「それではー汐ちゃんの16歳の誕生日を記念いたしましてーかんぱーい」
「「「「「かんぱーい」」」」」

 カツン、とコップとコップのぶつかる音が何度も響き渡る。
 しかし……もう汐もそんな歳になったのか。コップに注がれた酒を一口含みながら感慨にふける。

「皆さん、本当にありがとうございまーす」

 こうして汐が元気な姿を見せてくれるだけで喜びを感じられる。
 渚が死んでから16年間、男手1人で大切な娘を育ててきた。
……いや、1人ではないか。
 周りを見渡すと、そこにはお世話になった数々の友人たち。

「いやーまさか、保育園の頃から見てきた汐ちゃんがこんな大きくなるなんてねー長生きはするもんだわ」

 藤林杏、彼女には特に汐が小さい頃お世話になった。まあ保育園の先生をしているから当然といえば当然だが。

「お姉ちゃん、その台詞年寄りくさい……」

 藤林椋、看護婦をしているので汐の入院時にお世話になった。
 たまに俺の体調確認とかもしてくれるので具合が悪いときは俺も汐もまずは椋に相談することにしている。

「ふむ、まあ私たちももう三十路だからな。とはいえ口にまで出すのはどうかと思うが」

 坂上智代、彼女は汐が元気になったあと、再び病気にならない強い体を作るためにってことで汐を鍛えてくれている。
 筋がいいらしく、智代もいい弟子を持ったと喜んでいるようだが、正直反抗期になったらどうしようという不安があるのはここだけの話。

「汐ちゃん、本当におめでとうなの」
「えへへ、ことみ先生。ありがとうございます」

 一ノ瀬ことみ、相変わらずマイペースな彼女には汐の家庭教師をしてもらっている。結構難しいことを言うらしいが汐はなんとかついていっているらしい。

「お友達も連れてくればよかったですね」
「いや、宮沢、それだけは勘弁してくれ……」

 宮沢有紀寧、ときたま家に遊びに来る。どうやって知り合ったのか聞くと汐曰く「小学校でいじめられてたときに助けてもらった」だそうだ。少し不安になり見に行ったのだが、そのとき男の子がやけに礼儀正しく汐に挨拶していたのを見る限り、この子がその汐をいじめた子であり、さらに何かあったであろうことは間違いない。

「んー大きくなっても相変わらず汐ちゃんは可愛いです!」
「ふっ風子お姉ちゃんくるしっ……!」

 伊吹風子、汐の遊び相手である。というか俺的認識はそれ以上でもそれ以下でもない。

「ひどいです岡崎さん! それだとまるで子供と同じように扱われてみるみたいです!」
「みたいじゃねえ扱ってるんだ。むしろ汐の方がお姉さんに見えるぞ」

 これで三十路超えているんだから驚きだ。いや、まあそれは他の皆にも言えることなんだが。

「そういえば、皆あまり変わらないなあ」

 周りを見渡して思う。確かに汐は大きくなった。
 が、俺の友人たちはどうだろう。ほとんど姿が変わってない。
 飛天なんとか流というのでもならったんだろうかとか、日曜番組の時空にでも迷い込んだのだろうかとかそんな有り得ないことを考えてしまう。
 おっさんや早苗さんも未だ若いままだからな、若さを保てる力がこの町にはあるのかもと少し思ったがそれは間違いだとすぐに気づいた。

「そういうあんたは老けたわねー」
「うるせー」

 そう、俺はというと確かに年相応の姿になっていた。
 初めて鏡を見たとき、どこかで見たことあると思ったら昔の親父の姿だったことに気づいたときは大分年月がたったのだとしみじみ思ったものだ。

「ううん、パパは今でもかっこいいよ!」
「ありがとう、汐はいい子だなあ」
「えへへ……」

 励ましてくれた汐の頭を撫でてやる。もう16歳にもなるというのにそれで喜ぶ我が娘。
 娘というのは歳をとると親離れを始めるというが、汐に限って言えばそんなことはなく、ちゃんと接してくれる。

「確かに、朋也は高校の頃よりも男らしくなったように見えるぞ」
「そ、そうか?」

 汐を撫でるのをやめて、智代の方を向く。
 そうか、男らしくなったのか。肉体労働やってるから前よりも体の締まりが良くなったからかもしれない。
 ちょっとうれしくなって笑みを浮かべてしまう。

