いつもどおりの時間に家を出て、いつもどおりの道を歩いて学校に行く。
 全てはいつもどおり、しかし一つだけ違うことがあった。

「朋也、おはよう」

 途中で歩いて登校してきた杏と出会う。

「おう、おはよう」

 紆余曲折あって、俺は杏とつき合うことになった。
 お互いの気持ちに素直になった結果である。
 俺はこの選択を後悔していない。だって、好きな相手と一緒に道を歩けるようになったのだから。
 しかし、少し困ったことが出てきたのも事実である。

「えへへー」

 杏の表情が少しにやけたかと思うと、いつの間にか俺の腕に抱きついていた。

「おっおい、こんなとこ人に見られたらどうすんだよ」

 杏の行動に少しあせる。
 つき合い始めたといっても、周囲に冷やかされたりするのは恥ずかしい。

「いいじゃない、つき合ってるんだから」
「そうはいってもなあ……」
「それに……この為にわざわざスクーター置いて歩いてきたんだから」

 そういって杏は一向に離す様子はない。
 そう、問題とはこのことだった。



 つまり、杏は普通以上に甘えん坊だったのである。





『杏はとっても甘えん坊』





 杏の甘え魂はそれだけに止まらなかった。
 それはもう、今まで縛っていた理性という名のタガが外れてしまったかのように。

「朋也〜」

 休み時間、嬉しそうな表情で教室に入ってくる。

『おい、あれ隣のクラスの生徒だよな……』
『なんか休み時間になるといつもこの部屋来てないか?』
『ばっか、あれが話題のカップルだぞ』

 周囲のひそひそ話が聞こえてくる。
 いつの間にか不良と恐れられていた俺のことも、単なるラブラブカップルの1人としてみんなから暖かい目とつめたい目で見られる対象物になっていた。


「会いたかったー」

 そういうなり俺に抱きついてくる。
 休み時間のたびにこうなるのだからたまらない。
 杏はどうやら10分程度の休み時間だけでも俺と一緒にいたいらしい。

「おっおい、何度も言うけどいちいち抱きつくなよ」
「だって、少しでも朋也と一緒にいたいんだもん」

 嬉しい言い訳である。
 思わず抱きつき返してやりたくなったが、それだとラブラブカップルどころかバカップルの何者でもないので耐える。
 俺は不良のつもりだったが、思った以上に世間の目を気にする性格だったらしい。

「でもさ、今ちょっとトイレに行きたいんだよ。だから後で、な」
「ぶー」

 なんとかうまいこと逃れようと嘘をつく。
 さすがの杏といえども、男子トイレまで追ってこれまい。

「わかったわ」
「おっわかってくれたか」

 いやあ、杏もそこら辺はちゃんとわかって……

「じゃあトイレの前で待ってるから。終わったらすぐ出てきてね」

くれなかった。
 思わず椅子からずり落ちる。俺だけじゃなくて周囲の生徒たちも。
 どうやら皆盗み聞きしていたようだ。
 ともかく、これからはバカップルという目で見られることは間違いなかった。

「ほらほら、ちゃんとついていってあげるから。すぐ済ませるのよ」
「俺はちっちゃいガキかっつーの」
「違うわ、あたしの彼氏よ」

……実際バカップルだからしょうがないと思った。



 昼休みになると杏の甘えっぷりはさらに加速する。

「朋也〜お弁当持ってきたわよ。一緒に食べましょう」

 俺はその言葉を全て聞くか聞かないかのうちに杏を連れて急いで外に連れ出す。
 これ以上恥ずかしいところを見られたくないからだ。

「きゃっ! もう、2人きりで食べたいんだったらそう言ってくれればいいのに」

 ちょっと勘違いして頬を赤らめている杏の発言を無視する。
 ああ、でも大きな声で言っちゃってるから廊下にいる人たちには聞こえちゃってるんだろうな。
 明日からはきっと学年公認のバカップルとなっているに違いない。
 そう思うと欝にならざるを得なかった。



「はい、あーん」

 そしてもはや恒例となりつつあるあーん攻撃。
 人がいないのがせめてもの救いか。

「あ、あーん」

 そして素直に言うことを聞く俺。
 聞かなかったときのことが怖いからだ。
 ちなみに前一度聞かなかったときの杏は凄かった。
 とにかく不機嫌なのだ。形相は恐ろしく、何かあるたびに辞書が飛び、被害者が続出した。
 特に春原は黒い辞書が赤くなるほど散々やられた。あれで次の日ちゃんと学校に来ているのもすごいと思うが。
 ともかく、あまりの被害にわざわざ生徒会長から、

「頼む。へたに彼女を刺激しないでくれ」

とまで言われたほどだ。
……もしかしたらあの頃から既に全校でバカップル認定されているのかもしれない。
 ちなみにその前日に学校内で女2人の壮絶なバトルが繰り広げられたというが詳細は定かではない。
 ただ、生徒会長に腕や足やらについている本の跡のようなものと、杏についている多数の痣がその女2人の正体と、それがどれほどのバトルだったかを証明している気がした。

「ねえ、おいしい?」
「うん、うまいぞ」

 口に放り込まれたものの感想を言う。料理に関しては文句のつけどころがない。

「よかった、じゃあ次は朋也の番ね」
「へ? 俺の番?」

 そういって杏はお弁当を俺に持たせる。

「はい、あーん」

 そして口を開いた。
 困惑する俺。俺から今度はそれをしないといけないのか?

