「はい、それではいきますよー。あ、他の人に番号見られたらまずいので1人づつとらせますね」
「わかったわ、じゃあまずはあたしから取るわね」
「はい、わかりました」

 芽衣ちゃんと杏が向かい合う。

「あ、もちろん私にも見えないように手で隠しながら取ってくださいね。一応私も隠すの手伝いますが」
「大丈夫よ、そんなヘマはしないわ」

 杏は芽衣ちゃんに言われたとおり手で隠しながらくじをひく。
 その後ちょっと不満そうな顔を見せたところを見るとどうやら外れたようだ。
 まあ、俺の予想では芽衣ちゃんはここになんらかの策をしてあるに違いないから、他の人が王様をひくとは思ってはないが。

「それじゃあ次は智代さん引いてください」
「わかった」

 今度は智代と向かい合い、芽衣ちゃんはくじをひかせる。
 やはり智代も外したようで、少し顔をしかめさせる。

「それじゃあ最後は岡崎さんですね」

 そして俺の目の前に出された手にすっぽりと入る大きさの2本の棒くじ。
 まあどうせどっちひいてもそう状況は変わらないだろうと、気軽に俺は目の前に出された2本の棒くじから手で隠しつつ1本を抜き取る。

「……えっ?」

 意外な展開に我が目を疑う。そこには予想してなかったものが来たから。

「俺が……王様?」

 俺の元に来たくじ、それには番号が書いていなかった。





『同棲(どうせい)っつーの』第11話(そのW)





 思わず棒を回してみて、必死で数字を探すが。どこにも書いてはいない。

「おいおい、マジかよ?」

 まて、芽衣ちゃんはどう考えてもここで策を仕掛けているとしか思えない。それなのに俺が王様? どういうことだ?

「朋也が王様ねーまあいっか」
「まあくじの中にちゃんと王様が入ってたと証明されただけでも今回のは意味があったな」

 2人の言葉を聞く限り、どうやえらこの2人もイカサマしてないか疑っていたようだ。
 ということは俺の悩みは杞憂で、やはり普通の王様ゲームなのだろうか。

「岡崎さんが王様ですか。さあさ、何でも命令しちゃってください」

 芽衣ちゃんが早くといったように命令をうながすものの、てっきり芽衣ちゃんが王様になるもんだからと考えていた俺は全く命令について考えてなかった。
 なるべく被害が及ばないような命令をと必死で考える。
 そうだ、肩もみなんてどうだろうか。ついでに適当な数字言って俺以外の人にやらせれば何の被害もな――



『○番が×番に肩もみをする』
『○番とは私のことだな』
『……×番はあたしよ』
『……少々痛いかもしれんが王様の命令だからな、なあに。次の日肩があがらなくなる程度だ』



「2番が王様の肩もみをする、で」

 すごく嫌な予感が脳裏を掠めたため、無難な選択をしておく。

「結構普通ねーそんなんじゃ盛り上がらないわよ」

 杏が不満を口にするが気にしない。俺の選択はきっと間違っていなかったはず。

「まあまあ、王様の命令ですし。ところで2番は――」
「私だ」

 智代がこれが証明だと言わんばかりに棒に書いてある番号を見せる。
 確かにそこには2番と書いてあった。

「んじゃ、頼む」

 俺は肩を智代の方へ向けた。

「それでは」

 智代はコホンと一つ咳払いをした後俺の肩に手を当て、そのままもむ。

「おっ?」

 少しぐらい痛いのを覚悟していたのだが、智代の肩もみは予想以上にうまく、気持ちいい。

「智代肩もむのうまいな」
「父の方をもむ機会が結構あるからな。最も、最初のうちは力の加減がわからなくて苦戦したが」

……ああ、智代のお父さん。この肩もみは貴方の犠牲の上で成り立っているのですね。
 なんとなく、腕があがらなくなるくらいに肩をかえって痛めてしまっている智代の父親の姿が浮かんだ。ちなみに何故かおっさんが見知らぬ智代の父親の代理だった。

