人には性格というものがある。
 それを変えるってのはとっても困難なことで、僕だってあの修学旅行の一件以来強くはなった気がするものの、元々のこの受身なところがある性格はあまり変わってはいない。
 そりゃ、確かに自分から何か意見をいえるようになったけど。
 でもまあ、全部は無理でも少しくらいは変えることができる。そして、その少しが実はものすごく大きな変化に感じることだってある。

「佳奈多さん……」
「…何よ」

 僕は佳奈多さんに話しかける。
 二木佳奈多、葉留佳さんと双子の姉妹。
 昔色々とあって仲が悪かったらしいが最近仲直りしたらしい。
 僕も大体の事情は聞いている、根本的な部分はまだ解決しちゃいないけど、それでも葉留佳さんと佳奈多さんならきっとなんとかできると信じている。
 で、その佳奈多さんなんだが。僕も初めて会ったときは少し苦手だった。なんというか規律に厳しい人というイメージがあって。
 でも実際に打ち解けてみるとすごくいい人だということがわかった。やはり人は最初だけで判断しちゃいけない、そう強く思う。
 それに、彼女も最近は少し変わったようで……。

「どうしてここにいるの?」
「何、私がここにいるのがおかしい? ここは皆が使う公共の場よ。私が使ったって何の問題もないはずだわ」
「いや、まあ確かにそうなんだけど」

 僕らは裏庭にいた。裏庭ってのは確かにみんなが使っていい場所、その割には人が少なく、物静かな場所なんでゆっくりしたいときによく使っている。
 でも、それでもだ。僕が思わず聞きたくなった理由、それは――

「それがどうして僕のすぐ隣なのさ」

 そう、彼女は広い裏庭の、僕のすぐ左横という大胆なポジションにいたのだ。





『デレかな』





「それはここが私が普段使っている位置だから。ただそれだけよ」
「いや、それでもさ……」

 普通他に人がいるのに、その人のすぐ左横に座ったりするだろうか。
 確かに、僕の近くにいるだけなら何の問題もない。お友達同士が楽しくおしゃべりするとき、近くに座ったりするから。
 でもそういうのって、基本的に真正面に向かい合ったり、少しくらい間を開けるもんじゃないのかと思う。
 それにこんなに傍に座られるとものすごくドキドキしてしまう。
 佳奈多さんはなんとも思ってないのだろうか?

「ねえ佳奈多さん、こんなとこ誰かに見られたら誤解されちゃうよ?」
「そうね」

 そうねって。そんなあっさりいえちゃうことなんだろうか。
 佳奈多さんは特に何かをするわけでもなく、遠くを見つめている。
 僕自身ここに来たのは単なる気晴らしで、特に何かをするって決めていたわけではないけど。
 それでもこういう逆に落ち着かない環境にいるのはちょっとつらい。
 僕はこの場を離れようと佳奈多さんに話しかける。

「ね、ねえ佳奈多さん」
「何?」
「ぼ、僕お邪魔みたいな感じがするからどっか――」
「邪魔ではないわ」
「そ、そうですか」

 あっさり理由をつぶされてしまった。
 逃げる理由がなくなった僕は仕方なく近くにある景色を眺める。
 葉っぱが一枚、葉っぱが二枚、葉っぱが三枚――。

「ねぇ」
「な、なに? どうしたの佳奈多さん」

 佳奈多さんの方から突然話しかけてくる。
 心の準備ができてなかった僕は思わず声をうわずらせてしまう。

「逆に私の方が迷惑かしら?」
「そ、そんなことないよ! 悪い気しないし」

 そんなこと聞かれてはいそうですかと答えられる人間がいるわけがない。
 いるならその人はものすごく自分に正直な人でかつ空気の読めない人だろう。
 それに佳奈多さんが傍に座って悪い気がしないというのは本心からだ。
 人には特殊なテリトリーがあって、そこに近づかせる人というのはそれだけ信頼している人ということらしい。
 つまり、佳奈多さんは僕を信頼してくれている。それは紛れもない事実だ。信頼されて悪い気はしない。

