「はぁ〜……」

 出社して、仕事をやっている最中にも今だに昨日の出来事をひきずり、思わずため息をついてしまう。
 昨日突然アパートにやってきた智代は、俺の勘違いのせいで一緒に暮らしていくことになった。
 勿論後になってことわろうとも考えたが、相手はあの智代だ。しかもあんだけ喜んでいた以上、そんなことを口にするのは気がひける。

「岡崎、ぼーっとするな」
「あっ! はい、すいません」

 俺がもの思いにふけっていると芳野さんが注意してきた。俺は慌てて仕事を再開する。
 確かに、こんな仕事の最中にぼーっとしていたらとんでもない事故につながってしまうかもしれない。別に今考えなくても、後でゆっくり考えればいいんだ。
 自分にそう言い聞かせながら改めて気を引き締めると、真剣に仕事に取り組み始めた。



「よし、今日はこれで終わり」
「お疲れ様です」

 軽トラの助手席に乗り込み、シートベルトをした後に後回しにしていた問題について考え始める。
 確かに、炊事洗濯をやってくれたのは非常に助かった。智代は家庭的なところがあるらしく、そういうのは得意なようだ。
 しかし、もしこのことが親御さんにばれたりしたら……そういえば智代は親御さんには了承を得ているのだろうか。そこんとこちょっと問い詰めてみるか。もしかしたらいい切り口になるかもしれない。

「岡崎」
「なんでしょうか」

 突然芳野さんに呼ばれて返事をする。

「さっきからずっと考え事をしているようだが、何かあったのか」
「いえ、別に……」

 あまり報告したくないような話なのでごまかすことにする。でも、本当にどうしようもなくなったときは相談しよう。今はまだ、そんな気になれない。

「そうか、確かに一人で悩みたくなることも人はある。だがな……」
「あ、まさか」

 嫌な予感がよぎる。そしてこの次に出てくる言葉がなんとなく予想できた。

「悲しみはパートナーがいることで二分の一となる、喜びは二倍になる。悩みも、パートナーがいればそのつらさも結論が出るのに要する時間も半分、いやそれ以下になる……」
「やっぱり……」

 悩みとは違ったことで頭が痛くなってきた。つか、そのようなもんができてしまったため悩みができてしまったのだが。
 車が事務所につくまで芳野さんの話と頭の痛みは続いた。



 アパートに帰る途中も考えていた。しかし、このときは既にプラス思考に考えようというある意味逃げの考えになってしまっていたが。

「食事もうまいし、それにこれ以上厄介ごとは増えないだろう」

 そう、俺は既にとんでもない事態というのを体験した。いくらなんでもこれ以上ひどい事態にはならないはずだ。そう自分に何度も言い聞かせる。少し、気が楽になった。
 アパートが見えてくると同時に俺の部屋から光が漏れている。なにやらそこから会話も漏れてきているが智代がテレビを見ているだけだろう。
 先ほどの考えから多少元気を取り戻した俺は元気よく扉を開けた。

「ただいまー」
「ああ、おかえり……」
「あら、おかえり。おじゃましてるわ。最も、これからもここでお世話になるつもりだけど」
「ぷひー」

 厄介ごと、増えちゃってました。





『同棲(どうせい)っつーの』第2話





 そこには杏の姿があった。しかも何故かでっかいカバンを持って。

「ぷひ」

 ついでにボタンの姿も。しかも1年前よりもずっと大きくなっている。

「きょっ杏、お前なんでここに……」
「ああ、それなのだがな……」
「あたしから直接説明するわ」

 智代の言葉をさえぎって、杏が順をおって話し始める。

「あのね、あたしの大学ここのアパートの近くにあるんだけどそこの寮に住んでたの。でも寮母さんに追い出されちゃってね。『ペット禁止!』って。ボタンこっそり飼ってたことばれちゃったのよ」
「いや、それは追い出されても文句は言えないわな」

 俺は素直に思ったことを言った。しかし、杏は納得いかなかったらしく、

「ちょっと待ってよ! ボタンは近所に迷惑かけたりするようなことはしないわ!」

 杏がそういってボタンの頭に手を置く。ボタンもそれに反応して「ぷひ」と鳴いた。

「それなのにあの婆あと来たら……! 挙句の果てには鍋にするとか言い出したのよ! 全く失礼な奴!」
「あーなるほど、それでむしろ自分からこんなとこ出て行ってやると」
「その通りよ、よくわかったわね」

 長年付き合ってきた経験からです、はい。隣ではその様子を面白くなさそうに智代が見ている。

「で、それでここに来たと」
「たまたまここでアパートを探していたらこの子を見つけちゃってね。そんで教えてもらったの」
「すまない、朋也……私には隠しきれなかった」

 智代が申し訳なさそうにする。どんな死闘があったか知らないが、この2人の戦いのことだ。きっと、腹の中をえぐるような激しいバトルだったのだろう。想像するだけで震えが止まらない。

「しかも大家さんに聞いてみたら動物OKだって、こんなアパートなかなかないわよ」
「マジかっ!?」
「ああ、私も聞いたが間違いなかった」

 智代の言葉でほぼ間違いないことを確信する。しかし、そんなこと知らなかった……アパートの注意事項もう少しちゃんと読めばよかった。

「そういうわけで、ここのアパートの部屋に空きができるまでここに泊まっていいかな? 大丈夫、それまでのその分の家賃はしっかり支払うから」
「いや、そういう問題ではないと思うんだが……」
「私もそう思うぞ」