「むー、えい!」
「いっいて! どうした汐」

 突然汐が膝をつねってきた。痛みのあまりそっちに反応してしまう。

「なんでもない」
「なんでもないって……」

 わけわかんないぞ、全く。

「ではではー汐ちゃんへのプレゼントタイーム」

 杏が進行を行い、イベントが進む。
 皆が各自用意していたプレゼントを手に持ち、汐のところに持ってくる。

「朋也は何用意したの?」
「あーうん、一応これなんだけどな」

 そういって俺は大きな団子の縫い包みに赤いリボンでラッピングされたものを持つ。

「ほら、汐」
「わあーありがとう」

 毎年、誕生日のたびに団子の縫い包みを渡している。うちにはもう16匹もの団子がいるのだが、汐は一度も嫌がったことはない。家族が増えるのがうれしいのだそうだ。そこに死んだ渚の面影を見てしまい、つい涙腺が緩んでしまう。もうこんなに刻がたつのにな。
 とと、いけない。今日は汐の誕生日だ。悲しい気分になってはいけない、楽しくいかなくては。

「そして、だ。汐、何でもほしいものを一つ言ってくれ。俺ができる範囲でなら叶えてやる」

 汐は俺に似合わずしっかりとした性格で、ほとんど我侭なんてものを言わなかった。
 しかしせっかくの誕生日、一つくらい我侭を聞いてやりたいと思ったのだ。

「ほんと?」
「ああ、本当だ」
「ほんとにほんと?」
「間違いなく」
「ほんとにほんとにほんと?」
「お、俺ができる範囲でならな」

 しつこく確認してくる汐に対して少々引き気味になる。
 かなり無謀な要求してくるんじゃ……いや、きっと汐なら大丈夫なはず。

「えとね、私は……」



「パパが欲しい!」
「「「「「「え?」」」」」」

 汐の発言に固まる俺。
 俺だけでなく他の皆も唖然としているようだ。

「ああ」

 いち早く我に返った杏が何かに気づいたようにぽんと手をたたく。

「パパとママを言い間違えたんでしょ、やーね汐ちゃんったら」

 なるほど、確かにそれなら辻褄は合う。
 もしかしたら独り身の俺のことを心配して言ってくれたのか。
 渚よ、汐は本当にいい子に育ったぞ。

「なんだ、そんなことか。ならば私が母親になってやろう」

 智代の一言に場の空気が一変する。

「あ、あの皆さんどうしました?」

 この重さに思わず敬語で語りかける俺。なんというへたれ。
 するとそれを皮切りに皆が口々に言い始めた。

「ちょっと待ちなさいよあんた!」
「と、朋也さんの母親になるのは私です!」
「幼馴染が結ばれるというのは昔からの定説なの」
「わっ私はと朋也くんの体の隅から隅まで知っているんですから!」
「岡崎さんと一緒なのは嫌ですが…汐ちゃんとずっと一緒にいられるという点を考えると一緒にいることも考えてあげなくもないです!」

