それは秋の季節のことだった。

「…好きなんだ」

 誰もいない放課後の教室。僕は来ヶ谷さんに告白された。

「え…それって」
「うん…」

 少し間をおいて、来ヶ谷さんは僕にこういった。

「恋してるって方の、好きだ」

 僕はその告白を受け入れた。僕も、来ヶ谷さんのことが好きだったから。
 周りは基本的に驚きはするものの歓迎してくれた。
 ここから、僕と来ヶ谷さんの恋人としての付き合いが始まった。





『あまい話は甘くない?』





「理樹君」

 教室で次の授業の用意をしている僕の肩に両腕を回してくる。
 もちろん周りの視線は僕たちに向いている。当然だろう、あの来ヶ谷さんがこんな態度を取っているんだから 。

「わわ、来ヶ谷さ…!」

 僕の口が来ヶ谷さんの綺麗な手で塞がれる。

「違うじゃないか理樹君。唯湖さん、って。ほら」

 付き合うようになってから、来ヶ谷さんは必要以上に名前で呼ばれたがるようになった。
 前は自分の名前を呼ばせるのは未来の旦那様だけだと拒否していたのに。いや、まあ、僕が認められたってこ となんだけど。

「ゆ、ゆいこさん」

 僕自身今までずっと来ヶ谷さんと呼んでいたのに慣れていたので、こうして突然だったときとかはつい来ヶ谷 さんと呼んでしまう。

「うん、よろしい」

 ゆいこさんはそういうと強く抱き着いてきた。

「ゆいこさん、そのえっと……」

 もちろん強く抱きつくということはゆいこさんの体が密着するわけで、そうなるとゆいこさんの大きな胸が僕 の頭に当たるわけで。

「ん、どうしたんだ理樹君」

 きっとゆいこさんはにやにやしているんだろう。多分わかっているのだから。わかっていて、言わせようとし ているんだ。

「その、む、胸が……」
「胸が、どうしたんだ。げへへいい胸だぜといいながら揉みたいのかな」

 相変わらずのセクハラ発言だった。まあ実際今されているんだけど。
 というか男の方がされているってどうなんだろう。

「ち、違うよ」
「冗談だ。それで、理樹君はこうされるのが嫌なのかな?」

 胸をさらに強く当ててくる。
 嫌だ、といえば嘘になる。とはいうもののここは教室、しかも皆が見ている前でやられるのにはすごく抵抗が ある。

「嫌じゃない…けど、恥ずかしい……」
「ふむ、そうか」

 するとゆいこさんはすっと僕から離れる。
 少し、残念な気持ちがあった。

「次は数学か……なら、授業を受ける必要もあるまい。行こうか、理樹君」
「え、あ、うわあああ!」

 突然、ゆいこさんが僕をお姫様抱っこし、そのまま教室の出入り口まで歩いていく。
 モーゼが海を割ったかのようにゆいこさんの歩いていく先は人が避け道が出来ていった……ただ1人の例外を除いて。

