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 シャッターを開けてもまだ店前に人の姿はなかった。
 まあ、TVに出るような有名な店ではないのでこんなに早くから並ぶ人もいないとは思うが。とりあえずいきなり入ってこられても対応に困るので少しほっとした。

「さて、呼び込み始めますか」
「待ってろ朋也。たくさん連れてくるからな」

 いや、あなたたち2人が言うと本当にたくさんきそうで怖いのですが。
 2人はそう口にした後外に出て行く。外から声がした。

『周囲に人がいないわね……』
『仕方ない。客を引っ張ってこよう』
『それがよさそうね、お先に』
『あ、待て』

 「あ、待て」は俺が言うべき台詞だ。思わず店の外に飛び出すが既に二人の姿はなかった。

「あの……2人は一体」

 後からついてきた渚がいなくなった2人のことを心配している。

「ああ、あの2人なら呼び込みに行ったぞ」

 呼び込みというか、引き連れにといった方が正しいかも。しかも無理やりっぽい。

「大丈夫でしょうか……」

 渚が何の心配をしているかわからないが、とりあえず俺はこう答えた。

「大丈夫、あの2人ならたくさん客を連れてくる」

 それは期待でも予感でもなく、確信に近かった。

「そして多分……いや、絶対に今日は古河パン至上一番パンの売れた日となる」

 それも期待でも予感でもなく、確信に近かった。
 智代と杏が連れてくるだろう客に先に同情の念を送りつつ、俺は空を見上げた。
 雲ひとつない晴天だった。
 天に向かって、「自分がなんとかできる範囲でとんでもないことが起きますように」と祈りつつ店の中へと戻る。

「あの……」
「なんだ?」
「今日は……その、とってもいい日になるといいですね」
「……ああ、そうだな」

 それは予感でも確信でもなく、とてつもないほどの期待に近かった。





『同棲(どうせい)っつーの』第4話(後編)





 レジの前に立つ俺。傍にはレジの打ち方を教えてもらうため渚がいる。

「それじゃあ使い方を教えますね」
「ああ」

 渚が説明していく。
 ここのレジは数字だけらしく、どうやら商品の値段は覚えなくてはならないらしい。

「値段打って、このボタンを押すだけですので、合計はこのボタンです」

 お手本を見ながら、このくらいなら俺にも出来そうだなと思う。最も、一番難しいのは商品の値段を覚えることなのだが。
 最後にお釣りの出し方を教えてもらい、使い方講座は終了する。

「なるほど、大体わかった。ただ、値段の方はそんなすぐには覚えられんぞ」
「大丈夫です。最初のうちは隣に付いてますから」

 ああ、それなら。しかしあまり渚に手間をかけさせるわけにはいかない。
 できるだけ早く覚えようと客の来ないうちにパンの値段を確認して回る。種類は多いものの、幸い早苗さんのパンはあまり考えなくて良いので意外とどうにかなりそうだった。

「こんにちは」

 今日初めての客が入ってくる。

「いらっしゃいませ」

 渚がいつも見せる笑顔で客に近づいていく。

「こちらをお持ちになってお選びください」
「ありがとう」

 パン屋の娘らしく素早い接客。客も良い気分で選び始めている。
 俺のほうも足手まといにならないようにしないとな。レジ台の後ろに戻り、客が選ぶパンを見ながらあれはいくらだったこれはいくらだったと値段を思い出していた。やがて客が選んだパンを持ってくる。
 パンを見ながら値段を打っていく。客の選んだパンの種類が少なく、なんとか覚えているものばかりなので渚の力を借りずに計算を終える。

「合計で600円となります」
「はい」

 客から1000円札を受け取ったのでお釣り400円を渡す。

「ありがとうございました」

 自然に口から言葉が出る。なんとなく、こうした方がいいと頭の中で思っていたのだろう。
 客が出て行ったあと、思わずため息をつく。

「ふう、なんとかうまくいったな」
「すごいです、一回聞いただけで全部できました!」

 傍についていた渚が驚きの表情で俺のことを褒めてくる。

「いや、たまたまだって。それに渚の教え方がよかったからな」
「そんなことないです! わたし教えるのうまくなんかないです!」
「そんなに自分のことを卑下するなって」
「卑下してなんかいません!」
「いや、してるし」
「それよりも朋也くんがすごいからです!……あっ」
「それこそ、持ち上げすぎだからな……ん?」

