最悪の光景――それは既に宮沢が不良たちの手に捕まった姿。

「随分と手こずらせてくれたじゃねえか」

 いかにもチンピラですといった顔をした男が宮沢を挑発するかのように言う。
 宮沢の方はというと、その他の不良たちに腕を捕まれ、身動きの取れない状態だった。
 その他の不良の中には、先ほど俺が倒した不良の姿もある。

「手荒に扱うんじゃねえ!!」

 そいつらの後ろにいる、一際ガタイのしっかりした男の姿。こいつがどうやらボスらしい。
 不良どもに怒鳴っている。

「へっへい、すみません……」
「どけ、俺が直接連れて行く」
 
 ボスらしき男が宮沢の腕をつかむ。

「宮沢の手を離しやがれ!!」

 そのとき、俺は思わずボスらしき男に向かって叫んでいた。





『同棲(どうせい)っつーの』第7話(後編)





 叫ぶと同時に俺は一団目掛けて突撃する。
 2人組を相手にしたときの冷静さは殆ど無くなっていた。

「おっと、ここは通さねぇぜ」

 ボスらしき男に届く前に、先ほどの男たちを含めたたくさんの不良が俺の前にたつ。

「どけっ!」

 俺は目の前にたった男に集中して攻撃を仕掛ける。
 しかし、その隙を狙って俺の横にいた奴が鳩尾に拳を入れてきていた。
 どす、という鈍い音と共に腹部に激痛が走る。

「が…はっ……!」

 その痛みで足が止まる。
 目の前の不良どもはその好機を逃さず、一気に畳み掛けてきた。

「……そのまま相手してやれ」

 ボスらしき男はそう言って俺を一瞥した後、宮沢を連れてその場を去ろうとする。

「まっ……待てよ……」

 俺は頑張って声をしぼりだすものの、どうやらボスらしき男には届かなかったらしい。
 全く俺の声に反応を示さず、夜の闇に消えてゆく。

「おっと……こんなもんで終わりじゃないぜ?」

 こいつは見覚えがある。確かさっき俺が倒した奴のうちの1人だ。
 証拠というわけではないが、俺をいたぶれることを他の奴らよりはるかに喜んでいるように見える。

「ぐっ! うっ!」

 不良たちからの蹴りが間髪入れず襲い掛かってくる。
 俺にできることは痛みを少しでも減らすため、亀のように腹を地面に向け、全身を縮ませることだけ。
 それでもじわじわと痛みは蓄積されてゆき、なんでこんな目に合っているのだろうとすら考え始める。

「はっはっは、お前も馬鹿だな。こんなところに1人で来るなんて。ナイト気取りかよ!」

 不良のうちの誰かが何気なく放った言葉。
 何故だろう、むちゃくちゃ俺の気に触った。

ガシッ

「へっ?」

 そいつのであろう足をつかみ、身を起き上がらせようとする。

「……宮沢を…返し……やがっ……ぐはっ!」

 しかしすぐに別の奴からの蹴りが入り、地面に口をつける。

「なんでぇ……びびらせやがって……?」

 しかし俺はそいつの足を離さない。
 再び、起き上がろうとする。
 当然同じように別の奴から蹴りが入る。だが、俺はなんとか痛みに耐え、そいつの足を精一杯引っ張った。

「うわあっ!?」

 バランスを崩し、倒れる男。

「気取りで悪かったな……」

 そう、自分でもナイトのつもりだったのだ。
 それをこんな不良ごときに馬鹿にされたからこんなに癪に障ったのだろう。

「ちっ! 皆遊びはこれまでだ! 病院送りにするぞ」

 足を引っ張った男が命令した途端、周囲の奴らが凶器を取り出す。
 万全な状態だったら逃げるという選択肢も出たものの、今の俺にそのような力は残っていない。
 そして俺の横にいた奴が凶器を振り下ろしてきた。
 ここまでか、俺は覚悟をして目を閉じる。

ヴォォオオオン!!

