あることがきっかけで人が変わったみたいになる。
それは僕にだって言えることで、あの修学旅行の件以来、僕はいろんなことに少し積極的になったし、つらいことにだって立ち向かえるようになった。なんというか、少し強くなった気がする。
まあ、人が変わったみたいって言っても普通の人からみたらそこまで極端に変わっているわけじゃない。僕よりも鈴の方が変わったという意味では正しいだろう。積極的にいろんな人とお話できるようになったし。
でも、本当に人が変わったみたいになってしまった人は今、僕の目の前にいるんだ。
「ねえ……」
皆がいる教室で僕はその人に話しかける。
その人の名前は来ヶ谷唯湖。姉さん気質で可愛いもの大好き。
リトルバスターズでも頼れる存在の一人で、何でもできる超人。
先読みも鋭く、行動も素早い。非の打ち所は悪戯好きなところ。
そんなすごい人だけど、今の唯湖さんはさらにとんでもないことになっていた。
「どうしたダーリン」
そう、今の唯湖さんはひどいくらいに僕ぞっこんラブ状態(死語)なのだ。
『デレゆい』
先ほども言ったけどここは教室、しかも皆がいる。
僕の方はというと恥ずかしくてしょうがないのだけど、唯湖さんにそんな様子はまったくといっていいほどない。
「ねえ…唯湖さん「ハニー、でもいいぞ。ダーリン」
「…唯湖さん。あのさ……」
「どうしたんだダーリン」
「まず、ダーリンってやめてくれないかな。恥ずかしいから……」
すると唯湖さんはすごく残念そうな顔をした。いや、そんな顔されてもさすがにちょっとこの恥ずかしさに耐えるのはつらい。
「私は一向に構わないのだが…まあ他ならぬダーリンの頼みだからな」
さっそく使っちゃってるし。まあ多分この後からは直してくれるだろうけど。
「で。どうしたんだマイラバー」
「なんかもっと恥ずかしいんだけど!」
しかもそれどっちかというと男が使うイメージが。ナルシスト系の。
「まったく理樹君は文句が多いな。まあそこも好きなんだが」
「……もういいよ」
なんか疲れた。しかも本来の目的をまだ達成していないし。
「で、聞きたいことは?」
「うん、呼び名も恥ずかしかったんだけど。でもそれ以上にさ……」
「僕を離してくれないかな」
そう、今僕は唯湖さんに捕まっていた。
僕は椅子に座っているのだけど、今そこを羽交い絞めにされているのだ。
「む、どうしてだ」
「いや、どうしてだって恥ずかしいから……」
「私はまったく気にしないぞ」
「僕が気にするんだって」
「むう、しかし授業の間ずっと離れていたじゃないか」
「それ普通だから」
最近の唯湖さんは事あるごとに触れ合いを求めてくる。
下校前、朝会うときだけならともかく、授業が終わるたびに抱き着いてくるのはもはや病気と言っていいレベルだと思う。
「ならばせめてあと10分、いや30分だけこのままでいさせてくれ」
「なんで延びてんのさ! それに休み時間終わっちゃうよ!」
しかも本気で言っているだろうから性質が悪い。
ちなみに僕を助けようと真人が唯湖さんにつかみかかったんだけど、
『人の恋路を邪魔する奴は地に這いつくばって死ぬがよい』
と、その後は語るのもためらわれるほどのデスコンボが発動して、今真人は横で仰向けに突っ伏している。
周囲の人たちもそれを見て恐れたのか誰も近寄ってこない。じろじろ見られてはいるけど。
僕自身、あの光景を思い出すだけでまた身の気がよだってくる。それだけ恐ろしい光景だったのだから。よく死ななかったよね、真人……。
「ん、震えているじゃないか理樹君。寒いんだったらやはりこのままがいいだろう」
「そうじゃないんだけど……」
僕の言葉もむなしく唯湖さんはぎゅっと僕を強く抱きしめる。暖めようとしているのだろう、絶対それだけじゃないけど。
これでは相当の理由がない限り離してもらえそうもない。
うう、周りの視線が痛い……。
「ほ、ほら。僕はもう暖まったからさ。むしろ熱いくらいだよ」
実際、恥ずかしさで顔が熱いのだ。間違いなく真っ赤になっていることだろう。
「ほら、顔を見てよ」
「む、確かに真っ赤だな。熱そうだ」
「ほらね」
「むう」
これで理由がなくなった。きっと自由になれるに違いない。
そう考えた僕が愚かだった。
「ならば私が寒いので、理樹君にはカイロになってもらうとしよう」
「えええー!?」
その発想は正直なかった。
まさに逆転の発想というか、なんというか。
「ふう、理樹君は暖かいなあ」
唯湖さんが僕にすりついてくる。
大きな胸がそれと同時に僕に当たってくる。
柔らかさの中に弾力があって気持ちい……何を考えているんだ僕は。
「唯湖さん、む、胸が当たって……」
「む、理樹君は胸が当てられることが嫌なのか? もしや女性より恭介氏みたいな男の方が……よくない、それはよくないぞ理樹君!」
変な暴走を始めた唯湖さんが立ち上がる。
「ええ、ちょ、ちが――」
「これは個人レッスンが必要だな。さあ私とともに行くぞ」
そして僕は唯湖さんに抱きかかえられる。
「ええっ、ちょ、どこへ!?」
「決まっている。そういった勉強は保健室だと!」
「どこの知識なのそれ!?」
なんだかよくわからない理論を言われ、僕は教室から拉致されてしまった。保健室へと。
保健室の中には運よく(悪く?)誰もいなかった。
僕は保健室にあった椅子へと座らされる。
