「おし、じゃあ今日はここまでだな」
転勤先の上司である島田さんから仕事の終わりがつげられる。
「ういっす」
返事をした後、軽トラの助手席に乗り込む。
「そういえばよ、能力向上目的以外にもここへ来るのに理由があったみたいじゃねえか」
「ええ、まあ……」
ここへ来た最大の理由。それは地元でちょっとした事に巻き込まれたからだ。
未だにすごい騒動に巻き込まれていたよなあと、ぼーっと考える。
事の発端は智代が俺の勘違いから同棲することになってしまったことだった。
それから杏も一緒に暮らすことになって、そっからさらに色んな皆との騒動に巻き込まれて――。
そうして今俺はここにいる。皆のことをゆっくりと考えるために。
まあ、結局は逃げてきただけなんだが。俺ももう春原のことへたれとはいえんね。
「ここで働くのももう一ヶ月目だ。そろそろ教えてくれてもいいんじゃねえか?」
「はは、それはちょっと……」
島田さんは俺がよこされた理由を未だに知らないため、こうしてたまにその理由を聞こうとしてくる。しかし、こんなアホな理由を素直に言えるわけないのでなんとかごまかし続けてきた。
「もしかしてあれか? 女関係か?」
「そんなところですね」
曖昧に答えているがずばりすぎてちょっと心臓ばくばくしました、はい。
「まー女っつーもんはめんどくさいもんだからな。何しでかすかわかんねえし」
「おっしゃるとおりかと」
心の底から同意する。
その後も色々と話をしていくうちに、軽トラが事務所へとついた。
「おし、着いたぞ」
「はい。お疲れ様です」
島田さんと、事務所に残っていた人たちに挨拶を済ませ帰宅する。
周りはもう薄暗くなってきていた。アパートは事務所から少し離れており、10分ほど歩く必要があった。
そろそろ免許取る事も考えないと、一人で仕事をしないといけなくなってくるだろうし。
そんなことを考えながら帰路を歩き、もう少しでアパートにたどり着くというところで、俺は違和感を覚えた。
「部屋の明かりが点いている……?」
俺は仕事場に向かうとき、きちんと電気は消したはずだ。それに何故か換気扇から流れ出てくる煙……あれ、なんか似たようなことが前にもあったような。
ともかく、火のないところに煙はたたない。逆をいえばアパートには火がついているということだ。
火の元栓の閉め忘れか、はたまたコンセントからの出火か、原因はわからないもののとにかく急いで消しに行かなければ。
そう考えた瞬間走り出す。大事につながる前に止めないと!
だんだんと俺の部屋が近づいてゆき、そしてドアの前へとたどり着く。疲れている体に鞭打って走ったためか既に息切れを起こしていたが、深呼吸して息を落ち着かせ、ノブを回しドアを開ける。
扉の向こうには――
「ああ。朋也、おかえり。いや、久しぶりの方が先だろうか」
何故か、智代の姿があった。
『同棲っつーのIF?』
唖然としながら俺は地元での出来事を思い出す。
そういや智代との再会もこんな感じだったっけ。
まさかそっくりそのまま同じようなことが起こるとは。
「一ヶ月ぶりだな、朋也」
「な……」
「すっかり汚れているじゃないか。それに少し汗くさいぞ」
「な、な……」
「風呂は沸かしてあるから先に入ってくるといい。食事ももう少ししたらできる」
「な、な、な……」
「それに色々と話しておかないといけないこともあるか……」
「なんでお前がここにいるんだー!!」
隣人がいることにもかかわらず叫んでしまった。智代の方はというと突然の大声に驚いているようだ。
「思わず驚いてしまったぞ。近所の人に迷惑がかかってしまうからやめた方がいい」
「ああ、それは俺も思った……ってそうじゃなくて!」
「理由か? それは前にも言ったはずだが」
「いや、今回はそっちじゃない……」
智代のやってきた理由、それは俺。
しかしまさか直接自分からやってくるとは全く予想外のことだった。
てっきり、あっちで待ってくれているものかと思っていたのに。
「どうしてここがわかったんだ?」
「何を言っているんだ。荷造りを手伝ったじゃないか」
「ああ、そうだっけ……」
そういや荷造り手伝ってもらったんだから引越し先知ってて当然じゃないか。郵送先とかしっかり書いたし。
「そ、それじゃ大学はどうしたんだ!」
「ああ、そのことだが。私としても授業を休むというのは大変心苦しいことだった」
「それじゃあ……」
「しかし、どうしても負けるわけにはいかなかったのだ。だから私は必死で悩んでこちらを選んだ」
負けるわけにはいかない、おそらく杏のことだろう。
「だ、だけど大学はどうするんだよ。色々問題もあるだろ」
「いや、私の大学は代筆というものがあるので出席日数に関しては問題はない。私の友人にしっかりと頼んでおいた。勉強の方も道具は持ってきてある」
流石は智代。そこらへん抜け目がない。
「そうなのか、しかしお前がそこまでやるとはなあ……」
「ほんっと、あたしならともかくねえ」
「そうだな。杏ならふつーにさぼったりとかしそうなんだが」
……あれ? 俺、さっき誰としゃべった?
