「はぁ」

 僕は机に肘をつけ、手で顔を支えながらため息をつく。

「よお理樹、どうした。元気ないな」

 そんな僕に声をかけてくるのは真人。
 その素晴らしい体つきと表情からは元気があふれている。正直わけてほしいくらいだ。
 
「いや、ちょっとね」
「理樹が最近元気がないことってーと……もしやアレか?」
「あれが最近僕の身の回りの変化の一つに関してだったら大正解だよ」
「ああ、やっぱそうなのか」

 鈍感そうな真人にまでまさか勘付かれるなんて。
 やはりアレは周りから見ても大変そうに思えることなんだ。

「しっかしあの二木がなあ……付き合い始めてからだろ?」
「うん」

 そう、僕は佳奈多さんと付き合うことになった。
 一言で言うとたやすいものの、こうなるまでにはもちろん色々なことがあった。
 姉妹の問題とか、家との問題とか、周囲の目とか。
 家との問題はリトルバスターズの活躍やらなんやらがあってなんとか解決した。
 正直この中で一番難しいと思った問題が一番早く事を終えたのは僕自身驚くべきことだった。
……と、いうよりも姉妹の問題と周囲の目に関しては別の問題が浮上してきたというのが正しいだろうか。
 確かに佳奈多さんと葉留佳さんは家のしがらみについては仲直りをしたし、周囲の目というのも厳しすぎた昔と違い、だいぶ緩和されたので敵視されることはなくなった。
 なくなった、んだけど。

「うわさをすれば……来たみたいだぜ」

 凄まじい轟音が廊下から響いてくる。
 おそらく走っている音だろう、だけど締め切った教室なのに聞こえてくるなんて相当だ。
 もちろんみんなも廊下の方を向いている。
 突然、走る音が教室の前で止まり、扉が開いた。
 そしてその姿も確認できないまま教室に一陣の風が吹き抜ける。
 扉の前にいた生徒、その道筋にあった机と椅子、そして真人を吹き飛ばして。
 その風の止まったところにいる、紫色の長い髪をした女性の姿。
 その女性は僕の目の前に立ち、そしてこう言い放った。

「直枝。あ、あなたが会いたいって言っていたから会いにきてやったわよ」

 絶対に嘘だ。
 間違いなく、僕の気持ちと教室全体の生徒の意思が一つになった。





限りなく駄目な佳奈多さん。略して『ダメかな』





「で、今日は一体なんなのさ佳奈多さん」

 僕は佳奈多さんを引き連れて屋上に来ていた。
 いやだってあんな状態の佳奈多さんとあのまま教室にいたら何しでかすかわからないし、それなら誰もいない屋上に連れて行ったほうがいろんな意味でマシだからだ。
 実際、あんな衝撃的な登場をした後、佳奈多さんがとった行動は僕の膝の上に乗るということだった。
 曰く、

『ちょっと疲れたから座っただけよ』

だそうだが、だったら他の席に座ればよかったじゃないかと。どうしてわざわざ僕の膝の上を選ぶ必要があったのかと。
 そんな本当に人が変わったかのような佳奈多さん。その影響は僕らだけに留まらず、一部の男子生徒にも大きかった。何気に佳奈多さんはファンが多かったのだ。実際、風紀委員長で美人ってそれだけで大きなステイタスなのだ。しかも人によってはあの頃のきつい性格がまたよかったらしい。
 それなのに、今はこの有様だ。そんなつっこみどころ満載の行動を今の佳奈多さんはとってしまうのだ。

「あなたこそ、こんな人気のないところまで人を連れてきておいて一体何をするつもりなのよ」
「いや、あそこにいると色々と世間体が……ってなんで突然服のボタンを外し始めているのさ!」

 そして早速ここでも佳奈多さんは突飛な行動をとっていた。
 いやもちろん、佳奈多さんが何を懸念していたかってのはなんとはなしにわかる。わかるけどそういうのって普通顔を赤くして体を両手でガードして守りに普通入るもんじゃないだろうか。

「……! こ、これは熱かったからよ!」
「えっと、今日いつもより涼しいよね」
「私は熱かったのよ!」
「そ、そう」

 佳奈多さんの勢いにおされ思わずうなずいてしまう。まあでも確かに佳奈多さん顔真っ赤だし。熱いといえば熱いのだろう。

「で、話を元に戻すけど」
「別に、ただ会いたかったからきたってわけじゃないわ」

 嘘だ。
 いくら鈍感と周りに言われている僕でもそれはわかる。

「えと、正直に答えてくれる?」
「ちゃんと正直に答えたつもりよ」
「嘘ついてたら帰るからね」
「ええそうよ直枝に会いたかっただけよ。別のクラスで他の子といちゃいちゃ楽しそうに談笑している直枝を想像したらいてもたってもいられなくなったのよ。つまり女の醜い嫉妬よ。みじめよ、みじめよね。笑っちゃうわね。笑えばいいと思うわ。あーっはっはっは」
「それキャラ違うよね……」

