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 秋風に身を任せる。夏の時のように清涼感があるわけではないが、この爽やかさは嫌いではない。
 しばし窓際に身を寄せるが、部屋の中からは何やら不穏なムードが漂い始めている。

「春先のは事故でうやむやになっちまったしな……こうなったら、またやるしかないだろう」

 僕のベットに腰掛けた恭介がそう呟いた。机を挟んで向かいに座り、謙吾は難しい顔をしている。

「しかしどうしたものかな……こればっかりは本人同士の問題だろう?」

 その通りだ、と僕は声を大にして言ってやりたい。しかし肯定しない割には、声色は少し楽しそうである。そう、謙吾だってリトルバスターズの一員なのだから。
 自分のベッドで寝転んでいた真人が顔を出し、二人を見下ろす形で会話に参加する。

「奴のことはどうでもいいんだが……理樹の為だ。一肌も二肌も脱いでやる」

 二肌以降は肉だよ、真人。
 そんな心のツッコミが聴こえるはずもなく、三人はいやらしい笑顔を浮かべて頷き合った。

「作戦名"オペレーション・リトルラブラブハンターズU"を発令する! ハイ拍手〜!」

「いぇーい!」

「筋肉いぇいいぇ〜い!」

 それは筋肉祭りでしょ。























































 " da capo " 























































「ふぇ、理樹くんとゆいちゃん?」

「そうだ、理樹くんとゆいちゃんだ」

 盛り上がりにひと段落がついたあと、恭介は他のメンバーを集めた。もちろん来ヶ谷さん以外のだ。お陰で僕と真人の部屋は、溢れんばかりの人間で埋め尽くされている。
 というか恭介が"くん"付けとか"ちゃん"付けとかって、酷く気持ちが悪い。

「何であたしらが世話を焼かなきゃならんのだ……面倒くさい」

 真人の机の上にあった荷物を全てベッドの下へ移動させ、鈴は綺麗になった机の上に座っている。その時「ぬおおおおーっ! 俺の荷物がああああーっ!!」とか叫んでる人がいたけど、鈴がハイキックすると大人しくなった。可哀相に。
 ちなみに大人しくなった真人の上に、クドと西園さんが座っている。

「鈴さん、そんなこと言っちゃ駄目です……私たちは"りとるばすたーず"なのですから!」

 何でクドが言うと、そんなにもエセっぽい発音になるのだろう。まぁ、発言自体はクドらしいのだが。

「本来は直枝×棗が一番美しいのですが……攻めの来ヶ谷さん、受けの直枝さん……カップリングとしては悪くありませんね」

 うんうん、と納得するように西園さんは頷く。いや、曲解して納得されてる気がしていならないんだけど。
 しかししばらく間を空けると、見開くように目を開いた。

「はっ……来ヶ谷×直枝ではなく、直枝×来ヶ谷という可能性も……!!」

「……」

 ひとまず、西園さんのことは置いておこう。これ以上話をややこしくして欲しくないしね。
 だが西園さんのカップリング演説会はだんだんヒートアップして行き、クドと鈴が興味深そうに聞いている。小毬さんは顔を真っ赤ににながらぱたぱたしているが、男性陣は青ざめていた。ちなみに、真人はさっきからずっと青い。

「そんなことよりそんなことよりー! 何で理樹くんと姉御なわけー!? ずるいずるーい!!」

 脈絡もなくそんなことを叫び出す葉留佳さん。僕(と恭介)からしてみれば大変助かるのだが、ちょっとだけ僕にはわからないことがある。「ずるい」って、何だろう。

「そりゃ仕方がないだろう、事故の前は愛を語り合うほどの仲だったんだからな」

「「えっ……?」」

 恭介の言葉に、世界が凍り付いた。いや、正確には僕を取り巻く何かが凍り付いた。
 きっと世界は凍ったままだ。それでも何故か、皆が僕を見ている気がしてならない。いや、何故だかわからないが。
 さて、そうやって時が止まっているのだって永遠ではない。しかしそれは本当に一瞬だったのだろうか? と尋ねられれば首を横に振るしかない。本当に、僕にとってはそれだけの時間だったのだ。

「ふぇ……理樹君、ゆいちゃんと……」

 と、の続きはなんだろうか。聞きたいようで聞きたくない。

「なるほど……既に直枝×来ヶ谷でしたか」

 既に、の意味がわからない。けれど、それは否定しない。

「わふー……理樹は大人の人でしたか。ゆああだるとー! なのですー」

 クドとはひとつしか違わない。それに何もやっていないよ、というのもまた事実である。

「え、えーと……私入れる隙ない? ……やはは」

 さっきまで元気いっぱいだった葉留佳さんが、力なく笑う。決して何かをしたわけではないのに、後ろめたいのは何故だろうか。

「……理樹、やっちゃったのか」

「やってないよっ!!」

 鈴のその言葉には、流石に突っ込みざるを得なかった。
 あちらこちらから溜息が聞こえる。それは蔑みであろうか、あるいは諦念であろうか。

「さ、作戦名"オペレーション・リトルラブラブハンターズU"を発令する! ハイ拍手〜!」

「い、いぇーい!」

「筋肉いぇいいぇ〜い!」
 
 やってしまった、という僕らのリーダーと、それを無理に盛り上げようとするリトルバスターズジャンパーが哀しく揺れていた。
 で、真人。復活したところで悪いけど、それは筋肉祭りでしょ。










                   ◇










「まずは理樹の勇気と格好良さをアピールする」

 場の空気が安定し始めた頃、やっと恭介は本題を切り出す。といっても実行するのは僕であって、それが良いことなのか悪いことなのかはイマイチ微妙である。

「具体的にはどーするんだ?」

 一人だけあの空気には染まらず、マイペースな鈴が恭介を促すのように尋ねる。果たしてそれは救いなのかどうか、一度はどん底に落とした相手なので計るのが難しい。

「真人を使う」

「俺か?」

 筋肉祭りを経て復活した真人が訊き返す。いや、そこは訊き返すところじゃなくて、道具扱いしているところを怒るとこだよ。

「ありがとよ」

 むしろ誇らしげに礼を言ってる!

