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 景色が白いということは、天国へ行ったのか。
 来ヶ谷はぼーっと霞む瞳で天を見上げていた。随分と低かった。そのまましばらくそうしていると、如何に低いかよりはっきりと分かってくる。目線を下げる。どうやら寝ているらしく、自分の足が見えた。左足は長靴を白くして分厚くしたような物をはいており、包帯のようなもので吊り下がっている。見たことがある。ギブスだ。死んだのに骨折しているというのは何だか理不尽な気がした。右手を着いて起き上がろうとする。無理だった。右手にもギブスがされており、首から吊っていた。理不尽だった。きっと、不思議な体験をしたせいだ。あれの代償に死後、すぐに体の悪い所を治して貰えないのだろう。

「え……く、来ヶ谷さん!? い、意識戻ったの!?」

 そんなわけがなかった。生きてるからだった。何故か、傍にいて呑気にリンゴの皮を剥いていた理樹に、呼吸器越しに聞こえるよう言葉を発するのが億劫で頷く。久し振りにあった旧友に、大きくなったものだとまるで親戚のような感想を抱いた。理樹は大人の姿をしていた。現実に帰って来たのだと分かった。

「ぼ、僕、医者呼んでくる!」

 背を向けて理樹が部屋を駆け出る。
 投げ捨てられたリンゴが枕元に落ち、蛇のように伸びた真っ赤な皮が顔にかかった。理不尽だった。そもそも、来ヶ谷は意識を失っていたというのに何故見舞い品と思しきリンゴを剥いていたのか。理樹のことだ。放っておいて腐らせてしまうくらいなら、食べてしまった方がいいんじゃないのか。大凡そんなことを考えたのだろう。
 分からないでもないが、何だか腹が立ったので、来ヶ谷は自由な左手でナースコールを鳴らした。理不尽したかった。




いつか気付くかな

written by ぴえろ




 医師によって、簡単な検査や問診がされた。峠は越したらしく、約二か月ほど入院すれば日常生活に戻れるそうだった。早めの夏休みになるわけだが、ほとんど全ての時間を病院で過ごすことになるわけで、楽しいわけがない。大学院生である来ヶ谷には、その間こなしておくべきゼミ合宿や講座、レポートが必然として存在しており、後々一気にしわ寄せされるかと思うと暢気に喜べる事態ではなかった。
 日本では飛行機事故が盛大に報道されているが、アメリカまで伝え広がっているとは限らないだろう。両親へは病院側が連絡してくれたかもしれないが、大学院にまでは連絡していないだろう。後で報告しておくべきだった。

「所で何で理樹君がいる?」

 ベッドの傍らでパイプ椅子に座る理樹へ疑問を投げかける。

「ここ、鈴も産後の定期検診で通ってるんだ。でも、検診始まると暇でね。たまに来ヶ谷さんの顔見に来てたんだ」
「なるほど、つまり寝ている間、私は一方的に理樹君に視姦されていたということだな」
「えぇー、何でそうなるのさ!」
「冗談さ、ハッハ――うっ」

 笑うと胸に激痛が走った。医師から首から上はほとんど無傷だったが、肋骨がへし折れて、肺に刺さっていたと聞いたのを忘れていた。今も、いつもよりボリュームを下げて喋らないと辛い。思わず、腰を上げた理樹を大丈夫だと手で制す。

「で、同窓会の方は結局どうなったんだ?」
「一応、来ヶ谷さん以外全員、お店に集まってグダグダもう始りかけみたいな空気だったんだけど、来ヶ谷さんが飛行機事故に遭ったって聞いて、皆暗くなっちゃってさ。そのうち、謙吾が『俺は来ヶ谷の葬式をしに来たんじゃない!』って怒って帰っちゃったんだ。で、それをキッカケに恭介がまたの機会にしようってことで締めたんだよ」
「……すまないな、吉事の中に凶事を持ち込んでしまって」
「いいよ、そんなの。来ヶ谷さんのせいじゃないんだし。同窓会なんて、この先またやればいいじゃない」

 その後、お互いの近況を話し合っていると、検診を終えた鈴が赤ん坊を携えて現れた。

「くるがや! 良かった。意識が戻ったんだな!」
「あぁ、奪衣婆だつえばに六文銭の代わりにドル札見せたら、ヤハウェの所に行けと乗船拒否されて、三途の川を渡り損ねたようだ。だが、行き方も分からんから、とりあえずこっちに帰って来た」
「ん? 何かよー分からんが、助かったってことだろ?」
「まぁ、そういうことだな」

