「お疲れ様です」
芳野さんや他の仲間にあいさつをしてから事務所を出る。
まだ春先だから日が沈むのは遅いはずなのに、今日は仕事時間が長くなった分辺りは暗くなっていた。
「ふぅ、今日も疲れた……」
事務所から出て、そうつぶやきながら背伸びをする。仕事が終わったという開放感……
「……でも、この後また別の意味で疲れるんだろうな」
と、同時にくる絶望感。腕を下ろしてため息をつく。勿論変な意味で疲れるのではなく、振り回されるという意味でだ。
男としては変な意味で疲れてみたいものだが、最近ではどうかなとも思っている……何考えてるんだ、俺は。
「まっゆっくり帰るとしますか」
自宅に向かって歩き始める。いつもよりちょっと遅めのペース。
どうせだし途中にある店でジュースでも買って帰ろうかとか、後にある展開を考えないようにしつつ気楽に前へ進んでいく。後にある展開のことを考えたって悲しいだけだし、何より予測がつかないようなことしか起こらないから。
途中にあった店に入り、ジュースを買う。別に自販機でもいいのだが、こっちの方が多少安いことが多いし、袋がもらえるのでありがたいからだ。
2リットルペットボトルジュースが二本入った袋を片手に、家へと帰る。別にお酒でもよかったのだが、なんか嫌な予感がするので買わなかった。
暗い夜道、そこまで都会というわけじゃないので歩いている人はほとんどいない。
「女だったりしたら防犯グッズ持ってたりしないとまずいよな」
最近あったニュースを思い出し、そう考える。この町で起きたわけではないのだが、確か女が男に襲われるというありがちな事件だった。
ここでは男が女に襲われてるんですけど、ニュース見ながらそう言いたかったが智代と杏も一緒に見ているのでやめたのをよく覚えている。
「まっ、この町だったらそんな事件起こりそうにないしな」
俺がこの町にいてこの方、そういう事件を聞いたことなど一度もない。すごく平和な町だ。そういう意味ではこの町は珍しい町だと思う。
「それに俺に関係してくるとは思えないし……」
『キャアアア!!』
そう考えてたとき、遠くから女の悲鳴が聞こえた。
それを聞きながら俺は思う。
偶然の神様、そろそろいい加減にしてください。
『同棲(どうせい)っつーの』第7話(前編)
とりあえずあんな悲鳴を聞いておいて無視するわけにもいかない。俺は急いで声がした方へと向かう。
そこには、暗くてよく見えないが男2人に襲われている女の姿があった。
女の方は年齢的には俺と同い年か少し下ぐらいだろうか。男たちもそのくらいだろう。
女を助けようにも1人ならともかく、2人となるとちょっと厳しい。幸い、あちらさんは俺がいることに気付いていないようなのでこっそりと近づく。勿論歩くたびに音がするビニル袋は途中に置いて。
女と男たちの会話が少しづつ聞こえてくる。
「やめ……さい!!」
「そう……にもいかねえんだ……さんの指示…」
どうやら、聞こえる部分から判断するに男たちは誰かの指示で女を捕まえようとしているらしい。というか、女の声どっかで聞いたことあるような……っと、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。
さらに近づくことによってより明確に声が聞こえてくる。
「私にはそんな力はありません」
「あんたが意識してないだけだ。だが、それを万が一でも発揮されちゃ困るんでなぁ」
力? なんのことだ。この世界はファンタジーではなく現実世界だ。そういう世界での力となると……。
そう考えている途中、もう1人の男がしゃべりだす。
「何言っても無駄だからとっとと黙らせて連れて帰ろうぜ」
「……そうだな」
そういって1人の男が女を捕まえようとする。
――不味い。
そう感じた俺はそこで走って一気に近づき、二人との距離を詰めた。
「えっ?」
「何だ!?」
「誰だ!?」
三者三様の驚き。俺はそれを意にも介さず女を捕まえようとしていた男に体当たりを敢行する。
突然のことに反応しきれなかった相手は防御もままならず、後ろのコンクリート塀にそのままぶつかった。
本当ならばそのまま一緒に転がっていって完全に仕留めたい所なのだが、今は他にも相手が居るので俺はすぐさま起き上がってもう1人の方に向きなおる。
「何しやがる! 卑怯だぞてめえ!!」
「どっちがだよっ!」
もう1人の男が俺を殴ろうと襲い掛かってくる。
が、俺は念のため一つだけ持ってきたペットボトルを男に向かって投げつけた。
「?!」
伊達に2リットル=2sという等式になるわけではない。2リットルペットボトルが当たった衝撃で男の行動が一瞬止まる。
その隙を見計らって俺は逆に男の腹部に拳をめり込ませる。
「かはっ……」
不良の割には肉体は鍛えられていない奴らしく、その一撃でそいつは地面に這いつくばった。
念のためさっき体当たりした奴の方を振り返る。
どうやら向こうの方も不意打ちが功を奏したらしく、道路の上で寝転がったままだった。
「…非力な女を襲おうとしている奴らに卑怯だなんて言われたくねーよ」
一応奴らの言ってきたことに答えておく。尤も、聞こえているかどうかは知った事じゃないが。
まぁ世の中には非力とは無縁の女たち(智代とか杏とか)もいるわけだけれどそれは言わないことにしとこう。
っつーか後が怖いし。
「おぃ、今のうちに逃げるぞ」
俺は顔を見ずに手をさし出す。
「……はっはい!」
何故か知らないが女は一瞬躊躇する。
しかしやがてその手をとったのを確認すると、俺は光のあるほう(つまりさっきぺットボトルを買った店の方向)へと走りだした。
「ふう、ここまで逃げれば大丈夫かな」
店まで走った後、そのまま周囲にたくさん家のある、明るい場所まで移動する。ここなら襲われても大きな声を出せばどうにかなるし、もしものときにはここの近くである俺のアパートに逃げ込めばいい。
「ふぅ……ありがとうございました」
息切れを起こしつつも、しばらくして息を整えた女が俺にお礼を言ってくる。
そういや逃げることに必死で顔を見ていなかったな。そう思いながら俺は女の方を向く。
……あれ? どこかで見たことある顔ですよ?