「ああ、お前ならそう言ってくれると信じていたよ」

 恭介にとってはそれも計算通りだったのだろう、その言葉に微笑みを含む。

「さて、これはランキングシステムを利用する。現在の順位はだな……」










1位 − 棗恭介 (バトルランキング暫定王者)

2位 − 宮沢謙吾 (親友だった男に告白されて一瞬にして白髪になった)

3位 − 直枝理樹 (とりあえず印象に残らない)

4位 − 来ヶ谷唯湖 (ちょっぴりお茶目な姉御肌)

5位 − 井ノ原真人 (クズ)

6位 − 棗鈴 (真っ平ら)

7位 − 西園美魚 (ぷっぷー)

8位 − 能美クドリャフカ (体育の成績2の女生徒に返り討ちにされた人)

9位 − 三枝葉留佳 (空気が読めない)

10位 − 神北小毬 (評価:もっとがんばりましょう)
























































 恭介は語り始めた。
 彼が思い描く、最高のミッションを。










                    ◇










MissionT "Operation In The Battle Ranking"










 恭介が示したミッションは単純且つ、酷いものだった。
 正直に言おう、明らかに使い古された、"古典的なお話"だったのだ。

(何で僕は朝っぱらからこんなところにいるんだ……)

 あの会議の翌日。廊下の端にある、掃除用ロッカー。僕はその中に入っている。というか、詰まっている。
 数分ほど前に「ここに入れ」と恭介から指示を受け、渋々ながら一度は自ら入ろうとはした。けれど、中には使い古された掃除用具でいっぱいだったのだ。

「恭介……これは無理だと思うよ」

「確かになぁ……今からじゃ中身を退かす時間もないし、週明けにするか?」

 決して恭介のミッションは一日二日ズレたところで、支障がある作戦ではなかった。けれど今日に限ればタイムリミットが迫っていたため、一度は諦めたはずだったのだ。

「理樹くんどーん!!」

「うわっ!?」

 珍しく早起きし、同行していた葉留佳さんのタックルをモロに喰らい、ロッカーに押し込まれる。どこで使われたのかも定かではない掃除用具とともに、そのまま扉を閉められる。

「ちょっ……恭介!? 葉留佳さん!?」

 隙間から外の様子を見る。すると葉留佳さんのドアップがそこにあり、あっかんべーをしているじゃないか。

「姉御をモノにしたいなら、ちょーっとくらい我慢しても良いと思うのですヨ……恭介さん、行こ行こ」

「お、おい三枝……」

 そしてそのまま恭介の背中を押し、去っていってしまう。このままロッカーから出ても良いけど、それはミッションの破綻を意味する。一応了承してしまった以上、最後までやり遂げなくてはならないだろう。
 それにしても葉留佳さん、まだ怒っているのだろうか。というかそれ以前に、何に怒っているのかもわからなかったりするのだが。

(はぁ……)

 僕、こんなこと頼んでないんだけどなぁ。
 確かに僕と来ヶ谷さんの関係はうやむや、というよりほとんどリセットされてしまったようなものだけど、それは謙吾の言う通り、僕と来ヶ谷さんの問題であって、極論を言ってしまえば皆は無関係の話だ。
 それでも断れないのは、僕が優柔不断なのか。それとも何か後ろめたさがあるのか。

(どっちも……かな)

 駄目な僕だ、と言っておく。
 そうしているうちに、どんどん人通りは多くなっていく。もう逃げ場はない、だからこそ早く来ヶ谷さんが来て欲しい。いや、それは早くこの状況から脱したい、という意味で、だ。多分。

「ちーっす、オハヨウゴザイマス姉御!」

「うむ、おはよう」

 そう、葉留佳さんはただ早起きをしていたわけじゃない。このミッションのために叩き起こされた、といっても過言ではない(事実、今朝は小毬さんに引っ張られて葉留佳さんは現れた)。
 来ヶ谷さんの側にいて自然、且つ身を潜めている僕"たち"まで聴こえるほどの声量を持つ人物。そう考えると必然的に浮かび上がってくるのは葉留佳さんだ。
 実際ここまでの絵を見ればいつもの朝の風景だし、このまま行けばいつも通りの一日が始まるだろう。しかし恭介の考えたミッションは、その日常を壊すことだったりするのだ。

「ちょっと待ちな、来"々"谷!」

 僕が身を潜めるロッカーの目の前の扉より、真人が現れる。作戦開始時刻まで筋トレでもしていたのか、その身体はわずかに蒸気しているようにも見える。

(うわ、絡みたくない……)

 けれど、わがままは言ってられない。既に賽は投げられてしまったのだから。

「俺と勝負しろ……来"々"谷ぃっ!」

 びしっ、と真人は来ヶ谷さんを指差し、ポーズを決める。ちなみにある箇所については、ツッコミを入れないでおく。これも一応、作戦のひとつなのだから。

「ふむ……それは構わない。しかしな、私は"くるがや"であって、"らいらいたに"ではないのだが」

 そう、それは呼び方。真人は"わざと"間違えている。真人の役割は挑発、そして"噛ませ犬"だ。
 確かに真人は馬鹿だ。けれど、それなりのプライドは備えている。それでもこんな役を快く快諾してくれたのは、

「へっ、理樹のためなら火の中水の中井の中の蛙だ」

 だそうだ。そう言ってもらえるのは嬉しいけど、自分の頭の悪さを露呈している台詞だよ。もう完全に大海を知らずだよ。
 昨日の真人にツッコミを入れつつ、僕は事の推移を見守る。僕の出番はタイミングが命だ。

「うるせー、名前なんて関係ねぇんだよ……」

 その瞬間、真人を取り巻く空気が変わった。張り詰める空気、ここから見る限りでは、これが朝の一風景とはとてもじゃないが考えられない。
 真人は闘いになれば、普段の馬鹿さ加減が嘘のような顔をする。真人は本気だった。けれど、それは闘いに対してじゃない。

(僕に対して――?)

 真人は真人なりに、僕を気遣ってくれている。今この状況は、そんな真人の僕に対しての想いなんだ、と思う。

「どうやら真人少年は本気のようだな……良いだろう、やってやる」

「よし、どうやら合意とみて良いみたいだな」

 来ヶ谷さんの了承を得たと同時に、恭介が男子トイレからその身を現す。というか作戦とはいえあまりにも自然な場所から現れ過ぎだ!
 そしてここで来ヶ谷さんが試合を了承するのも、恭介のミッションスケジュールの内に入っている。ここまでは完璧だ。
 真人がロッカーの前を通り過ぎ、来ヶ谷さんと対峙する。二人の身長差は大きい。僕のいるロッカーの中からでは、来ヶ谷さんは真人の影に重なってその姿を見ることができない。
 僕は扉に手を掛けた。

「それじゃ、バトルスター――」

「ちょっと待ったぁっ!!」

 恭介の言葉を遮るように、僕はロッカーを飛び出す。今更ながら意味のわからない構図だけど、それがミッションなのだから仕方がない。

「理樹君……随分、妙なところから現れるのだな」

 それを見た来ヶ谷さんは驚いたというより、呆れた様子だ。というか、完全に訝しんでる。

(掴み、大失敗じゃん……)

 泣きたくなった。
 けれどめげるわけにはいかない。ミッションはまだ続いているのだから。

「真人……来ヶ谷さんと戦うなら、僕と戦うんだ!!」

 これこそ、恭介のミッションの概要だ。
 今まで来ヶ谷さんは上位に入れるチャンスは何度もあったのに、それをしなかった。それは下位の人間が必死になって上位に喰らいついてこようとする様子を見て、楽しんでいるからだ。
 恭介はそれを知っていて、来ヶ谷さんに挑んできても不思議ではない人物をこの役に選んだのだ。
 自己犠牲、そしてそれを撃退するだけの力。それを誇示するだけの作戦。普通であれば到底成功とは思えないが、僕は逆に考えた。