 さっき、俺を下の名前で呼ばなかったか? 見てみると、渚の顔は真っ赤になっていた。多分勢いで自分がやってしまったことがものすごく恥ずかしかったのだろう。
 向き合って、一応尋ねてみる。

「なあ、さっき俺のこと名前で呼ばなかったか?」
「あ、あう……」

 返答に戸惑っている。どうやら間違いないらしい。

「ごっごめんなさい!」
「いや、別に謝る必要ないからな」

 第一、俺が先に下の名前で呼んでいるんだ。渚が俺を下の名前で呼んだっておかしくはない。

「えっ……じゃあこれからも朋也くんって呼んでいいんですか?」
「ああ、別に構わないぞ」

 むしろ俺としてはそんなのいちいち了解得る必要ないと思う。だけど渚はものすごく嬉しそうな表情をしていた。

「しかしまあ、何で突然……」

 正直、そこが疑問だった。別に「岡崎さん」のままでもよかったじゃないか。
 すると、渚はたどたどしくも一生懸命に答えた。

「えっと……坂上さんと藤林さんが名前で呼んでいるのがうらやましかったので……」
「えっ?」

 確かにあの2人は俺のことを下の名前で呼んでいるが、それがうらやましい?

「それって……」
『朋也! 客を連れてきたぞ(わ)』

 確認しようとした途端、杏と智代が入ってくる。後ろには大量のお客の姿があった。

「ほら渚もなにぼーっとしてんのよ」
「わっ……はっはい、いらっしゃいませ!」

 杏と智代が連れてきた客(一部泣いていたが無理やりだろうか)によって、急に店内が騒がしく、そして忙しくなる。
 結局、その後は話す暇もないまま時間が過ぎていった。





「おう、お疲れ」

 夕方になり、一仕事終えた俺たちをオッサンがねぎらいの言葉をかける。

「オッサン、もう腰は大丈夫なのか?」
「ああ、おかげさまでな。ほら、このとおり……」

 突然前屈と後屈を交互にし始めるオッサン。後ろでは早苗さんが心配そうな表情で見ている。



グキッ



 嫌な音がした。見るとオッサンが途中で固まっている。あまりにお約束どおりといえばお約束の展開だった。

「ぐおおお!! 腰がいてー!!」

 その場でのたうち回るオッサン。早苗さんはオッサンを連れて急いで元居た場所へと戻っていった。

「……一体何だったんだ?」
「……さあ?」

 俺たちはそんな展開についていけず固まっていた。

「……えっと。皆さん、今日は本当にありがとうございました」

 場を取り繕うように渚がお礼の挨拶をする。パンはほとんど残っていない状態だった。

「気にすんなって。こっちも色々と勉強になったし」
「そうよ、このくらいだったら遠慮なく頼みなさい」
「また何かあった時はいつでも連絡してくれ」
「皆さん……」

 渚は感動していた。俺も、それを聞いてこの2人とつき合っていてよかったと思う。きっと渚も同じ気持ちだろう。

「でも、引き分けたのはくやしかったわね」
「全くだ。全く同じだとはまさか思わなかったぞ」

……こんな奴らとつき合っていてよかった……かな?
 俺としては引き分けてなによりなのだが。多分無効試合ってことだから。

「そんじゃ2人で……ね」
「なるほど、朋也に決めてもらうということか」

 素直に無効試合にしてください。隣では渚がその様子をぼぉっと見つめていた。
 渚でもやはりあきれるよな。しかし、やがて渚は意を決したように口にする。

「あんぱん!」

 皆の注目が渚に集まる。
 ああ、これはこいつが頑張るときに口にする言葉だ。てか、まだあんぱんだったのか。
 ということは渚が2人に対して注意する? これは見ものだ。俺は黙って事の成り行きを見守る。
 そしてついに渚が口を開いた。

「2人とも……」




















「わたしも……朋也くんのことが好きです!」

 渚の爆弾発言。俺の周囲の景色が白黒反転しました。
 果たして最初に動き出すのは誰なんだろう。そして動き出したとき果たして俺は生き残れるのだろうか。
 ていうかこんなの、一体どうせいっつーの!!



つづく?


あとがき
 難産でした。待っていた人遅くなってすみません(汗