「うーん……」
目の前に置かれた一枚の紙。
手書きの文字が何一つ書かれていないプリントを前に、僕はかれこれ30分ほど頭を悩ませていた。
プリントにはゴシックだかなんだかの無機質な機械文字で『進路希望調査』と書かれている。
「進路、かぁ……」
将来のことなんてろくに考えたことなんてなかった。
自分は何がやりたいんだろう。
どんなに心の中に問いかけても答えは返ってこない。
こういう時は他人の意見を参考にしてみよう、そう考えた僕はまず最も近い他人に答えを聞くことにした。
「ねぇ、真人」
「ん?どうした理樹」
椅子を廻して振り返ると、真人は器用にも片手で3つずつのダンベルを持っていた。
僕の握力より真人の指力の方が強いんじゃないだろうか。
「真人は将来何をやるか決めてるの?」
「そんなの決まってるじゃねぇか、筋肉だよ」
「……あぁ、そうだね」
筋肉は職業じゃないよ真人……。
部屋の相方が頼りにならないと感じた僕は助けを外に求めようと、部屋を出た。
Little Busters!! ShortStory
夢はなにいろ? Written by しま
「私の将来の夢、とな?」
「うん」
丁度寮の外に居た来ヶ谷さんに尋ねてみる。
「ふむ。理樹君は私の将来の夢が気になるのか」
「え、あ、それは……まぁ」
自分の夢が解らないから相談に来たのだけど。
でも確かに来ヶ谷さんの夢も気になる。
いつか何処かで聞いたような気もするんだけど……。
「教えるのは構わないが、それよりも先に理樹君の夢を教えて欲しいな」
「えぇ?!」
それが解らないからきいてるんだけど……。
大人しくそう答えたら来ヶ谷さんは納得してくれるだろうか。
「いや、それが解らないから他の人はどうなんだろうと思って聞いてるんだけど……」
「ふむ? ……いや、なるほどそういうことか」
来ヶ谷さんは一瞬不思議そうな顔をしたけれど、何か解ったのかすぐにうんうんと頷いていた。
「つまりアレか、進路調査表が未だに記入できていないわけだな」
「うっ」
図星を突かれて1、2歩後ずさる。
「何もそう悩む事はあるまい。今すぐ大学受験か就職かを選ぶわけでもない」
「それはそうかもしれないけど……」
「将来の夢、などという物は基本的に大雑把で構わないだろう。『何がしたい』ではなく『やってみたい』と思っている事でもよいと思うが」
「やってみたい……」
「そうだ。それこそ野球選手だろうがスペースシャトルのパイロットだろうが何でもいい」
「野球選手……」
それは僕よりも鈴に合ってる気がする。尤も、女性じゃプロの選手にはなれないんだけど。
「そういった夢はないのかね」
「うーん、僕そういうのってあんまり考えた事なかったから……」
ナルコレプシーと呼ばれる奇病。
今でこそ克服は出来たけれど、それが一因となって将来の夢を考えていなかったのは事実だ。
「今みたいな楽しい生活がずっと続けばいいな、って思ってはいるけど」
「だが学生生活は有限だ。人生というものの尺度を考えればその後の生活の方が遥かに長い」
「それはそうだけど……じゃあ、逆に来ヶ谷さんは僕にどんな仕事が似合うと思う?」
「む、そうくるか……そうだな、アイドルのマネージャーというのはどうだ?」
僕の質問に対して来ヶ谷さんは突飛もないアイディアを出してきた。
「なんでマネージャーなのさ……」
「リトルバスターズでの功績を見る限りでは適任だと思うぞ。実際、あのチームを作り上げたのは他でもない理樹君だ」
「そんな、僕なんか……」
「それに理樹君は自分では気付いていないようだが女性陣に人気があるからな」
「え、えぇ!?」
僕が女の子に人気があるなんて、そんな馬鹿な。
「男としてもアイドルと四六時中一緒に居られるというのはよいものだろう」
「僕は遠慮しておくよ……」
「そうか……残念だ」
来ヶ谷さんは本当に残念そうな顔をしている。
……ひょっとしたらアイドルを紹介してもらおうとか考えていたんだろうか?
「まぁ、本気で思いつかないのならば進学、という事でいいんじゃないか」
「そんな適当な」
「夢を探す為に大学に行くというのは良いことだと思うぞ。なんとなくで就職しようというよりはよっぽどな」
「そうなの?」
「高校までとは比較にならないほど多岐に渡って専門的な事が学べる。例えば医大に進んでナルコレプシーに関する研究を行う、と
いった事だって可能だろう。尤も、学力が必要となってはしまうがな」
「そっか、そういうのもできるんだ」
そんな事は今まで考えた事もなかった。
考えてみればナルコレプシーで悩んでいる人は僕のほかにも大勢居るはずだ。
自分は克服できたけれど、未だに悩んでいる人たちの為に出来ることだってあるかもしれない。
……学力、という点ではあまり自信はないけれど。
「まぁ今まで言ったのはあくまで一例だ。最終的に何をしたいか決めるのはやはり自分自身、という事だな」
「そうだね……」
「理樹君がそれだけ真剣に考えているんだ。本当に歩きたい道だというのなら、どんな道を選んでもおねーさんは応援しよう」
「あはは、ありがとう。来ヶ谷さん」
何かが決まったわけではないけれど、それでも何らかの道筋は見えた気がする。
それだけでも来ヶ谷さんにはお礼をいくら言っても足りないくらいだ。
「なに、気にしなくてもいい。他ならぬ理樹君の為だからな」
来ヶ谷さんはいつもの余裕たっぷりの笑みを浮かべて答える。
悪戯を仕掛けるときの来ヶ谷さんは正直ちょっと怖くもあるけれど、普段はやっぱりすごく頼もしい。
「僕、もう少し自分で考えてみるよ」
「あぁ、そうするといい。頑張れ少年」
じゃあ、と手を上げて部屋に戻ろうとしたところで、僕はふっと一番最初の疑問を思い出した。
「ところで、結局来ヶ谷さんの夢って何なの?」
「なんだ、まだ気になるのか」
「それは、まあ」
やっぱり好きな人の事だから……なんてとても口に出しては言えないけれど。
「ならば一つヒントをやろう」
「ヒント?」
「うむ。これからは私のことを名前で呼ぶがいい」
「え?」
一体どこがヒントなんだろうか。
それに、いつも苗字で呼んでいたせいでなんだかすごく恥ずかしい。
「え、あ、えーと……」
「ほらどうした。遠慮なく呼んでいいんだぞ」
「……ゆ、唯湖……さん」
僕がなんとかそうやって名前をひねり出すと、唯湖さんは満足そうに頷いた。
「どうだ、解ったかな」
「わ、解ったかな、って……」
こんな恥ずかしい事をするだけで何が解ると言うのだろうか。
「やれやれ、理樹君は鈍感だな。まぁ、そんな所も可愛くはあるのだが」
「か、可愛いって……」
「そんな事では先が思いやられるな。しっかりしてくれよ、旦那様」
「え……?」
予想外の言葉に慌てて振り向くと、くる……唯湖さんはいつもの余裕の笑みではなく、ちょっと照れくさそうに笑っていた。
「私の夢は当分叶えてくれそうにないのかな?」
夢……って、あぁ!?
そうだ、そういえば来ヶ谷さんの夢って……。
「……ど、努力します」
「うむ、期待しているぞ」
僕の将来の夢は決まらなかったけれど。
どうやら、僕の将来の相手だけはもう決まっているらしかった。
あとがき
つまり唯湖の夢は理樹色で理樹の夢は唯湖色ってことですね!(黙ろうね