 鈴がベッドの傍らに立ち、理樹に目をやる。理樹は何も言わず、壁に立てかけられてたパイプ椅子を組み立て、鈴の傍に置いた。特に礼も言わず、鈴はパイプ椅子に座った。単に鈴の両腕に赤ん坊を抱えていて手が離せないからだと思うが、それだけでも二人の力関係が垣間見えた気がした。

「その子が、二人の?」

 来ヶ谷がスヤスヤと寝息を立てる赤ん坊に視線を送る。

「うん、そうだよ」
「そうか、あぁ、そうだな。二人はもう夫婦だものな……」

 来ヶ谷はしみじみとつぶやいた。二人の結婚式にも出たはずなのに、ようやく以て実感を得た気がする。

「そうだ。来ヶ谷も抱いてみるか? 赤ちゃん」

 ふと鈴からそんな提案をされる。

「な、何? わ、私がか? 無理だ。やったことがない」
「抱き方、教えてやる」

 鈴は一度ベッドの脇に赤ん坊を置いた。まだ首が据わってないので、ちゃんと後頭部を支えること。お尻を持ってあげること。大きなポイントを述べながら、危なげなく実演してみせる。
 なるほど、右腕の二の腕を枕にして、いや、自分はギブスがしているから、左腕の二の腕を枕にして、右手でお尻を支えればいいのか。生まれたばかりの赤ん坊が乗ったぐらいでギブスで包まれた腕が痛むことはないだろう、などと割と真剣に見てることに来ヶ谷は気がついた。実際に手を動かしながらイメージトレーニングしていたようで、理樹を見るとニヤニヤと笑っていた。ちょっと腹が立つ。

「ほら、やってみろ」

 ボールでも扱うように赤ん坊を突き出される。

「あ、あぁ、うむ。そうだな。滅多にある機会でもないしな」

 おずおずと手を伸ばして、先ほどのイメージ通り抱いてみる。肩から吊った三角巾が少し邪魔だが抱けた。これでいいのかと二人を見た途端、腕の中の赤ん坊が声をあげてむずがりだした。来ヶ谷は激しく困惑して、眉根を寄せた。

「な、何だ!? 何か私、間違ってたか!?」
「あー、不安がってるのが伝わっちゃったんじゃないかな?」
「ちゃんとできてるから、もっと自信持ってやればいい」

 自信を持てと言われても、急にそうはなれない。鈴が危なげなく抱くことができるのも回数をこなしたからだろう。そう言えば、赤ん坊は母親のゆったりとした心音を聞くと安心すると聞いたことがある。今、来ヶ谷は緊張して脈拍が上がっているのかもしれない。目を瞑り、深呼吸をして息を整える。リラックスして、体の力を抜く。
 そうすると次第に赤ん坊は泣き止み、再びスヤスヤと寝息を立て始めた。

「おぉ、中々やるな。くるがや」
「同窓会の時に他の皆もやってみたけど、早い方じゃない? 安心させるの」
「そ、そうなのか?」
「こまりちゃんが一番上手かった。はるかが一番下手だった」
「あ、でも、佳奈多さんは何だかんだ言いながら、割と上手かったけどね」
「意外なことに真人も結構上手かった」
「『オレの筋肉が包容力に満ち溢れてるからさ……』とか訳分かんないこと言ってたけどね」
「謙吾の奴が異様に激しく嫉妬しててキモかった」

 二人の掛け合いを見ていると現実に帰って来たのだとつくづく思う。――そう、あれはきっとただの夢だったのだ。
 何故、過去へ行ってしまったのか。原理は相変わらず不明だが、その理由は分かった気がする。来ヶ谷は子供が欲しかった。それは切実な願いではなく、漠然とした期待であり、そうであったらいいなという程度のものだ。
 理樹と鈴の間に子供が生まれたと聞いて来日する最中、飛行機の小さな窓から眼下に広がる雲海を眺めつつ、来ヶ谷は確かにそんなことを考えていた。理樹と鈴の子はどんなだろうか。理樹に似ても、鈴に似ても可愛らしい子供に育つだろう。仲睦まじい親子の絵を思い浮かべて、不意に独り身の自分が空しくなった。私が結婚などできるのかな、という風に来ヶ谷は思う。誰かの妻として振る舞う己がまるで想像できない。人間として何か欠いている気がする自分に、円満な夫婦関係など営めるだろうか。だが、子供ならどうだろう。子供ならば或いは……。
 そんな思いが死ぬ間際、叶えられたのではないだろうか。そんな気がした。

