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「めっ芽衣ちゃん!」

 俺は突然抱きついてきた女の子―芽衣ちゃんに驚く。
 突然のことだったから、何で彼女がここにということから、智代とキスしようとした矢先とい うことから……全てが入り混じったような驚きの眼差しで芽衣ちゃんを見る。

「えへへ、つい嬉しくって抱きついちゃいました」

 芽衣ちゃんは一旦離れてからあの頃見せた笑顔でそう言った。
 芽衣ちゃんは高校生になったからかリボンはほどいていたものの、俺にはすぐ芽衣ちゃんだと わかった。そんなに長い間会っていたわけでもないのに不思議なものだ。
 ふと、後ろから禍々しいオーラが漂っていることに気付いた。俺はおそるおそる後ろを向く。

「朋也……その子は?」

 顔は笑顔だが、どこか恐ろしさの感じられる智代の姿。
 もし芽衣ちゃんがいなければ俺はがたがた震えて思わず腰が抜けていたかもしれない。
 あと、どうやら智代は芽衣ちゃんに気付かなかったようだ。まあ確かに2年前と比べて綺麗に なった気はする。あんまつき合いが少ないと気付かないのかもしれない。それ以外の理由もあり そうだが。

「あー芽衣ちゃんだよ、ほら……」
「お久しぶりです。草野球の時以来ですね。確か坂上智代さん……ですよね」

 俺が説明しきらないうちに自分から説明してくる。ここら辺さすがと言ったところか。
 どうやら智代もそれを聞いて思い出したらしく、ああといった表情をする。

「ああ、あのときのか。確か春原の妹だったよな」
「はい、そうですよ」
「ふむ、しかしいくら懐かしかったからといって朋也に抱きつくのはいただけんな」

 さり気なく毒がある発言。俺はビクビクしながら二人の会話を聞く。

「あー本当に嬉しかったんでつい。それに別に悪いことじゃないですし」

 しかしそれに全く動じず言葉を返す芽衣ちゃん。
 むしろカウンター気味に毒を入れているのはさすが、といったところだろうか。

「ふん、まあいい。そろそろ帰ろうか朋也」

 すごく機嫌の悪くなっている智代は俺の手を引っ張り、家のある方向に向かって歩きだす。

「あ、待ってください」

 芽衣ちゃんは走って俺の近くまで寄ってきて、携帯を見せる。

「携帯の番号教えてください、あとメールアドレスも」
「ああ、別にいいけど」

 そうして俺と芽衣ちゃんは番号とアドレスを交換した。
 さすがに智代もその間は引っ張るのを待っていてくれていたみたいで。

「ありがとうございます。それじゃあ今日はこれで」

 そういってあっさりと芽衣ちゃんは去っていった。
 その引き際は思わず俺も安堵してしまったぐらいだ。もちろん智代にも何かしら安堵の表情が 見えていた気がする。

 つまり、完璧に油断していた。

 そう、俺たちは気付かなかった。
 相手は芽衣ちゃん、そうすんなり引き下がる相手ではないってことに……。



 それを思い知ったのは、次の休日になる前日のことだった。
 俺は仕事を終えて帰ってきた後、今日の当番であった智代の料理に舌鼓をうっていた。
 智代と杏との同棲も少しづつ慣れてきて、食卓もある程度は団らんとしたものになっている。

「しかし、今週は特に何もなくてよかった」

 こっそりとつぶやく。確かに週の始め、芽衣ちゃんにあったことは事件だ。
 しかし、それから全くといっていいほど動きはなかった。まあ、最近の境遇からもしや芽衣ち ゃんも、と思ってしまったんだが、杞憂だったのだろう。

「ん、何かあったのか朋也?」
「いや、なんでもない」

 俺のつぶやきに反応したのかエプロン姿の智代が声をかける。
 そう、本当になんでもない。何かあったってわけではない。でも、そのなんでもなかった、何 もなかったというのが今の俺にはものすごく幸福なのだ。
 俺は隣で餌を食べているボタンを撫でる。「ぷひ」と可愛い声で鳴いた。
 そんな折、ふとポケットに入れておいた携帯が鳴る。このメロディはメールの着信音だ。

「ん?」

 気になった俺は飯を口に含んだまま携帯を手に取り、宛先を確認する。芽衣ちゃんからだった 。
 そのまま内容を見てみる。

『朋也さん、お買い物につき合ってください。あ、デートしてくださいの方がいいですか?』

「ぶふぉっ!」

 俺は口の中にある飯粒を吹き出した。





『同棲(どうせい)っつーの』第11話(そのT)





「やだ、汚いじゃない! 一体どうしたのよ」
「いっいや、すまん。ちょっとメールの内容に驚いてな……」

 俺は携帯を持たない方の手で台布巾を持ち、吹き出した飯粒をふき取りながらさらに他に書い てあった内容を読んでいく。

『こっちの高校に通うために引っ越してきたんですけど、まだここら辺の地理がわからないんで すよ。だからこれを機会に色んなお店教えていただけたらなと。あと、前はお連れの方が急いで いたみたいなのでゆっくりとお話できませんでしたが、その時間もかねてのお願いです』

 なるほど、芽衣ちゃんって高校1年生だったか。でもこっちの高校にきてるなんてなあ。
 あと、最近色んなことに忙しすぎてあまり意識していなかったがまだ春なのだ。
 時間を意識しなくなるのは年寄りっぽいような気がするが……考えるのはやめておこう。むな しくなる。
 
