――そして昼休み。

「おっはよう、岡崎」
「春原のバカが、今ごろ来やがった。まったく、こっちは朝からいたってのになんてやつだ」
「あの、思いっきり口に出してるんですけど……」
「大丈夫だ。わざとだからな」

 一日の中休みということで、校内には慌しい空気が流れている。これは食堂や購買を利用するやつらが、我先にと移動しているためだろう。そんな中、春原はようやく姿をあらわした。

「まあいいや。岡崎、今日は何食うの?」
「そうだな、まあパンってことになるだろうな。さすがに、飯食う時間くらいはくれるだろうけど、食堂じゃ時間かかるだろ」
「ん、何か用事?」
「用事って……ああ、そっか。お前知らないのか」

 考えてみれば、今来たばかりの春原が、昼休みにミーティングがあることを知るはずもなかった。
 いや、下手をすると、自分が演劇部に入部したことすら憶えているかどうか怪しいな。おそらく、俺以上に酒は飲んでいただろうし。
 ……あ、ちょっと面白いかも。

「お前に伝言なんだけどな、旧校舎の空き教室に、昼休みに来てくれってさ。お前、朝からいなかったからな、もし来なかったらどうしようかと思ってたんだよ」

 何せ、俺だけが真面目にやることになってしまうからな。

「え、伝言って、誰から?」
「藤林。というか、この話は昨日からあったぞ。まあ、一応確認というか、補足のために今朝も言われたんだ」
「そ、そうなんだ。委員長が……」
「やっぱり覚えてなかったな、お前」

 呆れたように言うが、どうやら春原の耳には届いていない。やはり、自分に都合の言いように解釈しているようだ。

「やっぱり、昨日の僕のスーパープレイでめろめろになっちゃったのかな。まあ、自分でもそうなるんじゃないかなーって、ちょっと思ってたけどね」
「昨日お前が活躍したシーンなんて、ロクにないだろ」
「いやー、しまったなー。こんなことなら朝からくればよかったよ。寂しい思いをさせちゃったかなー」
「照れるな、気持ち悪い」

 頬を染めた春原というのは、ただただ不気味だった。頭を掻いたり、頬を掻いたりといった動きも、オプションでついている。

「うん、まあ僕も男だからね。ここは思いきって責任とらないと」
「とらないといけないような責任は……あるといえばあるか」

 入部する、という発言の責任だが。
 しかし、こう、先ほどまでの動きならばともかく、手のひらをわきわきさせるのはアウトではないだろうか。
 俺は、1歩距離をとった。

「委員長が……いや、そんな他人行儀名呼び方じゃいけないよね。椋ちゃんが……うおおおおお……」

 今度は、奇声を発し始める。
 その所為で、今まで春原の方を見ていなかった連中の視線まで集めることとなった。
 すると、見てはいけないものを見てしまったかのように視線をそらしたり、ひそひそと囁きあっていたりするのがわかる。
 俺は更に距離をとった。
 なんというか……これは失敗だった。いや、一応嘘を言わずにだますことは出来るか、という点では成功だったが、とにかく失敗だった。

「ねえ、春原君のあれ、いったいどうしたのかしら(ひそひそ)」
「前々から、ちょっと変な人だとは思ってたけど……(ひそひそ)」
「なあ、誰かあれ、どうにかしろよ(ひそひそ)」
「岡崎が何とかするんじゃないのか(ひそひそ)」
「いや、わかんねーぞ。もしかしたら、岡崎のやつもあんな風に……(ひそひそ)」
「嘘、二人ってもしかして……(ひそひそ)」

 まずいことに、どうやら俺のほうまで変な目で見られ始めてきたようだ。クラスメイト達のささやき声と視線が、ちくちくと刺さってきている気がする。
 春原が奇異の目で見られるのは別にどうでもいいが、こっちにまで被害が及ぶのはいただけない。そして何より、俺自身もこれ以上こんな春原を見ていたくない。俺はさっさと誤解を解くことにした。

「なあ、春原。誤解しているみたいだから言うが、あくまで演劇部のミーティングがあるってだけだぞ。お前、昨日演劇部に入部しただろ」
「……へ?」

 春原が、きょとんとした顔になる。

「だから、昨日の飲み会でさ。お前、演劇部に入部するって宣言しただろ。そのミーティングが昼休みにあるから来いって、そういう伝言」
「えーと……」

 頭の中を整理するかのように、目をつぶってウンウンと唸る。少々しかめっ面になっているあたり、今の春原の気持ちが良く読み取れた。

「演劇部に……入部?」
「ああ、そう宣言した」
「僕が?」
「だから、お前だって言ってるだろ」
「……なんでっ!?」
「それぐらい自分で考えろ」

 春原はようやく状況を理解したらしく、頭を抱えてうめき出した。これはこれで見たくない光景だ。

「そ、そうだ。別に入部するって言ったからって、実際入部届出したわけじゃないし、このまま――」
「あ、ちなみに杏も部員になってるからな。サボったらやられるぞ」
「ひいっ」

