「それでは15号室へどうぞ」

 カラオケ店『メグメル』に入った俺たちは店員に案内され、15号室へと向かう。

「ここは最新曲がすぐはいるんですよ。それに有名シンガーのカバーも入りますし」
「あーあたしはあっちの方が良かったんだけどね。かなりマイナーな曲が入ったりするし」

 向かっている途中杏と芽衣ちゃんの会話を聞いてるとどうやらカラオケにも種類があって、それぞれ入る曲の傾向が違うらしい。俺はそーいうの考えてなかったからちょっと感心した。

「……」

 一方で智代の元気がない。表情にどこか不安が見える。歩く早さも俺たちより遅く、距離がついていた。
 俺は15号室のドアの前で立ち止まり、智代に声をかける。

「ん、どうした智代」
「いや……実は、こういうの初めてなんだ」

 智代も立ち止まり、不安の原因を口にする。

「そうなのか」

 智代のことだから付き合いで一度くらいは行った事あると思っていたのだが、少々意外だった。

「ああ、人前で歌うってのはどうもな」

 確かに智代みたいな人はどこにでもいる。
 歌が下手で笑われるんじゃないかとか、最近の曲に疎かったりして自分の歌う歌に皆がついていけず、雰囲気を壊すのではないかとか、そういった不安が勝ってしまうのだ。
 だから俺は不安そうな智代に言ってやった。

「大丈夫だって、下手だとしても、古い曲だとしても、皆がフォローしてくれるさ」
「朋也……」
「それにカラオケなんてものは楽しんだもの勝ちさ、1人でも楽しめないやつがいたら駄目だろ」

 そりゃあ確かに付き合いとかで楽しめないカラオケもあるかもしれない。でも今日のカラオケは友人間でのものだ、1人が楽しくなきゃ皆も楽しくない。

「ありがとう、朋也」
「なーに、当たり前のことを言ったまでさ」
「こら、早く中入りなさいよ」

 ドアの前でずっと入らないでいたものだから杏に注意された。心なしか怒気も含んでいた気がする。

「おっと、じゃあ中に入るか」
「ああ」

 俺は智代と一緒に薄ら明るい15号室へ入った。智代の表情から不安は消えていた。





『同棲(どうせい)っつーの』第11話(そのV)





「さあ早速歌うわよー」

 杏はあらかじめ歌う曲を決めておいたのか、大きなリモコンを操作し、素早く転送する。

「おーい、飯はどうするんだ」
「そんなの食べながらでいいじゃない。せっかくお金払ってるんだから歌わないと」

 まあ確かに。他の人が歌っているときに飯は食えばいいからな。
 俺は持っていた荷物を降ろすと、そこから智代と杏の合作である弁当を取り出す。
 かなり大きいが皆で食べる分には丁度いいだろう。
 まもなくイントロが流れてくる。最近TVでよく耳にする音楽だ。

「♪〜〜♪♪〜〜♪」

 杏は心の底から楽しむといった感じで歌っている。
 聞いている側も楽しくなるような感じだ。
 俺は2人の作ってきた弁当を食べながらそんなことを考えていた。

「朋也、弁当の方はどうだ?」

 隣に座っていた智代が俺が弁当を食べているのを見て聞いてくる。

「ああ、相変わらずうまいよ」

 俺は唐揚げをほおばりながら答えた。
 しっかりと揚げられているため脂っこくなく、冷めているのに肉の旨味がしっかりと出ている。

「そうか、まあ私たちの合作だからな。おいしくて当然だ」

 そんな智代の言葉を聞いて思う。
 この2人、実はすっげー気が合うのではないかと。
 まもなく、杏の歌が終わった。

「じゃあ次は私ですね」

 次にマイクを取ったのは芽衣ちゃん。
 100円ショップもなかったところにカラオケなんてあるのだろうかとか、失礼なことも考えたが、芽衣ちゃんの行動を見るにどうやら慣れているようだ。

「こっちのマイクってコードがないんですね。驚きです」

 ちょっと古いカラオケなのだろうか。
 しかし、今でもコードあるところはあるし気にする必要はないだろう。
 まもなくかなり古めの音楽が流れてきた。
……古め?

