ある日、葉留佳さんと佳奈多さんが子供になっていた。
しかも、困ったことに二人とも、なぜか僕の部屋に居座り、それどころか、風呂などまで一緒でないと嫌がるのだ。
そして本当に色々あって今現在、三人共同生活にまで至っている。
いったいこの先どうなることやら……。
『はるかとかなたとりきとおふろ』
がらりと、風呂場の扉を開ける。
服を脱いだ僕たちは、タイルに裸足をつけた。
「それじゃあ、まずはかみを洗うわよ」
「うん」
佳奈多さんの言葉に、葉留佳さんがうなずく。
「はるかは、りきに洗ってもらいなさい」
「え、でも、それじゃおねえちゃんが……」
葉留佳さんにとっては予想外の提案だけに、困惑した様子だ。
「わたしはいいのよ。だって、りきよりもじょうずに洗えるもの」
「う……下手でごめんなさい」
ぐさりと来るけど、これは事実だからしょうがない。
まあ、わざと言っているっていうのも、わかるし。
「そ、そんなことないよ。りきくん、じょうずだよ」
「ええ。へたじゃないわよ。だからはるか、りきがもっとじょうずになるために、れんしゅうさせてあげて」
「うん」
と、そんなやり取りがあり、僕は葉留佳さんの髪を洗うことになった。
「しみるのやー」
「シャンプーハットがあれば大丈夫だってば。ほら、洗うよ」
葉留佳さんの髪の毛を、なるべく丁寧に、しかし効率がいいように心がけて洗う。何しろ、結構長い髪だから、あんまりゆっくりも出来ないのだ。
その点、佳奈多さんは本当に上手だ。普段は自分の髪を洗っていて、たまに葉留佳さんの髪も洗っている。……たまに、僕が佳奈多さんの髪を洗うこともあるけど。
「わしゃわしゃー」
泡立った頭から、泡の固まりを救い、それを両手に乗せて、ふーと息を吹く。
「あわー♪」
「あはは、すごいね」
吹いた泡は、きれいにばらけて、ふわふわと落ちていく。なかなか面白い光景だ。
「はい、それじゃ流すよ」
「はーいっ」
元気に返事をした葉留佳さんは、流される前に泡を確保している。それを確認すると、僕はシャワーをとって髪を洗い流した。
「りき。せなか洗って」
「分かったよ、佳奈多さん。ちょっと待ってて」
葉留佳さんの髪を洗い終えたところで、佳奈多さんに呼ばれた。
僕はスポンジをとり、ボディーソープをしみこませ、何度か握りつぶして泡立てる。
程よくなったところで、僕は背を向けている佳奈多さんの背中にやさしくスポンジを当て、左手を肩の上に置いて固定させてからこする。
「んっ……ふ、うっ」
吐息がもれているのが聞こえる。割といつものことなので、そこに痛いとか痒いとかいう感じが含まれていないか聞き分けながら、続ける。
「あ……」
それを見咎めたのは、一緒に入っている葉留佳さんだった。泡で遊ぶのにあきたのか、仲間はずれにされたと感じたのか、こちらを見ている。
あれはきっと、自分もとせがんでいるんだ。けれど、葉留佳さんは無意識のうちに、求めることを押し殺してしまう。
もっと我侭をいってもいいのに、いえないのだ。きっと、自分はもう髪を洗ってもらったのだから、これ以上はずるだって思っているのだろう。
「葉留佳さん。後でちゃんとやるから、終わるまでまっててね」
「あ、うん……。ありがとう」
それで葉留佳さんは笑顔になる。けれど、少し煮え切らない。
それは、自分が佳奈多さんがしてもらっていることを望んでしまって、引け目があるのだろう。
(ああもう、困ったなあ……)
葉留佳さんは甘え下手だ。特に、佳奈多さんがいると。自分が佳奈多さんの邪魔をしてはいけないのだ、と思い込んでいる節がある。
実際、一人だけだと、なるべく僕にくっついてこようとして、離れたがらなかったりするのだ。
けれど、佳奈多さんがいると、遠慮をまずしてしまう。それは、僕にとっても佳奈多さんにとっても、どうにかしてあげたいと思うことだ。
「ねえ、りき。もういいわ」
「えっ!」
佳奈多さんの言葉に反応したのは、僕ではなく、葉留佳さんだ。
「もうじゅうぶんだから、はるかにしてあげて。あとはながすだけだから」
「うん。わかったよ、佳奈多さん」
だから、佳奈多さんはこうして葉留佳さんに譲る。
いつか葉留佳さんが、何の遠慮もせずに佳奈多さんに甘えられるようになるまで、頑張るのだと言っていたことを、僕は知っている。
「お、おねえちゃん……」
姉の心遣いに、葉留佳さんはじ〜んと感激している。
「ありがとう、おねえちゃんっ。だいすきっ」
「どういたしまして。わたしもだいすきよ、はるか」
姉妹は抱擁を交わし、愛を確かめ合う。
美しい光景なんだと思うけど、佳奈多さんの背中は泡にまみれているので、少々お間抜けな絵になってしまっている。
姉妹愛の確認も終わり、僕は葉留佳さんの背中を洗おうとするのだが、その前に佳奈多さんが手招きをした。
どうやら内緒話のようで、招かれるまま、佳奈多さんの口元に耳を寄せる。
「あの、あとでごほうび……」
「うん」
まあ、佳奈多さん自身も、まだまだ甘えたい盛りなのだ。