「……あ、もうちょっと内側を頼む」
「この辺りか?」
「ああ、そうそこ」

 ふう、最近力仕事続きだった分智代の肩もみはすごくありがたい。
 まるで肩にのっかかっている重りが下ろされていくように重みがひいていく。
 別にこのまま時間が過ぎてもいいかな……

「こら、いつまで罰ゲーム続けてるのよ!」
「そうですよ、それにこういうのは嫌々ながらにやるもんです」

 しかし、杏と芽衣ちゃんの言葉により幸せな時間は終わりを告げる。
 ちょっと怒ってるのはゲームなのに2人の世界に入ってしまったからだろうか。

「おっと、悪かったな。んじゃ王様の命令はここまでか」
「そうか、私はもう少し長くても良かったんだがな……」

 一応罰ゲームなのに残念そうな顔をしている智代。少し申し訳なくなってしまうのはどうしてだろうか。

「さあ、2回目行きますよー」

 そう言って芽衣ちゃんはくじを集める。

「じゃあ今度は岡崎さんからどうぞ」

 芽衣ちゃんがくじを差し出す。
 俺は4本のくじの中から適当にくじをひく。
 すると今度は数字の2が書いてあった。つまり、ハズレ。

「あちゃ、王様じゃないのか」

 となるとあの3本の中に当たりはあることになる。誰がひいても俺の恐怖は続く。
 俺に指名が来ませんよう、来ても大したことのない命令でありますよう祈りながら後の2人が引き終わるのを待つ。

「んーまたハズレね」
「私もだ……」

 2人ともどうやらまた王様ではなかったようだ。
 つまり、自動的に王様は芽衣ちゃんとなる。

「あーどうやら私が王様みたいですね。ラッキーです」

 さっきのでイカサマはおそらくないだろうから普通に芽衣ちゃんが当てたのは運ということになる。

「さて、何を命令しましょうかねーどうせだからギリギリのがいいですね。キスするとか」

 芽衣ちゃんの一言で緊張が走った。
 もしそれで行くなら誰がやるにしても恐ろしいものがまっているだろう。

「んーでも、私がキスするのは抵抗あるので……1番と3番がキスするということで」

……さあ、よく考えてみよう。俺が持っているのは2番だ。
 そして芽衣ちゃんは王様。ということは1と3を持っているのは――

「あたしが1番よ」
「……私が3番だ」

 杏と智代。イコール、とんでもない事態。

「え、ちょっとあんたなんで3番ひいてるのよ!」
「それはこっちの台詞だ!」

 案の定争いを始める二人。
 確かに俺でなかったのは助かった気もするが、これはこれでとんでもない事態な気がする。

「さあさ、やってください」
「くっ!」

 さらにそこに芽衣ちゃんがあおりを入れる。心底楽しそうな顔をしながら。
 杏は嫌そうな顔をするがこれは王様ゲーム。王様の命令は、絶対。

「智代、覚悟はできてる……?」
「心底嫌だが……お前はどうだ?」
「あたしも嫌よ。でも……」
「とっとと終わらせて、次で癒してもらう。そうだな」
「ええ、その通りよ」

 2人の意見が一致した。そして一致した瞬間。2人は顔を近づけ、そして――



キスを、した。



 それはほんの数秒。しかし、とても俺には長く感じられた。
 多分杏や智代もそう感じていたに違いない。

「ぷは! これで文句ないわね!」
「はい、ありませんよ」
「さあ、次に行くぞ!!」

 なんかさっき以上に2人の背後に巨大な炎が浮かんで見えた。
 怨みとか欲望とか、そういった思念によって作り出された巨大な炎が。

「こっ怖いですよ2人とも」

 芽衣ちゃんも冷や汗をたらしながらくじを集めなおす。

「これは遊びじゃなくて戦争だからね……」

 普通逆だろ、そう言いたかったが怖くてつっこめなかった。

「それじゃああたしが最初にひかせてもらうわよ」

 殺気を背負ったまま杏が芽衣ちゃんの持っているくじをひきにいった。
 目をつぶり、1本1本触って探している。当たりくじにはそういった波動でも出ているのだろうか。
 そして、ついに杏は1本を決めた。