「メールの内容、それはどんなのなんだ?」

 智代が尋ねてくる。ほんの興味本位だったのかもしれない。

「いや、芽衣ちゃんから買い物つき合ってって誘い……」

 言った後、俺はしまったと思った。
 さっきのほんわかした団らんの雰囲気はどこへやら、空気が緊張したものになる。

「へえ……そうなの……」

 やけに重みが含まれている杏の一言。
 しかも表情が恐ろしすぎて直視できないんですが。

「朋也は……行くのか……?」

 一方でやけに不安そうにしているのが智代。
 どうやら俺が行かないことを望んでいるらしい。

「ああ……一応行くつもりだけ……ど……」

 重力が5倍から10倍になったような感覚を受けた。
 このままの空気でいたら俺は押しつぶされてしまうだろう。
 岡崎朋也、自分の失言による空気の変化により圧死。
 なんてアホらしい、でも事実になりそうで怖い。

「そうか……」
「ふーん……」

 重い、空気が限りなく重い。
 思わずボタンに助けを求めたくなるくらいテンパっていたが、そのボタンも野生の気配から察 知したのかその場にいなかった。

「……ねえ、ちょっとそのメール見せてくれない?」
「え? あ、ああ……」

 杏が何か考えたのか俺にそう頼んできた。
 見せなかったらどうなるかわからないし、別に見せたところでこれ以上マイナスになるような 情報はないはず……多分。
 少なくとも、他のメールの内容はほとんど仕事か、春原との馬鹿会話によるものだ。
 俺はそう判断して、杏に携帯を渡す。杏と智代はその画面を覗き込む。
 
 杏が、ニヤリと微笑んだ。

「……これって、あたしたちも行っていいのよね?」
「……へ?」

 杏から突然そんな意見が出る。

「だって、あたしたちだって芽衣ちゃんに会うのは久しぶりだから募る話もあるし、女性服とか だったらあたしたちの方がずっと詳しいわ」
「確かにそうだな。むしろ私たちも行くべきだ」

 杏の正論に智代が後押しする。

「え、でもデートって……」
「それはあっちがあんたしかいないと考えてのことよ」
「それに芽衣も私たちのことを知っている。問題はないはずだ」

 確かに問題はないと思う……だが、二人がついていくというのは何かしらの邪悪な意志が感じ取れてしまってならない。
 もちろんそのことを口には出す気はない、というか出せない。

「明日が楽しみね……」
「ああ、全くだ……」

 そして邪気を含んでいる二人の発言。
 俺には明日が恐ろしくてしょうがなかった。
 やはり平穏とは無縁なのだと、思い知らされる日になりそうだ、てかなる



「……ということがあってな」
「はは、岡崎も大変だねえホント」

 俺は春原に電話をしていた。
 こうしてたまに電話をしたくなったときに電話して、適当に現在の境遇を話している。あっち も忙しいらしくたまにつながらないこともあるが、基本的には電話に出てくれる。
 こんなことをしてしまうのも旧友と会話すると心が安らぐからだろう、言葉に出す気は全くな いが。

「ああ、そういえばお前怪我の方はもう治ったのか?」
「うん、大分ね」

 俺が入院していた時、暇だったので電話をかけてみたら、春原は実は仕事中に事故に合って怪 我をしてしまっていたらしい。それでしばらくの間入院していたようだ、俺みたいに。

「そうか、そいつはよかった。お前が入院したってのは一番の驚きだったからな」
「おっ岡崎、そんなに心配して……」
「何せ智代にあんだけ蹴られて怪我ひとつないお前が入院したっていうんだ、これはなんかの前 触れかと思ったからな」
「あんたひどいっすねぇ!!」

 電話しながらでも春原の表情が想像できて面白い。
 やはりこいつはからかいがいのある相手だ。

「くそう、岡崎なんか智代と杏の間でやられてしまえばいいんだ!」
「いや、結構しゃれになってないからさ、それ」

 こいつには杏と智代と同棲しているということを教えてある。まあ、とはいえあんま相談相手 としては見ていないが。

「ああ、そうそう。そういやその芽衣だけどさ、先週見舞いに来てたんだよ」
「へえ、つまり俺に会ったのはちょうど戻ってきたときってことか」
「そんでさーそのときにお前の境遇聞いてくるからさ、教えてやったよ」
「ふーん、教えてねえ……へ?」

 ナンカサッキ変ナコト聞イタヨウナ。

「さっきなんていった?」
「ああ、お前の境遇教えてやったって……」
「なっ何だってー!!?」

 俺は思わず大声を出す。

「朋也、どうしたんだ?」
「ああ、いや何でもない」

 俺は二人の疑問の目を避けるかのように急いでトイレに携帯を持っていき、そこで電話の続き をする。

「おい、それはどういうことだ」
「どういうことって……そういうことだよ」

 なんてことだ……芽衣ちゃんは知っていてあのメールを出したってことか。
 もしかして……いや、考え過ぎかもしれない。でも、まさか――!

「おーい、岡崎。どうしたー?」

 俺はトイレの中で呆然とする。
 もし、考え過ぎでないとしたら、明日は俺がさっき予想していたもの以上にハードになりかね ないからだ。
 頭の中で、悪魔の羽を生やした芽衣ちゃんがいじわるそうな顔で微笑んでいるのが浮かんだ。



続く

あとがき
 かなーり間が空いてしまいました。すみません。
 しかも10万ヒットまだ仕上げてないのにこっちを書くとは何事かとか言われそうですが、こっちの方が急に書きたくなったんだから仕方ありません。うん、本当ごめんねorz