「決着をつけましょう」

 それは俺の聞いた杏の食事中の一言だった。

「ふむ、いいだろう」

 それが俺の聞いた智代の解答だった。

「さて、今日はどっかでかけるから」

 それが俺の言った逃げの一言だった。

「まだ食べ終わってないじゃない」
「行儀が悪いぞ朋也。それに、今日は私たちが決着をつけるため、大事な用事でなければこっちに付き合って欲しい」

 しかし俺は逃げられなかった!
……や、わかってたんだけどね。でも抵抗ってやつがしてみたかったのさ。

「で、決着ってなんのコトデスカ?」

 思わず丁寧、しかも片言。
 決着をつけるってあれですか。もしかしてへたすると血がでますか。



『あたしの乱れ辞書、避け切れる?』
『ふ、避ける必要などないな。肉を切らせて骨をたたせてもらう』
『この辞書を肉のみで止められるなんて思わないでね』
『そちらこそ、接近されたら終りだということを自覚するんだな』



 そんな熱い……いや、危険な勝負をさせるわけにはいかない。

「や、別に決着をつけなくてもいいんじゃないか? どっちも十分力はあるんだし」
「いいえ、こういうのは白黒をつけたくなるものなのよ」
「前の試合は結局決着がつかないままだったからな」

 既に勝負したことがあると?
 それはさぞかし見てみた……いや、二人とも無事で何よりだった。

「しかしだな。俺は二人が怪我するとこを見たくないぞ」
「大丈夫よ、いつもやってるんだし。そんなへまはしないわ」

 いつもやってる!? 俺がいないところでいつも戦ってたのか!!

「それじゃあ勝負は今日の正午だな」
「そうね、丁度お腹もすく頃だし」

 お腹もすく頃!? あれか、飢えた狼は凶悪ってのと同じ原理か!
 これはやばい! 死闘が展開されるに違いない!
 ご近所に被害が広まる前にこの惨劇を止めなくては!!

「おい! 二人ともそれはやめ……!」
「それじゃ朋也、お昼はどっちの料理がおいしいのか判断してもらうんだから、いーっぱいお腹すかせておいてね」
「買い物に私たちが行ってる間、適当に運動でも何でもしておいてくれ」
「……へ?」

 白黒つけたい = 料理
 前の決着 = 俺が腹いっぱいになって倒れた日
 いつもやっている = 朝昼晩作ってもらっている
 正午でお腹のすく頃 = 昼飯

……俺はなんという勘違いをしていたのだろうか。
 思わず俺は顔を赤くし、最後の止めようとする発言が二人に聞こえなくてよかったと素直に思った。





『同棲(どうせい)っつーの』番外編





「それじゃあ買い物に行って来るからね」
「楽しみにして待っていてくれ」

 そういって部屋を出て行く二人。
 どんな料理を作るのか俺に知られないよう、俺はここでお留守番のようだ。
 てか本当二人仲良くなったな、一緒に買い物に行くようにまでなるとは。

「しっかし、二人とも出かけちゃって、ここにいるのは俺1人だけか」

……俺1人?
 もしかしてこれって、俺が望んでいた自由ってやつじゃないか?

「……俺は自由か? 自由なんだな?」

 じわじわと分かってくるその喜び、そうだ、これはあの時以来俺が待ち望んでいたこと。

「俺は自由なんだー!!」

 お隣に聞こえないギリギリの声で叫ぶ。
 正午までの自由、しかし制限のある自由だからこそ俺を熱くさせる。

「さて、何をしよっか。あの二人がいて出来なかったことをするか」

 俺が最初に思い浮かんだ二人がいて出来なかったもの。
 俺は押入れの奥から隠しておいた一冊の本を取り出す。
 あの二人が来た際、他のヤツは全て処分したもののどれか一冊だけは残しておきたいと思って隠しておいた品。

「ジャッジャジャーン! エロ本!!」

 俺はエロ本を天高く掲げる。
 というかなんでエロ本ごときにこんなテンションが高まっているのだろうか。
 ちょっとは考えたものの高まった興奮の前にはそんなものも一瞬にして霧散する。

