「はあ、一体どうせいっての」

 思わずため息をつく。
 今週、渚の爆弾発言があった。その破壊力は核爆弾級で、その場の時が止まるほどであった。
 勿論その後、我が住まいでは渚によってさらに闘志を燃やされた2人の行き過ぎた行動が続いた。
 思い出すだけでもなんかまたため息をつきたくなるぐらいなので思い出さないでおく。ただ、そのことによってアパートに落ち着ける場所がなくなったのは事実だった。

「とりあえず他に落ち着くのにいい場所は見つけたとはいえなあ……」

 そういって辺りを見渡す。
 人がいるとはいえ皆が大人しく行動をし、ゆったりと座れる場所があり、膨大な量の知識が詰まった本がたくさん並んでいる……そう、俺は仕事の休日に町の図書館に来ていた。
 なんといっても静か、悩んでいても誰にもつっこまれそうにない空間、そして本の中にはこういうときの対処法が書かれた本もあるはず。
 これ以上にいい場所が他にあろうか、いやないだろう。

「でもまあ、こんなことがなければ図書館なんて来なかっただろうなあ」

 そんなことをつぶやきながら、高校の頃のことを少し思い出す。
 そういや大学の時も何回か図書室に行ったっけ。あれはことみに会いに行くことが目的だったか。
 ふと、ことみの顔が大きく頭の中に浮かんだ。

「……ことみは何しているんだろうなあ」

 ことみが今何をしているのか予想してみる。
 あいつのことだから、すごく頭のいい大学に行っているに違いない。もしかしたら国外に出ているだろう。少なくとも、もう一度会える可能性はないような気がする。

「ま、そういうの考えている暇はないか」

 俺の置かれている状況を改めて思い直す。それを考えると、高校時代の思い出に浸っている余裕など、ない。現状を打破する方法を考えねば。
 まずは状況を整理してみよう。出来るだけ単純明快にだ。

1、智代が俺のアパートに来て暮らすことになった。
2、杏が俺のアパートに来て暮らすことになった。
3、渚が俺と2人がいる前で爆弾発言(告白)。

「うわ、とことん修羅場だなこれは……」
『修羅場?』
「ああ、修羅場だ」
『血みどろの激しい戦いや争いの行われる場所。しゅらじょうとも呼ばれ、人形浄瑠璃・歌舞伎・講談などで、激しい戦いや争いの演じられる場面ということにも使われるあの修羅場?』
「後者はよくわからんが、前者の意味だ。さて……」

 さて、この状況で一番問題視する点はどこだろうか。
 答えは一つ、勿論2人と同棲しているという点だ。同棲していることによって俺はアパートという考える場を奪われ、疲れる日々を送ることになっている。食事や掃除などの点ではありがたいが、自由という代償に比べるとマイナスといったところだろうか。

「せめて、同棲していなければなあ」
『同棲? 朋也くん同棲って言ったの?』
「ああ、それがなければなあ」
『同棲は一緒に住むこと。特に、正式に結婚していない男女が同じ家で一緒に暮らすこと。朋也くん誰かと一緒に暮らしてるの?』
「そうそう、実はさあ……」

……待て俺。今誰と話しているんだ? つうか誰が『修羅場』や『同棲』の意味を説明してくれたんだ?
 なんとなくいつもの嫌な予感ってやつがした。ゆっくりと後ろを見る。
 そこには――

「ことみ……?」
「朋也くん、お久しぶりなの」

 会えないと思っていた人にもう一度会うことができました。





『同棲(どうせい)っつーの』第5話





 落ち着け俺。落ち着け俺。

「おちけつ俺。おつけつ俺。よし、俺はおつけいている」
「朋也くん、落ち着いているっていいたいの?」

 ことみにつっこまれる。どうやら全然落ち着けていないらしい。

「そっそれよりもことみ! お前何でこんなところに!」
「休日には、いつもここに来て本を読むの。大学のはほとんど読み尽くしたから」

 大学の本って相当あるだろ。それを確かに1年たったとはいえ読み尽くせるものなのか。

「それで本を探していたとき、朋也くんの姿があったから声をかけてみたの」
「そういうことか……ところで、大学って?」
「この近くなの」

 この近くというと、もしや智代や杏も通っている大学か? というかこの辺の大学と言えばそこぐらいしかないはず。
 つか、うちの高校は大学付属かよ。ここまで俺の知り合いが皆同じ大学通っているとそう疑いたくもなってしまう。

「なんでまた……お前ならもっといいところ行けるだろうに」

 心からの疑問だった。正直、俺にはこの近くの大学にする利点が思い浮かばない。
 すると、ことみは小さい声ながらも答えた。

「家から通えないところは、だめだから。それに……」
「それに?」
「……ところで朋也くん、同棲って?」

 突然話を元に戻される。
 ことみの口からは言えない様な部分だったのだろうか。
……つか、その話に戻ると俺ピンチじゃないか!?