 それはつい最近転校してきてリトルバスターズに入った新メンバーのあやちゃんがよくやってたような。
 少なくとも、佳奈多さんがやるようなことじゃない。

「て、嫉妬?」
「う……」

 佳奈多さんがしまったという顔をする。

「だ、だって直枝のクラスには来ヶ谷さんや、クドリャフカがいるじゃない」
「まあそうだけど」
「もし直枝が私の見ていないときに浮気して、気持ちがそっちに向いちゃったらどうしようって。それに私には来ヶ谷さんみたいにおっきな胸もないし、クドリャフカみたいに貧乳でもないから体で直枝を惹きつけることもできないし……」

 なぜか落ち込んでいく佳奈多さん。
 しかも胸にまで話題が及んでいるし。

「別にそんな心配しなくっても……」
「そうよ直枝だって胸は極端な方がいいはずよね。巨乳はもはや定番といっていいくらい男がステイタスとして数える部分だし、最近は貧乳もステイタスって流れができているみたいだから、普通の胸ってのがまずいのよね。これってどうすればいいのかしら。胸じゃなくて別の部分で勝負? でもお尻も普通だし、だとするとあの部分でしか……」
「ち、ちょっと!」

 佳奈多さんが変な暴走を始めたんで思わず止める。
 一体どこからつっこめばいいのだろう。勝手に話進めたこと? 胸の話に変わったこと? それとも普通じゃない部分を探し始めたこと?

「ああもう、佳奈多さんツッコミどころ多すぎだよっ」

 そういった途端、なぜか佳奈多さんは顔を真っ赤にした。

「え、な、直枝にそんな趣味が合ったなんて」
「は……?」

 佳奈多さんが何を言っているのか分からない。が、とてつもなくダメそうなことを考えている気がした。

「前だけじゃなくて、口や後ろにも突っ込みたいだなんて……」
「言ってないよっ!!」
「直枝って、ちょっぴり変態だったのね……ううん、けど、いいわ。ほかならぬ直枝の頼みだもの」
「いや、だから、頼んでないってばっ」
「安心していいわよ、直枝。私は、そんなあなたでも好きだから。そ、それに、私もちょっぴり興味あるし」
「どさくさにまぎれてそんなカミングアウトされてもっ」

 結構簡単に佳奈多さんの普通じゃないところは見つかった。
 このダメ思考は間違いなく普通じゃない。

「もしかして……佳奈多さん欲求不満?」
「そんなことないわよ。棒アイスやソーセージを嘗め回して食べたり、地理の授業でレマン湖に反応したりする程度よ」
「それは間違いなく欲求不満だと思う」

 もしくは単なる変態、でもそれは口に出していえなかった。

「仕方ないじゃない! あなたときたら彼女の私を差し置いてみんなと仲良くしちゃっているんだから! 性的な意味で」
「うわ! 開き直った! それに最後のは付け足さないでよ!」
「男と女が語り合うなんて十分性的じゃない!」

 駄目だ、無茶苦茶だ。無茶苦茶すぎる。
 しかも逆切れまでしてきたし。
 人ってここまで変われるんだろうかとか思うくらい以前とは変わってしまっている。

「はあ、どうしちゃったのさ佳奈多さん」
「だ、だって。自分でもよくわからないのよ。好きで好きで好きすぎて。こんな気持ちになったことないからどうしたらいいか……」

 そういって顔を赤くする佳奈多さん。
 正直、胸にキュンときた。恥じらいの表情は反則です。

「そんな状況なのに直枝ときたらクドリャフカといちゃいちゃしたり来ヶ谷さんといちゃいちゃしたり劣化コピーといちゃいちゃしたり!」
「うわ! 完全にやぶ蛇だった!」

 何気に最後の超ひどいこといっちゃっている相手はやはり葉留佳さんだろうか。
 あんたら仲直りしたんじゃなかったのか。

「直枝の彼女は私なのに。私が一番直枝を愛してるのに!」
「佳奈多さん……」

 涙を流す佳奈多さんを見て罪悪感と嫌悪感に襲われる。
 そこまで真剣に、必死に僕のことを想っていてくれたなんて。

「僕も、佳奈多さんのことが一番好きだよ」

 だから、佳奈多さんの喜ぶ本当のことを伝える。

「ほんとうに?」
「うん、本当」
「それは本心からなのね」
「うん、本心からだよ」
「それなら、これ以上しても大丈夫よね」
「……え?」

 いや、それは。

「いやだってほら、もうすぐ休み時間終わっちゃうし」
「構わないじゃない、そんなの」
「いや、佳奈多さん風紀委員」
「今は直枝の恋人よ」
「何その屁理屈!?」
「いいじゃない、さ、一つになりましょ?」
「こんなの佳奈多さんじゃなーい!!」

 思わず大きく声に出して叫んだ。
 僕はこの佳奈多さんの惨状を知っている人に強く聞きたい、聞き出したい。



 こんなだめな佳奈多さん、あなたならどうですか?と。



あとがき
 ある意味復帰作ともいえる作品がこれ。ひどいってレベルじゃないと思います。
 色々心配かけたり、なまけたりしてすみませんでした。



何か一言いただけるとありがたいです。