「意外性とは、誰にでもあるものだ」

 と。つまり僕は、その"来ヶ谷さんのギャップ"に賭けたのだ。確率なんて、計れもしないけど。
 真人は振り返り、僕を見据える。その目は本気であり、普段の真人からは到底思えないほどの威圧感を持っていた。

(これが本気の真人なんだ……)

 嫌な汗が流れるのがわかる。かつてこれほどに、仲間と争ったことがあるだろうか?
 いや、ないだろう。それほどにも僕は、仲間同士で争うことを嫌っていた。でも今の僕は、それが偽りだとしても、本気で真人と対峙しているのだ。
 だがその事実が返って僕を冷静にさせた。

「真人、来なよ」

「面白れェ……!!」

 真人は構えた。それに応じるように、僕も構える。
 勝たなくてはならない。元々そういう作戦だが、きっと真人のことだ。途中で忘れるに違いない。だから僕は、何が何でも勝たなくてはならない。
 恭介が頷く。

「それじゃ、バトルスター――」

「ちょっと待て」

 今度は来ヶ谷さんが恭介の言葉を遮る。来ヶ谷さんがそのまま流すとは思えない、と僕は何となく予想は付いていたが、案の上恭介と真人は唖然としている。

「私が振り上げた拳はどうなる? 壁でも殴れというのか? ……理樹君、順番は守りたまえ」

 僕はひとつの感情を覚える。それは一体何か? 愛情なんてキザな感情じゃない。そう、これは"恐怖"だ。その言葉に僕は頷くことしか許されない。
 そんな僕を見て、来ヶ谷さんは満足そうな顔をする。

「うむ、それでは真人少年……始めるか」

「おっ、おう……」

 一度寸断された集中は、返ってはこない。もう真人は、いつもの「筋肉わっしょい! 筋肉いぇいいぇ〜い!」な真人だ。
 うん、ご愁傷様だね。

「理樹君」

「えっ……な、何?」

 突然の言葉に、僕は驚いた。それは凄みのある言葉じゃなくて、いつもの来ヶ谷さんらしい言葉だったからだ。

「私も少しランキングを上げたかったんだ……そんなに心配しなくとも、真人少年の後に相手をしてやるからな」

 そういって僕が恋している少女は、満面の笑みを浮かべた。


























































1位 − 棗恭介 (バトルランキング暫定王者)

2位 − 宮沢謙吾 (親友だった男に告白されて一瞬にして白髪になった)

3位 ↑ 来ヶ谷唯湖 (ちょっぴりお茶目な姉御肌)

4位 ↓ 直枝理樹 (特性:いるだけで周囲をアンニュイな気分にする)

5位 − 井ノ原真人 (不可能を不能にする男)

6位 − 棗鈴 (真っ平ら)

7位 − 西園美魚 (ぷっぷー)

8位 − 能美クドリャフカ (体育の成績2の女生徒に返り討ちにされた人)

9位 − 三枝葉留佳 (空気が読めない)

10位 − 神北小毬 (評価:もっとがんばりましょう)










                    ◇










「……というわけだが」

「どーゆーわけかは知らんが、大失敗だったのは理解したな」

 その日の昼休み。僕らはミッションの報告と次の作戦会議のため、再び部室へと集まっていた。まぁ、報告なんてしなくともみんな知っているんだけども。
 ちなみに全然興味のなかった鈴は、失敗したことだけは理解してくれたようだ。

「うーん……どうしたらいいんだろうねぇ?」

 小毬さんがそう呟くと、一同共に唸り始めてしまう。

(んー……)

 迷惑じゃない、といったら嘘になる。しかし皆は楽しんでいるものの、それは僕を貶めるためではなく、純粋に好意として楽しんでいるのだ。それを無下に断ることを、僕はできない。だから僕は、皆と一緒になって唸るのだ。

「……無理にペースを作ろうとするのが、いけないのではないでしょうか」

 と、そんな僕らに一筋の光。ここで僕らのリーダー以上のブレーン、西園さんが口を開いた。

「つまり、無理に"直枝×来ヶ谷"にするのではなく、流れに身を任せて"来ヶ谷×直枝"にすれば良いのです」

「……」

 いいや、今回は流そう。今の台詞はともかくとして、西園さんの考えならきっと上手くいくはずだ。突っ込むことを我慢し、西園さんの言葉に耳を向ける。

「きっかけは直枝さんからでも良いとして、あとは来ヶ谷さんに任せるんです。つまり……"誘い受け"」

「…・…」

 さて、僕はいつ突っ込めばいいのだろう?










                    ◇










 西園さんが考えた作戦、それもこれまたベターなものだった。しかしまぁ、確かに恭介が考案したものよりかは遥かにマシだ。
 
「遅刻寸前の十字路の角、その出会い頭で衝突するんだ」

 って漫画の読み過ぎどころか意味がわからない。というか寮生活でどうやってそのシチュエーションに持っていけるかがわからない。
 
「放課後、来ヶ谷さんを誘って下さい。何人かでサポートしますので」

「うん、わかったよ」

 そうして迎えた放課後。僕は今朝とは違う意味で緊張していた。
 今朝は「情けない」だったり「恥ずかしい」といった意味で緊張していたが、今は違う。僕は素直に、自分がこれから行う行動に対して緊張していた。
 過去にそういうことが、なかったことではない。けれど、ほとんどゼロからのスタートなんだ。僕の気持ちだって、あの頃のまっさらなままだ。

「く、来ヶ谷さん!」

 だからちょっとばかり言葉が上擦ってしまっても、責めるものはいない。自己嫌悪には陥るけれど。

「どうした理樹君……今日は随分構ってくるじゃないか」

「え……そ、そうかな?」

 来ヶ谷さんは変わっているのに、やたらと変化に気付くことが多い。それは物事を主観じゃなくて客観的に見れているという、僕らより大人の考えを持っているからか。

「夜な夜な色々しながら、ふごふご鼻を鳴らしてうへへへとか言ってるだけじゃ飽き足らなくなってきたか?」

「始めっからしてないよ!」

 訂正、来ヶ谷さんはいつも通りでした。
 それにしたって、ここで違和感を覚えられるのはちょっと不味い。これ以上訝しがられる前に、本題を切り出すことにする。

「えっと、このあと暇かな?」

 僕の言葉を聞くと、少し考えるように顎に手をやった。身近過ぎて気付かなかったが、考え事があったりちょっと困ったりした時にする、来ヶ谷さんの癖のようなものだ。
 思い出すように、来ヶ谷さんは言った。

「ふむ……特にはないな。明日は土曜だが、実家に戻るつもりもない」

 胸を撫で下ろす。ここで断られてしまったら、ミッション自体が破綻してしまっていたからだ。僕は安心して言葉を続ける。

「じゃあ、僕に付き合ってくれる?」

「それは構わないが……何をするつもりなんだ?」

 そう、それこそが西園さんが考えたミッションなのだ。









                   ◇










MissionU "Operation In The Shopping"