 突然響き渡るバイク音。
 音はだんだんとこちらに近づいてくる。
 と、同時に俺の横にいた奴が倒れた。
 俺は目を開けてそいつを見る。頭には大きなコブ、その傍らには百科事典が一冊。

「まさか……」

 こんな芸当ができる人間といったら俺にはあいつしか思い浮かばない。思わずバイクの方を見る。
 あきらかにこちらに向かっている2人乗りをしたバイクの姿。スピードを緩める気配はなく、ひいても構わないといった乱暴な走り。

「おっおい、やべぇぞ」

 不良の1人が言ってその場から離れた途端、他の不良も一気に俺の周囲から散っていく。
 バイクは元から俺の近くで止まるつもりだったのだろう、俺の少し横で止まった。
 後ろに乗っていた人物が先にバイクから降り、ヘルメットを取る。

「おっおい! あれは……」

 ヘルメットを取った先には俺の知っている人物の姿。
 不良の中にも知っている奴がいたのだろう。まあ、当然か。だって……

「大丈夫だったか、朋也」

そこに現れたのは、生きる伝説『坂上智代』の姿だったから。



 場が騒然となる。無理もないだろう、飛んできた辞書、突進してくるバイク、そして智代の姿――。
 智代は俺の前にしゃがみ、俺の顔を見る。

「酷い……こんなになるまで……」

 悲しそうに言う。一体、どれほどあざができていたのだろう。
 そして再び立ち上がる。智代の顔は怒りの表情に変わっていた。

「杏、どうやら手加減はいらないようだ」

 やはりバイクの運転手は杏だったか。辞書が飛んできた時点で予想はついていたが。
……ということはあいつは辞書片手に運転したってことか? コントロールとか、バランスとか色々つっこみどころがある。

「OK、じゃあここにいる奴ら全員片付けましょう。1人残らずね」
「ああ、朋也をこんな目に合わせた奴らだ。自分たちも痛い目に遭って反省するといい……いくぞ!」

 その言葉と同時に智代は自分に一番近い不良の群れの中に飛び入る。

「なっ……!?」
「遅いっ!」

 そして不良たちがそれに反応する前に攻撃し、一撃でなぎ倒してゆく。

「ちぃっ! くらえ」
「……それで攻撃のつもりか?」
「なんだと……ぐふっ!?」

 例え不良が智代から見えない位置から攻撃しても、気配で察知するのか素早くよけ、カウンターを喰らわせる。

 ありえねぇ……。

 智代の戦闘を見た感想がそれだった。1対多数なのに全然引けを取らないどころか、むしろ圧倒的。次々に倒れてゆく。
 その強さゆえ、逃げ出す奴も出てくるほどだ。

「にっ逃げろ〜!」
「あら? 逃がすと思って?」

 しかし、そうするとバイクに乗った杏が長い木刀を持って逃げ道の方に待ち構えている。

「ひぃいいい!?」
「その叫び声……聞いたのは陽平の馬鹿以来よ!」

 不良たちから奪ったのだろうリーチのある木刀をバイクに乗りながら振り回す姿はまさに軍神、というか人間業じゃない。あれで何故こけないのだろう。
 ともかく、一瞬にしてその場は阿鼻叫喚の地獄と化した。
 その光景は俺を痛めつけた奴らとはいえ、少し同情してしまうぐらいだ。

「……そうだ、今のうちに……」

 俺は痛みをこらえて立ち上がり、杏と智代が戦っているのを尻目に、ボスらしき男が向かった方角へと歩いていく。
 さらわれた宮沢を助ける、それはナイトである俺の使命だからだ。



 痛みで距離感覚があまりなくなっている。どんな道を通ったのかよく覚えていない。
 ただ、真っ直ぐに歩いているのだけは確かだ。
 歩くたびに、意識が遠のきそうになる。
 ここで楽になっていいじゃないか、お前はよく頑張った。
 そんな甘いささやきが何度も、何度も聞こえてきた。 

「へっ……俺の仕事はまだ終わってないっての」

 そう思うたびに、こう口にする。
 そう、終わってないのだ。宮沢を助けるまでは。
 ようやく、人気のない道に人影が二つ見えた。おそらく、アレに間違いないだろう。
 少しづつ、息をひそめ近づいていく。
 シルエットで、俺が探しているのに間違いないことを確信する。動かないところを見るとどうやらその場で止まっているらしい。さらに2人の間に少し距離があるのも気になる。
 と、突然その距離が近づいた。どうやらボスらしき男が宮沢の肩を持ったらしい。

危ない。

 俺は思わず痛みも忘れて走り出し、そして叫んだ。

「宮沢を離……」




















「好きだ!! 付き合ってくれ!!」
「せぇぇぇえええええ!???」


ズシャアアアアア!!

