「風邪をひいてしまうとは…迂闊だった」
殺風景な部屋のベッドの上で、私は39度と示された体温計を見ながらつぶやく。
風邪をひいたのは間違いないようだった。体温計だけでなく、全身が熱く視界が定まらない。
原因は何だろうか、理樹君とあんなことやこんなことをしたからだろうか……心当たりがありすぎるな。
ともかく、こんな日はゆっくり横になっておくのがいい。理樹君をいじれないのは残念だが、何、明日思いっきりやれば済むことだ。
そんなことを考えながら布団をかぶる。
次第に意識が遠くなってゆく――。
どれくらい時間がたったのだろう、ドアを叩く音で目が覚めた。
こんなときに誰だろう。とは言っても私に用がある人などリトルバスターズの面々くらいだろう。
「鍵は開いている、入っていいぞ」
私は客人を中へと通す。
私の部屋へ来た客人の正体。それは――
「あ、唯湖さん。唯湖さんが無断で学校休んでたから気になって……」
理樹君であった。
鞄を持っているところを見ると学校の帰りに寄ったといったところだろう。
「ほう、誰かと思えば理樹君ではないか。いらっしゃい」
このとき私は予想だにしていなかった。まさか理樹君にあんなことをされるなんて。
今思えば、これは私が理樹君を思いっきりいじってやろうと考えてしまったことに対する罰だったのかもしれない。
『如何にして私が理樹君に辱められたか』
「やっぱり、風邪だったんだね」
理樹君は私がベッドの中にいたのを見てほっとしたようだ。
おそらく少し私が無断欠勤するかもと考えたのだろう。
「授業はつまらないが、リトルバスターズの面子と遊ぶのは楽しいからな。そう簡単に休みはしない」
その不安を取り除くべく、それを見越した上での返事をする。
「そうだよね。よかった、ただ単に学校がつまらないからという理由で休むんじゃなくて」
学校がつまらない、か。昔ならそうだったかもしれない。
でも今はリトルバスターズがある、そして理樹君がいる。
「大丈夫だ。今は君たちがいるじゃないか」
「……そっか、そうだよね」
理樹君もどうやら安心したようだ。
「ところで、用はそれだけなのか?」
「ううん、風邪ひいた唯湖さんのためにいいものを持ってきたんだ」
「ほう、りんごでも持ってきてくれたのか」
「ううん、そういうのじゃなくて。もっと直接効くものだよ」
理樹君は自分の学生鞄をごそごそとあさっている。
風邪に直接効く……風邪薬か何かだろうか。
「あ、あった。これだよ」
そういって理樹君が鞄から取り出したもの。それは……
「座…薬……?」
「うん、風邪ひいたときにはこれが一番だと思って」
笑顔を向けながら座薬の箱を持つ理樹君。
突然、寒気がした。
風邪をひいているからだろうか、いや、それとはまた違った感覚。
「さ、来ヶ谷さんお尻を出して」
「……は?」
一瞬、理樹君が何を言っているのかわけがわからなかった。
理樹君は箱から座薬を取り出し、プラスチックのカバーを外す。
本気だ。彼は本気で何かをやろうとしている。
「ち、ちょっと待て理樹君。そこまでしなくても私は大丈夫だ」
「ダメだよ来ヶ谷さん。こうしないと風邪は治らないって恭介が言ってたし」
この偏見は恭介氏の仕業か!