「むしろ佳奈多さんが僕の隣に座ってくれてうれしいかなーなんて、はは」
「そ、そう?」

――あ、あれ?
 冗談を言ったつもりだったのに、佳奈多さんは顔を少し赤くして声をうわずらせている。
 普段見ることない場面を見てしまったからか僕は思わずあっけに取られてしまった。

「う、うん」

 冗談だよ、なんてもちろん言えるわけもなく。僕はうなずき返してしまった。

「そう――」

 途端に流れる気まずい雰囲気。
 佳奈多さんの返事を最後に話が途絶えてしまった。
 しかも顔もあわせる事ができない、なんだか恥ずかしくて。
 だからといってここで逃げてしまうってのも何かそれはそれで問題ある気がする。

「ね、ねえ」
「ど、どうしたの佳奈多さん」

 またも佳奈多さんから話しかけてくる。
 しかしその声はどこか緊張していた。僕も人のこと言えないけど。

「も、もう少し近くに座っていいかしら」
「い、いいよ」

 佳奈多さんのお願いに思わずうなずいてしまう。
……もう少し近く? すでにすぐ左横にいるのに?
 右横にでも移動するのだろうか。いや、それじゃあなんか違うし。

「そ、それじゃあ――足を、伸ばして」
「へ?」

 足を伸ばす? なんで? どうして?
 疑問だらけの命令に困惑する。一方命令出した側である佳奈多さんは顔を真っ赤にしている。

「えっと、ど、どうして……」
「いいから早くしなさい!」
「は、はい!」

 よくわからないまま佳奈多さんの押しにやられて足を伸ばす。

「言われたとおり足を伸ばしたけど……」
「何されても動かないでね」
「う、うん」

 僕がうなずくのを確認した佳奈多さんはようやく動き始める。
――そして、僕の膝元に座ってきたのだ。

「か、佳奈多さん!?」
「動かないでっていったでしょ!」

 思わず足を動かそうとする僕を口で静止してくる。
 そして結局、膝の上に腰を下ろしてしまった。
 佳奈多さんの重さが、そして暖かさが直接感じられる。

「え、えーっと」
「私は最初に確認したわ。どこにもおかしいところはないはずよ」

 いえ、きっとおかしいとこだらけだと思います。
 とんでもない屁理屈でとんでもないところに座ってきた佳奈多さん。
 絶対に昔の佳奈多さんならこんなことはしなかったはず。

「思ったより膝の上って座りづらいのね」
「そりゃあね……」

 膝なんてそんなことに使う部分じゃないし。
 せいぜい使うとしても枕くらいだろう。

「ふう……なんだか少し疲れたわ」
「僕もなんだか疲れたよ……」

 主に佳奈多さんのよくわからない行動に対してだけど。
 突然、佳奈多さんがもたれかかってくる。

「え、ちょ」

 佳奈多さんの顔が僕の目と鼻の先まで近づく。

「ごめんなさい、少しこうしていていいかしら……」
「え?」

 そこまで佳奈多さんは疲れていたんだろうか。
 もしかしたらそうなのかもしれない、風紀委員の仕事って思ったより激務みたいだし。

「うん、僕は構わないよ。むしろうれしいし」

 なんだか僕を頼ってくれている気がして。

「そ、そう?」
「うん」

 なんかさっきより一段と頬を染めている。
 どうしたんだろう、風邪だろうか。
 もしかしたら本当に風邪なのかもしれない、風邪のときって思考がうまく働かなくて変になるってことあるし。それなら今までの行動がおかしかったのもうなずける。

