「風子と付き合ってくださいっ」
それはある意味待っていたともいえる台詞。
風子との記憶がよみがえる。忘れていたはずの記憶が。
俺は皆と草野球をして楽しんだ。
俺は皆と学園祭を楽しんだ。
しかし、俺ははっきりいって先ほどまで風子の存在を忘れていた。
先ほど、風子という名前が自然と出たとき全てを思い出した。
『岡崎さん!』
日付ははっきりとはしないが、風子が皆に忘れられていったことはよく覚えている。
草野球をやって、学園祭を一緒に楽しんで――なのに、なのに皆風子のことを忘れていったことを。
もちろん皆が悪いわけではない、確かに皆は少しづつ物足りなさを感じていた。
それは逆らうことが出来ないはずの力に逆らっていた証明。
そして今まで忘れていた俺も同罪なのだからどうして責められようか。
しかし今俺は思い出した。風子とした約束を。
『風子は約束します。また会ったとき、岡崎さんに大事なことを言うことを』
あのとき俺はどうして今じゃ駄目なんだと尋ねた。そしたら風子はこう答えた。
『風子の存在はなかったことになってしまっています。もしかしたら岡崎さんも風子のことを忘れてしまうかもしれません』
『でも、風子は覚えています。覚えている自信があります。だから……』
『もし、会えることがあればそれをするのは必然なんです。偶然を超えた何かなんです』
『逆にそんな機会がなければ風子と岡崎さんはそれまでだったってことです』
おかしなことを言うもんだ。俺はそのときそう思った。
そしてそのまま、風子のことを忘れてしまった――。
しかし今、そのときした約束が今果たされたのである。
「へ?」
でも、今の状況下で一番聞きたくなかった台詞だった。
『同棲(どうせい)っつーの』第9話
俺は取るべき対応に困っていた。
大事なことってそれですか。よりによって今の状況でそれはつらい。
しかし風子は一生懸命にヒトデを俺につき出している。
これを取ったらプロポーズを受け取ったということになるのだろうか?
だとしたら取るわけにはいかない。しかしこんだけの過去があるのに受け取らないのもまたものすごく悪人のような気がする。
渦巻く葛藤。何か救いはないものかと辺りを見渡す。
「お、岡崎じゃないか。何でこんなところを歩いているんだ」
あった。そこには階段を下りてくる途中の芳野さんの姿があった。
「あ、芳野さん……と勝平?」
そしてその横には車椅子に座った勝平の姿も。
「あ、朋也くん」
「あれ、お前どうして芳野さんと」
「え、だってこの人が僕の尊敬していたシンガーだもん。むしろ僕は朋也くんが芳野さんと知り合いだったってのが驚きだな」
「まあ俺の上司だからな」
とりあえず別の話題にもってこれたので安心する。
ふと芳野さんの近くにいる女性に目がいく。あれは渚の担任だった公子さんだったか。
そういえば公子さんも近々結婚すると言っていたっけ。そして芳野さんも……。
そうか、芳野さんの結婚相手って公子さんのことだったのか。
「あら、ふぅちゃん。何してるの」
その公子さんが風子に対して質問をしてくる。ふぅちゃんとか言うからには姉妹かなんかだろうか。
「おねぇちゃん。今風子は告白しているんです! 邪魔しないでください!」
……なんか物凄く爆弾発言のような気がする。
ほら、芳野さんたち固まっているじゃないか。
「岡崎……」
「朋也くん……」
少しして、芳野さんと勝平が動き始める。
「お前が俺の義弟になるのか……それも悪くは無い、な」
出てきた感想はプラスと、
「椋さんだけじゃなくてこんな子まで……」
マイナスの意思が込められたもの。
正直今の俺にはどっちも迷惑なものだった。
「いっいや芳野さん、まだつき合うと決まったわけじゃ……」
「ん? 何か問題でもあるのか」
俺が口をにごしていると、芳野さんは単刀直入に質問してくる。
「実は……」
「お、朋也ではないか。こんなところにいたのか」
すると何故か智代の声。振り向けば当然智代の姿。
「あら? 階段のところで会うなんて意外ね。エレベータもあるのに」
そして続けて杏の声。
「もう、岡崎くんこんなところにいたんですか。駄目ですよまだ療養中の身なのに」
さらに藤林の姿まで。
……俺にはなんかひきつける力があるのだろうか。
「……そういうことか。大変だな。お前も」
どうやら芳野さんは察知してくれたらしい。俺の肩にポンと手をおく。
ああ、どうして俺はこの人に相談しなかったのだろう。ここまで理解してくれる人だったのに。
俺は芳野さんの同情にいたく感激する。
「ん? 何の話をしているんだ」
俺が芳野さんに同情されているという光景を見て、智代が疑問に思ったのか尋ねてくる。
「いや、こっちの話だからさ。あまり気にしないでくれ」
「そうか、まああまり人のプライバシーにかかわるのはあれだからな」
