『カルピス☆ぴゅっぴゅササミ』
放課後。僕は人気のない裏庭方面にいた。
ここには、ぽつんと一台はなれた自動販売機が設置してある。
何故不便な場所にあるのか、何故一台だけ離れているのか、知らない人にとっては疑問だろう。最も、その疑問も商品のラインナップを見れば納得してもらえるに違いない。
どろり濃厚ピーチ味。
ゲルルンジュース。
ホットカルピス。
たい焼きポタージュ。
要するに、変なのだ。商品のラインナップが。
明らかに売れ筋でなく、誰かの趣味によるもので、実質隔離されているといっても良い。
だからこそ、その場所には同好の士しか集まらない。無関係な人間に見られないようにするための配慮である。もっとも、その存在を知っているものにとっては、裏庭に向かうという時点でグレーになってしまうので、効果のほどは定かでない。
「あら、これは新作ですわね。どろり濃厚カルピス味」
ふと前方、丁度自販機の前に、見知った後姿があった。
非常にボリュームのある髪と、それをまとめる猫の耳みたいなリボン。反して割と小柄な体躯の女生徒。リトルバスターズにて、鈴とのピッチャー争いを日夜繰り広げるソフトボール部のエース、笹瀬川佐々美さんだ。
笹瀬川さんが硬貨を入れてボタンを押す。すると当たりつきの自販機は点滅を始めた。
「まったく、何故当たり判定が出てから商品が出るのかしら。待たされる身にもなってほしいものですわ。こんな所を誰かに見られたら、わたくしの沽券にかかわりますのに」
何かをぶつぶついっているのは少し怖いが、それでもこんな場所で友人の姿を見かけたのだ。一応は声を掛けておくべきだろう。この自販機の話題も話せるかもしれないし。
声を掛けても不自然でない場所にまで近づくと、既に笹瀬川さんは紙パックのジュースを取り出していた。流れるような動きで、ストローを差す。
「こんにちは、笹瀬川さん」
「っ!?!!????」
その瞬間、笹瀬川さんから声にならない叫びが聞こえた。
驚愕は体のほうにも現れ、全身に力が入ったままこわばる。それは、ストローを差したばかりのどろり濃厚カルピス味を持つ左手も、例外ではない。
ピュッピュ
擬音にすればこんな所だろうか。飛び出した白濁の液体は、山なりに落ち、笹瀬川さんの髪や顔を汚していく。
「な、直枝理樹っ!? 何であなたがこんな所にいますのっ?」
「な、何でって、ジュース買いに来たんだけど」
笹瀬川さんも同じ目的だろうに、妙な質問だなあと思う。いや、そんなことよりもだ。
「そ、そう。あなた、このようなおかしなジュースを求めていらしたのね。わたくしは、たまたまこのあたりを散歩していたら喉が渇いたので、偶然見つけたこの自動販売機を利用していたのよ」
「そ、そうなの? まあ、別にそれはいいんだけどさ」
「よくありませんわ。あなたきちんと分かっていらっしゃる? わたくしは、何も好んでこの自動販売機に通っていたりなどしませんのよ。しっかり憶えておきなさいな」
「分かった、分かったよ。笹瀬川さんがここに居たのはたまたまだね」
「ええ、そうですわ。ようやく分かっていただけたようね」
「その件は置いておくとして。その……笹瀬川さん、顔と頭がすごいことになってるんだけど」
「すごいこと? ああ、ジュースがかかってしまいましたものね。早く洗わないとにおいがついてしまいますわ」
「ええと、そうじゃなくて……と言うか、その通りではあるんだけど」
「あなた、何を仰っていますの? それに、先ほどから顔も赤いようですし」
笹瀬川さんが、小首をかしげる。すると、重力にしたがってぬるりと、白い粘液も滑った。
「ああもう、鏡を見たほうが早いよっ」
「おかしな人ですわね」
笹瀬川さんが、ポケットからコンパクトを取り出す。
「きゃあああああああああああっ!!?」
まあ、鏡を見たら自分の顔が顔射後のAV女優みたいになっていたら、悲鳴が出るのも仕方のないことだろう。
「ああああ、あなた、何故こん、こんな……くぅ」
「ご、ごめん」
顔をティッシュで拭いつつ言葉に詰まるほど憤慨する笹瀬川さんに、とりあえず謝っておく。
一応、声を掛けた僕にも少しは責任があるわけだし。
「とにかく、今の光景は即刻忘れなさいな。記憶から抹消しなければ、承知しませんわよ」
「う、うん、わかったよ」
鋭い眼光に、こくこくとうなずいておく。
