痛い。
限りなく空気が痛い。
もっというと杏と智代から感じるオーラが物凄く痛い。
何故か見えないはずのオーラが見える。黒や、紫や、灰色や、とにかく暗い色の絵の具をぶちまけてかき混ぜる途中のようなオーラが俺のアパートの周囲にうずまいている。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
しかもそのオーラは何故か音まで感じられる。俺は今までこれほどのオーラ、つうよりむしろ怨念を感じたことがない。
「朋也……」
「はっはぃぃいい!?」
地獄の底から響くような杏の声。その声で名前を呼ばれ思わず情けない声で返事をしてしまう。
あぁ、さっきまでのかっこよかった俺は一体何処に消えたんだ……。
「どういうことか説明してもらえるわよね……」
「私も知りたいぞ。どうしてこの、宮沢というのをここに連れてきたのか」
「えっえっとそれはですね……」
なんだろう。ちゃんとした理由があるのに言葉にしにくいこの状況は。
それは相手が最強&最凶タッグだからだろう。
俺だって、『ここは俺のアパートだ! 誰連れてこようと俺の勝手だろう!!』ぐらい言いたいものだが……。
『ここは俺のアパートだ! 誰連れてこようと俺の勝手だろう!!』
『ほぅ……』
『朋也……アンタも言うようになったじゃない?』
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!
気のせいなどではなく杏と智代から感じるオーラの量が増えた。
しかもなんか2人とも眼が怪しく光ってる。
ヤバイ、マジヤバイ。MAXやバイ。
そう感じ取った俺は即座に逃亡を試みる。
素早く立ち上がって一直線に部屋のドアに向かって走り出す。
ゴスッ!!グサッ!!
『え……?』
刹那、俺の延髄に鈍い痛みが走り、一瞬遅れて左広背筋と左胸部に鋭い痛みが走る。
そして僅かに間を置いて床に『百科事典』と書かれた分厚い本が落ちた。
『な……っ』
薄れ行く意識の中で左胸に目をやる。
朋也の左胸は一本の長い髪の毛で貫かれていた。
――こ、こんな技すらも極めていたのか……智代――
それが、俺がこの世で感じとった最後の感覚だった。
You are die!
か、考えただけで恐ろしい……。
思わず唾を飲んでしまう。
「待ってください!」
突然、宮沢が俺たちの会話に入る。
こんな空気の中で入る宮沢はなかなか勇気があるのだろう。有力な不良さんたちと話し合って仲良くなっただけのことはある。
「朋也さんが私を連れてきてくれたのにはちゃんとしたわけがあるんです!」
宮沢の勇気ある発言により、空気が少し軽くなる。
ナイスだ宮沢、頑張れ宮沢。心の中で応援する俺。
そこには先ほどの男らしい俺の姿はもはやない。
「じゃあ聞かせてもらいましょうか」
「それは……」
そこだ、いけ。一矢報いてくれ!!
「私に、プロポーズしたからです!!」
その瞬間、俺には短い人生のゴール地点が見えたような気がしました。
『同棲(どうせい)っつーの』
話は少しさかのぼる。
「あー先に言っとくけどうちのアパートはせまいからな? んで、今ちょっと特殊なことになってるから、それは了承してくれ」
アパートの玄関前。中に入る前に宮沢に警告しておく。
宮沢は確か智代や杏のことをよく知らなかった……はず。名前を出して説明しても多分分からないだろうから少し曖昧に言った。
「はい、わかりました」
未だ嬉しそうな宮沢の声。
やはり何か勘違いしているんじゃなかろうかと思いつつ扉を開ける。
ガチャ
「ああ、朋也おかえ……」
「おかえりな……」
出迎えてくれた2人が固まる。
その視線は宮沢の方を向いていた。
そこまではまだ予想範囲である。
「朋也さん……」
そして案の定宮沢もこの状況の異彩さに不安そうな顔で俺に何かを聞こうとしてくる。
「……お友達と暮らしているんですか?」
「あーまあそんなもんだ」
へたに今の状況説明すると気まずいからな。そういうことにしといてもらおう。
「それならよかったです」
一体、何がよかったのだろう? よくわからないが宮沢は安堵の笑みを浮かべている。
それとは対照的に、杏は同じ笑顔でもやけに相手にプレッシャーを与える表情をしていた。
「朋也……」
「はっはい、なんでございましょうか!?」
「話は中で詳しく聞きましょうか……」
杏は確かに笑顔で話している。