「いいか理樹君。同姓愛は理樹君とは無縁の世界だ。ああいったものは非生産的行為でもある」
「いや、でも唯湖さんだって女の子を……」
「あれは可愛がっているだけだ。人間がぬいぐるみとかを大事にするようなもので何の問題もない」
「ええー…」
なんだか納得いくようないかないような答えだなあ。
「それよりも理樹君。反論するということはやはり……これは少し荒療治が必要だな」
「いやいや! ただ僕は唯湖さんの理屈が気になっただけでそういうわけじゃ……」
唯湖さんの誤解はますます加速していっているようだ。
「ええいうるさいだまれ。私がこれから女というものを教えてやろう」
そういうと唯湖さんはおもむろに服を脱ぎ始め…
「ってちょっと待って!!」
「どうしたんだ理樹君。そんなにあせった表情をして」
「あせるよそりゃ! 目の前で脱ぎ始められたら!」
「ふむ、そういうところは正常なんだな」
「いや、僕は元から正常だって……て、なんでまた再開してんのさ!」
僕が話している隙に唯湖さんは制服のボタンを一番下まで外していた。
「いっただろう荒療治が必要だと。つまりこれだけのことをする必要があるということだ」
下のカッターシャツまで外し、ついに唯湖さんの肌が露わになる。
あの強さからは想像もできないしなやかな体つきに思わず唾を飲んだ。
残ったのは大きな胸を押さえるブラジャーのみ。それすらもかえって情欲をそそる材料にすぎない。
「ど、どうしてそこまで……」
いくら唯湖さんでもここまでやるのは流石に恥ずかしいはずだ。
しかし今それを目の前でやっている。
「決まっているだろう、私は理樹君のことが大好き、ただそれだけだ」
「それだけって……」
「好きな人にはふりむいてもらいたい、好きな人が変な道を歩もうとしているのを止めたい、それは当然のことではないか?」
いや、それは勘違いなんだけど。
それでも、唯湖さんの言葉は僕の胸に響く。
その健気さは普段の唯湖さんからは想像つかない部分だろう。
「唯湖さんって……そういうところすごくかわいいよね」
「なっ!」
肌を見せてもあまり動じていなかった唯湖さんが顔を赤くする。
なんというか、強く恥ずかしいと思う部分が人とはちょっと違うみたいだ。
「そ、そんなことない。私はただ理樹君のためを思ってしているだけで……」
「僕、唯湖さんのそういうところ好きだよ」
ますます顔を赤くしていく唯湖さん。
もう僕も止まらない。唯湖さんに近づいていく。
「ねえ、唯湖さん。キス…してもいいかな」
「え、あ、ああ…」
僕は唯湖さんの肩をつかみ、向かい合う。
唯湖さんもまんざらではないようで抵抗をしない。
そのまま僕たちの距離が少なくなっていき、そして――。
「ふー、しかし来ヶ谷のやつももう少し手加減してくれればいいんだがな。気絶した真人を運ぶのはかなり骨が折れる……お前ら何しているんだ?」
真人を担いできた謙吾に目撃された。
キスする寸前、しかも唯湖さんは上半身ブラジャーのみという状態。
誰がどう見ても悪い方向にしか考えられない状況。
「あ、あのね謙吾。これは……」
どう理由を言おうか。何かを言葉にしようとあたふたする僕。
そのとき、唯湖さんがゆらりと動き出した。
「真人君にも言ったんだがどうやら謙吾君、君にも言う必要があるようだな……」
唯湖さんの周りからオーラが見えるような気がする。それは真っ赤に燃える怒りのオーラ。
そう、それは真人に対して出したものとまったく一緒のものだった。
「ま、まて! 俺はただ真人を保健室に連れてきただけで……」
「問答無用。何、一時的にこの世からいなくなるだけだ……それでは」
「人の恋路を邪魔する奴は地に這いつくばって死ぬがよい」
そのとき、保健室からひとつの大きな悲鳴が響き渡った。
「全く、こいつらはろくなことをしない…」
二つの遺体のある保健室で唯湖さんはため息をついた。
気絶しているとはいえさすがに人がいる以上先ほどの雰囲気はすっかり消えており、僕らもいつものような感じに戻っていた。
「はは、でもさ、次機会があったら今度こそ、ね」
「いや、私としては不満だ」
「え、でも」
「だから……」
そういうと唯湖さんの方から僕の頬にキスをしてくる。
「とりあえず今日はこれで勘弁してやろう。次はちゃんとしたの、だな」
「……うん、そうだね」
キスされた部分を手で押さえる。少しでもその感触を強く感じたくて。
「さて、教室に戻るとするか」
「うん。でもちゃんと上着は着てよね」
「ふふ、このまま入ったらみんながどういった反応をするかな」
唯湖さんが少したくらむような表情を見せ、僕に聞いてくる。
「や、やめてよ!」
「はは、冗談だ。ちゃんと見せるのは理樹君。君だけだからな」
そういって再び抱き着いてくる。
「わわ、唯湖さん」
「でもその前にもう少しだけ、な」
「……うん」
ちょっと大胆で、ちょっとべったりすることが多くなった唯湖さんだけど、でも、それでも僕はそんな唯湖さんのことが大好きなんだ。
おわり
あとがき
今回こそ唯湖が「ずっと俺のターン」するつもりだったんですがやっぱり途中受けになっちゃいました。まあでもいいかな。
俺はヒロインのデレの部分が大好きなんで、今後『デレかな』とか『デレはる』とかいった感じでツンデレに反逆するようなSSを書いていきたいなあとか思っているんですがどうなんでしょうね。