しばらく拭いて顔のほうは取れたようだが、髪のほうはなかなかそうもいかなかった。さすがどろり濃厚といったところか。
「取れませんわね……直枝理樹、何をぼうっとしていますの。見てないで手伝って下さいませ」
「手伝うって、どうするの?」
「わたくしの指示通りに、髪を拭いてくださいな」
「えと、髪に触っちゃってもいいのかな」
「触らなければふけませんわよ。……言っておきますけれど、殿方で触るのはあなたが初めてですわ。光栄に思いなさいな」
笹瀬川さんの言葉に従い、ジュースがかかった部分を手に取りつつティッシュで拭いていく。
それにしても、つやがあってしなやかで、とても美しい髪である。よほど丁寧に手入れをしているのだろう。いつまでも触っていたくなる、素敵な髪だ。
「笹瀬川さんの髪、すごく綺麗だね」
「と、当然ですわっ。毎日トリートメントは欠かしませんもの」
褒められて照れたのか、笹瀬川さんの顔が少し赤くなる。
「さわり心地もすごくいいし、こういってはなんだけど、僕にとっては少しラッキーだったかな」
「そ、そうかしら。そういってもらえるのでしたら、わたくしも女冥利に尽きるというものですわ」
そういったところで笹瀬川さんが、上目遣いでこちらを見つめてくる。
「直枝理樹。もしあなたが望むのでしたら、これからm「「「佐々美様ーっ」」」
何かを言いかけた笹瀬川さんの声が、大声にかき消された。
声の方向を見ると、いつも笹瀬川さんを追いかけているソフト部の部員が走ってきている。
「佐々美様、お困りですかっ!? ああ、なにやら白い液体が髪に付着していますよっ」
「こ、これは……(クンカクンカ)どう見てもカルピスですね」
「先輩が拭いてくださってたんですか? 本当にありがとうございました。あとはお任せください」
「う、うん」
三人に圧倒されるように頷く。
「あなた達、何故ここが分かりましたの?」
「携帯で佐々美様のファンサイトを見ていたら、緊急情報が入ったんです」
「裏庭の外れの自販機あたりで、佐々美様が緊急事態に陥っていると。まさかこんなうらやまけしからんことになっているなんて」
「ちなみに、ハンドルネーム『kyoge-』さんの情報です」
ファンサイトとかあるんだ……。
「そうですの。では、あとはあなたたちに頼みますわ」
「お任せください」
「全身全霊を持ってケアいたします。すみからすみまで」
「ささ、どうぞこちらへ」
そうして、四人は僕の目の前から消えていった。
当初の目的を思い出した僕は、ようやく自販機からジュースを買う。ランプの点滅を見ながら、ぼんやりと一つの疑問を考えていた。
情報提供したという人、いったい誰なんだろうな。
◇ ◇ ◇
「いったい、なんて破廉恥なのかしら。あの女は」
携帯電話を片手に、あたしこと朱鷺戸あやは、わなわなと震えた。
「理樹くんの目の前で、あんな格好をするだなんて。非常識にもほどがあるわね」
幸いあの女のファンがすぐに駆けつけてくれたから、大事には至らなかった。もう少し遅かったら致命的なことになっていたかもしれない。
「それにしても、理樹くんは髪を触っていたとき嬉しそうだったわね。世話好きなのかしら」
もしそうなら、あたしが存分に世話をさせてあげよう。もちろん、他に好きなものがあるのなら、それもあたしが満たしてあげよう。
「ふふふ、今に見てなさいよ、理樹くん」
ちなみに、こうやって理樹くんを影ながら見守っているのは、理樹くんの嗜好調査と護衛である。
理樹くんの周りには多数の女性がいて、誰も彼もが理樹くんを狙っているので、こうして人知れず守っているのだ。
あたしは理樹くんと接近する計画を練りながら、今日も任務に精を出すのだった。
同人誌『髪のみぞしる世界』収録の作品『アヤガミ』に続く
あとがき
同人誌の宣伝SSです。
一応これだけでも問題なく読めると思いますが、同人誌もあわせればもっと楽しくなるかもしれません。※効果は個人差があります
同人誌のほうでも他ヒロインから理樹を守りつつ理樹にアタックするあやの図と、髪フェチに目覚めていく理樹という話です。
ちなみに、登場するヒロインはあや、葉留佳&佳奈多、鈴&クドとなっています。
佐々美が入れられなかったので、こうしてSS書きました。
あやのアタックまでかけなかったので、読みたい人は同人誌でどうぞ。