする。

「って、いきなりなにすんだよっ!」
「起こしに来たんだ。目は覚めたようだな。外に出て待っているから、5分で着替えて出てこい。さあ、行くぞ、岡崎」
「おう」
「あんたら説明する気ゼロですよねえっ」

 あっという間の早業だった。
 春原の部屋に入ってから退室するまで、わずか20秒足らず。
 その足でさっさと外に出ると、渚と風子と宮沢という見知った顔に出くわし、軽く挨拶を交わす。


「宮沢と朝に会うのははじめてだな」
「そうですね。朋也さんは、いつもこの時間なんですか?」
「いいや。今日はたまたまというか、強制的にというか……」
「強制的ですか?」
「いや、なんでもない。気にするな」

 小首をかしげる宮沢に対して、慌ててごまかす。

「そういえば、朋也くん、今寮からでてきました」
「ああ、春原を起こしてきたんだ」
「春原さん、いませんけど」
「問題ない。目は覚めているから、直に来るだろう」

 渚の疑問には、智代が答えた。

「岡崎さん、よく眠れましたか? 風子は目に隈を作りながらも徹夜で大作を書き上げ、今にも倒れそうなくらいふらふらです」
「寝癖付いてるからな、お前」

 ついでに、隈もない。

「あら、なんか集団登校してるわね」
「お姉ちゃん、私たちも人のこといえないと思うけど」
「みんな、おはようございますなの」

 そこに、更に藤林姉妹とことみがやってきた。どうやら3人で一緒に来たらしい。

「おわ、皆そろってる」

 そうして合流したメンバーで話しているうちに、春原も追いついたようだ。

「そういえば渚。昨日はどうだったの?」
「あ、はい。無事に幸村先生が顧問についてくれました。合唱部の皆さんが――」

 渚が、皆に昨日のいきさつを話している。
 相槌を打ったり笑ったり、さすがにこれだけ人数がそろうとやかましい。
 けれど俺は、そんなやかましさが嫌ではなかった。

「……」

 坂の上の校舎を見上げて、思う。
 これからも、こんな楽しくて、大変で、時には悲しいことや苦しいこともあって、けどそれ以上に嬉しいことがある――そんな、毎日が続いていくことだろう。
 何しろ、俺たちはようやく上り始めたばかりなんだからな。
 この長い、長い、坂道を。





未完





 光神社初の連載SS――と銘うってはじまった、この『そんな、毎日』だったのだが、どうも作者の思い入れとは裏はらに、周囲の状況がそれを許さず、ついに未完のまま中断せざるをえないことになってしまった。
 しかし、読者の熱い支持が得られるなら、すぐにでも続編をかきたいと思っている。この『そんな、毎日』が自分達にとって、最後までかきつくしたい作品であることは、いつまでも変わらないのだから…


 未完となってしまいましたが、感想、お待ちしております。