 あ、あの皆さん。それは俺に対する遠まわしの告白ですか。
 皆がギャーギャー言い騒いでいる中この展開に呆然としていると、

「違う……」

 汐がぽつりと口にした。
 うつむきながら口にする低く、底から響くような言葉に一斉に静まりかえる。

「……汐?」

 不安になった俺は汐に話しかける。すると、汐は立ち上がり顔をあげ、俺の顔を腕に抱き皆の方を向いて言う。

「パパは私のもの! パパと結ばれるのは私!!」

 そしてそのまま、俺の唇にキスをした。




 あまりの出来事に時が止まったかのように静かになる空間。

「な……」

 最初の一言を口にしたのは誰だったろうか。

「「「「「「何ィーーー!!!???」」」」」」

 それを消し飛ばすかのように驚愕の大合唱が響き渡る。
 近所迷惑にならないかなと妙に冷静なことを考えている自分が滑稽だと思った。 
 
「う…汐、親子は結婚できないぞ」
「関係ないもん! 私とパパとが納得すればそれで問題ないもん」

 なんという極論。これはまさしく暴走。

「私ももう16なんだから血縁的には違法でも(ピー!)とかはできるんだから!」

 汐が、俺の可愛いいい子な汐が崩れていく。
 いつの間にそんな言葉を知ったんだ。いや16だから知っていてもおかしくはないけどパパはショックだぞ。

「それに……皆すぐ告白すればよかったんだよパパに!」
「へ?」

 今何ていった汐?
 告白? 皆が? 俺に?
 信じられない、が、周囲が動揺しているのは事実だ。

「私だってパパが幸せになるならそれもいいかなと思った。それを遠慮して、この関係に妥協しちゃったのは皆でしょ!?」

 この関係とは、仲良しこよしの関係だろうか。確かに俺は渚が死んでから皆に甘えてきた。皆もそれに付き合ってくれた。それでいいと思っていた。
 だけど、汐はそうは思わなかった。女の子で、皆と俺以上に接する機会もあったから皆の心中もよくわかっていたのかもしれない。

「それに私知ってるんだよ。私の姿がママにそっくりになってきていて、たまに私を見る目が違うこと」

 そう、確かに汐は渚そっくりになってきた。たまに見間違ってしまうほどに。
 だが、まさか汐に気づかれているとは思わなかった。

「だから私がママの代わりになる。私もパパが好きだもの。パパは誰にも渡さない!」
「汐……」

 父親として喜ぶべきなのだろうか、いや、ここは皆に無礼を働いたことに対して怒るべきなのかもしれない。
 俺が立ち上がろうとしたときだった。

「確かに……そのとおりよ」
「杏?」

 杏がゆっくりと立ち上がる。

「そうよねー好きな男のためにずーっと独身貫いて、んでずっと友達関係? こんなおかしいことはないわ」
「そうだな、目が覚めるような言葉だったぞ」

 智代が続いて立ち上がる。そして、皆が続き始めた。

「この友達関係も悪くはないと思ったんですが……仕方ないですよね」
「潮時、ってやつでしょうか」
「楽しかったの。でも、これからはライバル同士」
「汐ちゃんを取り合うライバル同士ですね!」
「「「「「「いや、違うから」」」」」」

 椋、有紀寧、ことみと続いて風子の発言で皆からつっこみが入る。

「え、ちょっちょっと皆……?」
「いいわね朋也、あたしたちの中から一人選びなさい。特別に期限をつけてあげる。そうね……今日からちょうど一年、それでどう?」

 そして杏から押し付けられる無理難題。

「ど、どうって」
「反論は却下だ朋也。恋する乙女は動き出したら止まらないからな」

 智代に無茶苦茶な言い訳で異議が却下される。

「あ、あのー」
「そうと決まったら戦の準備をしないと。恋は戦ですから」

 意気旺盛な椋。戦って、いや間違ってないとは思うけど。

「み、皆さん?」
「お友達の力も借りることになるかもしれませんね」

 ど、どんな感じに借りるんだ。智謀策謀が渦巻いていそうで怖い。

「おーい」
「この戦いは協力と裏切りの使い分けが勝利を収めるの」

 合従連衡ってことかい。ことみがまさかこんなことに力を入れるとは思わなかった。

「だ、だれかー」
「私も参加しますけど岡崎さんのためじゃなく汐ちゃんのためです!」

 それって汐のことを大義名分に使ってないか?
 元はといえば汐の大胆発言から始まったこの展開。
 俺としては正直とんでもないことに巻き込まれたというか、いや確かに今までのツケが回ってきたのかもしれないけどさ。
 ともかく張本人の汐のやる気な表情を見て、ただ俺はこれからどうなるんだろうとため息をつかざるを得なかった。

「皆、負けないからね! だって私はパパのためならいつでも大胆不敵な女なんだから!」



あとがき
 連載する気はあまりないです(ぇ
 つーのも他の(同棲のIFとか理樹ものとか)片付ける必要もありますし、そもそも何年か前に書いたものなので(確認したところ、2007年の5月29日!)。
 ただこのまま捨て去るのもあれなんでこうして日の目を見せてみました。
 私の汐ってのはりきおさんとこのに影響を受けてまして、そんで俺らしい味をつけてみたらこんな子になっちゃったと。まあ、許容範囲……ですよね?(汗
 ただ私も結構気まぐれ人間なんで、こんなこといっときながらもなんだかんだで続き書いたり(周囲の意見やWEB拍手の数やらで)するのかもしれませんが、とりあえずは続かないものと見てください。こんなやつでゴメン。

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