「良かった、この靴欲しかったんだよ」

「そうか、それは何よりだった」

 少し日が落ち始めた街を来ヶ谷さんと並んで歩く。長く伸びた影が、一日の終わりを告げるようだった。
 西園さんのミッション内容はこうだ。
 まずは来ヶ谷さんを買い物に誘い、自分の買い物を早めに終わらせる。そうすれば必然的に時間は余るし、「じゃあ、せっかくだし時間を潰して行こうか」ということになるだろう、と西園さんは考えた。僕にしてみればその時点で作戦成功なのだが、彼女はそれを許さないらしい。

「きっと来ヶ谷さんのことです、おそらく18禁ネタを絡ませてくるはず……直枝さんは、それを逆手に取って下さい」

(……)

 早い話が、「明日休みだし、そのままなし崩しで行っちゃえ☆」とのことらしい。絶対しないけど。
 けれど確かに、せっかくここまで来たのにもう帰ってしまうのはもったいない。決して西園さんが考えているようなやましい気持ちはないが、少しくらい楽しんだってバチは当たらないだろう。

「次は来ヶ谷さんの買い物に付き合うよ」

「私のか?」

 何件か回ってみたが、来ヶ谷さんは退屈そうな顔はしないものの、興味がある風には見えなかった。いや、むしろ僕の反応を見て楽しんでいたというか。
来ヶ谷さんもそれ以外に考えていなかったらしく、また顎に手を当て考えていたりする。意外にも自分のことに関して、欲がない人なのかもしれない。
 と、そこでケータイが鳴っていることに気付く。

「ゴメンね」

「いや、構わんよ」

 短く言葉を交わすと、ケータイを開く。メール受信、送信者は鈴だ。

『気の利いたプレゼントでもしてやれ。金は恭介が払う(∵) byみお』

(……)

 どうやら、西園さんと鈴がサポートに回ってくれているらしい。主に作戦指示は西園さん、それをメールとして送るのが鈴の役割らしい。鈴だってそんなに機械に強いわけでもないのに、何とも不思議な状況である。

『ちょっと待てええええー……!!』

「……」

 訂正。恭介も来ているらしい。
 役割は主に財布で。

「……今、恭介氏の声が聞こえた気がしたんだが」

「き、気のせいじゃないかな……」

 その場を取り繕う。別に恭介たちが街に来ていてもおかしいことじゃないが、やっぱりミッション失敗になることは確実だろう。

「ふむ……何やら断末魔のようだったが、気のせいか」

 大正解過ぎて二の句が出ない。

「それでは理樹君、参ろうか。一ヶ所だけ見てみたいところがあったんだ」

「え、ホント?」

 相当深く考えてたようだったし、本当に欲がないのかと思った。けれどどうやらそれは杞憂で、来ヶ谷さんにも人並の趣味があったということだろう。
 先を歩く来ヶ谷さんの隣に追いつく。

「どんなお店?」

「その路地のところだ……老舗だぞ」

 骨董品店か、はたまた和菓子屋か。老舗と聞いてそんなことしか思いつかないのだから、ボキャブラリーが貧困と言われても仕方がない。
 ただ、それくらい来ヶ谷さんが興味を持つ店がわからないのだ。

「良かった、今日はやっているようだ」

 先に右折りに曲がった来ヶ谷さんが呟く。来ヶ谷さんに倣うように路地に入った僕だったが、その予想外の光景に色々なことを疑った。

" かたな処 "

「……」

 のれんにはそう書いてある。えーと、僕の頭の中から様々な漢字を検索してみるけど、ひとつしか見つからない。そう、その漢字とは。

「……"刀"?」

「うむ、"刀"だ……といっても、ここには現代刀以下のものしか置いてないがな」

 いや、それでも十分過ぎるほど意外だったのですが、僕はどのような反応をとればいいのでしょうか?
 確かにイメージはピッタリだ。というか、僕の周囲に彼女以上に刀が似合う女性はいないだろう。そんな人も珍しいけど。
 おそるおそる、ひとつのことを尋ねてみた。

「ところで、一本いくらくらいなのかな?」

「一概には言い切れないが……そうだな、現代刀より古いものだと百万以上はするな」

「ひゃっ……!?」

 さらりと札束級の額を口にした。
 来ヶ谷さんが興味を持ったものは、普通の女の子とは比べようのないものでした。そして、値段まで桁違いでした。
 メールを送る。

『来ヶ谷さんが欲しいもの、百万だってさ』

 すぐに返信が来る。

『恭介が払う(∵)b by美魚』

 いや、絶対嘘でしょ。明らかに鈴の言葉でしょ。

『ふざけんなああああー……』

「……」

 その証拠に、通りの向かいから断末魔が聴こえる。流石に僕も、ここまでの額を恭介から借りようとは思わない。いや、常人なら普通そうだけど。

「また恭介氏の断末魔が……近くに来ているのか? それにしたって、随分騒いでいるようだが」

「ひ、久し振りに来て興奮してるんじゃないかな……恭介、すぐ暴走するから」

「それもそうだな」

 ごめんね恭介、僕には「あなたのせいです」とは言えなかったよ。すぐ暴走するキャラでいてね。
 僕は切に願った。

「まぁ、私も興味があるのは日本刀や居合刀というより、模造刀の方なんだ」

 模造、ということは早い話がレプリカのことだ。

「部屋に一本置きたいと思ってね。それに実用的だ」

 どのように実用するのかは知らないけど、どちらかというと飾りとして興味があるようだ。それなら僕も、少し安心する。
 ショーケースに飾ってあるものも1〜2万くらいのものが多いし、とりあえず杞憂で済んだようだ。

「だが残念なことに手持ちが少なくてね……次の機会にすることにしよう」

「それなら、僕がプレゼントしようか?」

 これは別に、ミッションなんて関係ない。僕はただ単純に、来ヶ谷さんが欲しいものをあげたいと思っただけだ。それにこのくらいの額であれば、僕の懐がそう痛む額ではない。恭介の手も借りずに済む。

「理樹君……流石に高いものだ。そうするわけにはいかんよ」

「僕が好きにしてるんだから、気にしないで良いよ。どれが良い?」

 あんまり来ヶ谷さんは人を頼るタイプじゃない。けれどこうして強引に事を運べば、そうそう断る性格じゃないことも、僕は知っている。
 だから僕は少しくらい、強引に話を進めるしかないのだ。

「参ったな……そんなつもりで来たのではないんだが」

 バツの悪そうな顔をしている。僕だって別に、来ヶ谷さんの困った顔を見たいわけじゃない。本当は笑顔が見たい。
 でもそれが遠いから、僕は安易な方法を取る。それは少しだけ、やましいことだけど。