 俺の意見に智代が加勢する。だが、杏は反対されることを見越していたのかさほど動じる様子はない。

「そういう問題じゃないって、例えば?」
「いやまあ、ほら。一応男と女が一つ屋根の下に暮らすってのはその、親御さんとかが……」

 丁度いい機会だと思い、智代に聞く予定だったものをここで口にする。

「え? ちゃんと聞いてきたけど許可もらったわよ。あんたの方こそどうなの?」

 どうやら杏に抜かりはないらしい。それどころか智代を指差し、反撃までしてきた。
 しかし、智代もむしろ待っていたという表情になって答える。

「ふん、そんなもの。とっくにもらっている」
「……マジか?」
「ああ、家族一同大喜びだったぞ。『あらあら、智代もちゃんと恋愛しているのね』『ねぇちゃん頑張れ』『ハッハッハ、その朋也って奴は幸せ者だな』とか言われた」

 どうやら家族の絆が素晴らしくしっかりしているらしい。ここまでくるとなんかあったのだろうかと疑いたくなってくる。
 まあ、これで俺のほうに智代を追い出す理由がなくなってしまった。こうなった以上杏をどうにかしたいものだが、いい案が思いつかない。

「いいじゃない、どうせアパートに空きができるまでなんだから」
「むう、そういわれると……」

 確かにちょっとの間我慢すればって感じになる。でも、それでもこの2人と生活していくというのは……。

「それとも何? 女の子に野宿しろっていうの?」

 なかなかはっきりしない俺に杏はしびれを切らしたのか、逆切れしてくる。

「いや、そんなことは……」
「あたしがどうなってもいいっていうの?」
「だからさ……」
「夜の公園に一人寂しく野宿をするあたし。そこにたくさんの浮浪者がやってきて「おお、姉ちゃん。ここは俺たちの場所だぜ。ショバ代払ってもらおうか」と言われ、必死に反論、反撃するんだけど数には勝てず手足の自由を封じられてしまう。そこででてくる一番みすぼらしい格好をした、どうやらそこのリーダーらしい男。そいつにまず処女を奪われるの。そして輪姦されつつ「朋也、助けて……」と心の中で叫びながらメスの道を歩み始める……」
「そこまで考える必要ないからな」

 なんて想像力たくましいのだろうか。つか、それ以上に「そーいう本の読みすぎです、現実を見ましょう」と言いたくなってくる。智代がボソリと小さな声で「淫乱女……」と言ったのは聞かなかったことにしよう。うん。

「とっとにかく、そんなことにならないためにも泊めてほしいの」
「お前が考えているようなことにはならんと思うが……まあ、確かに女の野宿は危険だな」

 杏と智代ならそれでも大丈夫な気がしないでもないが、やはり知り合いの女にそういうことをさせてしまうのは気が引ける。

「じゃあいいの?」

 期待に満ちた目で俺の目を見てくる杏。俺はちょっと悩んだ末、結論を出す。

「まあ……いいだろ。どうせアパートに空きができるまでだろ」
「ホント? ありがとう!」

 杏は本当に嬉しそうな表情をしている。その反面、智代はすごく残念そうな表情をしているが。

「よかった、最終手段として持ってきた早苗さんのパンを使う必要がなくて」
「そんなものまで持ってきてたのか!?」

 あのパンは確かに凄まじかった。なんというか、その、レインボーって感じで。杏も食ったことがあるようだな。しかしそれを脅迫材料として持ってくるとは……藤林杏に死角なし、といったところだろうか。

「朋也もよかったじゃない。『世界で初めてパンで脅迫され、条件を飲んだ男』なんて格好悪いわよ」

 確かに格好悪すぎる。そんな称号は春原が一番似合うぞ。
 とにかく、これで3人で住むことになった。3人である以上、『同棲』って感じではなくなったのがこんな状況下での唯一の救いかな。

「あ、そうそう。言うの忘れてたけど」

 杏が付け加えるように言う。

「ここのアパートってしばらく部屋空かないらしいから。あ、大家さんに聞いたんだけどね」


































「……はい?」

 ちょっとマテ、ということはこの生活に終わりの兆しは見えないってこと?

「そういうわけでよろしくね〜」
「私は、負けないからな」

 最強の女と、最狂の女との共同生活。そう考えただけで俺のこの先が真っ暗に感じられた。
 これからの生活、本当にどうせいっつーの。



つづく?



あとがき
 何人かの方々からweb拍手で「続けてください」というありがたーい言葉をもらったので続けてみました。
 タイトルが変わっているのは、「まだ連載にしようとは考えていない(先の見通しがたってない)」「智代とだけの生活も書いてみたいし、この2人のってのもいいなと思ったから」「このタイトルを思いついてしまい、使ってみたかったから」というのからです。一番の理由は最後のです(何。
 まあ、連載にするときには『同棲(どうせい)っつーの』ってタイトルでまとめてやろうと思っています。
 続編希望の方は下に設置してみたweb拍手で一言書いていってください。多ければ多いほどすぐに連載になるかも(ぇ
 でも、逆にプレッシャーになってしまう可能性も……(マテ
 また、何か「こんな風にして」とかありましたらメールでどうぞ。参考にさせていただきます。