 スーパー錐揉み大回転ずっこけ。
 こっここまでの真面目な展開は一体なんだったんだ!!
 それくらいボスらしき男の発言には別の意味でダメージを受ける。

「……お前はさっきの!」
「んなこたぁどうでもいい! 何で宮沢をさらったんだ!!」

 別の意味でブチキレ状態の俺は、不良のボスらしき男なのに容赦なく質問する。

「おっ……俺、あいつと勝負してたんだ。どっちが先にゆきねえのハートをガッチリキャッチするかって。それで負けたくなくて……」

 もしかして宮沢の友人がらみってそういうこと?
 シリアス要素だったものがどんどんと笑い話に消化されていく様は聞いていて悲しくなってくる。

「えーっと……」

 どうやらこの状況に一番戸惑いを覚えているのは宮沢らしい。ものすごく返答に困っている。

「あーもう、宮沢。お前の答えを言ってやれ」

 なんかどうでもよくなってきた俺は、とりあえず宮沢が発言しやすいように後押しし、さっさと終わらせようとする。

「そうですね……ごめんなさい」
「ショーーーーーーーーーーーーック!!」

 ボスらしき男がそう叫ぶ。
……あいつら、何でこんな奴ボスにしてんだろ。

「私、まだあきらめきれない相手がいるんです。だから、ごめんなさい」
「……えっ?」

 俺も宮沢の言葉に反応する。

「そっそればだれんことですタイ!」
「それってまさか……」

 俺とボス(もはや呼び捨て)の注目が集まる。ボスの口調はもはや無視だ。

「それは……朋也さんのことです♪」

 そういって俺の左腕に抱きついてきた。
 ああ、やっぱりそういうことか。

「くっくっ……くそぉおおお!!」

 ボスがやけになって俺に襲い掛かってきた。

「わー! ちょっちょい待ちやがれ!!」

 俺のほうはというと全身ダメージを負っていて、しかも左腕は宮沢が抱きついていてと身動きが取れない状態。
 さっきのところならともかく、こんなとこでやられるのは勘弁してほしい。

ドゴォッ!!

「ひでぶっ!!」

 間一髪と言うべきか、辞書が飛んできてボスの頭にクリーンヒットする。
 ボスはどこかで聞いたことあるような悲鳴をあげて倒れた。

「人の男に何してんのよ!」
「……少なくとも貴様のモノではないだろう」

 杏と智代の聞きなれた会話、どうやらあっちが済んで俺を探しに来たようだ。
……あっちはどうなってるのだろう、なんとなく見ない方がいい気がする。

「サンキュー2人とも。助かった」

 右の肩はあがらないから、腕を上げずに2人に礼をする。
 2人は宮沢の方に気付いたのか急いで近づいてくる。

「ちょっちょっと、なんで朋也の腕に抱きついてんのよ!!」
「あーそのな……」

 杏が怒った口調で聞いてくる。
 仕方がないので、俺が先ほど起こったことを説明しようとした途端、先に宮沢の方が口を開いた。

「これが……私の宣戦布告です!」

 宮沢の宣戦布告!

 杏は攻撃力が上がった!
 智代は攻撃力が上がった!
 朋也は恐ろしさのあまりすくみあがった!

「こうやって追いかけてきてくれたのですから……私にも可能性はまだありますよね」
「ははははは……」

 宮沢までそうするとは、おにーさん夢にも思わなかったぞ。
 と、今頃になって我慢していた痛みと疲れが一気に押し寄せ、意識が遠のいてゆく。

「「「朋也(さん)!?」」」

 3人が俺の名前を呼ぶのを聞きながら、次目覚めたときにはこの「どうせいっつーの」的な状況が解決してますようにと祈らずにはいられなかった。



続く

あとがき
 えっと、ちょっとシリアスっぽいのと、戦闘シーンってのがやってみたくなって書いた第7話。いかがだったでしょうか。今までのノリが好きだった方は今回はつまらなかったりしたかもしれません(汗
 つか筆力不足を今回は痛感しました。戦闘シーンはしばらくこりごりです(ぉ
 次はまた通常のノリに戻す予定なんで、この後も離れずに楽しんでもらえたらなあと思います。