「……あ」

 財布の中身を見て、僕は唖然とした。
 そう、すっかり失念していたのだ。自分自身が買い物してしまっていたことを。

(むしろ、僕はそれメインで事を運んできたんじゃないか……)

 自分の底の浅さに自己嫌悪だ。格好良くするつもりが、逆に間抜けさを露呈してしまったのだから。
 肩ががっくりと落ちるのが、自分でもわかった。

「ほう……五千円札が一枚、か」

「えっ……いやこれは……!!」

 来ヶ谷さんに背を向けていたのだが、その肩口からひょっこりと来ヶ谷さんが顔を出していた。そして、僕の間抜けさも覗き見ている。

「フフ……理樹君らしいミスだ」

 来ヶ谷さんはそう微笑むと、僕の手からするりと五千円札を奪い取る。
 樋口一葉をひらひらと風に舞わせながら、彼女は言った。

「それでは申し訳ないが、これだけ借りても良いだろうか?」

「えっ……でも来ヶ谷さん、手持ちがないんじゃ」

 僕がそう言うと、来ヶ谷さんは自分の財布も取り出す。

「そんなことは言っていないだろう? 理樹君から借りれば買えるさ」

 そうして来ヶ谷さんは、一本の刀を手に取る。
 ちょっとだけ笑みを浮かべた彼女は、何となくご機嫌に見えた。

 ――一応成功、なのかな?










                    ◇










「……というわけなんだ」

「どーゆーわけかは知らんが、恭介が日雇いのバイトを探しに行ったのは理解したな」

「いや、もう必要ねぇんだから止めてやれよ……」

 夕食後、再び僕と真人の部屋に恭介と来ヶ谷さんを除くメンバーが揃っていた。そして鈴の慈悲のない言葉に、真人が突っ込んでいる図が妙にシュールだった。

「ど、どれも等しくミッションさ……」

 その言葉に全員が振り返る。ドアの前に、ボロボロになった恭介が壁にもたれかかっていた。
 あまりの姿に小毬さんが駆け寄り、言葉を掛ける。

「きょ、恭介さん大丈夫〜っ!?」

「ああ……割の良いバイトを見つけたから、雇い先に行ったんだ……そしたら大量の同性愛者に囲まれた。一生分のホ●を見たって感じだな……」

「「……」」

 その言葉に、全員が絶句した。一体この男は、何を見てきたのだろう? そして一生分の同性愛者とは、どのくらいの人数を言うのだろうか?
 とりあえず、大変だったことは理解出来たけど。

「ロリでホ●……近づくな、バカ兄貴」

 鈴が実の兄を、汚いものを見るかのように見ている。

「おいおい、俺は理樹のために身体張ったんだぜ。なぁ、みんな――」

 その言葉に、皆が後ずさった気がする。恭介は一瞬だけ顔を強張らせるが、話を続ける。

「にしても、どうやら今回のミッションは成功だったみたいだな。で、次のミッションだが――」

「今更リーダー面するな。ホ●」

 恭介の時が止まった。ちょっとだけ嫌な空気が流れ、そして次の瞬間、

「ホ●●モバスターズですみませんでしたああああーっ!!」

 恭介は謎の言葉を残し、部屋を飛び出していった。

「今の、寮中に聴こえたよな……」

「ああ……流石に俺も同情するぞ」

 真人と謙吾の言葉が、明日からの恭介の学園生活の全てを物語っていた。










                    ◇









「わふー……恭介さん、落ち着きましたか?」

 何とかメンバーを総動員して、一時間後に恭介の捕獲に成功した。見つけたクド談、「校舎裏ですすり泣いていましたー」だそうだ。可哀想だからそれ以上言わないであげて。

「鈴……もう言っちゃ駄目だからね」

 これ以上話が進まなくなっても困る。というか、これ以上は恭介が哀れだ。

「わかった……流石に可哀想になってきた」

 捜索中に、様々な噂と惨状を見てきたのだろう。鈴はまたひとつ成長したようだ。兄の方はまたひとつ汚名を被ることになったけど。

「は、はるちん次のミッション聴きたいなぁ〜……なーんて」

 葉留佳さんが空気を読んでる!?
 もしかしたら、今回の一件はもの凄く重要な事件だったのかもしれない。いや、本来は副産物的な事件のはずだったんだけどさ。

「ああ……ずっと考えてたんだ。"来ヶ谷は攻められるのに弱い"ってな」

「それは興味深い話ですね……」

 西園さんがもの凄い勢いで食いついてるけど、多分違う意味だと思う。
 恭介は言葉を続ける。

「意外と貢がれるのとか好きなんじゃないか、って思ってな」

「いっつあくいーん、なのですー!」

 わふー、とクド。間違っちゃいないと思うけど、女王様違いな気がする。

「でもどっちかっていうと、僕がミスするのを楽しんでたようにも思えるけど……」

「それだよそれ、それが突破口なんだって」

 ぱたぱたと身形を整えながら、恭介は断言した。

「"誘い受け"は成功した……次は"攻め"に転じる!」

「それはとても魅力的なミッションですね……!」

「……」

 誰かもっと良い表現方法を教えてあげて。主に恭介と西園さんに。いや本当に。










                   ◇









MissionV "Operation In The Present for you"










 さて、ミッションは続く。というかこのミッション、どこまで行ったらゴールなのだろうか? 極論を言ってしまえば感情論なわけだし、線引きは難しい気がする。

(とりあえず、このミッションが終わったら言ってみよう……)

 どうにもならない気がするけど。
 さて、それは今考えることではない。今考えるべきことは、次のミッションだ。

(にしても、攻め方が安直過ぎでしょ……)

 僕の腕の中には小包み。そう、あの時と同じように選ばれたプレゼントがこの中に入っている。

(全員で選んだって言ってたし……今度は大丈夫だよね?)

 前回のプレゼントは酷いものだった。ハワイの空気とか、順番が入れ替わったアルファベット饅頭とか、「ヘイ!親分」と筆字で書かれた湯のみとか。

「遊んでいるのか、それともそーゆーセンスの下に生まれたのか……」

 答えは今でも見つからない。もしかしたら、元々なかったのかもしれないけど。
 いつもの中庭。少し日が当たらない、古ぼけたテラス。僕は来ヶ谷さんのお気に入りの場所で、彼女のことを待っていた。
 今日は土曜日。こんなにも澄み渡る青空なのに、学校の中は不思議と閑散としていた。
 本当は閑散としているのが当たり前なのだが、この場所にいるとつい思ってしまう。本当に間違っているのは僕の方で、校舎の中では普通に授業が行われているのではないか? ってね。
 僕が来ヶ谷さんとここで出会うのは、いつも授業中だったから。

「少し待たせてしまったかな?」

 来ヶ谷さんの声。間違えるわけがない。

「ううん、僕も来たばかり――ってあれ?」

 確かに声は僕の後ろから聴こえた。けれど、そこに来ヶ谷さんの姿はなかった。

「まだまだ甘いなぁ、少年」

「うわっ!?」

 がたん、と音を立てて僕が座っていた椅子が倒れる。そしてもちろん、その上に座っていた僕も一緒に地面に転がる。原因は単純明快、僕の後ろから訪れたと思われた来ヶ谷さんが、いつの間にかテーブルの上に座っていたのだ。