「ただいまー。はい、ちゃんと材料買ってきたわよ。しっかしこっからスーパー遠いわね。結構時間かかっちゃったわ」
「ああ、どうもありがとう」
「あ、あれ?」
智代は驚く様子も見せず杏からレジ袋を受け取っている。
「どうしたのよ朋也。鳩が豆鉄砲喰らったような顔しちゃって」
「え、だって、何でお前まで……」
「決まってるじゃない。あたしが朋也のところに行こうって言ったんだから」
ちょ、おま。
一体何がどうなってるんだ。
「ま、まて。事情を詳しく説明してくれ」
「つまりだな――」
〜3日前〜
『もう我慢できない! あたし朋也のところに行くわ!』
食事中、藤林杏は突然立ち上がる。
智代と杏は朋也が出て行ったあともこうしてたまに二人で食事をとっていた。
以前は険悪だったものの、今は結構な仲になっている。最も、それをまともに告げたところで二人は否定するだろうが。
『食事中に立つのは行儀悪いぞ。それにこっちでおとなしく待っとくという約束だっただろ』
『何? あんたは朋也に会いたくないわけ?』
『もちろん会いたいに決まっている、しかし約束をおいそれと破るわけにはいかない』
智代の意志はそれなりに固いようだ。正攻法では動きそうもない。
だから杏は別の作戦に出た。
『わかったわ。じゃああたしだけで会いに行く。あんたは大人しく留守番していれば?』
『な、それは卑怯だろ!』
釣れた。
杏は智代に見えないよう笑みを浮かべる。
実際そんなつもりは毛頭なかった。恋愛に対しては正々堂々と戦いたい。ライバルだからこそ、それ以外のことでは助け合いたい。
それは武田信玄が上杉謙信に塩を送ったのと同じようなもの。
しかし、まともに動きそうもない相手を動かすには、わざとでもこういうしかなかった。
『いい、恋愛にルールなんてないのよ? 結局は奪ったもの勝ちよ』
『そ、そうなのか……しかし大学はどうするんだ』
『そんなもの、代筆とか頼めばいいのよ。テストのときだけ帰ってくれば問題ないわ』
『だ、代筆?』
智代のその疑問に杏はあっけに取られる。そんなことも知らないとは、きっと彼女は周囲がだらしなくなる中まともに勉強してきたのだろう。
ある意味彼女らしいともいえる。
『あんた同じ大学生なのにそんなのも知らないの? 出席のときあんたのところも紙に書いて確認とかしてなかった?』
『確かにそんな感じでやっていたが』
『それを友達に頼んで代わりに書いてもらうの。どうせ先生なんて筆跡が違うとかなんて考えないわよ』
『し、しかし……』
良心の呵責が智代をにぶらせる。
しかし、確実に揺れ動いてはいた。あと一押しで間違いなく動く。
それならばと杏はここで勝負に出た。
『あーもう! ならあんたはここであたしが朋也とラブラブになっていくのを指を咥えて見ていなさい!』
『そ、それは嫌だ! 私も行くぞ!』
動いた。智代はついに決心したのだ。
確認のため先ほどの彼女の悩みを逆に訪ねる。
『大学はどうするの?』
『私にだって頼める友達くらいいる!』
『そう、なら決まりね』
こうして、二人が朋也に会いに行くことが決まった。
「――と、言うわけだ」
「なるほど……」
ものすごくよく場景が想像できた。確かに智代は負けず嫌いなところがあるからな。
「そーゆうこと。というわけでこれからよろしくね」
「よろしくねって……お前らここに住むのか?」
「は、何いってるのあんた」
当然じゃない、何当たり前のこと聞いてんのよといわんばかりの目でこちらを見る。
「3日でこっちのアパート借りたりとかできるわけないじゃない。前のちっさいアパートでも住めたんだから全然大丈夫よ」
「そ、そういう問題じゃ……」
俺のゆっくり考える時間が。そもそもそれがきっかけでこっちに来ることになったんだし。
それを二人はわかっているはずなのに。
「いい、朋也?」
困っている俺を見て、何を考えているのかなんとなく察したのだろう。
杏は俺に対してこんな一言を言う。
「考える隙も与えないくらいアタックする方が効果的な場合もあるのよ!」
「え、ええー!?」
全てをひっくり返してしまうようなとんでも理論に俺もただただびっくりするしかなかった。
「そういうわけだ。朋也、またよろしく頼む」
「これからもよろしくね」
「あ、ああ……」
気圧されたままうなずいてしまう俺。
結局、ある意味前と変わらない生活に戻ってしまった。
俺の転勤先での人生、一体、どうせいっつーの!
つづく?
あとがき
もしあの話に続きがあるとしたらこんな感じだろうなあと思って書きました。
あとアニメの智代や杏が終わっちゃったみたいなんで「うあー! こいつら書きてー!」みたいな。
もしかしたら続き書くかもしれません。そんくらいこの二人との生活ってのは書いてて楽しいですし。
ちなみに一話に似せたのはわざとです。見比べてみると少しおもしろいかも(ぇ