なので、葉留佳さんに見つからないところでこっそりと甘えてたりする。
「さて、それじゃあ葉留佳さん。やるよ」
もう一度スポンジをワシャワシャとして、今度は葉留佳さんの背中を洗う。
「ん〜♪」
気持ちいいのか、喉をごろごろ鳴らす猫のように、鼻歌が聞こえてくる。
先程の、佳奈多さんとの法要がよかったのだろう。変な遠慮は解けて、今の葉留佳さんは素直に喜んでいた。こうまであからさまだと、僕も嬉しくなり、一生懸命やってしまう。
といっても、力を入れすぎたりはしない。女の子の柔肌を洗っているのだから、あくまで丁寧にだ。
「よし、こんなもんかな」
「えー、もう?」
「うん、もう十分。はい、お湯かけるからね」
ザバー、とお湯をかけて、葉留佳さんの体に付いた泡を洗い流す。一度だけでは流しきれないため、何度か流した。
洗い終わると満足したのか、葉留佳さんは湯船のほうへと向かっていく。先日走らないように先日注意したことは覚えているようで、一安心だ。
その間に佳奈多さんも洗い終えたのか、湯船にはいる。
「りき、あなたも早く入りなさい」
「はやくはやくー」
「入るから、ちゃんとあけてね」
浴槽の片方に二人が寄り、僕がもう片方に入り、身を沈める。
既に二人が入っていた所為で、お湯が少々あふれ出た。
「ふう……」
思わずため息をついた。……やっぱり湯船にはいると気持ちが安らぐなあ。
「りき」
「りきくんー」
二人がそれぞれ僕の上に乗ってこようとしたので、僕は胡坐をかいて左右の足に二人を乗せた。
二人は満足そうに笑うと、僕のほうに背をもたれてくる。
それにしても、さすがに三人だと湯船は狭いなあ……いくら、二人が子供だといえ。
なみなみと、縁にまで届いて揺れるお湯を見て、僕はそんなことを思った。
「おならー」
葉留佳さんの言葉どおり、ぶくぶくと、泡が上り、はじける。
ちなみに、本当におならをしたわけではなく、葉留佳さんがタオルに空気を包んで作ったものだ。
「こら、はるか。みっともないから止めなさい」
「えー、だっておもしろいよ」
「まあまあ。別に家でやる分にはかまわないけど、人前でやっちゃダメだよ、葉留佳さん」
「はーい」
「もう、りきってば、はるかに甘いんだから」
「佳奈多さんほどじゃないけどね」
色々おしゃべりしながら入っていると、二人がだんだんとのぼせそうになるのを感じてくる。
そろそろ頃合だろう。
「それじゃ、最後に10数えてあがろうか」
「うんっ。せーの、いーち、にーい……」
最後に10数えるとき、主導するのは葉留佳さんの役割だ。
僕たちは、葉留佳さんに合わせ、声をそろえて数を数えた。
「ほら、ちゃんと拭かないとダメだよ」
「はーい」
「わかってるわよ」
お風呂を上がり、体を拭く。
佳奈多さんは丁寧に、葉留佳さんは大雑把にするので、葉留佳さんのほうは服を着る前に、ちゃんと確認してあげないとまずい。
「ほら、葉留佳さん。まだここ濡れてるよ」
「わっ、くすぐったい」
拭いてやり、服を着せる。
「のどかわいたね」
「れいぞうこにジュースがあったわよ。のんできたら?」
「ほんとっ?」
すると、葉留佳さんはまだ濡れた髪のまま、脱衣所から駆け出した。
「りき」
それを見計らったかのように、佳奈多さんから声がかけられる。
「ごほうび」
それは、先程の約束のおねだりだった。
「うん」
僕はうなずくと、佳奈多さんを抱き上げ、目を閉じた佳奈多さんに、チュッと口付けた。
「ふふっ」
佳奈多さんの笑顔がほころぶ。
いつまでこんなことで喜んでもらえるのかは分からないけど、とりあえず、しばらくは大丈夫そうだ。
「さて、それじゃいきましょ。はるかったら、きっとかみもかわかしてないんだから」
「そうだね。そのままだと、風邪を引くかもしれないし」
髪を乾かして、歯磨きをして、寝る。
今日も残すところあとわずかで、さあ今日はどうやって寝かしつけようか、なんてことを、僕は考えるのだった。
「ああ、りき」
「ん? どうしたの?」
「わたしばっかりじゃずるいから、ねる前に、はるかにもおねがい」
「はいはい」
おわり
あとがき
えー、はじめに宣言しておきます。
これ、シリーズじゃないですからっ。原因の部分も解決編の部分も書く気なしです。
ただ単に、幼いはるかなを、ロリコンじゃない理樹が風呂に入れているシーンが見て見たいな、と思って書いただけです。
愛情を持って子供の世話をしているシーンって、ほのぼのしますよね。
で、このSSですが、リトバスEX発売直前に書きました。
けれど、EX内ではるかなの子供時代がきちんと書いてあったので、大幅に修正しました。
子供葉留佳の性格とか、全然別物になってます。
あまり子供時代の性格反映させすぎても、目的と違う雰囲気になっちゃうので、押さえ気味、とか考えていたら、これで違和感ないのかどうかもわからなくなってきました。
迷走している感じもありますが、ある程度書きたい要素は書けたので、自分としてはオッケーです。