「そこまで驚くとは思わなかったな……すまない」

「はは……」

 いきなり情けない。本日の第一印象は最悪と言っても過言じゃないだろう。

「それで、今日は何の話だね?」

 来ヶ谷さんは僕に手を差しのべながら、そう尋ねた。

「あ、えーと……」

 それに対して僕は、その好意に甘えながら言葉を紡ごうとする。にしても、今回のミッションは雑過ぎる。いくら昨日の騒動が酷かったからって、「ハイ、コレ」で終わりはないだろう。
 まぁ、頼ってしまっている僕も僕なんだけど。

「……この小包みは?」

 僕が気の利いた言葉を探すより先に、来ヶ谷さんは僕が落とした小包みを拾い上げる。

「えっと、プレゼントなんだ」

「理樹君はプレゼントが好きだな……あれか、今夜は私に色々しながら、ふごふご鼻を鳴らしてうへへへとかしたいんだな」

「なんでそうなるのさっ!」

 冗談だよ、と言って来ヶ谷さんは笑う。この人の冗談は広域過ぎて、どこまでが冗談なのか全くわからない。こっちの身にもなって欲しいよ。
 僕に断りを入れると、来ヶ谷さんはシュルシュルと小包みの封を解いていく。一体、何が入っているのだろうか。

「理樹君……そろそろ、君のセンスを疑ってもいいだろうか?」

「……え?」

 何となく、嫌な空気が流れる。このパターンは、どう考えてもあの時と全く同じだった。
 箱の中身を、来ヶ谷さんは傾けて僕へ向ける。

" 富士山の空気 五合目空気 "

 また空気系!? しかも五合目って、なんでそこまで行って山頂まで行かないのさ!?
 しかもセンス疑われてるよ、一回目は恭介のセンスだし、次は皆のセンスなのに。それにしたって、富士山の空気とかどこで手に入れたんだよ。無駄な労力使ってるよ。

「センスが他人と違うのは仕方がないがな……流石にプレゼントは他人と相談した方が良いぞ」

 いや、八人と相談した結果がこれなんだけどね。僕からしても酷過ぎるんだけどさ。
 その時、ケータイのバイブレーションが震える。またもや来ヶ谷さんに断りを入れ、受信されたメールを確認する。

『サプライズ!! by恭介』

 完全に余計なサプライズだった!
 うわ、どうしよう。完全に来ヶ谷さん訝しんでるよ。つーか全部恭介のせいで僕、空気マニアだよ。むしろ恭介が空気マニアだよ。
 少しの沈黙の後、来ヶ谷さんはこう言った。

「……まぁ、面白いものではあるな」

「えっ……そう、かな?」

 意外な言葉に、僕は驚く。
 でもそれはプレゼントを認めてもらったことよりも、そんなくだらないものをもらって、少し微笑む来ヶ谷さんにだ。

「"ハワイの空気"の隣に置いておこう。"富士山の空気"とのコラボレーションは、なかなか見れたものじゃない」

「普通やらないからね」

 そう言うと、二人でちょっとだけ笑った。










                    ◇










「……というわけだったんだけど」

「どーゆーわけかは知らんが、恭介が空気マニアだったのは理解したぞ」

 うん、一番言いたいことを汲み取ってくれた。今回のミッションで、初めて正しく理解してくれた気がする。

「何言ってんだ、その空気のお陰で成功したんだろう?」

「どう考えても怪我の功名でしょ……」

 正直に言えば、あんなもんサプライズでもなんでもない。むしろ悪意があってやってるとしか思えない。
 けれど成功してるのは確かだから、強くは主張できない。何とも切ない気分だ。

「しかし……このミッションはいつ終わるんだ? 今思えば、際限なく続く気がするのだが……」

 やっと健吾が気付いてくれた! そうだ、その通りなんだ。もっと言ってやって欲しい。僕に僕のペースがあるんだから。
 健吾のそんな言葉でやっと気が付いたのか、あちらこちらで討論が交わされる。別にマイナスになったわけではないが、何となく他人に見守られながら色々とするのは何だが恥ずかしいものがある。

「まぁ、待てって。焦らなくとも、ラストミッションが待ってるぜ」

 ざわついていた寮の一室。その言葉に、そのざわつきが凪ぎいた。
 土曜の昼下がり。どこかで修学旅行のように集まっている部屋があるのだろう、大きな笑い声が聴こえる。
 僕らは待った。彼が言う、ラストミッションの全貌を。ラストミッションであるが由縁の、その出来事を。
 そして、恭介は言った。










「花火をするぞ!!」









                    ◇










「恭介……正直、花火はないと思うなぁ」

「何言ってんだ、俺は夜のことを考えただけで興奮するぜ! ひゃっほーい!!」

 自分が遊びたいだけでしょ、絶対。
 そんなわけで僕たちは再び街にやって来て、もうすぐ冬服になるっていう季節なのに花火を探すために奔走している。正直コンビニにはもう、ほとんど置いていない。小さな駄菓子屋や投げ売りしているスーパーを探して、手当たりしだいに集めている状況だ。
 恭介的にはまた打ち上げをしたかったらしいのだが、玉もないので断念したようだ。だからアレ、犯罪だってば。

「むっ……小毬たちがもう一軒見つけたらしいな。俺らも急ぐぞ!」

 ケータイを確認しながら、恭介は再び走り出す。そして、僕はあることに気が付いた。

「あっ……恭介!!」

 僕は先を走ろうとする恭介を、思わず呼び止めていた。そう、僕はひとつだけ引っ掛かっていたことがあったんだ。
 ずっと、このミッションが、始まった瞬間から。

「どうした……理樹」

 でも恭介は何事もないように振り返る。けれど、その目は「言いたいことはわかってる」と語るかのように、僕を見据えている。
 恭介はいつもそうだった。僕が不幸だった時から、ここまで連れてきてくれて。
 苦労をいとわずに僕らのために動いてくれて、結果として良い結果が出れば「苦労が報われた」と言わんばかりの笑顔を見せる。

「ねぇ……恭介は、何でそんなに頑張ってくれるの?」

 ああ、そうだ。これはこのミッションが始まった時からじゃない。出会った時からの疑問なんだ。
 恭介は完璧じゃない。不完全だからこそミスもするし、僕らに好かれている。なのに何故、そんなにまで僕らを立ててくれるのだろうか。
 僕はずっとそれを知りたかったのかもしれない。いや、知りたかったんだ。
 そして恭介は、こう言った。

「理樹……俺たちは仲間なんだ」

 リトルバスターズ。恭介が作った、僕らのチーム。
 恭介の気まぐれで始めた野球のために僕ら、というか僕が人数を増やして、今の規模になった。
 そして僕は来ヶ谷さんと出会い、今に至る。