 とりあえず、逃げ出さないように釘をさしておく。春原のことだから、こうしておけば間違いないだろう。
 俺は苦悩する春原を教室に置き去りにしたまま、購買へと向かった。






「まいったな……」

 購買は、やはりというべきかかなりの混雑ぶりであった。別に人気の高いパンを狙っていたわけではないものの、これでは選択肢すらなくなりそうだ。
 そして更に問題なのが、残り時間だ。とにかく、春原の相手をして時間をつぶしてしまったのがいけなかった。ただでさえミーティングで昼休みが無くなるというのに、このままでは飯を食う時間すら確保できそうにない。

(仕方がない、突入するか)

 売り場へと群がっている集団の中に後ろから突入するのは、考えただけでもげんなりするものだが、かといって食事を抜くわけにもいかない。
 気合を入れ、いざ突入しよう、といったところで、後ろから声がかかった。

「あ、いたいた。朋也ー」
「ん?」

 振り返ると、入り口近くの比較的人がまばらな場所で、杏がひらひらと手を振っている。怪訝に思いつつ、俺はそちらのほうへと向かった。

「どうしたんだ? 購買に来るなんて珍しいじゃないか」
「まあね。あんたを呼びに来たのよ」
「なんで購買に呼びにくるんだ? もしかして、ミーティングがもう始まったとか」
「ああ、違う違う。ミーティングは全員そろってからよ。そうじゃなくて、あんたパン買っていくつもりだったでしょ」
「ん、そりゃな。食堂で食ってたら時間足りなくなるし」
「はあ、やっぱりね」

 杏は、あからさまな溜め息をついた。溜め息をつかれる覚えなんてこれっぽっちもないだけに、その態度は少し不愉快だ。

「なんだよ、別にそんなあきれられるようなことした憶えはないぞ」

 自然と、声にもとがった様子が現れてしまう。

「ああ、ごめんごめん。別にあんたに対してじゃないのよ。なんていうか、舞い上がっちゃって忘れちゃうってことについてちょっとね」
「ん? よく分からんが……」
「ああ、別に良いのよ。とにかく、パンを買う必要はないから、すぐに演劇部のほうに来てちょうだい」
「買う必要はないって……いくらなんでも、昼飯くらいは食わせてくれよ」
「大丈夫、くればちゃんと食べさせてあげるから」
「そうなのか? ……分かった、じゃあいこう」

 考えてみれば、杏、渚、ことみ、宮沢と、演劇部員には料理の得意なやつが多い。大方、弁当でも作ってきてくれた、というあたりだろう。
 正直、売れ残りのパンと比較するまでもなく、それはとても魅力的な話だった。
 そして、俺は杏と共に、今だ騒ぎの渦中にある購買を出たのだった。






 演劇部室の扉を開くと、そこにはもう主要なメンバーはそろっていた。
 口々に挨拶してくる彼女達に、俺も一人一人挨拶を返す。
 ただ、藤林だけが

「岡崎君、ごめんなさいっ。お昼買わなくて良いって、伝え忘れてました」

 と、頭を下げてきた。

「ああ、いいっていいって。結局、杏が間に合ってくれたおかげで買わずにすんだし」
「それでも一応、ごめんなさい……。あ、あとお姉ちゃん、ありがとう」
「いいっていいって。結果よければ全て良しよ」

 照れくさそうに、杏が笑う。相変わらず、仲の良い姉妹だと思った。

「それにしても、よく教室じゃなくて購買に来たな」
「ああ、それはね。朋也が今何処に入るか、ってのを予測したら、皆意見が一致して」
「皆って……全員に俺の行動って、予測されてたのか?」

 いや、そりゃ時間のない昼休み何処に行くかなんて、別に難しい推理でもなんでもないが……自分が単純みたいで、ちょっとショックだ。

「プロファイリングの基本は、観察なの」

 ことみが、解説をはじめた。どうも顔に出ていたらしい。

「まず、一番大事なのは相手を知ること。プロファイリングは行動科学の知見を用いて予測を行うけど、そのためにはまず情報収拾が必要なの。行動予測のためには、相手の性格、思考、判断基準、行動原理などを知らなくちゃいけないから、相手を観察するの」
「はあ、そうなのか……」

 プロファイリングって、確か捜査に使うんじゃなかっただろうか。

「つまり、朋也さんは注目の的ってことですね」

 宮沢が、ぽんと手をうった。

「別に、そんな見て面白いことをやっているつもりはないんだけどな」

 自分としては、ごくごく平凡な人間の範疇のつもりだ。

「つまり、風子たちには岡崎さんの行動なんて、全部お見通しってことです」
「いや、お前はプロファイリングとかじゃないだろ絶対」

 風子の場合はあれだ、野生の勘とかに違いない。

「岡崎さんは失礼です。風子、とっても知的でクールな人間です」
「微妙に言い当てられてるか……ああ、まあもうどうでも良いや。とりあえず、食うときはその彫刻やめろよ」

