それはある日のことだった。
「わふー…最近リキと話してないのです」
クドは庭の片隅で今抱えている悩みを打ち明けていた。
その相手というのは――。
「わふっ?」
「ワン!」
ストレルカとヴェルカだった。
あまり周囲に話せる内容でもなかったため、こうして自分の友達であり、絶対に周囲にばらすこともない二匹に話しかけていたのだ。
「きっかけがほしいのです。何かきっかけが……」
そしてあわよくば告白を。それがクドの願いだった。
「ワン! ワン!」
「励ましてくれているのですね。ストレルカもヴェルカもありがとです」
こうして本来ならどこへも行かずに消える想い。
それは、思わぬ形でかなうことになるのであった。
「気を取り直して、お菓子でも食べましょう。わふーっ」
「ワンッ」
そして、その数分後、校舎のとある場所で、絶叫が響き渡ることになる。
「わふぅーーーーっっっ!!!???」
『ワンもあすてっぷ』
その日僕は奇妙なものを見た。
ダンボール箱がちょこまかと動いているのだ。
間違いなく中には人がいるのだろう。
こんなことをするのは漫画の世界の人物や某伝説の傭兵くらいだと思っていたのに。
今が授業中だからいいものの間違いなく休み時間だったら注目の的になっていただろう。
ダンボール箱はこちらの方に向かってくる。きっとこっちに用があるのだろう、見なかったことにして通り過ぎるべきなのかもしれない。
「わわっ!」
「わふーっ!?」
だけど、ダンボール箱はそのまま僕の方に突進してくる。
ぼーっとしていた僕はよけきれず正面衝突してしまった。
思わず声をあげてしまう僕、ダンボール箱の中からも声があがる。
……わふーっ?
「……クド?」
僕は中であがった声から中身を予想する。
すると逃げようと慌てていたのだろう、ダンボール箱の中でじたばたしていたのが急におとなしくなった。
「リキ? リキなんですか?」
「うん、そうだよ」
ダンボールを少し持ち上げ、クドが顔だけ見せる。
「見つかったのがリキで良かったです……」
「どうしたの一体?」
僕はクドに問いかける。クドは言おうかどうか迷っているようだ。
「……保健室まで着いてきてもらえますか?」
「いいけど、今先生いなかったと思うよ?」
「…それじゃあ、リキだけにも見てほしいのです」
先生がいないと聞いて少し残念そうにしたけど、結局僕たちは保健室に行くことになった。
いや、僕としては戻ると言った方が正しいか。
「失礼しまーす」
一応念のため挨拶をして入る。やっぱり中には誰もいなかった。
僕の後にクドがダンボール箱をかぶりながら中に入る。
「もうそれ取ったら? ここなら誰も見てないよ」
「……わかりました」
クドは少し間をおいて、やがてダンボール箱を取る。
そこに僕はもっと珍妙なものを見た。
クドに犬耳と尻尾が生えていたのだ。
「……どうしたのそれ?」
僕は思わず聞いてしまっていた。
だってクドに人間にはありえないものが生えているんだもの。
「私にもわからないのです。お菓子食べたあとトイレにいってたときにちょうど頭とお尻がムズムズするので鏡を見たら生えてました……」
「ああ、なるほどね。んじゃなんでダンボールなんか……」
「誰にも見られたくないと思って近くの空き部屋にあったものを借りてきました。保健室まで遠かったですし」
確かに見られたくないという気持ちはわかるけど、それじゃかえって目立つような。
……まあ、犬耳よりはマシ…なのかな?