「よーし、さあ見るぞー!」

 鼻息を荒くしつつ、本を開く。
 そしてページを開いていくたびにテンションが落ちていくのを感じた。

「……なんで俺、よりによってこれを残しちゃったんだろう……」

 絵はいい、内容が問題だった。
 学校の女友達に追っかけまわされるストーリー。しかもエロ本だからもちろんそこら辺もあるわけで。
 自分と似た境遇な分、オカズとして使えないわけで。
 俺は再び奥に隠し、押入れを閉めた。多分、しばらく封印を解くことはないだろう。

「はぁーしっかし」

 押入れを閉めた後、俺は部屋に大の字になって倒れた。
 智代と杏がいるおかげで部屋は散らかっていないから、結構な広さがある。
 しかも普段は智代と杏がいるからより一層広く感じられた。
 それは開放ともいえるようで、孤独にも近い。

「俺、何やればいいんだろう……」

 つぶやいても誰も答える人はいない。
 静か、静か、ただ静か。
 寂しさと、せつなさだけが漂ってくる。
 ついこの間まではこれが当たり前だったのだ。あいつらが来る前は。
 それなのに今はこの感覚がつらい。

「……早く帰ってこねーかな」

 いつもが疲れる毎日、でもこんな状況で考えてみるとあれは楽しい毎日だった気がする。
 ふと、睡魔が襲い掛かってきた。
 外の天気が良いからかもしれない。暇ですることがないからかもしれない。
 仕事の疲れがまだ残っているからかもしれない。
 でも一番の理由は、寝ればいつの間にか時間が過ぎてることを期待しているから。
 何もない天井を見つめつつ、次第に俺はその瞳を閉じた。



「ん……」

 どうやら寝てしまっていたらしい、ぼやけた風景を目をこすることによって鮮明にする。
 時計をまずは見る。そろそろ帰ってくるころだ。

「もうちょっとか」

 ぼーっとしながらも、じっと耳をすます。車とか、子供たちが遊ぶ声とか、工事中の音とか。
 しばらくして、その中にこちらに向かってくる足音が聞こえた。
 これは多分帰ってきたに違いない!
 はやる気持ちをおさえきれず、眠気も吹き飛び、俺は扉の前に向かった。
 こんなに嬉しい気分であいつらを迎え入れるのは初めてかもしれない。
 俺はどんな顔であいつらを迎え入れるのだろうか、きっと笑顔だろう。いや、笑顔で迎えないと。
 そして、扉が開いた。

「朋也、ただいまー」
「今帰ったぞ」
「二人とも、おかえ……」










「朋也くんこんにちは、おじゃまします」
「遊びに来たの」
「こんにちはー」
「あっあの、買い物の途中でお姉ちゃんと会って……」
「んー風子が遊びに来ました。ついでに料理も作ってきてあげにきました」

 唖然愕然呆然。
 笑顔も消えて固まりました。
 二人かと思ったらなんか七人いるんですけど。

「あー買い物してたら同じように買い物している渚やことみと会っちゃってー」
「食料が切れてたから買出しに出かけてたの、そしたら渚ちゃんと会ったから一緒にいってたの。そしたらそこで杏ちゃんと出会ったの」
「わたしはことみちゃんの付き合いで」
「私も宮沢にそこで出会ってな」
「お友達にご馳走作ったら食料が全部なくなってしまったんですよ。皆さんよく食べますから」
「わっ私は、お姉ちゃんたちをたまたま見かけたんで、どうしたのかなって話しかけたら事のいきさつを知って……」
「風子も偶然です!」

 えーっと、うん。
 偶然の神様、やりすぎ。
 おかげで笑顔で迎え入れられなかったじゃないか。

「はは、ははは……」

 いや、確かに笑顔ではあるか。
 それは壊れた笑いともいうけど。
 やっぱり自由がほしい。自由カムバック。そう思わせる展開。
 誰か教えてくれ。これってどうせいっつーの。



おわれ

あとがき
 おひさです、覚えてますか? 忘れてますか? そうですかorz
 話的に入れるタイミングは退院した後ですね。一応こういう話もほしいかなーなんて。
 終わり方が中途半端ですが、これはちょっとやってみたいことがあるんであえてここで終わらせました。
 やってみたいことって言ってもあちらさん側の好意に拠る所が大きいのですが、もし実現したらラッキー程度で。