「ちょっと待て! てめぇ、理樹をどこへ連れて行く気だ!」

 真人が出入り口をふさぐ。

「少し借りるだけだ。何、数学に関しては私がちゃんと教えるから問題あるまい」
「そういう問題じゃねえ!」

 真人がゆいこさんを捕まえようと襲い掛かってくる。
 ゆいこさんは今僕をお姫様抱っこしているから両手を使えない。

「ふん…」

 しかしゆいこさんは高く飛び上がり、真人の突進を避ける。なんという跳躍力だろう。

「なっ!?」
「ふ、くらえ」

 そして真人が上を向いたときにその顔を踏みつけた。

「がっ! 俺を踏み台にしたぁ〜!?」
「人の恋路を邪魔するからだ」

 そのまま倒れる真人。

「報いだ、もう一度悪夢を思い出すがいい」

 顔を踏んだときもう一度飛び上がっていたゆいこさんはそのまま膝を真人の首にえぐりこませる。
 地獄の断頭台だ。

「ぎゃあああああああああ!!!」

 もちろんくらった真人はそのままピクリとも動かなくなってしまった。

「い、生きてるよね?」
「大丈夫、これくらいでは死にはしないさ」

 これくらいって。真人じゃなかったらやばかったと思うんだけど。
 そんなゆいこさんの腕に抱かれながら、僕はどこかへと連れて行かれるのだった。
 


「さあ、ついたぞ」

 連れて行かれた先はいつもの中庭の片隅。
 ゆいこさん曰く、ちょっとしたカフェテラス。実際はガラクタのテーブルと椅子がお出迎え。

「どうしてこんなところに……」
「簡単だ、ほら」

 ゆいこさんは先に椅子に座り、手を広げた。

「ここなら理樹君も恥ずかしくないだろう。さあお姉さんの胸に飛び込んできなさい」
「え、それだけ?」
「それ以上に何か理由が必要か?」

 私にとってこれ以上の理由はないと言わんばかりにゆいこさんは僕を待っている。

「え、えっと……」
「何を恥ずかしがる必要がある。ここなら誰も見てはいない」
「そうだけど、もしものことがあったら……」
「もしものときは私が記憶を刈り取る。問題ない」

 どうやって!?とは口がさけても言えなかった。

「で、でも……」
「ふむ、やはり飛び込むというのに抵抗があるか。まあ、理樹君なら仕方ないだろう」

 ゆいこさんは一人で納得しているようだった。

「ならば私から飛び込むしかあるまい」
「え、何その理屈!?」

 言うや否や素早いスピードで僕の前へと来たゆいこさんは僕に思いっきり抱きついた。

「わぷっ」
「ふふ、理樹君は小さくて可愛いなあ」

 なんかゆいこさんが言うと卑猥に聞こえてしまう。
 ゆいこさんは僕よりも背が高く、抱きつかれると胸のあたりに僕が顔をうずめてしまうことになるわけで。

「ゆ、ゆいこさん」
「ほら、こうしておっぱいに身をうずめたかったのだろう」

 さらに強く抱きしめてくる。もちろん余計にうずもれることになった。
 うずもれるということは、鼻とか、口とか、そういう息をするところが全て胸の中におさまってしまうということ。
 つまり、