「ところで、どうしてリキは廊下にいたんですか?」
「え、僕?」
逆に聞き返される。確かに授業中だから人に会うなんてクドも思っていなかっただろう。
「はい」
「ちょっと教室で具合が悪くなって倒れちゃってね、保健室で休んでたんだ。今は体調が少しよくなったから、教室に戻ろうとしてたところ」
確かにこんなの友達でもない限り見られたくないだろう……友達でも見られたくない人もいるけど。
これを見たら間違いなく周囲に広めてしまいそうな人たちを思い浮かべながらそう思った。
「そういえば心当たりは?」
「ありません……だから保健室の先生なら何か知っているかなって」
クドがうなだれる。
悪いけど多分保健室の先生でもこれはわからないだろう。そんな突然犬耳と尻尾が生える病気なんて聞いたことがない。
「あの…リキ……」
「ん?」
「あの、リキが見てくれませんか?」
「え、僕が?」
「はい」
どうしよう、僕に全く医学的知識はないのに。
「気休めにしかならないよ? それでもいいの」
「はい、むしろリキだからお願いしているんです」
「そこまで言うなら……」
僕はクドの髪の毛をどけながら犬耳を確認する。
どうやらしっかりと根付いているようだ。軽く触ってみる。
「あ、あの。リキ、むずがゆいです」
「うーん、じゃあこれは?」
犬耳の方に息を吹きかけてみた。
「ひゃんっ!」
「あー神経通ってるみたいだねやっぱり」
つまり根付いているだけというわけではないようだ。
引きちぎろうなんて考えない方がいいだろう。
「あの……尻尾の方も確認してもらえますか?」
「え、尻尾の方って?」
「どうなっているのかです」
「別にいいけど」
「えっと、じゃあ……」
クドはベッドの上にあがる。
そこでもじもじしながらスカートを外し始めた。
「ちょっ! 何やってるの!?」
「え、だ、だってスカート外さないとちゃんと確認できません!」
「そりゃそうだけど…恥ずかしくないの?」
「恥ずかしいけど少しでも治す可能性を見つけることの方が大事です!」
「そ、そう……」
クドの勢いに押し切られスカートを外すのを黙認する。
やがてほんのり桃色のパンツが丸見えになった。
「私からじゃ良く見えないので…リキ、お願いします」
クドは四つん這いになる。
なんだか、その、少しえっちな感じがする。
「わ、わかった」
僕は顔を熱くさせながらクドのお尻の方をまじまじと見る。
い、いいのかな本当に。
とりあえず尻尾を持ってみる。
「ひゃうっ!」
クドがぐっとシーツを握った。
どうやら痛かったようだ。こっちもちゃんと感覚があるらしい。
「い、痛かったですリキ……」
「ご、ごめん!」
うるうると瞳をうるませてこっちを見てくるクドに思わず謝る。
「でも、こっちも引っ張るとかそういうのは止めた方がいいと思う」
「そうですか……」
「こっちもしっかりと根付いちゃっているみたいだし、ね」
パンツの下の方から出てきている尻尾を見てそう答える。
「と、とりあえずさ。早くスカート履きなよ」
「らじゃーです……」
僕はクドに早くスカートを履いてもらうようお願いする。
するとクドはゆっくりとスカートを履き始めた。
治す方法がわからないということで落ち込んでいるようだ。
「これからどうなるんでしょうか……」
そんな落ち込んでいるクドをなんとか元気づけたくて、僕は肩を抱き寄せた。
「わふ?」
「大丈夫だよ、みんなも最初は驚くかもしれないけど、すぐに受け入れてくれると思うし。それに――」
「僕はすっごく可愛いと思うよ?」
「ほ、本当ですかリキ?」
「うん、本当。すごく可愛い」
クドの表情が落ち込みから驚きになり、そして笑顔に変わる。
「そ、そうですか。似合ってますか?」
「うん、すっごく似合ってる」
実際犬っぽいクドにこのパーツは反則なわけで。
多分僕でなくてもみんな可愛い、似合っていると言ってくれるだろう。
来ヶ谷さんなんかは見た瞬間襲っちゃいそうだ。
「えへへ、リキにかわいいって言われました。あい、はっぴーです」
クドがうれしそうに笑っているのを見て安心する。しっぽもふりふりして喜びを表現していた。
「うん、ゆっくり探していこうよ。治す方法はさ」
「はい、わかりました!」
もうすっかり元気になったようだ。