「仲間の不幸を笑う奴は仲間じゃない。そして仲間の幸せを笑えない奴も――仲間じゃない」

 恭介が言っていることはその通りだ、と思う。けれどそれは極論だった。だって恭介が僕と来ヶ谷さんの関係を口にした瞬間、皆は――。

「お前が思っている通りだ。一番初め、あいつらは笑えなかっただろう? だけど……」

 恭介は一度、そこで言葉を止めた。
 言われなくてもわかっていた。僕はあの瞬間に、わかっていたのだから。

「今は笑っているだろう? 笑って、お前らを祝福しているだろう?」

 その通りだ。皆は祝福してくれている。笑ってくれている。だから僕らは仲間なんだ。
 いや、それは違う。僕らは仲間になったんだ。一瞬だけ、途切れてしまった僕らの関係が、そこにはあった。

「……あいつらの気持ち、踏みにじるんじゃないぞ」

「うん、わかってる」

 今まではわかってなかったのかもしれない。
 けれど、今はわかる。その答えは、今までのミッションの中にあったのだから。

「行くぞ、理樹!」

「うん!」

 謝ることもまた、許されない。それもまた、踏みにじることと同じなのだから。だからこそ僕は、このミッションを完遂する。
 それがここまで連れてきた、皆のためでもあるのだから。

 最後のミッションが、始まる。










                   ◇










Last Mission "Operation In The fireworks"










『花火?』

 学校に帰ってから僕はしたことは、来ヶ谷さんに電話することだった。時間もない、早く準備をして、早く始めないと使え切れないくらいの量が集まってしまったのだから。

『……また打ち上げたりしないだろうな?』

 流石に来ヶ谷さんも、二度目は勘弁らしい。それに関しては僕も同意する。

「今日はリトルバスターズのメンバーで普通の花火だよ」

『そうか、それなら参加することにしよう』

 そこで一度、会話は止まってしまった。気まずい沈黙、もしかしたらそう思っているのは僕の方だけかもしれないが、それでも気まずさは変わらない。
 何か話題を見つけようとして、口を開こうとした瞬間。
 来ヶ谷さんは、こう言ったんだ。

『理樹君……私は、こんなにも幸せで良いのだろうか?』

「えっ……?」

 来ヶ谷さんは今、こう言った。「幸せで良いのか」、と。
 その言葉は嬉しい反面、違和感を感じさせた。「幸せ」であるのに、何故それを誰かに尋ねる必要があるのか?

(気付いてるんだ……)

 そう、来ヶ谷さんもまた、気が付いている。今の状況を。皆の気持ちに。
 僕は言ってあげたかった。恭介が言っていた言葉を。僕がやっと気が付いたことを。
 けれど来ヶ谷さんは話の終わりに、「うん、それじゃあ夜に会おう」と言って電話を切ってしまった。

(それは違うんだ、来ヶ谷さん……)

 皆の気持ちを、教えてあげたい。
 
 その気持ちを無視するかのように、不通音が「ツー、ツー」と受話器の向こう側から聴こえた。









                    ◇










 その時間はあっという間に訪れた。
 僕らの学校、僕らのグラウンド。僕たち10人は、いつもと変わらずに野球をやるように集まっていた。

「全員集まったな? ……よーし、始めるぜ!!」

 恭介がそう言うと、横に並んでいた噴射式の花火が一気に火を噴き上げる。その合間から「うおおおーっ! よく覚えてないけどフラッシュバァーックッ!!」と言って火だるまになった真人が出てきた。鈴が蹴り消すところまで、数年前と全く変わっていない。むしろ成長していないというか。

「真人、お前の犠牲は忘れん……」

 この人もね。
 ただあの時と違うのは、皆がいること。この学校で出会った、皆がいることだ。
 小毬さん、クド、葉留佳さん、西園さん――そして、来ヶ谷さん。
 出会った頃から変わってしまったこともあるけれど、変わらないことも変わっていくことも、どちらが良いのかは一概には言えない。"if"なんて言葉は、今という現実に対して、必要のない言葉だからだ。
 だから鈴と並んで線香花火をやっている小毬さんと西園さんも、両手に手持ち花火を持ってくるくる回っている葉留佳さんと、それを見て犬のようにはしゃぐクドも。
 全てはあの日から始まった。全てを失い、ふさぎ込んでいたあの日から。恭介たちと出会い、今に至るあの日から。
 そして僕は出会ったんだ。
 ちょっと変わっていて、大人びていて、凄く頭が良くて、逆セクハラしてきて、たまにはにかむ姿が可愛い、あの人に。

「うおっしゃあ! マサト号発射だぜ!!」

 火だるまから辛くも、そして早くも復活した真人がロケット花火に火を付ける。が、野球グラウンドの地面は硬い。飛び立つこともなく、見事にその場で爆発した。

「……発射事故か? 真人」

「乗組員全滅でしたあーっ! すみませーんっ!!」

 耳がきーん、となっているのだろう。真人が地面を転がりながら何故か謝ってる。むしろ離れてやっていたから真人しか被害なかったのに。意外に律儀だ。

「いやっほーい! 花火最高ォーッ!!」

 右手三本、左手三本、口に二本。計八本の手持ち花火を装備した恭介が、グラウンド中を走り回っている。もう童心というかね、子供よりも遊んでるよ。しかも相当危険な遊びだし。

「恭介ー、危ないから皆から離れてやってねー」

「はれひれはう〜!!」

 謎の叫び声を上げ、夜のグラウンドに消えていく恭介。でも花火の光でその姿は丸見えだ。何とも間抜けである。

「全く……あいつらは、当初の目的を忘れてるんじゃないか?」

「謙吾……」

 真人の側で悪態をついていた謙吾だったが、いつの間にか僕の隣までやってきていた。

「さっきまで三枝たちと一緒にいたようだが……どうやら校舎の方に向かったらしいな」

「……一人で?」

「ああ」

 僕はまだ、来ヶ谷さんが言った言葉を覚えている。

『理樹君……私は、こんなにも幸せで良いのだろうか?』

 多分、来ヶ谷さんはこう言いたかったのだろう。『私だけ』と。
 僕もそう思っていた。皆に迷惑を掛けているくらいなら、と思っていた。
 でも、それは違う。皆は精一杯祝福してくれている。だから僕らは、それに応えなきゃいけない。
 もちろん、それは互いの気持ちが一致していなければならないけど。

「僕……行ってくるよ」

「ああ、行ってこい」

 謙吾はそういうと、くるりと身を翻した。そして、

「うおっしゃあーっ! 俺も入れてくれ恭介ー!!」

「うまうまうー!!」

 そんな会話を残して去っていった。何だこのチーム。
 はぁ、と溜息を吐く。けれど、それは悪い気持ちじゃない。優しい気持ちだ。皆がいたからこそ、ここまで来れた、微笑ましい溜息だ。

「理樹」

 後ろを振り返る。すると、そこには鈴が線香花火をやっているのが見えた。

「あたしには何て言えば良いのかわからない……何て言えば良いんだ?」

 鈴もわかっていた。僕がちょっとだけ、変わってしまうことに。それが寂しいのか悔しいのか、僕には読み取ることはできない。

「そうだね……鈴らしい言葉で、後押ししてもらえると良いかな」

 だから僕は、それだけを言ってみた。

「理樹、頑張れ」

「ありがとう、鈴」

 短いやり取りだった。けれどこれは決別で、僕らは仲間になったんだ。
 
 僕は闇に染まる校舎へ向かった。









                    ◇










 校舎のどこにも、灯りは灯っていなかった。だから僕は、来ヶ谷さんが行きそうな場所を探るしかない。でも、それはどこ?