 相変わらずヒトデを彫っている風子に注意をしておく。それにしても、彫りながら会話できるなんて、ずいぶん器用になったもんだな。

「大丈夫です。ふぅちゃん、食べる時はお行儀良いんですよ」
「ああ、そういや渚の家にそのまま泊まったんだっけ」

 昨日の飲み会の後、酔っ払ってだめになっているやつはそのまま泊まっていった。俺も今日になって記憶は飛んでいたものの、昨日の時点では一応正気を保っていたので、家に帰ったのだった。
 さすがに、あの状況で泊まるわけにはいかないしな。

「さ、無駄話はこれくらいにして、そろそろお弁当食べましょ」

 杏がそう声をかけると、合わせられた机に次々に弁当が並べられていく。

「結構すごい量だな」
「そうなのよね。皆張りきっちゃったみたいで」
「皆でお弁当、とっても楽しい」
「はい。皆で食べるとおいしいです」

 俺と杏が苦笑する横で、ことみと宮沢がにこにこする。他の面々も、嬉しそうにしていた。

「さて、それじゃあ食べるとするか。ことみ、号令よろしくな」
「うん」

 そして、いつものことみの言葉が出ようとしたときだ。
 突然、部室の扉が開く。
 その音に振り向くと、そこには

「あーもう、出遅れたよ。あんぱんしか残ってないし、散々だよ」

 あんぱんを抱えた春原がいた。

「あー……忘れてたな」

 俺は春原を教室に置いたまま、購買で杏に連れてこられたんだ。となると当然、春原が弁当の存在を知っているはずがない。

「あれ、その弁当……」

 ついでに春原の席もなかった。多分、藤林から今日は春原が休みだと聞いていた所為だろう、誰も疑問に思わなかったのだ。
 さすがに、ちょっとだけ哀れかな、と思った。

 






「……で、まずはどうするんだ?」

 昼食後。ようやく本題であるミーティングが始まった。

「ほら、部長。説明してあげて」
「は、はい。頑張ります」

 杏が、本来ならば教壇のある位置へと渚を促す。渚が緊張しているのが、傍目にも分かった。

「ええと、まず初めに言っておかなければならないんですけど、演劇部は、まだ正式な部活ではありません」
「ん、どういうこと?」

 春原が疑問の声を上げる。

「はい、部活動を行うには顧問が必要なんですけど、演劇部にはまだ顧問がついていないんです」

 なるほど、と納得する声が聞こえる。春原以外でも、この話が初耳なのはいるようだ。というか、俺自身が初耳だ。
 ……副部長だけどな。

「実は、休み時間に去年まで演劇部の顧問をしていた、幸村先生のところに伺ったのですが……その、幸村先生は今年から合唱部の顧問になったそうです」
「合唱部って言うと、あのヴァイオリンを弾いてた?」
「はい、そうです」

 ここで、ことみのコンサートがらみで知り合った合唱部へとつながったことに、俺は少し驚いた。何やら、妙な縁があるらしい。

「部活動を担当していない先生はいませんし、わたし達は演劇に関しては素人なので……出来れば、幸村先生に顧問をお願いしたいです」

 さりげなくヤバイ台詞が入ってるな……演劇経験者、誰もいないのかよ。まあ、予想はしてたけど。

「ですから、合唱部の方々に、放課後お願いに行きたいと思っています」
「ええと、合唱部のところに行く面子は?」

 なんとなく、自分に回ってきそうな気がして、俺は質問してみた。

「あ、そのことなんですけど……朋也くん、私と一緒にお願いできますか?」

 ああ、やっぱり。
 まあ、合唱部とは面識あるし、副部長だし、仕方がないか。

「ああ、了解した。じゃ、放課後渚の教室に行くよ」
「あ、ありがとうございます。それと、皆さんにお願いがあります」

 そういって、渚が部室の中にいる面々を見まわした。

「演劇で行う物語を、考えてきて欲しいんです。部活動が出来るようになったとしても、これが決まらなければなにも出来ないので……」
「あれ、渚って何か演じたい物語があるんじゃないのか?」

 何度か目にした、渚の練習風景。そこからてっきり、何か演じたいものがあるのだと思っていた。

「ええと……実は、一つだけあったんですけど、そのお話は登場人物が少ないんです。ですから、もっと皆でやれる劇が良いです」
「それってどんなお話?」

 ことみが尋ねる。渚が演じたがっていた物語、それは俺達の好奇心を刺激した。

「題は分からないんですけど……それは、世界にたった一人残された女の子のお話なんです」

(え……)

「それはとてもとても悲しい……冬の日の、幻想物語なんです」






 続く




あとがき(DILM)
 えー、果たして続きを待っていてくださった方がいるのか疑問ですが、もしいたらお待たせしました。次はそんなに間をおかず書けたらいいな……と思います。(弱気)
 前回より幾分かキャラも減り、書きやすく……なりませんでした。朋也いれて8人……もっと精進せねば。次回の放課後の話で、ようやく一日が終わるかと思います。まだまだ先は長いです。



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