やっぱりクドは元気な姿の方がいい。
「あ、でも、このまま治るどころか悪化したらどうすればいいんでしょう……」
さっきまで元気だったクドが再びふさぎこむ。
確かに、よくなる可能性もあるけど、悪化する可能性もあるのだ。
この場合、悪化するというのは……
「より犬っぽくなるってこと?」
「ハイ、ワンワンって鳴いたり、4つ足で歩き初めてしまうかもしれません」
そんな姿のクドを想像する。
う、かわいいとしか思えない。
クドにとっては深刻な状況なのに、想像してしまうと微笑ましいとしか思えなかった。
「う、ん、大丈夫だよ。うん」
もちろん確証があるわけではない。
でも、ここでさらに不安にさせるようなことをいっちゃいけない。
「も、もし私がそんなことになって犬っぽくなってしまったら……」
「なってしまったら?」
クドは僕に向き合い、そして真剣な表情でこう言った。
「私をリキのペットにしてください!」
「えええ!?」
誤解を生みかねない発言に僕は混乱してしまう。
「リキなら安心してお願いができます、あい、ぷりーずです」
クドの真剣な眼差しを受ける。
僕はそれにちゃんと答えないといけないと思った。
「うん、わかった。僕はクドとずっと一緒にいるよ」
するとクドの犬耳がぴくぴくと動き、しっぽがこれ以上ないって勢いで振り始めた。
「うれしいです……それならずっと、この耳としっぽがあってもいいと思いました」
クドが自分の犬耳を愛おしそうにさわる。
でも、僕としての正直な気持ち、それは――。
「……別に、そんなのなくても僕は一緒にいるよ」
「……えっ? 本当ですか?」
「うん、この流れで言っちゃうのもなんだけど、その、僕クドのこと好きだから」
すると、クドは目を輝かせ始めた。
「うれしいです、私もリキのこと大好きです。あい、らぶ、ゆー」
「ははっ、ちゃんと英語使えてるね」
お互い照れくさそうに笑い合う。
なんだ、相思相愛だったんだ。なかなかそれに気づく機会がなかっただけなんだ。
「あ、あれ?」
クドについていた犬耳としっぽがいつの間にか消えていた。
「どうしました、リキ?」
「いや、なくなっているんだけど……耳としっぽ」
「わふ?」
クドも自分の頭とお尻をさわって確かめる。
「確かに消えてます!」
「良かったね、クド」
「はいです!」
「でも……一体なんだったんだろうね」
結局、疑問は残ったままだ。
どうして生えたのか、どうして消えたのかよくわからない。
「きっと……リキと確認しあうきっかけ、だったと思うのです」
「……ああ、なるほど」
僕とクドが関わりを持って話すきっかけ、そのために出てきたものだったと。
でも、わざわざこんな形でつくるなんて、神様がいたらきっとものすごい変わった人なんだと思う。
「不思議なこともあるもんだね」
「不思議な世界です」
でも、僕らはこの不思議にすごく感謝していた。
自然とつないでいた手が、それによる結果をわかりやすく教えていた。
「そんなことがあったんです」
クドは、その日あった不思議な出来事を打ち明けていた。
その相手というのは――。
「わふっ」
「ワン!」
ストレルカとヴェルカだった。
何故かクドは真っ先にこの2匹に伝えなくてはならない、そう感じたのだ。
「おかげでリキとラブラブなのです」
「くぅーん」
ストレルカもヴェルカもしっぽを振り回しながらクドを祝福する。
「ストレルカもヴェルカも、自分が願ったことのように喜んでくれて嬉しいです――?」
ふと、クドは自分の先ほど発言に対して考えた。
まさか本当にヴェルカとストレルカが……私も他の誰にも話してないはずですし。
「……ストレルカ、ヴェルカ。ありがとなのです」
今度の食事は少し奮発して、いつもよりたくさん遊んであげます、そんなことを考えながらクドは2匹の頭を撫でるのであった。
おわり
あとがき
思った以上にまともっぽい話になってしまいました。
昔途中まで書いていたものを埋もれさすにはもったいないと思って書いたんですがいかがだったでしょう。
ある意味で自分らしくない気がします。途中のパンツシーンはこだわりましたが(ぉ
ちなみに途中にある絵はだいぶ前にいへかさんに描いてもらったものです。
そもそもこのSSを書くきっかけとなるものだったりします。