「いや、俺はその続きが気になるのだが……」

 なんとかごまかそうとしてみる。自分でも冷や汗がたれてきているのがわかる。

「私は同棲の方が気になるの」
「いや、俺は……」
「気になるの」
「そこまで気にするほどでも……」
「気になるの」

 ことみの押しにたじろぐ。ことみってこんなに押しが強い性格だったか?

「わかった! じゃあ教えるから」

 俺はついに観念する。しかし、真実をそのまま話すわけにはいかない。ありえないとは思うがへたに話してこれ以上アパートに厄介事を持ち込みたくはない。
 なんとかごまかす方法を考えねば……とはいえ同棲って言葉が出た時点でなあ。しかも自分で肯定しちゃったし……そうだ。

「あのさ、俺の親父が女2人に追い回されちまってさ。そんで、挙句の果てには2人が家まで来て無理やり住み始めたんだよ」

 俺が考えたこと、それは親父を犠牲にすることだった。多少は罪悪感もあるが、この場を切り抜けるにはこれしかない。許せ、親父。

「朋也くんのお父さん、モテモテ?」
「ああ、そうみたいだな」

 勿論本当はどうなのか知らない。まあ知っていたところでどうにもなるわけではないが。

「そんでまあ、俺はそんな厄介事と一緒に住むのは真っ平ごめんだからアパートに引っ越したんだがな」

 本当らしく見せかけるために、多少真実を混ぜておく。
 確かこうすれば嘘だと見抜かれにくいんだよな。

「朋也くんアパートに住んでるの?」
「ああ、まあ1人暮らししたかったしな」
「そう……」

 ことみは何か考え事をしている。まあ、これだけ言えば嘘とは見抜かれはしないだろう。
 俺は安心して、次のことみの発言を待つ。嘘だと見抜かれない以上、どんな言葉でもどうにかなるはず。
 今の俺はいうなれば野球で投手の投げる球を読みきった野手。曲がり具合、球速も自分が打てる範囲にあるから安心して打ち返せる。





















「じゃあ、朋也くんの家に遊びに行ってもいい?」

 ことみの投げた言葉というボールはとんでもない速度で予測もつかない方向に急激に曲がり、俺のバットをよけていった。
 というか何でそんな話になるんだ!

「……えっ? ちょっちょっと待て。何故だそれは」

 すぐには反応できず、妙に慌てながらことみに尋ね返す。なんとか逃げる手段を考えるための時間稼ぎをするためだ。
 しかし、ことみは問答無用で必殺技を使ってきた。

「朋也くん、だめ?」

 ことみはおびえる小動物のように目をうるませながら俺を見てくる。
 こんな目で見つめられた男の答えはただ一つ。

「……別に構わないぞ」

 その言葉を口にしながらまた墓穴を掘ったのかと思う。涙がこぼれないように思わず上を向いた。
 家には智代と杏がいる可能性が高い。嘘は見抜かれなかったものの、それ以上の失敗をしでかしてしまった気がする。

「朋也くんの家、とっても楽しみ」

 俺、とっても恐ろしい。

「お弁当持って行くから、半分こ」

 俺の魂も半分抜け殻。

「それじゃあ行くの」

 そう、今から戦場(となるであろう)場所に向かう……。

「……って今からかよ!」
「『善は急げ、悪は延べよ』というの」

 俺にとっては善というよりむしろ悪に近いと思うんだが。

「一般的には善は急げのみで使われていて、意味は善いことをするのに躊躇(ちゅうちょ)するなということ。この善には2つの解釈があって……」
「あ〜わかったから」

 ことみの解説を止めておく。聞くほどの精神的余裕がないからだ。
 ことみがアパートに遊びに来ることによってどんな展開が待ち受けているのだろうか。そして俺はそれを対処できるのか。

「無理だな、多分」

 ことみに聞こえないようつぶやいた。
 そんな予測もつかない状況なんて対処できないって。嬉しそうにしていることみを横目で見ながら、俺はこう口にして叫びたかった。
 一体、この後どうせいっつーの!





 続く?


あとがき
 皆さんの希望が一番多かったことみ編です。今回のはしまさんの意見を参考にさせていただきました。どうもありがとうございます。
 ちなみに最初の智代と杏の行動の変化なんて部分は外伝で書くと思います、多分(ぉ
 次回はどうなるのでしょう、作者が全くわかってません(ぉぉ