それなのにこの緊張感は何なのだろうか。
「宮沢……だったか、ついでに中にあがってくれ」
どうやら智代は宮沢のことを知っていたらしい。だが、今の2人にそんな親しげな様子は見られない。あえて表現するとすれば、敵同士合間見えたというところだろうか。
「はい、じゃああがらせていただきますね」
俺は処刑台に上るような感覚を受けながら、有紀寧と共にアパートの奥の部屋へと入っていった。
そして今日の宮沢の爆弾発言のあと今に至る。
並の人間ならショック死しているだろうこの状況、むしろショック死した方が楽になれたかもしれない。
しかし俺はこうして意識を保っている。保っている以上為すべきことは一つ。
「ちっ違うんだ! 今から本当のことを説明するから!!」
己の保身に走ることだった。
俺は先ほどあったことなどを大雑把に説明する。
仕事の帰り道女の叫び声を聞いた、俺が助けに入った、助けたらその相手は高校の知り合いだった、事情を聞いた俺は安全なようにアパートに来ることを勧めたといったことを。
勿論胸に顔をうずめられたというのは口にしなかったが。
「……というわけなんだ」
「……なんだかうそ臭いわね」
返って怪しまれる。
……まあ、確かに漫画のようなお話だしな。そう思われても仕方ないことなのかもしれない。
「私は信じるぞ」
「おお、智代! 信じてくれてありがとう!」
俺は智代の手をにぎって感謝する。こんなうそ臭いことを信じてくれるのは本当にありがたい。
「あっあたしだって信じてはいるわよ! でも一応……宮沢さん、その話は本当なの?」
「はい、朋也さんは確かに不良2人に襲われていた私を助けてくれました」
宮沢は俺が話した説明に、さらに当事者しか分からないような人数なども含めて証明してくれた。
これでなんとなく、2人により本当だということが信じてもらえた気がする。
「それに、突然のことで動けなかった私の手を取って走ってくれたり、不安に押しつぶされそうだった私に胸を貸してくれました」
そんなところまで説明しなくてよいです。
確かにより真実だと認識してもらえたかもしれんけど、その代わりに別の面での疑いがかかったっぽい。勿論一番かかって欲しくなかった疑いが。
その重苦しいオーラを漂わせたまま、杏が聞いてくる。
「朋也……宮沢さんとの関係ってのは本当に高校の知り合いってだけなのね」
「あっああ! そうだぞ!」
杏の質問、俺は殺されないように素直にそのことに肯定する。
「本当に?」
「ああ、俺と宮沢とは単なる友達だ!!」
力強く友達ということを強調する。その場の状況やら、今の気持ちとかも含めての答え。
だが、それがまずかったらしい。
「えっ……?」
宮沢の小さな驚きの声。全員の注目が一斉にそちらに向く。
そこには信じられないといった表情をした宮沢の姿。
しまった。
俺はそう感じた。
まさか宮沢も俺を好いてくれていたとは、その認識の甘さがこんな致命傷に繋がった。
「……えっと、そ、そうですよね。嬉しさのあまりはしゃいじゃって・・・私、馬鹿みたいですね」
たどたどしく、宮沢は言葉を口にする。先ほどの笑顔や元気さはそこにはない。
「今日はありがとうございました。私、家に帰りますね」
宮沢はそう言ってすぐに立ち上がり、真っ暗闇のアパートの外へ駆け出していく。
呆然とする俺たち。少しの間静寂が訪れる。
「……あっ、おい! 待てよ!!」
いち早く行動できるようになった俺は急いで宮沢を追いかけた。
「はぁっはぁっ、畜生。どこ行ったんだ!」
宮沢を探すがなかなか見つからない。もしかしたら宮沢を狙っている不良たちがいるというのに、1人にさせておくのはあまりに危険。
そうなると時間がたてばたつほど捕まってしまう可能性は高い、探す時間が長くなるたびにあせりの量も比例して増してゆく。
「くっ、まさか宮沢もそんなに俺のこと思っていたなんて!」
自分の言った台詞に対する後悔。最悪のタイミングで言ってしまったように思える。
「畜生! 無事でいてくれよ……」
祈りながらまた必死の捜索を始める。
探し始めてからどれだけ時間がたっただろうか。
時間が時間のため周囲に人影はなく、静かな夜。
しかし、そんな中何故かやけに騒いでいる場所があった。
「……もしや」
まさかとは思い、俺はその場所に走って行く。
そこでは、最悪の状況が俺を待っていた。
続く
なかがき
あれ? なんでシリアスっぽい?(ぉ