「ふ、ふるひ……」
「ふむ、よく聞こえないな」

 やばい、だんだん息が続かなくなってきた。
 必死でじたばたする。しかし、顔を胸から離すことはできない。

「ほら、そんなにがっつかなくてもおねーさんは逃げたりしないぞ」
「ふもも!!」

 わかっているのかわかっていないのか。ゆいこさんの事だからわかっているんだろうけど。
 やばい、もう…限界……。

「ふむ、そろそろかな」

 ゆいこさんが手をゆるめたのか、あっさりと顔を離すことができる。
 今まで行き届かなかった酸素を必死で取りこむように荒い呼吸をする。

「そうか、そんなに気持ちよかったか。ハァハァとそんなに荒い息をして」

 脳にまだ酸素が行き届いてない、だから僕はその質問に素直に答えてしまった。

「うん、気持ちよかった……」
「なっ!」

 予想外の答えだったのだろうか、途端に顔が赤くなるゆいこさん。

「は、恥ずかしいじゃないか!」
「え? 僕は質問に素直に答えただけで……」

 待て、どんな質問をゆいこさんはしたんだっけ。
 だいぶ落ち着いてきた僕はゆっくりと思い出す。

『そうか、そんなに気持ちよかったか。ハァハァとそんなに荒い息をして』
「あ……」

 そうか、ゆいこさんはからかうつもりの質問だったんだ。
 思わず僕も顔が赤くなってしまう。

「で、でも質問したのはゆいこさんだし」

 思わず言い訳をしてしまう。

「ええい、そう素直に感情をぶつけられるのに私は慣れていないんだ」

 なんか……赤くなりながらぶつぶつと言い訳をするゆいこさんを見て思う。

「ホント、ゆいこさんって可愛いよね」
「ななっ!」

 ただでさえ赤かったゆいこさんの顔が真っ赤になる。
 確かに、素直に感情をぶつけられるのには慣れていないようだ。
 少し、面白いと思った。だからだろうか。

「あの、さ」

 僕が、こんなにも、

「もう一回、してほしい」

 積極的になったのは。

「り、理樹君!?」

 僕の言ったことが意外だったようで、ゆいこさんはもはやユデダコ状態になっている。

「ダメ、かな?」
「い、いや、ダメと言うわけではないが」

 ゆいこさんもどうしていいかわからないようだ。
 僕もここまで来たらひきさがれない。
 そうだ、前向きに、ひたすら前に進むんだ。

「だったら、いいよね」
「う、あ、ああ」

 どこかほうけた表情のまま頷くゆいこさん。

「じゃあ、えい」

 ゆいこさんに飛び込む僕。さっきまであんなに恥ずかしがってたのに。
 覚悟を決めるとはこういうことなのだろう。
 ゆいこさんも、真っ赤になりながらも僕の方に手を回してくる。

「なんだか、さっきよりゆいこさんあったかい」
「ああ、私自身体が熱い。恥ずかしすぎて、顔から火がでそうだ」

 ゆいこさんからそんな言葉が聞けるなんて。
 だからだろうか、もっと、もっと素直な感情をぶつけたらどうなるか見てみたいと思ったのは。

「あの、ね。ゆいこさん」
「ど、どうした理樹君」

 明らかに冷静さを失っているゆいこさん。
 声が、震えている。
 僕は、そんなゆいこさんに気持ちを、思いっきりぶつけた。

「好き、だよ」
「――――!!??」

 ふと、プシューという音を聞いたように思えた。

「あ、あれ。ゆいこさん?」
「……」

 返事がない。というか、まったく動こうとしない。

「ゆいこさん。おーい」
「……」

 どうしたんだろう、大変なことしてしまったのでは。

「ゆい、こ、さん?」
「……」

 途端、ゆいこさんがバランスを崩したかのようにこちらによりかかってきた。
 どうやら、恥ずかしすぎて脳がオーバーヒートしてしまったようだ。

「ゆ、ゆいこさん!? ゆいこさーん!!」



「う……」
「あ、気づいたんだね!」

 ゆいこさんが目を覚ます。
 あの後椅子を並べ、ベッドのようにしてからそこに寝かせていた。
 ちょうど木陰だったし、冷やすには悪くない場所だったから。それに、僕の力ではゆいこさんを保健室までなんて運べないし、誰かの力を借りるにも気絶した理由を言うのは恥ずかしい。

「私は……あっ!」

 自分が気絶していた理由を思い出したのか、また顔を赤くする。

「えっと、その、さっきは…ごめん」
「いや、これは私の不覚だ。まさか恥ずかしすぎて気絶してしまうとは」

 情けないといった表情をするゆいこさん。
 そんなゆいこさんがなんだかおかしくて、僕はついまた言ってしまう。

「でも…可愛かった」
「なっ!」

 真っ赤になる唯湖さん。

「き、君はまた私を気絶させる気か!」
「本当に苦手なんだね、感情ぶつけられるの」
「う、うるさい」

 どうやらまだ自分のペースを取り戻せていないようだ。

「だが……」

 ゆいこさんが深呼吸をする。少しでも落ち着こうとしているのだろう。

「苦手だが…嫌、ではない」

 そして、こう口にした。

「えっ」

 顔が熱くなる。仕返しなのだろうか。

「ふふっ」

 僕の赤くなったであろう顔を見て、少し落ち着きを取り戻したのかゆいこさんが笑う。

「お互い、慣れないとな」
「そう、だね」

 これからなんだ。
 これから、もっともっと感情をぶつけあって、お互いを知って、もっともっと好きになっていくんだ。

「それでは、少し、練習するか」
「うん」

 お互い息を落ち着かせる。言う言葉は決まっていた。
 多分、ゆいこさんも同じことを言ってくれるだろう。
 頃合を見計らい、僕は素直に感情をぶつけた。

「「好きだ」」



おわり



あとがき
 唯湖はきっと誘い受けだと思うんだ(挨拶
 とりあえず考察とか一切考えない甘いだけのSSってのもありだなあと思って書いてみました。
 実際は後輩に「転げ回るほどの甘い唯湖のSSが読みたい!」って言われたんで俺の唯湖魂に火がついて書いて みたんですけどね。後輩は気に入ってくれたようですが皆さんはどうでしょうか。気に入ってくれたら嬉しいで す。