「……演歌?」
「これカラオケ行ったときは必ず歌ってるんですよ」

 まもなく芽衣ちゃんは歌い始める。
 やけにこぶしのきいた歌い方で。

「♪―♪♪――! ♪―」

「ねえ、芽衣ちゃんのところのカラオケって……」
「俺の予想では芽衣ちゃんは昭和歌謡とかも歌えるだろう」
「……間違いないな」

 別に悪いってわけではないが、本当に芽衣ちゃんのところはすごい田舎なのだと思い知らされた。
 さらに歌が上手だった分、よりせつない気分にさせられたのは言うまでもない。



「さて、次は私の番だな」

 芽衣ちゃんの歌も終り、智代がマイクを握る。
 さて、智代の歌というのはどういうものなのだろうか。やけに自信がなさそうだったから下手なのかもしれない。

「智代、恥ずかしがらずに思いっきり歌えよ」
「ああ、わかった」

 俺は智代が恥ずかしくなって押し黙ってしまわないように声援をおくる。
 しかしそれは俺の杞憂だったようで、智代は自信ありげに返事をしてくれた。
 まもなく、少し前にはやった名曲が流れてきた。
 誰でも知っているであろう、でもほとんど耳にすることのなくなった名曲。

「さて、どんな歌を聞かせてくれるのかしら」

 杏は持ってきた弁当を食べながらそう言った。
 俺も芽衣ちゃんも弁当を食べながら智代がどんな歌い方をするのだろうと待つ。

「…〜♪」

 俺たちの食事をする手が止まった。
 聞こえてきたのは透き通るような美しい声。

「すごく、上手ね」
「ああ」

 それ以外の言葉が見つからなかった。カラオケルームなのに、まるでそこだけが空間が違うかのような感覚。まさに、智代は歌姫と呼ぶにふさわしかった。
 時間を忘れてしまったかのように、智代の歌はあっという間に終わった。

「ふう、皆が押し黙ってしまったので少し恥ずかしかったぞ」

 智代はため息をついた後、マイクをそこに置く。

「す……すごいですよ智代さん! 感動しました!」

 芽衣ちゃんが感激のあまり智代の手を取り、尊敬の眼差しで智代を見つめる。

「あそこまで歌われちゃ完敗ね、後に歌う気なくすわ」

 杏も呆れたみたいなことを言いつつも、顔は満足そうだ。

「うわー俺この後歌うの嫌なんだが」
「朋也」

 俺が本当に嫌そうに愚痴を吐くと、智代は笑顔でこういってくれた。

「カラオケは楽しむもの、そうだな?」
「……ああ、そのとーりだ」

 上手だろうが、下手だろうが関係ない。ようは楽しめるかどうか。

「よっしゃーハイテンションなヤツいくぞー!」
「きゃー待ってたわよー!」
「ノリノリでかっ飛ばしちゃってくださいー!」
「それでこそ朋也だ」

 皆の声援を受けつつ、俺は激しい曲を歌う。
 その後も皆似たような傾向で歌っていった。俺と杏は順番を無視して大量に曲を入れたが。



 大分時間もたち、俺たちも少し歌いづかれてきた。

「ふう、少し喉が痛くなってきたな」
「あ、あたしもー」
「まあ朋也もお前もたくさん歌っているからな。とはいえ、私も少し疲れたが」
「あ、それじゃあちょっと休んで、パーティゲームでもしませんか?」

 芽衣ちゃんが突然そんな提案をしてくる。

「パーティゲーム? いいわねー中盤を盛り上げるのに丁度」
「ふむ、それで何をやるんだ?」
「それはですねー」

 そういって芽衣ちゃんは4本の棒を取り出す。
 急に嫌な予感がした。

「これです」
「それってまさか……王様ゲーム?」
「はい、そのとーり」
「王様ゲーム? 何だそれは」

 智代の発言に全員ずっこける。

「え、ちょっと待った? 本当に知らないのか?」
「ああ、おかしいか?」
「王様ゲームってのは、ほら、この棒に番号が書かれていますよね。これの番号が書かれていないのを取ったら王様で、番号でやる人を指定してさせたいことをやらせるってだけのゲームです。出来る範囲ならなんでも命令していいというまさにパーティのためのゲームですね」
「……出来る範囲ならなんでも?」

 やはりそこに反応してきたか。
 俺は心の中で思った。

「それは面白そうだ、是非やってみよう」
「そうね、パーティゲームは最適だわ」

 そして賛成多数であっさり可決。
 俺はというとかなり警戒していた。
 なぜならば、それは芽衣ちゃんが持ってきたものであり、今まで比較的大人しかった芽衣ちゃんがあきらかに何かを仕掛けるのに格好のチャンスだからだ。

「朋也とキス朋也とキス……」
「ふふふ……王様になったら朋也と……」

 しかし2人は近くの欲望で目がくらみ、そのことに大して盲目になっている。
 これでは芽衣ちゃんの思う壺だ。

「さあ、素敵で楽しい王様ゲームのスタートです」

 そして、欲望と(俺にとっての)恐怖に満ちた王様ゲームは始まってしまったのだった。



つづく



あとがき
 今回の話は嵐の前の静けさって感じで。あと、智代は歌がうまいのか下手なのかっていうので悩んだのですが、友人と話し合って「うまいんじゃないか」という結論に。まあここら辺はSS書く人の判断に任せるってことでいいでしょ。