治ったら絶対断罪してやる、そう心に誓う。
しかし、今は目の前の危機をなんとかしなくてはならない。
「いやそれを使わなくても風邪は治る。大丈夫だ!」
「来ヶ谷さん、そんな無理しなくてもいいんだよ」
「無理などしてない!」
「それにほら、顔も赤くなってきてる。熱があがってるんだよ」
「これは風邪が原因じゃない! 恥ずかしいからだ!」
「恥ずかしい? 大丈夫だよ。僕もみんなに手伝ってもらったこともあるし、僕だって鈴にやったことあるから」
鈴君にやったことあるのか、うらやま…いや、それでこんなに私に積極的に言うことができるのか。
ともかくやばい。理樹君はじりじりとこちらに近づいてくる。
理樹君をこんなに怖いと思ったのは初めてだ。
「というわけで来ヶ谷さん。風邪を治すためだから、ね」
理樹君が私の手を掴む。振りほどこうかと思ったが風邪のせいで力がでない。
「ひ、一人でも座薬は入れられる!」
「いや、ちゃんと入れないとダメって恭介言ってたし」
恭介氏め。絶対殺す、逃げても殺す、泣いても殺す。
「頼む。後生だ。勘弁してくれ」
「ダメ、これは来ヶ谷さんのためなんだよ」
「私のためだからこそそれだけは……」
「多分風邪ひいてるからちゃんとした思考ができてないんだね。大丈夫だよ。僕を信じて」
「い、いや。それは理樹君の常識がおかしいだけで……」
いくら言っても暖簾に腕押し、理樹君の意思は揺らごうとすらしない。
こんなときに強さを発揮しなくても、強く思う。
「それに、ね」
「それに?」
理樹君が一瞬顔をうつむかせる。そして顔をあげてこう言った。
「来ヶ谷さんには早く治ってもらいたいから」
理樹君のまぶしいくらいのほほえみ。私はその笑顔に思わずたじろいでしまう。
「だから、ね。お尻出して」
そしてその天使のようなほほえみを向けながら悪魔のような行動を求めてくる。
私はこの天使のほほえみに対して抗う知恵と力を持っていなかった。
風邪でなかったら少しは抵抗できたのかもしれない、でも、風邪をひいていてなおかつ理樹君の押しの行動によって思考が混乱状態の私には到底無理な話だった。
そして……
「アーーーーーーーーーーーーーッ!」
私は理樹君に辱められた。
次の日。
「36.5度……治ったみたいだな」
体温計の温度を見ながらそうつぶやく。座薬がどうやらよく効いたようで嘘みたいに熱は下がり体調はよくなっていた。
あの後、理樹君は私を辱めた後「それじゃあ早く良くなってね」と言って去っていった。
その後他のみんなもお見舞いに来てくれたが今の精神状態ではとても相手になどできる自信がなく、居留守を決め込んだ。みんなも私が眠っていると思ったのだろう、中にまで入ってくることはなかった。実際は理樹君にやられた恥ずかしさでなかなか寝ることなどできなかったが。
「ふむ……しかし」
どういった顔で理樹君に会えばいいのだろう。
おそらく理樹君は自然と出迎えてくれる。しかし、私の方はというとそうはいかない。
多分会った瞬間顔を赤くしてしまうだろう。そんな気がする。
「姉御ーおはよー!」
バタンとドアが開いたかと思うと、そこから葉留佳君が元気よく挨拶してきた。
「いつも言っていることだが……ドアはキチンとノックするんだな」
「はーい、すいませーん! でも姉御元気になったんですねー」
本当に反省しているのか……まあ鍵を開けっぱなしにしておいた私にも非があるが。
葉留佳君の本当に喜んでいる顔を見ると怒るのも馬鹿らしくなってくる。
「ああ! そういや姉御! 面白い話を聞いたんですよ!」
「…面白い話?」
もしかして、理樹君に座薬を入れられてしまったことがばれたのだろうか。
思わず目を細くする。
「あ、姉御なんか怖いですよ……」
「気にするな。で、その面白い話というのは?」
「え、えっと、理樹君が風邪をひいちゃったーって」
どうやら杞憂だったようだ。表情を元に戻す。
それよりも理樹君が風邪をひいた? 昨日のお見舞いが原因だろうか。
「だから姉御も一緒にお見舞い行きません?」
「ふむ……」
今度はこっちから出向いて仕返しをする。
そう解釈すればこちらとしての恥ずかしさもなくなるし、いいかもしれない。
「うむ。いいだろう」
「さっすがー姉御!」
待っておけ理樹君。私が受けた辱め、しっかりと返してやるからな。
終わり
あとがき
唯湖祭三つ目の作品。ここまで来るともう完全に理樹君が押しっぱなし。
というかいいんでしょうかこれ。いいよね、18禁とかあるんだからぜんぜん平気。多分。