「……! ……はずれたわ」

 それと同時に殺気も消えていく。それほど残念だったのだろう。

「次は私だな」

 敗者はどけといった感じで堂々と杏の横を通り、くじをひきにいく。

「むむむ……」

 別に透けて見えるわけでもないのに必死でくじを見つめる智代。
 どれくらいそれに時間かけていただろうか。そして、それにようやく結論が出た。

「これだ!」

 気合をいれてひいた1本のくじ。それは……

「はずれだったか……」

 はずれだった。
 となると残り2本の中に当たりがあることになる。

「さあ、最後は岡崎さんですよ」
「ああ、それについてなんだが……」

 この中に本当に当たりはあるのだろうか、再び疑い始めた俺はある提案を出した。

「俺がその2本持っとくから、芽衣ちゃんがどっちか選んでくれよ」

 これで、芽衣ちゃんの反応に少しでも変な部分が見られればその中に当たりはないということになる。

「あーはい、構いませんよ」

 しかし、あっさりと芽衣ちゃんは2本の棒を渡してくれた。しかもこっそりと確認したが確かに片方は番号の3があって、もう片方には何も書いていない。
 俺は2本の棒をシャッフルして、芽衣ちゃんにどっちが当たりかわからないようにする。

「はい、じゃあひいてくれ」
「うーん、そうですね……」

 芽衣ちゃんは少しの間悩んでいたが、やがて、

「じゃあこっちで……あ、当たりですね」

 一応自分の方のくじも確認するが確かに残っていたのは番号のあるくじだった。

「さーて、何を命令しよっかなーと」

 芽衣ちゃんが小悪魔のような笑みを浮かべて皆を見渡す。
 と、そのとき電話音が鳴った。カラオケルームに取り付けてあるやつからだ。
 一番近くにいた智代が受話器を取り、対応する。
 受話器を置いたあと、智代が皆に内容を伝えた。

「終了10分前だそうだ」
「えっ? そうなのか」

 俺はてっきり杏が中盤とかいってたからまだ1〜2時間はあるかと思ってたんだが。

「あー!」

 杏が自分の時計を見て叫ぶ。

「ごめん、ちょっと時間見間違えてたみたい……」
「おいおい、ってことはもう終わりかよ」

 なんか中途半端な終わり方だなあ、そう感じていたとき芽衣ちゃんが王様としての命令を出した。

「じゃあ、3番と王様だけがここに残り10分を一緒に過ごすということで」

 その命令は、このタイミングにしてはあまりにも出来すぎで、誰が何をひいたかをわかってなければできない命令だった。

「ちょっ! あんたやっぱりイカサマやってたのね!」

 杏が芽衣ちゃんに対して怒鳴る。

「私は3番が誰だかまだ聞いてませんよ? なんでイカサマだと思うんですか。証拠もないのに」

 しかし芽衣ちゃんは涼しい顔でそれを流す。
 確かにイカサマだという証拠はどこにもない。

「でも……!」
「あきらめよう、あったとしても気付かなかった私たちの負けだ」

 智代の意外な台詞。

「私はイカサマやる可能性もあるとわかっていた上で見抜けなかったのだからな」
「う、それはそうだけど」

 確かに何かの漫画でも言ってた気がする。ばれなければイカサマではないと。

「それに……私はたかが10分で朋也をとられるとは思わない」
「わっわかったわよ」
「智代さん……ありがとう、ございます」

 なんだかんだでくやしさはあったのだろう。
 智代と杏は芽衣ちゃんのお礼に返事をせず、そのままカラオケルームを出て行った。



 カラオケルームに残った俺たち2人。

「というわけで2人きりになっちゃいましたね」
「なあ、結局どんなイカサマやってたんだ?」

 まずは気になっていたことを聞く。

「あれですか、これです」

 そういって芽衣ちゃんは袖口から同じような棒を取り出した。

「智代さんとか、杏さんがひくときは当たりくじ実は抜いてたんです。もちろん1回目はイカサマやると思わせないよう普通にやりましたけどね。もちろん数字とかは見分けられるよう全ての棒に細工はしてあります」
「なるほど、だから最後あの2択でもひけたと」
「本当は命令もばれないようにやるつもりだったんですけどね、残り時間がなかったからつい」