「大丈夫、熱あるんじゃない?」

 僕は自分のおでこを佳奈多さんのおでこにあてる。
 昔よく恭介がこうやって熱を調べてくれたから。鈴にも同じようなことを僕もやった。

「!!!???」
「うーん、やっぱり熱いよ。保健室とかいった方がいいんじゃない?」

 そういいつつも佳奈多さんの顔はさっきよりひどいことになっている。

「だ、大丈夫だから……」
「ホントに? 歩けないとかじゃなくて? なんなら僕が連れて行くけど」

 女の子一人くらいなら抱えられる、前恭介を背負ったこともあるからきっとなんとかなるはずだ。

「い、いいから貴方は大人しくしてなさい!」
「う、うん」

 しかし、そんな僕の考えも佳奈多さんの前には無力で。
 残念ながら強く拒絶されてしまった。
 そのまま、僕の膝の上に佳奈多さんが乗っているという状態が続く。

「――ひとつ、聞きたいことがあるの」
「今度は何? 佳奈多さん」
「あなた、彼女とかいないの?」

 それはまた直球な質問で。
 でも、どうなんだろう。確かにリトバスメンバーとは仲良くやっているけど、彼女と言われたら違うのかもしれない。

「うーん、いない…かな」
「……はっきりしないのね」
「いや、まあ、うん」
「それなら――ねえ、私と付き合ってみない?」
「……えっ?」

 今、佳奈多さんは何ていった?
 なんだかものすごくありえない台詞を聞いてしまったような。

「ど、どうして」
「どうしてって、付き合う理由って一つしかないと思うのだけど」
「それって……」

 つまり、そういうことですよね。
 いくら僕でもそれは気づく。今日の様子が変だった理由も全て。
 それはとっても簡単なこと。
……うあ、気づいたら自分のしたことがものすんごく恥ずかしくなってきた。

「で、どうするの」
「え、えっと……」

 どうしよう、確かに僕も佳奈多さんのこと嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。
 なら僕はYesと答えるべきなのだろう。でも、本当にそれでいいんだろうか。
 葛藤が起きる。

「ぼ、僕は……」

 ええいままよ。僕は自分の心ではなく、勢いに任せることにした。
 きっと無意識のうちに自分がしたい選択をしてくれるだろう、そう祈りながら。

「佳奈多さんと付き「す、ストレルカ〜!?」

 僕が言おうとした瞬間、突然大きな声に邪魔される。
 何事だと思いそちらを向く。
 そこにはストレルカを捕まえたクドの姿があった。

「ふう、突然走り出すからビックリでした……あれ? リキ? それに佳奈多さんまで」
「……やあ」
「……奇遇ね」

 状態を把握していないクドに挨拶をする僕ら。
 佳奈多さんはいつの間にか僕の膝から降りていた。なんとすばやい反応なんだろう。

「どうしたんですか二人ともこんなところで?」
「い、いやちょっと……」
「たまたま会ったからお話していただけよ。さて、私はそろそろ行くわ」
「あ、う、うん」

 さっきとは打って変わってものすごく冷たい態度を取る。
 まるでさっきのが夢の中の出来事だったような、そんな錯覚さえ覚えた。
 でも、それは違うってことを僕の膝に残る熱さが証明している。

「それじゃあまたね、直枝理樹、クドリャフカ」
「それじゃあ」
「しーゆーなのです」

 この場を去っていく佳奈多さん、と、ふと立ち止まった。

「言い忘れるところだったわ――」



「返事は、また今度の機会に」

 そういうと再び歩き出す。佳奈多さんがまた止まることはなかった。
 返事って、あれ、のことだよね。
 次の機会には覚悟を決めないとな、うん。

「負けないのです……」
「ん、クド、何かいった?」
「いえ、何もいってないのです! のっとわーど!」
「そ、そう?」

 間違いなく小声でなんかつぶやいたと思うんだけど。まあいいか。

「さ、リキ。私たちもいきましょう!」
「え、あ、うん」

 クドに腕を強くひっぱられる。クドはクドでこんな強引だったっけ。
……実は思ったより性格って変わりやすいものかもしれない、そんなことを思った日だった。



おわり



あとがき
 ふとひらめいたものを推敲もせず思うままにつづったSSです。おかしい部分は多々あるかと思いますが気にしない。気にした人にはごめんなさい、そんな人なんです(汗
 デレシリーズは書いていてたのしいんで今度また誰かで書こうとは思います。


何か一言いただけるとありがたいです。