「あーん!」

 なかなか口に食料が来ないと雛鳥(=杏)が怒る。
 仕方がないので俺は杏の口に入りそうな手ごろな食べ物を箸で取り、口元まで持っていく。
 しかし、杏は拒否反応を起こしたのか口をつむぎ、食料を入れさせようとしない。
 それどころか顔まで違うと言うかのようにそらす。

「おいおい、違うのかよ」

 何が間違ってるのか全くわからない。
 すると杏は口で言う代わりにジェスチャーで表現する。

「んーんー」
「何々、弁当から適当にとって……」
「んーーーんーーー」
「自分で食べる?」
「んー!」(首を横に振る)
「自分の口の中に入れる?」
「んん」(首を縦に振る)
「どう違うんだ……それで?」
「んーーーんーーん、んーーん」
「それをそのまま相手の口に……って口移しを要求してるのかお前は!」
「そのとおり!」

 杏が突然口を開いた。
 口移しっておい、バカップルにもほどがあると思うぞ。

「……やらなきゃダメか?」
「うん」
「どうしても?」
「どうしても」
「絶対?」
「やらないと大声で泣く」

 ちょっと見てみたいと思った。
 けれど泣いた後の報復やら何やらが恐ろしいので仕方なくやることにした。
 口の中に玉子焼きを入れ、そのまま杏の口元まで持っていく。

「あーん」

 すると杏の方から口を近づけてきてその玉子焼きを取った。
 それだけでなくそのまま5秒間ほど口付けを続ける。

「ぷはっ! なっ何するんだ!」
「んー朋也の味がする」

 杏の突飛な行動に驚いてしまった俺とは違い、杏はしてやったりといった顔と嬉しいといった顔が入り混じった表情をしている。

「やっぱ愛情ってのが一番料理には必要なスパイスよねー」

 確かにそうだけどさ。なんかここで使うものでもないような気もする。

「はい、今度は朋也が食べる番よ」

 杏の暴走は止まらない。
 今度は自分の口に玉子焼きを入れ、食べるようにと顔を近づけてくる。

「いや、そのさ……」
「んーんんん?」

 次は悲しそうなというか、捨てられた子犬のようなというか、そんな表情で俺の顔を見つめる。

「ああ、食ってやるさ! やるともさ」

 半ば自棄になって杏の口から玉子焼きを口で取る。
 杏の唾液が混ざった玉子焼きかと思うとなんか普通の玉子焼きとは思えない。

「きゃっ、朋也ってば大胆」
「お前がさせたんだろーが……」

 また頬を赤くする杏に向かって半分呆れ顔で答える。

「さあ、まだまだあるから。次はあたしに食べさせてね」
「勘弁してくれー!」

 結局、お弁当の中身が全部なくなるまで食べさせあいは続いた。



「やっと今日も終わった……」

 杏と一緒に帰り道を歩きながらぼそっとつぶやく。
 杏とつき合うのはいいが、こんなにも神経すり減らすものだったとは。
 椋だったらまた違ってたんだろうか、そんなこともちょっと考える。

「あのさ……」

 俺の腕に抱きつきながら杏が話しかける。

「明日からは、もっともっと甘えるけど……いい?」

 これ以上どう甘えるというのだろう。
 正直予想がつかなかったが、俺は自然と答えていた。

「もうちょっと人目がつかないところだったらな」

 なんだ、何だかんだ言って、俺も実はもっと杏といちゃいちゃしたかったのか。

「うん! わかったわ!」

 杏の嬉しそうな笑顔を見ながら、そう感じるのだった。
 とっても、とっても甘えん坊な杏。
 それにちょっと抵抗を覚えつつも実はそれを望んでいる俺。
 最高のバカップルってこういうことかなと思った。



「朋也、あんたのことがだーい好き!」



おわり

あとがき
 あー、なんつうかダダ甘ってのを書いてみたくて、そんで書いてみたんだけど。
 これってそうなんかなあ。杏のキャラ変わっている気もするし。
 ちなみにこれ書きながら『智代はすごい寂しがりやさん』『椋ってば結構大胆?』とか意外な性格(バカップル)シリーズってのも面白そうだなとか思ってました。