 それにしても芽衣ちゃんはすごいと思う。簡単に言うものの、あの2人の前でばれないようにイカサマをやるってのはよほど特訓したんだなと。もしかしたら一流の手品師にもなれるんじゃないだろうか。

「ところで、岡崎さんは結局あの2人のどっちが好きなんですか?」
「ぶふ!!」

 突然の質問に驚く。

「なっなんで突然」
「いえ、なんとなくですよ。なんとなく。でも……」



「少なくとも、今は私の入る隙間はないなあ、なんて」



 芽衣ちゃんは寂しそうに答えた。

「で、どっちが好きなんですか? 決めてるんですよね?」
「あっああ、まあ」

 すぐに芽衣ちゃんは笑顔で質問してくるものの、俺にはさっきの芽衣ちゃんの表情がまだ胸に残っていた。

「じゃあ、その決めてる方には心の中でお詫びするとして……」
「ん、芽衣ちゃんどうし…むぐっ!」

 突然、芽衣ちゃんは口付けをしてきた。
 あまりにも咄嗟の出来事だったんで身動きが取れないままキスを続ける。

「……ふう。今は、これで我慢します」

 離れたとき、芽衣ちゃんは笑顔で答えた。
 そしてそのまま、もう一度俺に抱きついてくる。

「だから、時間になるまでこうしていてください……」

 俺は何も言わないまま、時間がたつまで芽衣ちゃんの望むままにさせた。
 短いようで長く、長いようで短い時間だった。



「今日は本当にありがとうございました」

 寮の前まで芽衣ちゃんを送ったとき、芽衣ちゃんは俺たちにこうお礼をした。

「ま、朋也が絡まないならまた付き合ってあげるわよ」
「今度は油断しないからな」

 それぞれ思うところはあるにせよ、こうして一応は無事に終わってくれたことをありがたく思う。

「はい、それでは」

 そういって芽衣ちゃんは寮に向かって走っていく、と、途中で立ち止まった。

「ああ、そうでした」

 芽衣ちゃんは振り向き、そしてこう答えた。

「岡崎さーん、あのキスは予約ですからー!! 2人に飽きたら私がもらってあげますっていうー!!」

 思わず俺硬直。
 杏と智代も当然唖然とした顔。
 そのまま芽衣ちゃんは、ニヒヒと笑みを浮かべて寮に入っていった。

「朋也……どういうことだ?」
「説明してもらえるでしょうね?」

 ああ、やっぱり最後はこんな展開になるんだよな。そうだよな、それが運命だもんな。
 俺がある意味悟りを開きかけたときだった。

PILLL PILLL

 携帯の着信音が鳴る。俺の携帯だ。
 芳野さんからだったのですぐに出る。

「はい、もしもし。岡崎ですが」
「おい、岡崎。転勤が決まったぞ」



……はい?

「あの……芳野さん。今なんて」
「ん、転勤が決まったといったんだ。日にちは……」

 俺は呆然としながら芳野さんの言葉を聞き続ける。
 それは、まるでこのハチャメチャな日常の終わりを告げるような、そんな連絡だった。



つづく


あとがき
 というわけで次回は最終回です。でもその前に番外編をいくつか書いてからですが。
 今回かなり遅くなったのにはわけがあったんですよ、もうちょっと続けるように書こうかとか、まあ色々悩んでこういう結論にたどり着いたみたいな。
 今回アドバイスしてもらったジニアさん、DILMには本当感謝感謝。