(……)

 一ヶ所だけ心当たりがある。それはきっと、あの時と同じ場所だ。
 いつも歩く廊下を歩く。まるで違う雰囲気に呑まれそうになるが、怖気付くわけにはいかない。僕は少なくとも、覚悟して校舎に踏み入れたのだから。
 長い廊下を歩き終え、目的の場所へと辿り着く。そしてそこには、僕の思った通りの影があった。

「来ヶ谷さん」

「……理樹君か」

 僕らの教室。その僕の席に、来ヶ谷さんは座っていた。

「ここが理樹君の席か……さぞや、私のことが見やすいだろう」

「うん、いつも見てる」

 その言葉に、来ヶ谷さんは顔を赤くしたと思う。暗がりではわからないが、何故だかそう思った。
 少しだけ時間が経った後、来ヶ谷さんは「……真に受けるのは卑怯だ」と、そっぽを向いてしまった。

「来ヶ谷さん、聞いて欲しいことがあるんだ」

 来ヶ谷さんはそっぽを向いてしまったままだ。けれども僕は言葉を続ける。

「来ヶ谷さん言ったよね? 『私は、こんなにも幸せで良いのだろうか?』って。それは違うと思うんだ」

「どう違うのか、私にはわからないんだ」

 そう、だからこそ来ヶ谷さんは僕にそう言ったんだ。

「ここに来る前に、鈴に『頑張れ』って言われたよ」

「鈴君が?」

 うん、と僕は頷く。

「皆祝福してくれてる。それは嫌味とかじゃなくて、心から言ってくれてるんだ……だから、これは裏切りじゃない」

「……理樹君は知っているだろう? 私はこの、"リトルバスターズ"を壊したくないんだ」

「壊れないよ」

 何故か、断言できた。いや、断言するべきだった。

「僕は来ヶ谷さんを選んだんだ……それは同時に誰かを選ばなかったことなんだと思う。けれど、皆はそれを知っていて手伝ってくれてた」

 皆は知っていた。僕の手伝いをすることは、決別だということを。仲間で終わってしまうということを。
 僕は知っていた。来ヶ谷さんを求めることは、決別だということを。仲間として終わってしまうということを。

「僕は来ヶ谷さんが好きなんだ」

 そう言った、その瞬間だった。
 夜空に一輪の、火の花が咲く。そして一瞬にして、その夜空へ消えていった。あの時と同じ、炎の花だ。

「……打ち上げはない、と言ってなかったか?」

「ぼ、僕もそう聞いてるんだけど……」

 ケータイが鳴っているのがわかる。けれどそれは送り主、本文ともにわかる。きっとこう送られているんだ。

『サプライズ!! by恭介』

 捕まるって言ってるのに、なんてお節介な奴なんだろう。けれどそれは、一人でやったことじゃない。僕ら二人以外の、八人で決めたことなんだろう。
 きっと今頃物の処分をして、逃げ支度をしている頃だ。だから僕らも、逃げなくてはならない。
 けれど、僕は思い出していた。あの春の日を。来ヶ谷さんに、初めて告白した日を。

 それはきっと、来ヶ谷さんも一緒だった。
























































「理樹君、"da capo"という言葉を知っているだろうか?」

「えっ……ごめん、知らないけど、それがどうかしたの?」

 来ヶ谷さんは振り返らない。もう見えなくなった花火を惜しむかのように、闇に染まる窓の外を眺め続けている。
 彼女は言葉を続けた。

「いや……私たちの関係は、正にそれに値するのと思ってね」

 そこで初めて、来ヶ谷さんは振り返った。その顔には薄い微笑み。
 僕らの関係は、あの頃から何ひとつとして変わってないし、進んでもいない。もしかしたら、戻ってしまっているかもしれない。
 だからこそ、来ヶ谷さんはこう言った。そしてその言葉は二人の想いが一緒だった、と教えてくれるものだった。

「楽曲形式のひとつでね、意味は……
























































 " はじめから "、という意味さ」










 願わくば、二度目の"da capo"がありませんように。
 いつしか僕は、それだけを願うようになった。



































































【あーとがきっ】

今回間、多くてスミマセン……そーゆーお話なんです。ホントは何話かに分けたいくらいの内容なんです。

さて、姉御祭りです。最終日です。徹夜です。
……眠過ぎて何も考えられません。これ終わったら泥のようにDQWやります(←寝ろw)
ミッションUの前半辺りからは最終日に書きましたよっと……いかに追い詰められないと書けないか、ですね。お陰で死にそうですorz

アフターシナリオなわけですが、これまたパラレル編ですね。事故後なのに姉御EDw
タイトルの通り、これは"はじめから"な話なわけですが、某ゲームから取ったわけじゃないですヨ?たまたま似たような意味を探していて、「手頃だからこれでいーや」って決めちゃっただけっすヨ?(←それもアウトw)

姉御難しいですね、とにかく喋らせにくい。姉御の台詞で一発で決まったものはひとつもないと思います……それでも違和感あるんですよ。リトバスメンバーで一番難しいです。ハイ。

ひとつだけ補足したいのは、ラストミッション手前の恭介と理樹の会話。これ要らないかなぁ……と何度も推敲した結果、残すことにしました。
リトバスはチームモノでありながら、個別シナリオになるとその他のキャラクターがばっさり出てこなくなります。個人的にこのばっさり感が嫌いで、違和感があるのです。
ホントは各所にそーゆーところを散りばめたかったのですが、悩んだ挙句に一部しか出せませんでした……ハーレムモノにはしたくないけど、やっぱり誰かと結ばれることは誰かを選ばないことなのよ、ってことを書きたかったんです。
……また「ここ余計ー」とか「これ流れ的に必要ないよねー」と言われそうですが、もう覚悟の上です。いざとなったら時間のある時に直します!(ぇー)

さて、何だか姉御のことよりも熱くなってすみませんね。何だかんだ言ってもこれは姉御SSですw
もう姉御祭りもフィナーレですが、最後までお楽しみ下さいますことを祈りまして、挨拶に代えさせて頂きます。

それでは、お読み下さりありがとうございました。



07,11/23 幹事男(数時間後にバイトが迫っているのに、眼球が破裂しそうな思いをしつつ)