そういって尋ねるのをやめる。智代が礼儀正しいやつでよかった。
「あら? 風子じゃない。久しぶり。何してるの」
「んーお久しぶりです」
杏が風子の存在に気付き、話しかけている。どうやら風子の記憶は思い出されているようだ。
「ん、ああ。風子ではないか。久しぶりだな」
「あら、風子ちゃん。草野球以来ですね」
どうやら皆も風子のことを思い出しているみたいで普通に会話している。
そのことになんか安堵感を覚えた。
ん、そういやなんか忘れているような……。
「はっ! そういえば岡崎さんは風子の告白にまだ答えてません!」
そうでした。一応告白されてる途中なのでした。
「朋也、告白とはどういうことだ」
「ちょーっとさっきの風子の発言は聞き捨てならないわねぇ」
「岡崎さん、告白って……?」
案の定智代たちは食いついてきた。
「えーっと、なあ……」
俺は助けてという表情で芳野さんの方を向くが、芳野さんは黙って首を横に振る。
どうやら、「あきらめろ。年貢の納め時だ」と言っているようだ。
「まあまあ、どういう事情かは知らないけど皆落ち着いて」
そこで救いの手を差し伸べる1人の女性の姿。
なんとそれは公子さんだった。今の俺の目には女神のように見える。
大人の女性の発言からか皆シュンと押し黙る。ここら辺元教師の貫禄とも言えるだろう。
「あのね、ふうちゃん。岡崎さんはふうちゃんの告白に困っているみたいよ」
今度は風子に対して公子さんは説得をしてくれるのだろう。
ついに公子さんの背に後光が見えた気がした。
「告白で困るってどういうことですか! 失礼だと思います」
確かに失礼だと思う。思うんだけど本当に困るんだからしょうがない。
「あのね、どうやら岡崎さんは他の子にも好意を抱かれているみたいなの」
公子さんの発言で智代や杏、藤林が照れくさそうに色んな方向を向く。俺も自覚していってることだがそういわれるとなんか照れくさい。
「ライバルがたくさんいるということですか」
「うーん、まあそういうことだね、でも……」
「岡崎さんのことだからきっとここで正しい返答をしてくれるはずよ」
一瞬にして公子さんの姿が悪魔になりました。
全員の注目がこっちに向けられる。そこには期待と不安に満ちた目の数々。
しかしここで決めろといわれても俺はまだ決心がついてない。というか、ついているんだったらこんなことで悩む必要もない。
「おっ俺は……」
高校の頃から今までの思い出が走馬灯としてよみがえる。
……何故に走馬灯? いや、あながち間違っていないのかもしれないけど。
とりあえず結論を出さねばこの場は切り抜けられまい。
ああ、でもできることなら逃げてぇ……確実に逃げきれないと思うが。
「そ、その……」
口篭もって、なかなか結論を言うことが出来ない。
うう、どうしよう……。
「……分かったわ、朋也。みなまで言う必要はないわ」
沈黙を破ったのは、杏だった。
おお、助け船かっ?
「朋也は優しいから言い出せないのよね。でも安心して、私が代わりにいってあげるから。俺が愛しているのは杏だけだ、って」
……助け舟は、どうやら砲撃する気満々の軍艦だったらしい。
「な、何をわけのわからないことを言っているんだお前はっ」
「そうです。岡崎さんは一言もそんなこといってません、完全に捏造です」
「そこはそれ、愛するもの同士にしか使えないテレパシーよ」
ふふんっ、と胸をそらす杏。
いや、なんかお前キャラ変わってないか……?
「お姉ちゃん」
即座に反論に走った智代と風子から一拍おいて、藤林がにっこりと微笑んだ。
お、やっぱり姉妹だ、ちゃんと諭してくれるんだな。
「大丈夫ですよ、この病院には精神科もありますから。ああ、なんでしたら特別に専門の病院を紹介してもらうのも良いですね。白い壁と鉄格子が待ってますよ」
……凄く、怖い。
「ふっふっふ、言ってくれるじゃないの、椋……」
「お姉ちゃんのためですから」
開くまでにこにこと、笑顔で対峙する藤林姉妹。なんだか、物凄いオーラが出ている。
その余りの禍禍しさに、ついつい智代と風子まで蚊帳の外になっているくらいだ。
もちろん芳野さんと公子さんも苦笑いを浮かべている。
いやまあ、とりあえずさっきの状況からは逃れられたけどさ。
この状況、どうせいっつーの!
「……僕のこと忘れてる」
……あ、そういや勝平の存在すっかり忘れてた(汗
つづく
あとがき
一番ネタが出てこない回でした。厳しかったです。DILMの助けがなければさらに一週間延びてたかも(汗
とりあえずお待たせしましたとだけ。本当にすみませんでした。
というか6話で風子の名前書くのすっかり忘れてたんですよ、それがまさかこんな風に生かせるとは(そんなつもり全くなし)。同棲は本当に偶然の神様に愛されていると思いますw