俺の記憶が高校時代へとさかのぼってゆく。
演劇部……図書室……裏庭……資料室……資料室?
「そしてお久しぶりです、朋也さん」
「もしかして、宮沢か?」
「はい」
俺が助けた女の正体、それは資料室の主、宮沢有紀寧だった。
……偶然って一体何だろう……俺の最近の境遇を考えるとそう思わざるを得なかった。
「ところで、なんで襲われてたんだ? あいつ等の話聞いてるとなんか理由がありそうだが」
宮沢に尋ねてみる。すると宮沢は複雑そうな表情をしながら語り始めた。
「えっとですね、どうやら私の友達が関係あるようなんです」
「友達っていうとあの?」
「はい……」
宮沢の友達っていうとあの不良さんたちか……。なんか嫌な予感、つまり厄介事に巻き込まれそうな予感がしてくる。
「あの人たち、私には人質としての価値があるみたいなことを誰かに命令されたみたいで」
「なるほどな……」
宮沢の友達っていうとここら辺の有力な不良の塊だ。多分どっか他所のグループかなんかがその中の誰かを狙っているとしたら、これ以上に有効な人質はないだろう。
「お前の家ってこっから遠いか?」
「はい、ここからは結構遠いですし、それに……」
「ん?他に何か問題でもあるのか」
「今1人暮らしなんです」
「そっか……そいつはまずいな。奴らにアパート先を知られている可能性も否定できない」
あいつ等もそろそろ目覚めたことだろう。となると必死で宮沢のことを探しているはず。へたするとあんな奴らがもっと増えているかもしれない。
それに1人暮らしでこっから遠いとなると……家に帰らすには危なすぎる。さっきは油断していたやつらだったからどうにかなったが、今度一気に襲われると勝てる気は正直しない。
「どうすっかな……」
ちょっととんでもない事態に思わず悩んでしまう。
「あの……」
俺が考え込んでいると、今度は宮沢の方から口にしてきた。しかし、なかなかその後が出てこない。
何か言いたいことでもあるのだろうか。気になった俺は宮沢がこたえやすいよう聞き返しておく。
「ん? どうかしたか」
「……朋也さん!!」
そう答えた途端、何故か突然宮沢が俺の胸に顔をうずめてきた。
「朋也さん……」
「みっ宮沢?」
突然のことにどもってしまう俺。
そのまま、宮沢は自分の心情を口にしてきた。
「助けてくれてありがとうございます。私……すごく怖かったです」
「宮沢……」
本当に怖かったのだろう、体が震えているのが分かる。
そんな宮沢を見て、これ以上怖がらせてはいけないという気がした。
「……仕方ない、これだけはしたくなかったが緊急事態だしな」
俺は宮沢にある提案を持ちかける。
「宮沢、この近くがうちのアパートなんだが……こないか?」
「えっ?」
「いや、俺のアパートなら奴らに知られてないし安全だからさ」
俺は危ないけどな。まあ事情が事情だからしょうがない。あの2人もなんとか納得してくれるだろう。
「あの……」
「ん?」
「ふつつかものですが……よろしくお願いしますね(ぽっ」
なんで顔を赤らめて話してますかあなたは。
「マテ、もしかして何か勘違いしていないか?」
「勘違いなんてしてませんよ、アパートに一緒に行くんですよね」
「ああ、そういうことだが……」
なんか違和感を感じてしまう。しかし、まあこれしか選択肢がないのだからしょうがない。
せめて、どうせいというような事態にはなりませんように。
俺は自分のアパートに向かいながら考えるのであった。
続く
なかがき
有紀寧編です。ちょっと他よりも長いと思います。そしてしまさん、戦闘シーンの助言ありがとう。