「この子の名は? もうあるのか?」
「出生届はもう出してるよ。名前、理華って言うんだ。理想の“理”に華人の“華”で“理華”」
「ふむ、いい名だ。だが、理想の理というより、理樹君の理だろう?」
「あ、うん。最初は何とか、鈴と僕の名前足したやつ考えようと思ったんだけどね」
「そんなの無理だろ。何だ“鈴樹すずき”とでも名付けるつもりだったのか。何だ直枝鈴樹って。男の名前じゃないか。しかも、口に出して呼んでみたら、どっちが苗字か分からんだろ! 他人が聞いたら、鈴木と勘違いされて、『あの子は実の両親じゃないのか、可哀そうに……』とか思われたらどうするんじゃボケー!」
「と、かのような猛反論をされた結果、ジャンケン三回勝負で勝った方の名前繋がりということになり、僕が勝ったので理華になりました」
「途中、きょーすけが『俺も参加させてくれぃ!』とか訳分からんこと言ってきたけどな」
「まぁ、拒否ったけどね」
「当然だ。こまりちゃんの時にそーしろって言ったら、すごい勢いで黙ったけどな」

 フッと小さく笑って、来ヶ谷は今一度、腕の中の赤ん坊……理華に目を落とした。温かい。ちょっとした湯たんぽでも抱いてるようだった。その熱が理樹の幼い手を思い出させる。――母親……お母さん、か。そんなフレーズを頭に思い浮かべると、郷愁感に襲われる。あの日、あの時、来ヶ谷は確かに理樹の母だった。たとえ、それが一方的な勘違いだとしても。今、ここにいる理樹は当然、そんなことは覚えていない。そもそも、“この理樹”とは違うのだろう。

「そう言えば、結局、理華にしたけど、もっと他に候補があったんだよね」
「理多、理夜、理湖……の他にも何かあったか?」
「うん、あったよ。とっておきのが」
「ほぅ、何だそれは?」

 来ヶ谷が理華から理樹に目を戻す。


「――“理佐”っての悪くなかったよね」


 その目が大きく見開いた。
 覚えて……いるのだろうか、理樹は。いや、はっきりと覚えているわけではないのだろう。高校時代、理佐かと確かめられたことなどないのだから。だが、それでも来ヶ谷は嬉しかった。理樹のどこかに、その名前だけでも理佐としての来ヶ谷が残っていた。全てがゼロに、無に還ってわけではなかったのだ。

「その名はよして正解だったな。きっと大変な人生を送ることになるだろうから」

 意味が分からず、不思議そうに軽く首をひねる理樹を余所眼にそっと理華を鈴に返す。二人の背後にある窓から青空を見上げる。飛行機雲が薄っすらと伸びていた。アメリカに帰ったら、精子バンクについてちょっと調べてみようかと思った。母になるのもいいかもしれない。

END



別のも見る。




 ぴえろの後書き

 エピローグは蛇足気味ですが、やっぱり姐御には生きてて欲しいんですよね。だから、書きました。「いつか気づくかな」とBGMのタイトル取ってますが、実際は「Song for friends」のイメージで書いてました。姐御EDでもこの曲流れてたからアリでしょう。それにしてもおかしい。ショタに目覚める姐御が書きたかったはずなのに、いつの間にか全然違う作品になってました。初志貫徹? 自分から最も遠い言葉のことです。
 P.S. BGMに姐御のテーマソング「恋心を奏でる綺想曲」が流れてるかと思いますが、鬱陶しかったら、お手数ですが自前でボリュームを下げてください。無論、原曲ではありませんので著作権違反にはなってない……はず。でも、どこで取って来たか忘れてしまったんですよね。(∵;) 曲が流れない方はポップアップをガードしてるんじゃないかと。

 ※訂正
 どうやら、無料版Fc2ホームページではMP3は削除されるようです。MIDIの方へ変更しましたが、音質の低下はご了承ください。(´・ω・`)